祭 辞 典
2段目以上の回転 荷茶屋 日本三大曳山祭 京都祇園祭 高山祭 秩父夜祭 仁木 弾正
日蓮聖人 日本三大祭り 人形座 人形師 新田 義貞 二十四孝
(にじゅうしこう)
和幣・幣帛・幣
(にぎて)
二十八宿
(にじゅうはつしゅく)
日本霊異記
(にほんりょういき)
日本現報善悪
霊異記

日本国現報善悪
霊異記
白和幣
(にきて)
青和幣
       
瓊々杵尊
邇邇芸命

(ににぎのみこと)
二位の尼
(にいのあま)
和魂・和御魂
(にきたま、にきみたま)
       
名 前 説   明
2段目以上の回転 川越まつりなどの山車で、車輪の台座・台輪の上部が回転出来る構造。「曳っかわせ」「囃子の競演」などを行うときなどに回転する。 回転台、回り舞台と同意語。
日本三大曳山(屋台)祭
「日本三大美祭」ともいわれ、絢爛豪華、荘厳華麗、幽玄哀愁が揃った祭屋台を持つ、京都祇園祭、高山祭、秩父夜祭をいう。
祭り名 国の重要民俗資料
(屋台)
国の無形民俗文化財 記念切手の発行
京都祇園祭 昭和54年 昭和39年
高山祭 昭和35年 昭和54年
(祭行列・行事)
昭和39年
秩父夜祭 昭和37年 昭和54年
(曳行、屋台囃子、
歌舞伎、曳き踊など)
昭和40年
京都祇園祭
 (きょうとぎおんまつり)
日本三大祭の一つにも数えられる。貞観11年(869)に都に疫病が流行したとき、その退散を願って始められた「祇園御霊会」が起源であるとされている1000年以上の歴史のある八坂神社のお祭りで、7月1日の吉符入りに始まり、宵山、山鉾巡行、神興祭、花傘巡行、還幸祭等の諸祭行事を経て、29日の神事済奉告祭、31日の疫神社夏越祭で終わる1カ月間の祭り。17日には32台の山鉾が巡行する。
高山祭
 (たかやままつり)
岐阜県高山市で、春・秋に行われる、高山祭・春の山王祭と高山祭・秋の八幡祭をいう。高山祭・春の山王祭は、4月14〜15日、高山祭・秋の八幡祭は10月9〜10日に行われる。
国指定重要有形民俗文化財に指定されている23台の屋台が引きまわされ、4台の屋台では「からくり人形」が上演される。 
秩父夜祭
 (ちちぶよまつり)
埼玉県秩父市で、12月2〜3日に行われる。国指定重要有形民俗文化財に指定されている豪華な笠鉾2台、屋台4台が引きまわされ、また屋台では、歌舞伎が演じられる。 
日本三大祭り 江戸時代の江戸天下祭京都祗園祭大阪天神祭をいう。
人形座・台 (にんぎょうざ) 人形山車(重層構造の山車)において、人形が載っている層をいう。 囃子座 参照。
新田 義貞 1301〜1338。鎌倉末期、群馬県新田郡新田町に生まれ育った。幼名は小次郎。現在の反町薬師に新田屋敷があったとされ、近くには挙兵の地生品神社、尾島町には、挙兵のきっかけとなった世良田東照宮がある。
1333年(正慶2)に弟の脇屋義助とわずかな手勢で鎌倉幕府北条氏を滅ぼし、左兵衛督に任じられた。鎌倉攻撃の途中、海を渡るときに黄金の太刀を海に投げ入れ祈ったところ海の中に道ができ進むことができたという。
1335年(建武2)足利尊氏と対立し、箱根竹の下の合戦で尊氏軍と戦い破れる。1336年足利軍を破り尊氏を九州へ遁走させたが、再起した尊氏に兵庫の戦いで敗れ、越前金ヶ埼城へ逃れ、1338年越前藤島(灯明寺畏畷)で戦死した。
新田氏は上野新田荘を本拠とする豪族で、足利氏と同じ源氏義国からでた武家の名門であったが、北条氏に冷遇された。そのためもあり足利尊氏と共に戦い、鎌倉幕府を攻め滅ぼしたが、その後尊氏と対立することになった。
小さな墓が、茨城県竜ヶ崎市若柴金竜寺にある。
日蓮聖人 貞応元年(1222)〜弘安5年(1282)。安房国長狭郡東条郷片海(現在の鴨川市、旧・安房郡天津小湊町)の小湊で漁師の子として誕生。別名:蓮長・立正大師。
16才で出家。多くの宗派がある仏教界に疑問を感じ、各地の諸寺を訪ねた結果、法華経が真の仏教を確信、すべての宗派が法華経に従うべきとし、念仏信仰を非難。他の宗派の反感をかい、安房から追放されたため、鎌倉で布教活動をした。この頃、天変地変が頻発していたのは、念仏などの邪教が蔓延しているからだと説き、中下層武士の弟子うあ信徒を得た。
しかし、鎌倉幕府から弾圧を受け、伊東へ2年間流罪となり、その後も安房へ戻り「立正安国論」を呈上するなどしたが、再度佐渡へ流罪になった。その後も法華経への帰依を主張したが認められず、身延山に落ち着いた。その後、10年足らずで生涯を閉じた。
死後に皇室から日蓮大菩薩と立正大師の諡号を追贈された。
山岡荘八の小説「日蓮」は必読。
日本霊異記
 (にほんりょういき)
日本現報善悪霊異記日本国現報善悪霊異記
 (にほんこくげんほうぜんあくりょういき)
九世紀のはじめ(弘仁13年・822とする説あり)、奈良薬師寺の僧・景戒が編集した仏教説話集で、上巻35話・中巻42話・下巻39話・合計116話が収められている。
内容は、民間に伝承されていた奇跡や怪異などの話が多く、皇族・貴族・役人・僧などが登場する。
二十四孝
 (にじゅうしこう)
中国の元の時代に郭居敬によりまとめられたとされる、親孝行の24人を選定したもの。日本では、江戸時代の寺子屋で道徳教育にも使われた。屋台・山車の彫刻の題材に多く使われている。
二十八宿
 (にじゅうはつしゅく)
古代中国の星座で、天の赤道にそって決められた28の星座をいい、月の天球上の位置を示すために使われたが、その後、年・月・日に割り当てられ、それが吉凶に絡め、吉凶の占いに使われるようになった。
仁木 弾正 歌舞伎「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」など伊達家のお家騒動に登場する人物でお家乗っ取りをはかる“国崩し”といわれるほどの悪役中の悪役。
白和幣 (しろにきて)
青和幣
天岩屋戸で天太玉命などの神々が、天岩戸の前に天香具山の榊を植え、上の枝に八坂瓊の五百箇の御統を掛け、中の枝に八咫鏡を掛け、下の枝に白和幣・青和幣を掛けて、皆で祈祷したと日本書紀にある。これは、玉・鏡・剣の三種の神器を和幣に代えた形で、天照大神の再降臨を祈願した。
また、素戔鳴尊を追放した際に、手足の爪を出させ、唾を白和幣とし、よだれを青和幣として、素戔鳴尊を追い払ったと一書に書かれている。
大辞林では、和幣は、神々に捧げる麻などの繊維で織ったの布とある。
瓊々杵尊・邇邇芸命
 (ににぎのみこと)
天忍穂耳尊(あまのおしほみみのみこと)と栲幡千々姫の間の子で、天照大神の孫。天照大神の命によってこの国土を統治するため、高天原から日向国の高千穂峰に降り、大山祇神の女、木花咲耶姫を娶り、火明尊(蓬莱宮にあって、関東以北を治めた)・火之進尊(阿多隼人の祖)・彦火々出見尊を生んだ。
山車の人形の題材になっている。
二位の尼
 (にいのあま)
御名は時子。平清盛の正室。宗盛・知盛・重盛・徳子の母。清盛の死後出家し、従二位に叙せられ二位の尼と呼ばれた。孫の安徳天皇と京都から西へ逃れ、壇ノ浦で入水した。
(東京・水天宮祭神)
Page Last Updated 2006.10.25
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