屋台の人形
 江戸型山車系のいわゆる“人形山車”は、いうまでもなくその最上段に人形が載っている。山車の製作職人は、人形師、衣装師、幕房師、塗師、木地師、錺金具師(かざりかなぐ)、彫刻師、車師など多くの職種が必要であるが、それらの職人を束ねる請負人を、関東地区の場合一般に人形師が行っていたという。この人形師は、江戸時代幕末の「明治人形師名簿」によれば、主な人形師だけでも30以上が載っているという。
 このページでは、見学した祭りの現存の山車に載っている人形、あるいは、人形単体について、江戸時代から現代までの作者のわかるものについて、作者別に並べた。また、まだ見ていない人形の一部については、“絵のない人形”として記載した。

 人形は、桐などの木彫りに胡粉を塗ったり、盛り上げて作られている顔・手、また、衣装は、短日とはいえ強い日差しに曝されたり、湿気や乾燥により胡粉の割損(ひび割れ)ができたり、衣装の損傷が激しい。したがって、修理に出される。修理は、原型に忠実に行われない場合も多いようで、同じ作者の人形でも、違う風貌になっている場合もある。また、正確な記録がなく言い伝えの場合や作ったときの作者の年齢、十代も続いた作者、コーディネーターの場合もあり、逆引きに人形から作者を言い当てることは一部を除いて難しいようである。

 このような状況から各作者の作風を云々するのは難しいが、主な作者の作品について独断と偏見による感想は、次のとおりである。
● 鼠屋 五兵衛:残っている人形が多い。確認した16体中女性は、千住四丁目山車の静御前と潮来祇園祭禮の四丁目:天乃岩戸(天照大神・猿田彦命・手刀男命・天鈿女命)の2体の計3体のみで、男性の人形が多い。顔が小さめの人形が多く上品な雰囲気の人形が多い。
● 原 舟月:古今雛の作者でもあったこともあり、上品なものもあるが、栃木秋まつりの関羽雲長・素戔嗚尊など迫力があり力強い作品も多い。
● 仲 秀英:川越まつりの山車の人形の作品が多い。翁・山王猿など幽幻な雰囲気を持った人形が多い。
● 松雲斎 徳山:見た人形は、2体とも静御前で、顔が小さく八頭身美人。山車人形は、六頭身がいいともいう。
● 浪花屋 七郎兵衛:個性的な作品が多い。
あ 安 生 青木人形・清玉 浅野 新介 網 孝 荒木 和助
岩倉理八
井波町
磯貝 勝之 伊藤 久重 池田 信之 衣川 人麻呂 飯田 幸静
井筒 雅風 雲斉信也 大柴 徳治郎 大沢 銀之丞  和泉屋 勝五郎
か 亀屋清秀
亀甲斎小倉
秀太郎
川本 喜八郎 黒川 發右衛門 黒川 市五郎 黒川 明玉
川崎 阿具
(株) 川崎人形
亀八人形店 (株) 晃月人形 木屋仙人
木屋五郎右衛門
倉橋 幹峯
小兵衛
京都人形屋
さ 松雲斎 徳山 晴雲斎秋月 隅田 屋作 勝栄堂 治郎兵衛
富山藩大仏師
城端 治五右衛門
翠田彦七郎 隅田仁兵衛真守 庄田七郎兵衛  
た 田島 義郎 竹田 縫之助 友永 詔三 桃桝軒玉山 玉屋庄兵衛
辻野 九右ェ門(丹甫) 蓬生 津田人形 綱 季    
な 鼠屋 五兵衛
鼠屋 武善

仲 秀英 浪花屋
七郎兵衛
長野屋 綱季 西田 光次
熱賀 昭男 中島 敏光 中西 重蔵 永尾 順延
は 原 舟月 福田 東久 古川 長延 古屋敷 吉男  
林 正之輔 藤島 とよあき 福田 万吉 星野人形 平田 洋光
雛屋 久五郎 古居 楽山 堀江 弘一    
ま 村田 政親
(宮惣)
纏屋 義郎 松崎 福松 松崎 富司 面 六
松本 喜三郎 武藤 歳安      
や 横山 友治郎 山本 鉄五郎
・鉄之・だし鉄
山本 福松 安本 亀八 山本与三兵衛
横田人形店 吉徳・浅草 米福・米富久・
松寿軒米富久・
松崎米福 (よねふく)
山本 喜兵衛 本保 喜作
わ       (順不同)
 注1ワイン色 の枠の絵は、裏や別のページに絵がある。
絵のない人形師
作 者 作者の解説など 絵のない人形
桃桝軒玉山
「明治人形師名簿」には、川端玉山、武沢藤次郎などとされているが、同一人物かは不明。
和泉屋 勝五郎
号・桃源斎正山。桐生新町四丁目に住む。江戸の人形師仲間の記録に、寛政2年(1790)江戸十軒町雛市で幕府の禁制を犯した人形屋「和泉屋庄五郎」があり、また、文政8年(1825)に人形芝居の細工人「和泉屋五郎兵衛」が登場していることから、その系統であろう。(出典:桐生本町三丁目町会発行パンフレット「操り人形の系統」) 桐生八木節まつり
本町三丁目の翁鉾の「翁」
 
安 生
清玉・青木人形 作
浅野 新介
 さいたま市岩槻市の人形師。  さいたま市岩槻市の人形店。
仁徳天皇:とちぎ秋まつり 素戔嗚尊:川越まつり 源 頼光:尾張西枇杷島まつり
人形山車
仁徳天皇
とちぎ秋まつり:嘉右衛門町
昭和期作
人形山車
素戔嗚尊
川越まつり:西小仙波町・
素戔嗚尊の山車
人形山車
源 頼光
尾張西枇杷島まつり:頼光車
明治4年作
荒木 和助
 享保19年(1734)城端東下町に生まれる。
 加賀藩絵師梅田氏の5代目き平次、6代目景直へ入門し、狩野派の絵を学ぶ。29才で出丸町の布袋を最初に作る。
 文化3年(1806)に死去。享年72才。城端祭の曳山の人形は、ほとんど和助の作。
寿老人:城端祭 関羽 雲長:城端祭 周 倉:城端祭
人形山車
寿老人
城端祭:東上町 鶴舞山
安永2年(1773)荒木 和助作、調和28年に14大小原治五郎右衛門が修復。
人形山車
関羽 雲長
城端祭:大工町 千枚分銅山
寛政8年・1796作
人形山車
周 倉
城端祭:大工町 千枚分銅山
寛政8年・1796作
恵比寿:城端祭 大黒天:城端祭 布袋:城端祭
人形山車
恵比寿
城端祭:西上町 竹田山
寛政7年(1795)作
人形山車
大黒天
城端祭:東下町
安永3年(1774)作
人形山車
布 袋
城端祭:出丸町 唐子山
宝暦12年・1762 荒木 和助作
弘化3年・1846 小原治五右衛門改作
岩倉 理八
 井波町の作者。
越中八尾曳山祭:岩倉理八
人形山車
大黒天
越中八尾曳山祭:下新町
昭和年代作
磯貝勝之
川越まつり:宮下町
人形山車
源 頼光
川越まつり:三久保町・源頼光の山車
人形山車
加茂 (別雷神)
水神祭 (魚河岸会所有)
加茂能の山車
人形山車
日本武尊
川越まつり:宮下町
伊藤 久重
京都の有職御人形師。
潮来祇園祭:弁慶 太田道灌:川越まつり
人形山車
弁 慶
潮来祇園祭禮:六丁目
昭和54年 作
人形山車
太田 道灌
(川越まつり会館に単体展示)
丸広百貨店寄贈
池田 信之
衣川 人麻呂
飯田 幸静
 東京の彫刻師。
諌鼓鳥:八王子まつり 日本武尊:潮来祇園祭 本多平八郎忠勝:潮来祇園祭禮
人形山車
諌鼓鳥
八王子まつり:中町
昭和6年作
人形山車
日本武尊
潮来祇園祭禮:上壱丁目
明治16年作伝とされる。竹田縫之助作との伝もある。
人形山車
本多平八郎忠勝
潮来祇園祭禮:大塚野
平成17年作
井筒 雅風
 京都の人形師。風俗の研究家の井筒法衣店8代目で、風俗博物館館長。博物館には、古代から現代の衣装を展示。
牛若丸:川越まつり 高砂:川越まつり
人形山車
牛若丸
川越まつり:元町一丁目:牛若丸の山車
人形山車
高 砂
川越まつり:末広町:高砂の山車
昭和44年作
雲斉信也
大沢 銀之丞伊
 佐野在住の人形師。
大沢銀之丞・桃太郎
人形山車
牛若丸・鞍馬天狗・烏天狗
尾張西枇杷島まつり:泰亨車
天保〜嘉永年間(1830〜1853)作
人形山車
桃太郎
とちぎ秋まつり:室町
人形の背丈は、七尺五寸(約2.5m)。
大柴 徳治郎
 山本福松の弟子。大柴護典、大柴徳治と同一人物とされる。
大柴徳治郎・太田道灌 大柴徳治郎・楠木正成
人形山車
太田 道灌
佐原の大祭・祇園祭:上中町
人形山車
楠木 正成
佐原の大祭・諏訪神社の秋祭り:東関戸
   
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