| 名 前 (読 み) |
説 明 |
① 揚巻(あげまき)
揚巻房・絞り房
揚巻結び
② 揚巻・総角
(あげまき)
③ 揚 巻
(あげまき)
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① 一般には揚巻結びをいい、紐の結び方のひとつ。輪を左右に出し、中をいしだたみに組んで結ぶもの。簾・坏(ゆするつき)・大鎧・文箱などの飾りに広く用いられた。屋台・山車や神輿の上幕や下幕などに揚巻結びの紐を垂らしたり、瓔珞の飾りとして結ばれている(右絵)。
鎧の背の逆板(さかいた)に打ちつけた環に通して揚巻結びをした飾りひも。
② 古代の主に少年の髪の結い方の一つで、下絵のように髪を左右に分け、耳の部分で巻いて輪を作る髪型。
③ 歌舞伎舞踊で、助六を主人公とした五変化舞踊「助六姿裏梅」の通称。安政4年(1857)に江戸中村座で初演した。
歌舞伎の助六物で、助六の愛人となる遊女という。 |
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当り鉦
(あたりがね) |
囃子で、笛・太鼓に合せて使う響銅(さはり、銅と錫・鉛の合金)・真鍮製の小型の鉦。左手にぶら下げ、右手で撞木・桴などで中央を打つ当り鉦(下げ鉦)といわれる奏法と、左手で鉦を直接持って内側を摺る摺り鉦(つかみ鉦)といわれる奏法とがある。一般に屋台・山車は摺り鉦が多い。摺鉦・擦鉦、ちゃんちき、ちゃんぎり、よすけ、こんちきなどとも呼ばれる。
〔 伝統行事・民俗芸能 → 祭囃子の楽器〕
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安房彫刻
伊 八 |
宝暦元年(1751~1824没、享年73才)に房州長狭郡打墨村(現千葉県鴨川市打墨)に生まれた初代武志伊八郎は、江戸中期、南房総を中心に神社や寺院の欄間などにすぐれた彫刻を残した。とくに外房の荒海を表した「波」の浮き彫りが独得の作風とされ、「波の伊八」と称され、また、龍を題材とした作品にもその力量を見ることができる。
夷隅町・行元寺客殿の欄間の彫刻「波と宝珠」は、葛飾北斎の富獄三十六景のモチーフになったといわれている。
二代武志伊八郎信常、三代武志伊八郎信美と続き、幕末から明治中期にかけて活躍した彫刻師で、民家の欄間、置物などにも作品を残している。婿の四代武志伊八郎信明と五代武志伊八郎信月は、柴又帝釈天に力を入れた。安房彫刻の定説はないが、この伊八郎代々に始まる安房地方の彫刻をいう。
右絵は、四代伊八信明も携わったとされる柴又帝釈天本堂回廊の彫刻。
市民団体「伊八会」があり、積極的に活動し、今でも新しい作品が発見されている。 |
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安倍晴明
(あべのせいめい) |
931~1005。平安中期の陰陽家で、よく式神・識神・職神を使い、あらゆることを未然に知ったという。
陰陽(いんよう):中国の易学でいう相反する性質をもつ陰と陽2種の気をいう。万物の化成は、この二つの気の消長によるという。日・春・南・昼・男は陽、月・秋・北・夜・女は陰としている。日本に伝来して陰陽道(おんようどう、おんみょうどう)となり、それを奉ずる人を陰陽家という。
式神・識神・職神(しきがみ):陰陽道で、陰陽家の命令に従って、変幻自在、不思議なわざをする精霊。 |
有馬頼徳
(ありまよしのり) |
久留米藩主・有馬豊氏の九代目。
久留米は関ヶ原まで毛利元就の庶子で、輝元に実子ができるまで毛利家の世継ぎに擬せられていた毛利秀包が別家を立て所領していた。関ヶ原で毛利が敗れ除封された後、有馬豊氏が入った。
有馬豊氏は、秀吉の取り立てで大名になったが、有馬家は大過なく明治まで封を守った。 |
| 浅黄・淺黄 (あさぎ) |
淺黄は当て字。ネギの葉の色の意。薄い緑がかった青色。緑がかった薄い藍色。 |
在原業平
(ありわらのなりひら) |
天長2年(825)~元慶4(880)。平安時代初期の貴族で六歌仙・三十六歌仙のひとりの歌人。伊勢物語の主人公とみなされている父は、平城天皇の第一皇子である阿保親王、母伊都内親王は桓武天皇の皇女で、業平は平城天皇と桓武天皇の孫にあたる。
別称の在五中将は、在原氏の五男で右近衛権中将であったことからくる。
(出典:Wikipedia)
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| 浅 沓 (あさぐつ) |
公卿(くぎょう)・殿上人などが履いた浅い沓で、古くは革で作られていたが、その後、底部を桐をくりぬいて作り黒漆で塗り、内側は絹布を張ったり、底部は桐、他の部分は和紙で作り全体に黒漆を塗って作った履物。現在は神職の履き物。 |
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天之御中主命
(あめのみなかぬしのみこと) |
記紀神話の男神。高御産巣日神(たかむすびのかみ)・神産巣日神(かみむすびのかみ)との造化三神の一柱。高天原に初発に出現し、中央に座す宇宙の根元神。別天津神(ことあまつかみ)五神の一人。天の中心を表わす抽象的・観念的な神。妙見信仰と習合された。 |
天照大御神
天照大神
天照皇大神
天照皇太神
皇大御神
(あまてらすおおみかみ)
大日霊売命
(おおひるめのみこと)
天照坐皇大御神
(あまてらしますすめ
おおみかみ) |
伊邪那岐命と伊邪那美命が生んだ三貴子(天照大神、月読命、須佐之男命)の一柱。
高天原を治めた天照大神が皇孫の瓊々杵尊が降りたとき、皇位の璽(しるし)の三種の神器を授けて、「この鏡は、もはら我が御魂として、吾が前を拝くがごと拝き奉れ」と神勅を下したとされる。
天照大神は、天を照らす太陽を象徴しており、太陽のように、偉大で明るい立派な日本民族の祖神を意味する神とされている。
伊勢神宮内宮の祭神で、通常は天照皇大神、あるいは、皇大御神といい、祭事で名を唱えるときは、天照坐皇大御神という。 |
天之忍穂耳尊
(あめのおしほみみの
みこと)
正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命
(まさかあかつはやび
あめのおしほみみのみこと)
天穂日命
(あめのほひのみこと) |
天照大神と素盞嗚尊が天の安河原で誓約を行ったときに、素盞嗚尊が天照大神も八尺勾玉に天真名井の聖水をかけ、噛んが息から五神が生まれたうちの①柱。
五神は、天之忍穂耳尊・天之菩毘能命・天穂日命(天照大神の右の鬢の珠から化生)・天津日子根命(鬘の珠から化生)・活都日子根命(左手の珠から化生)・熊野久須毘命(右手の珠から化生)。 |
天鈿女命
天津神
天宇受売命
(あめのうずめのみこと) |
於須女(おすめ)、宮比(みやび)神ともいい、猿田彦の妻。天照大神が天岩戸に、隠れた時に、岩戸の前で舞った。これが神前で神楽を奉る最初となり、爾来芸能の祖神(おやがみ)として、芸道の人たちに崇められている。 |
天の岩屋・天の岩屋戸
(あまのいわや・と) |
天の岩屋とその戸。日本神話で天照大神が神に奉る衣を作るために忌服屋に籠もっていたときに、弟の素戔嗚尊が天馬の死体を放り込んだために、織女が驚き死んだ。天照大神は怒り、天の岩屋に籠ったため、天地が常闇・暗闇になった。そこで神々が相談し、いろいろな物を飾って、天児屋根命が祝詞を奏し、天鈿女命が舞った。少し開いた戸を勇武を誇る手力男命が剛力で開け放し、天照大神を迎え出し、世が再び明るくなった。天照大神の日の神、太陽神としての神格を表現する神話。 |
天津日高日子
(あまつひこひこ)
火遠理命
(ほおりのみこと)
山幸彦
(やまさちひこ)
穂穂手見命
(ほほでみのみこと)
彦火火出見命
(ひこほほでみのみこと) |
瓊瓊杵尊の息子。妻の木花之佐久夜毘売が一夜の交わりで妊娠し、疑われたのをはらすために、産屋に火をつけ、その中で三柱を産んだうちの一柱。
長兄の火照命は海の漁、末弟の火遠理命は山の猟を司る。 |
飛鳥大神
(あすかおおかみ)
事代主神・事代主命
(ことしろぬしのかみ)
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日本神話で大国主命と神屋楯比売神(かむやたてひめ)の間の子。賀茂一族の信仰の中心をなす神であり、また葛城王朝を支えた重要人物として日本書紀に書かれている。託宣の神ともいわれ、豊漁、海上安全守護の神、善悪を一言で判断し得る明智を持った神とされる。また、後世には福の神としての性格が強まり、商工業繁栄・商売繁昌のえびす信仰の福神。 |
天御中主神・大神
(あめのみなかぬしの
おおかみ) |
天地の最初に出現した造化三神の一柱。古事記では高御産巣日神(たかむすび)・神産巣日神(かみむすび)と三神としている。
天地の始癸に高天原に出現した高天原の主宰神で宇宙の根元の神。
日本の神々の祖先神であり、水天宮の子授け、安産祈願に広大無辺のご神徳を発揮する。
(東京・水天宮祭神) |
天明玉命
(あめのあかるたま
のみこと) |
旧事本紀で饒速日尊が天降ったとき、天照大神の詔として、「もし痛むところがあれば、この十種の宝をして、“ひふみよいむなやこと” といい、“ふるべゆらゆらとふるべ”
の呪文を唱えよ。そうすれば死人も生き返る」と教えられた。高皇産霊尊は、「中国で敵対するものが有れば、よく方便を尽くして防ぎ拒み、治平を遂げよ」といい、32柱を防衛者として付けて天降りの供奉とした。この32柱の1柱とする説がある。
また、玉作連(たまつくりのむらじ)等の祖である玉祖命(たまのおやのみこと)、櫛明玉神(くしあかだまのかみ)と同神とする説もある。 |
天太玉命
(あめのふとだまのみこと)
布刀玉命
(ふとだまのみこと) |
天岩屋戸神話に登場する神で、古事記では、布刀玉命とし、天照大神が天岩屋戸に隠ったとき、鹿卜をして、八尺の勾璁(やさかのまがたま)・八咫(やた)の鏡・白和幣(しろにきて)・青和幣を付けた賢木(さかき)を太御幣(ふとみてぐら)として持ち、天児屋命が祝詞を奏して天照大神の出てくるのを祈願した。日本書紀では、天太玉命が天岩戸の前に天香具山の榊を植え、上の枝に八坂瓊の五百箇の御統を掛け、中の枝に八咫鏡を掛け、下の枝に白和幣・青和幣を掛けて祈祷したとしている。また、忌部の遠祖としている。
〔 屋台祭 → 神奈川→藤沢・鵠沼 皇大神宮例祭の祭神 〕 |
天児屋根命
(あめのこやねのみこと) |
中臣の先祖神。天岩屋戸の前に集まった男神の一柱で、日本書紀では、岩戸の前で太祝詞を奏した。天照大神は、その美辞を賞賛したとある。
〔 屋台祭 → 神奈川→藤沢・鵠沼 皇大神宮例祭の祭神 〕 |
天夷烏命
(あめのひなどりのみこと)
天日照命
(あめのひなでりのみこと)
建比良鳥命
(たけひらとりのみこと) |
天菩比命・天卑能命(あめのほひのみこと)の子。 |