祭 辞 典
宝 珠 鳳 輦 鉾 台  本 (ほん) 法 橋 法 楽
本祭・陰祭 棒 持
(ぼうじ)
本社神輿
宮神輿
ほぞ・臍
ほぞ差
本地仏
(ほんじぶつ)
奉 斎
(ほうさい)
北条時頼
宝篋印塔
(ほうきょういんとう)
没日還午楽
( ぼつじつかんごらく)
法 会
(ほうえ)
幌獅子
(ほろしし)
本地垂迹説
(ほんじすいじゃくせつ)
布 衣
(ほい)
鳳 輦
(ほうれん)
放送屋台 法力房蓮生
(ほうりきぼうれんせい)
戊辰戦争
(ぼしんせんそう)
火之迦具土神
(ほのかぐづちのかみ)
火産霊神
(ほむすびのかみ)
火遠理命
(ほおりのみこと)
穂穂手見命
(ほほでみのみこと)
富登多多良伊
須須岐売命

(ほとたたらいすすぎ
ひめのみこと)
応神天皇・
誉田別尊・
品陀和気命・
胎中天皇

(ほんだわけのみこと)
布袋・布袋尊
(ほていそん)
   
名 前 説   明
宝 珠 (ほうしゅ) 寺院の屋根や高欄の親柱の頂きに付ける飾り。
鳳 輦 (ほうれん) 神さま(御神体・御霊代)の乗物で、本社から御旅所への渡御などに使われる。
Guidance 3 → 鳳輦の色々
鉾 (ほこ) 人形鉾、茶筅などの用具を載せたものを含むもので、人形・枠が上下する型の全般をいう。
鉾 台 後ろ側が人形の乗る鉾台
本 (ほん) 山車の数え方の一つで、鉾の時代の一本柱時代の名残から、一本、二本と数える。山車職人は、どんな形式の山車でも「鉾」と呼び、一本、二本と呼んだとされている。
本社神輿・宮神輿
 (ほんしゃ・みや)
Guidance → 神輿。
本祭・陰祭
 (ほんまつり・かげまつり)

江戸天下祭において、祭りの執行には費用がかかるため、幕府の命により山王祭と神田祭を隔年に行ったことに始まる。天下祭の当番の年の祭りを「本祭」、当番でない年の祭りを「陰祭」といった。
現在も東京では隔年〜3年毎に行う祭りが多く、陰祭は、基本的には神事のみであるが、神幸祭がない、本社神輿が出ない、町神輿の渡御も数が少ないなど、寂しいながら行われる祭りが多い。
また、近頃は、地方でも費用や人出の確保が難しいため、屋台を交代で隔年に出したり、市制記念などを除き規模を縮小する祭りも増えている。「本祭」を「表祭」、「陰祭」を「裏祭」ということもある。
法 橋
 (ほっきょう、ほうきょう、
     訓読・のりのはし)
仏法を、人を渡す橋に例えていう言葉で、正しくは法橋上人位という。法印(正しくは法印大和尚位)・法眼(法眼和尚位)の次の位で、律師に相当する僧位。五位に准ずる。中世・近世には、皇室から儒者・仏師・連歌師・医者・画家・人形師などにも与えられたが、明治6年(1873)に廃止された。
ほぞ・臍
ほぞ差 (ほぞさし)
ほぞを固める(決心する)・ぼぞをかむ(後悔する)などと使われる。建築では、一般に木材の接合部を補強のため、ほぞ差・ほぞ組と呼ぶ部材端にほぞと呼ぶ凸と他部材端にほぞ穴と呼ぶ凹穴を加工し組み合わせるときに使われる。形鋼などの金属の部材の組み合わせでもほぞピンなどと使われる。ほぞの形は、使用目的や必要強度などにより、平ほぞ・片胴付きぼぞ・四方胴付きぼぞ・馬乗りほぞ・面腰ほぞ・一本溝並ほぞ・二枚ほぞ、重ほぞ、小根ほぞ、蟻ほぞ、扇ほぞ、横ほぞなどいろいろある。
特に、木造で凸凹の多い路面を引かれることもある屋台では、鎹などで留める剛接合はむかず、適当に力を逃がすことができるほぞ差の柔接合が必須である。
また、仏像などを立てる場合に、足裏から出したほぞを台座のほぞ穴に押し込んで立てる場合などにも使われ、足裏のほぞを「足ほぞ」という。
ほぞ・ほぞ穴
棒 持 (ぼうじ)
捧げ(ささげ)持つこと。うやうやしく持つこと。

右絵は、長髄彦との戦いで苦戦したとき高倉下に貰った一振りの太刀を捧げ持つ姿の佐原の大祭の神武天皇の山車人形
長髄彦との戦いで苦戦したとき高倉下に貰った一振りの太刀を捧げ持つ神武天皇
北条時頼 1227〜1263。北条時氏の子で鎌倉幕府の執権(将軍を補佐し政務を統括する最高位。北条時政以降、北条氏の世襲となる)となり北条氏の独裁性を確立した。出家して道祟、また最明寺といわれ、諸国を遍歴して時勢民情を探った。
奉 斎 (ほうさい) 神仏を謹んで祀ること。つつしみきよめて祀ること。
法 会 (ほうえ) 説法・経典の読誦などの仏事を行って、死者の追善供養を営むための行事。
宝篋印塔
(ほうきょういんとう)
宝篋印陀羅尼を納める塔。後世、供養塔・墓碑塔として建てられた。
宝篋:仏説(宝経)を蔵する筺。
陀羅尼:梵文の呪文をそのまま読誦すること。読むともろもろの障害が除かれ、種々の功徳を受ける。短いものを真言、長いものを陀羅尼という。
本地垂迹説
 (ほんじすいじゃくせつ)
神道と仏教を両立させるために、奈良時代から始まった神仏習合・神仏混交(神と仏を同体と見て一緒に祀る)の信仰を理論付けし、整合性を持たせた一種の合理論で、平安時代に成立した。その基礎には仏教以前の山岳信仰と修験道などの山岳仏教の結びつきがあったという。
具体的には、仏・菩薩が人々を救うために、さまざまな神の姿を借りて現われるとしている。このような形而上の存在であるはずの仏が現実の世界に姿形をとって現われるという思想は、大乗仏教の教論に広くみられる。
また別のいい方をすれば、「本来の姿は仏教の仏(本地仏)、その仮の姿が神道の神」との説。
鳳 輦
 (ほうれん)
鳳輦の鳳(ほう)とは、四瑞(麒麟・亀・竜・鳳凰)として尊ばれた中の一つである鳳凰の雄をいう(雌は、凰)。輦(れん)は、天子の乗物、手ぐるま、腰車をいい、鳳輦・葱花輦・輦輿、輦車・歩輦などと使われる。
 字の意味から神社の鳳輦といえば、屋形の上に雄の鳳凰をつけた輿で、神さま(御神体・御霊代)の乗物。
 また、鳳輦は、鸞輿(らんよ)、鳳輿ともいう。
上野五条天神社の鳳輦
法 楽 本来は、「仏法を味わって楽しみを生じること」「仏の教えを信受する喜び」「釈迦が悟りを開いたあとの1週間、自分の悟った法を回想して楽しんだことが原義」「経を読誦したり、楽を奏し舞をまったりして神仏を楽しませること」「和歌・芸能などを神仏に奉納すること」などであるが、成田祇園祭では神道の祭事・神事にあたる行事をいう。
本地仏 (ほんじぶつ) 本地垂迹説による、神の本地であるとされる仏。「本地」とは本来の姿の意味。
例えば成田山新勝寺の大日如来は本地仏、不動明王がその神。
戊辰戦争
 (ぼしんせんそう)
慶応4年(1868)の戊辰の年1月から翌年5月にかけて、維新政府軍と幕府派との間で行われた内戦。鳥羽・伏見の戦い・上野の彰義隊の戦い・会津戦争・箱館戦争などの総称。
火遠理命
 (ほおりのみこと)
山幸彦
 (やまさちひこ)
天津日高日子
 (あまつひこひこ)
穂穂手見命
 (ほほでみのみこと)
彦火火出見命
 (ひこほほでみのみこと)
瓊瓊杵尊の息子。妻の木花之佐久夜毘売が一夜の交わりで妊娠し、疑われたのをはらすために、産屋に火をつけ、その中で三柱を産んだうちの一柱。
長兄の火照命は海の漁、末弟の火遠理命は山の猟を司る。
応神天皇・誉田別尊・品陀和気命・胎中天皇
 (ほんだわけのみこと)
仲哀天皇と神功皇后の第4皇子。神功皇后と応神天皇の関係は、父親不在の、マリアとキリスト、摩耶(釈迦の母)と釈迦の関係と同じ処女懐胎の母子信仰とされている。
神々の中で最初に仏名を持った神で八幡大菩薩といわれる。
神功皇后が新羅へ出征し、凱旋の日に筑紫の宇美で生れた。幼少時代は神功皇后が摂政として天皇を助けた。
勢力が発展し、大陸文化が盛んに輸入された。また、この時代に儒教が始まった。日本文化の興隆に貢献した大和朝廷の傑出した文化人指導者であった。
神功皇后とともに、八幡神にこじつけて、皇祖神や武神として各地の八幡宮に祭られている。
布袋・布袋尊
(ほていそん)
伝統行事・民俗芸能→七福神
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Page Last Updated 2008.1.25
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