祭 辞 典
地 車 地走り 標 山 巡 行 神幸・神幸祭
神幸行列
神饌幣帛
供進神社

(しんせんへいはく)
潮満珠・潮盈珠
(しおみつのたま)
潮干珠・潮乾珠
(しおひのたま)
上 段 猩 々 猩々緋 三味線胴 上覧祭 石 橋
(しばらく)
所作・所作る 地 覆 書 体 白 張 (しらはり) 白張仕丁
(しらはりじちょう)
神 紋
鯱 巻 諸葛亮
(しょかつりょう)
諸葛孔明
(しょかつこうめい)
獅噛・歯噛み
獅噛み・顰

(しかみ、しがみ)
神仏習合
神仏混淆

(しんぶつこんこう)
神 祇
(じんぎ)
矢籠・矢壺
・尻籠

(しこ)
神 饌
(しんせん)
神酒・御酒
(しんしゅ)
獅子屋台
(ししやたい)
十干・十二支 地文・紋 真 読
(しんどく)
神 座
(しんざ)
自衛隊の階級
砂 切
(sんぎり・しゃぎり)
車 切
(しゃぎり)
どんでん
神人和楽
(しんじんわらく
・こんじんわらく)
 (じょう)  (しじ) 乗馬袴
(じょうばばかま
・じょうばこ)
陣羽織
装 束
神輿の担ぎ手

(しょうぞく)
志那都比古神
(しなつひこ)
級長戸辺神
(しなとべのかみ)
級長津彦命
(しなつひこのみこと)
神功皇后
(じんぐうこうごう)
鍾 馗 (しょうき) 聖徳太子 神武天皇 七福神 寿老人
寿老神

(じゅろうじん)
四 魂
(しこん)
四 神(しじん)
四神旗
(しじんき)
四神相応
(しじんそうおう)
名 前 説   明
地 車
 (じぐるま)
重い物をひく車。車体が低く4輪あるもの。地車祭は京都八坂神社の祇園祭をモデルに、日本各地に広まった祭の形態のひとつ。中でも「だんじり」は、堺から泉州、南河内地域に特有のもの。 
地走り (じばしり) 底抜け屋台を伴った踊り行列をいう。踊り屋台はなく、踊り手は歩いて踊る。
標 山 (しめやま)
もともとは、大嘗祭に悠紀(ゆき)・主基(すき)の両国司の列立すべき所を標示する飾り物。山形に作り木綿(ゆう)・榊・日月などをかたどって装飾し、卯の日に斎場から供物とともに大嘗宮へ引く。祇園祭の山鉾のようなもの。
鯱 巻
 (しゃちほこまき)
人形山車の人形や枠を上下するための装置の一部。
三味線胴
 (しゃみせんどう)
三味線の胴のように、角に丸みが付いた山車の高欄の下部などの四方を囲む飾り。 三味線胴
上 段
 (じょうだん) 
重層の人形山車において、人形が載る層。「下段」は、その下の段をいう。「」と同意語。 
所 作
 (しょさ)
踊り、手踊り。
所作る
 (しょさる)
(動詞)所作をする、踊る。
巡 行
 (じゅんこう)
方々をめぐりあるくこと。  渡御 参照。
神幸・神幸祭・神幸行列
 (しんこう)
渡御祭・御旅祭
神幸:遷宮、または、祭礼に際し、神霊が神輿・鳳輦や御船代などに乗って新殿または御旅所などに渡御すること。神のいでますこと。神の臨幸。
神幸祭:神社の行事で神霊の移動そのものを神威の顕れとしてまつる神事。神霊を神輿などに載せ、氏子町内を巡行すること。
神幸行列:神幸・神幸祭の行列。
還幸祭 参照。
神田祭・神幸祭
上覧祭
 (じょうらんまつり)
江戸天下祭と同意語。
地覆・地輻・地伏
 (じふく)
門や高欄の最下部に取り付ける横材。 
書 体
篆書
(てんしょ)
篆書には、大篆(だいてん)と小篆(しょうてん)がある。大篆は、周の宣王の時代に史籀(しちゅう)がつくったとされている。小篆は、大篆からできた書体で、筆写に適している。秦の時代に李斯(りし)がつくたとされている。わかりやすい書体の隷書・楷書がその後つくられてからは、篆書は碑銘・印章などに限定して使われている。
隷書
(れいしょ)
秦の始皇帝の時代につくられた卑しい身分のものにもわかる書体の意味で、小篆を簡略化して実用本位に考え出された。漢時代に広く使われた代表的な書体。
楷書
(かいしょ)
隷書から転化したもので、点画をくずさない書き方。
行書 楷書と草書との中間の書体。隷書を簡略にしたもの。
草書 行書をさらにくずし、点画を略したもの。
中国で生まれた漢字の書体は、篆書→隷書→楷書→行書→草書の順番でより使いやすい書体がつくられた。

 (しゃちほこ、
  さちほこ、しゃち)
・クジラ目ハクジラ亜目マイルカ科、歯クジラの一種。体長約9m、逆鉾状の背びれは大きく体長の1/4以上にもなり、胸びれや尾びれも大きい。背面は黒、腹面は白色で、頭は円錐形で歯が鋭い。世界中の海に分布。クジラを襲うこともあり、土佐では「くじらとおし」という。
・棟の両端の飾りの一つで、頭は龍で背に鋭いとげを持った魚の形で、波を起こして雨を降らす鴟尾(しび)の変形とされる。13世紀に禅宗と一緒に日本へ入り、寺院の厨子などの屋根に飾られた。安土桃山時代頃からは城の天守閣などに飾られるようになった。鯱を城に一番早く採用したのは信長の安土城といわれ、兵火を逃れ、権威の象徴として飾られたという。
静御前 源義経の愛妻。丹後の竹野郡網野町磯で禅師の娘として生まれた静御前は、母と京都へ上がり、白拍子になった。源義経に舞姿を見そめられ、側室となって男子を産んだが、義経は兄の頼朝に吉野に追われ、かわいい子供も殺されてしまい、磯村に帰り、二十余才という若さでこの世を去ったとされている。磯には静御前を祀った神社があり、静御前の墓とされる塚がある。
静御前の物語は、謡曲や歌舞伎、文学の格好の題材として多く扱われ、雪の吉野山での義経との別離や、鎌倉鶴岡八幡宮で義経を恋い慕う舞を舞った物語は有名である。
石 橋
 (しゃっきょう)
能の一つで、むかし寂昭法師が唐の国へ行き、清涼山の石橋で獅子の舞を見るストーリの能。また、能の「石橋」にもとずく所作事の総称で、鏡獅子・連獅子なども「石橋」ものという。
暫 (しばらく) 江戸の荒事の歌舞伎十八番の一つ。元禄10年(1697)に中村座の「参会名護屋」に初代市川団十郎が初演、2世の代になり演出も完成され十八番となった。
ストーリは、悪人に捕らえられた罪のない善男善女が皆殺しにされようした危機一髪に、「暫く」と大声で現れ、悪人をこらしめる。この場面以外は上演ごとに筋が創られる。現行の定本は、明治18年(1895)に9代目団十郎が演じた台帳で、現在も市川団十郎とその門弟によって演じられる。
猩 々 能の一つで、唐土の揚子の親孝行な高風という酒売りがいた。市がたつたびに酒を買うある客は、いくら飲んでも顔色が変わらないため聞いたら、潯陽の海中に住む猩々だという。ある夜に、高風が猩々を待っていると、海中から出現し、酒を飲んでは舞い遊び、汲めども尽きぬ酒壷を高風に与えては消えていくストーリ。
また、中国の想像上の怪獣で、体は狗や猿に似、長い朱紅色の毛で覆われている。面貌は人間に、声は子供の泣き声に似る。人間の言葉を理解でき、酒が好きだという。
この猩々の血を想像させる黒みを帯びた鮮やかな深紅色、または、その色の舶来の毛織物を猩々緋、または、緋猩々という 。
白 丁
 (はくちょう、はくてい)
白 張
 (はくちょう、しらはり)
如 木 (じょぼく)
白張仕丁
 (しらはりじちょう)
白帳:公家の傘持・履持・車副などの雑色などが着た糊をつけた白色の狩衣。糊を強くつけてあり、木のように見えることから、如木ともいい、これを着た雑色を如木ともいった。
白丁:元々は白帳を着た雑色をいったが、祭りでは白帳を着た神輿の担ぎ手などをいう。
白張仕丁:白張を着た仕丁(輿を舁いたり、雑用をする人)。
神 紋 (しんもん) 神社の紋章を「神紋」という。平安時代に公家が、衣服や道具、牛車などに描いた模様が始まりで、家紋や神紋になった。模様は、祭神や土地、神社の名前などに因んだものが多いが、代表的なものは、巴紋がある。
神 饌 (しんせん)
御 饌 (みけ)
御 贄 (みにえ)
神社や神棚に供える供物をいい、御饌(みけ)・御贄(みにえ)ともいう。神饌は、火打ち石などで起こした神聖な炎(いみび、忌火)使って煮炊きして供える熟饌(じゅくせん)と、生のまま供える生饌(せいせん)とがある。
神社などでは、米・塩・水・野菜・果物・鯛・鰹節・海藻・酒などを供える。祭事の後で供えた神饌を食べる宴のことを直会(なおらい)といい、神の供物を食べることで神に近づくという意味がある。
諸葛亮
 (しょかつりょう)
諸葛孔明
 (しょかつこうめい)
181〜234、中国の後漢末期から三国時代の、蜀漢の丞相・軍略家。字は孔明、諡は忠武侯(ちゅうぶこう)。伏竜、臥竜とも呼ばれる。劉備に仕え、赤壁の戦いで魏の曹操を破った。劉備没後、その子劉禅を補佐、出兵中に五丈原で没。
成都の武侯祠に祀られている。 
地文・紋
染め抜き文・紋
地文:紋綸子、紋羽二重、紋縮緬などの紋織物で、異なる糸を使ったり、同じ糸の一部を浮かして模様を織り出す。浮かして織った模様を上文という。
染め抜き文:地色(じいろ)に紋を白く染抜いた紋で、格式が高い正式な紋。礼服や幔幕、幟などに使われる。 
獅噛・歯噛み・獅噛み・顰
  (しかみ、しがみ)
大きなものは、大獅噛(おおしがみ)ともいう。
龍とともに霊獣とされた獅子が噛んでいる飾りをいい、霊気にあやかり、力強さを表す。
古くは、懸仏、仏像、兜の目庇の上や鎧の肩、火鉢の脚、人形の帯のバックルなどに多く見られ、日光東照宮・陽明門(下絵・最下)にも金色に輝く獅噛がある。
また、平安時代に創られた神将像には誇張された憤怒の形相を表現する手法の一つとして多く見られる。
獅噛が使われているかどうかやその形式から創られた時代を推定することも行われている。
屋台では、山車人形の腰ベルトのバックル(下絵・上左)、兜(下絵・上右)、唐破風屋根の鬼板(下絵・中左)の題材とくにだんじり(地車)の鬼板はほとんど獅噛を使う。また、台輪のアクセント(下絵・中右)などにも使われている。
歯を噛みしめるとき顔がしかむことから、極端に怒った相貌の鬼神の面の表情なども獅噛という。“顰めっ面(しかめっつら)”も同類語。
模様にも使われ、古くは正倉院所蔵目録に獅噛文と書かれた獅子の文様を描いた布地があるという。
能面にも顰(しかみ、獅噛・歯噛)と呼ばれる羅生門・紅葉狩・舎利などに使われる歯を噛みしめた面がある。
山口・功山寺の韋駄天像、京都・養源院の毘沙門天像などの武将姿の仏像にも獅噛が見られる。
山車人形の獅噛 山車人形の兜の獅噛
屋台の鬼板の獅噛 台輪のアクセントとして飾られた獅噛
→ 珍しい下あごのある
成田祇園祭・成田山交道会の
山車の日本武尊のバックル。
成田祇園祭・成田山交道会の山車の日本武尊のバックル
日光陽明門の獅噛
Guidance 2 →屋台の獅噛 〕
矢籠・矢壺・尻籠
 (しこ)
矢を入れる筒の一種。葛藤(つづらふじ)のつるや竹で編んだ簡略なもの。
箙(えびら):矢を入れる武具。矢を差す方立(ほうだて)とよぶ箱と、矢をよせかける端手(はたて)とよぶ枠からなる。この左右の端手に緒をつけて腰につける。
胡ぐい(やなぐい):矢を入れ、右腰につけて携帯する道具。奈良時代から使用され、状差し状の狩胡(かりやなぐい)と幅の広い平胡ぐい(ひらやなぐい)とがある。また、古製の靫(ゆき)が発展したものを平安時代からは壺胡ぐい(つぼやなぐい)といい、公家の儀仗用となった。
神仏習合
神仏混淆
 (しんぶつこんこう)
神 祇
 (じんぎ)
天の神と地の神。
潮満珠・潮盈珠
 (しおみつのたま)
潮干珠・潮乾珠
 (しおひのたま)
潮満珠を投げようとする武内宿禰の山車人形山車人形に多い武内宿禰の人形は、潮満珠を海へ投げようとする場面が多い。武内宿禰は、古事記に300年以上も生き、景行・成務・仲哀・応神・仁徳の五代の天皇に244年間仕えたとされている。神功皇后の新羅攻略を補佐、景行天皇の時代の蝦夷地視察、応神天皇誕生後の籠坂・忍熊王子の叛乱討伐など功績が多い。
また、霊媒者として能力を持ち、日本書紀によれば、神功皇后が神田に溝を掘るときに邪魔になった大きな岩を、竹内宿禰が祈ると雷が落ち岩を打ち砕いたという。
・潮満珠は、潮干珠とともに、兄火照命を懲らしめるため、綿津見の神が弟火遠理命に授けた二つの玉。
・潮満珠・潮盈珠(しおみつのたま、しおみつたま):海水につければ水を満ちさせる呪力があるという珠。
・潮干珠・潮乾珠(しおひのたま、しおひたま):海水につければ水を引かせる呪力があるという珠。
・綿津見の神:海の守護神を祀る海神社(神戸市)や志賀海神社(福岡県)の祭神と祀られている、底津綿津見神、中津綿津見神、上津綿津見神の海神三神をいう。
真 読
 (しんどく)
法会などで、教典を省略しないで全部読むこと。vs.転読
神 座
 (しんざ)
神社や神棚の神霊や護符を奉安する場所。神霊の降ってくる場所。
神饌幣帛供進神社
(しんせんへいはく)
神前に奉献する神饌について定めた、明治39年第96号の勅令による神社で、次のように定めている。昭和21年に廃止された。
第一条 府県又ハ北海道地方費ハ府県社郷社、市又ハ町村ハ村社ノ神饌幣帛料ヲ供進スルコトヲ得
2 前項ニ依リ神饌幣帛料ヲ供進スルコトヲ得ヘキ神社ハ地方長官之ヲ指定ス
第二条 前条神饌幣帛料ノ金額ハ内務大臣之ヲ定ム
第三条 町村制ヲ施行セサル地方ニ於ケル村社ノ神饌幣帛料ニ関スル規定ハ内務大臣之ヲ定ム
砂 切
 (さんぎり、しゃぎり)
舞台囃子や屋台囃子の曲名の一つで、屋台囃子ではおもに佐原など千葉県や茨城県の水郷地方で儀式的な曲として演奏されることが多い。
車 切
 (しゃぎり)
どんでん
中部地方の祭りで、4輪固定の山車を旋回するときに、前後輪のどちらかの2輪を持ち上げて廻したり(尾張津島秋まつり)、2輪を滑らせて廻す(犬山祭)ことをいう。犬山祭では、2輪を持ち上げて廻すのは、“どんでん”という。尾張津島秋まつりでは、車切大会が行われる。
舞台囃子や屋台囃子の曲名の一つで、屋台囃子ではおもに中部地方で使われ、屋台の曳き出しや道行きの曲として演奏される。

右絵は、犬山祭の車切。
犬山祭:車切
四 神 (しじん)
四神旗 (しじんき)
四神相応 (しじんそうおう)
天の四方をつかさどる神獣で、東の青龍(せいりょう)、西の白虎(びゃっこ)、南の朱雀(すざく)、北の玄武(げんぶ)をいう。
古来から中国や日本には、天の四方を司る四神と呼ばれる神獣の考え方があり、古墳の石室内に四神を極彩色で描いたり、四本の旗に描いて四神旗として朝廷で元日の朝賀や即位礼などに大極殿や紫宸殿の庭に立て威儀をととのえた。
現在でも、神社の例祭などでは、四神旗を境内に立てたり、神幸祭で神輿などと一緒に巡行する。
屋台には、この四神を題材に描いた飾りが多い。
四神:天の四方を司る神獣で次の表のとおりである。なお。五行説には、中央に黄竜が配置されている。
神 獣 司る方角 司る季節
(中国で神に
配した四季)
備 考
青竜(せいりゅう・せいりょう) 春(句芒)
朱雀(すざく) 夏(祝融)
白虎(びゃっこ) 西 秋(蓐収)
玄武(げんぶ) 冬(玄冥)
黄竜(おうりゅう・おうりょう) 中央 五行説
四神旗:四神を描いた4本の旗。朝賀や即位の大礼のとき、大極殿や紫宸殿の庭に立てた。
四神相応(しじんそうおう):四神に相応じた最も貴い地相で、平安京はこの地相に基づいて街つくりがされた。長岡京遷都で失敗をした桓武天皇が起死回生のために、山背国に遷都し794年に平安京とした。つくるにあたっては、中国の古典に詳しい学者を集め検討した。京都盆地は、北に船岡山・鞍馬山、東に鴨川、南に干拓した巨椋池、西に山陰・山陽道などがある理想の地相とされた。
方 角 神 獣 吉相の地相
青竜 流水・清流
朱雀 湖沼・窪地
西 白虎 大通り
玄武 丘陵・山・木々
 (じょう) 律令制で、国司の第三等官。「出雲掾」国司に与えられた従七位上の官位。
近世以降は主に浄瑠璃の太夫に与えられた称号。大掾・掾・少掾の3階級があり、当人1代に限る。
神輿の担ぎ手の装束
 (しょうぞく)

−捻り鉢巻
一般に手拭いを捻って鉢巻にする。
−鉢巻紐・結上鉢巻
 バンダナ鉢巻
鉢巻にするためのカラフルな細い紐を編んだ径10〜20mmの紐。すぐに使えるように輪にしてある紐を結上鉢巻(ゆいあげ)という。
−くわがた鉢巻
幅4〜5cmの帯状の布を後ろを跳ね上げるように止めて、すぐに鉢巻として使えるもの。 くわがた鉢巻き
−かぶり手拭い すぐにかぶれるように結んである手拭いや手拭いをかぶることをいう。左右を細く、前後に長く結んだ手拭いを、喧嘩かぶり手拭という。
−袢天・半纏
 印半纏・半天 (はんてん)
 法被・半被 (はっぴ)
江戸時代中期頃から、羽織の代用の防寒用として、また、職人などの仕事着として着られるようになり、また、江戸後期の天保の改革で羽織の着用が禁止になったことから盛んに着られるようになった。
名前は、法被・半被(はっぴ)、袢天・半纏・半天(はんてん)などいろいろあるが、“ はっぴ ”と“ はんてん ”には違いがある。
“ はっぴ ”は、“ はふひ(法被) ”、または、“ はんび(半臂) ”が転化したとされ、襟を折る羽織に対し、襟を折らないたけの短い衣料で、“ はんてん ”に比べ、袖丈が長く、幅が広い。胸紐を通す“ 乳(ち、注1) ”が付いている。仲間や下級武士も着ていたとされ、一部では“ はんてん ”よりも格上とされていた。
“ はんてん ”には襠・袵衽がなく、“ 乳 ”もなく紐は付けず上から三尺の手拭いで締めたという。半天は当て字。
その後江戸では“ はっぴ ”は着られなくなり、“ はんてん ”に替わった。

現在、祭半纏について、“ はっぴ ”と“ はんてん ”を区別なく呼ばれることが多いが、関西では“ はっぴ ”と呼ばれることが多いようであるが上記のような仕立ての違いがあるかは不明である。
祭りで“ はんてん ”が着られるようになったのは、江戸時代に描かれた「南伝馬町天王祭礼(東京都立中央図書館蔵)」にも既に、褌に半纏を三尺帯で締めたり、褌に腹掛に半纏の担ぎ手が描かれている。
今でも半纏は、祭りの特に町神輿の担ぎ手には欠かせない衣装であり、睦や町会の印を入れた印半纏として広く着られている。また、各種イベントや綿を入れた防寒着(ねんねこ)として日常的にも着られている。
印半纏
(しるしばんてん)
襟・背・腰の部分などに屋号・町会名・睦名などを染め抜いた半纏。商家では、店員に印半纏を着せたり、出入りの職人に盆暮れに贈った。これを“ お仕着せ半纏 ”というところもある。
革半纏 革製の半纏で、火消し用や防寒用に着られた。
蝙蝠半纏 紺・浅葱、紺・茶などの2種類の色糸を使って、碁盤目の縦横縞にした弁慶縞といわれる布で作ったたけの短い半纏。旅職人などがレインコートとして使った。
ねんねこ半纏 赤子をおんぶするときの綿入れ半纏。
亀の子半纏 左右の袖がなく亀の甲の形に仕立てた子供用の半纏。
長半纏 着物よりたけの少し上まである長さで、衽がなく、襟が裾まである半纏。
鳶職人や火消しなどの厚手の生地に刺し子をした半纏は、このサイズ。
陸尺半纏 (ろくしゃく) 主に駕籠舁きなど力仕事や雑役に従う人夫が着た半纏。
よさこい半纏 近年はやりのよさこいイベントで着るたけの長い長半纏の一種。
注1)乳(ち):形が乳首に似ているところからこの名があり、羽織・草鞋などの縁に、紐などを通すために付けた輪。(右絵の赤丸部分など) 草鞋の“ 乳 ”
−鯉口シャツ・ダボシャツ
・鯉口シャツ:薄手の木綿で、前あきがボタンになっている。襟はなく、鯉の口のように丸くなっている下着。袖は長袖、七分袖などがある。ゆったりとできており、白物・カラー・柄物など多彩。

・ダボシャツ:鯉口シャツと同形状であるが、比較的ゆったりと(ダボダボに)仕立てられたものをいう。寅さんが着ているのもダボシャツ。
寅さんはダボシャツを愛用
−祭 T シャツ 祭りに因んだロゴなどを描いた T シャツ。鯉口シャツの代用として着られることが多い。
−腹 掛 胸から腹の前面を覆い、腹部に大きなポケット(どんぶり)が付いた鯉口シャツの上に着る衣類。背部は、細い布を斜め十文字に交差させて止める。昔は、職人が着て、ポケットに小道具などを入れた。
−半纏帯
 三尺帯
 胴巻
 腰巻・しごき(志古貴)
・半纏帯:金糸を織り込んだ金襴や真田紐(真田昌幸が刀の柄を巻くのに使った)などの帯地を二つ折りにし、幅5〜10cm、長さ1.5m〜2.5mにて仕立てたもの。柄は、無地から、そろばん、吉原などと呼ばれる織り模様が入ったものまでいろいろである。
担ぎ手の中には、仕立てた半纏帯は、滑りやすいとして、三尺の手拭を使う人が多いという。
・三尺帯:長さ三尺の手拭を、帯がわりに締めるもの。神輿の担ぎ手によく使われる。昔は、職人に利用者が多かった。

・胴巻:財布などを入れるために腹に巻く布。神輿の担ぎ手も半纏の下に巻く。
・腰巻:本来は、女性が和服の下に腰から脚部にかけてまとう布であるが、はんだ山車まつりなどでは、山車の引き手の衣装の飾りとして、金襴などで仕立てた帯をいう。
半纏帯 三尺帯
−襷 洗濯や両手を使う労働・剣術などで、主に着物の袖がじゃまにならないように、輪にした細長い布を、後ろでクロスして両腕に通して使う紐。
−手 甲 (てっこう、てこう)
 脚絆・脚半 (きゃはん)
 脛 巾 (はばき)
 ゲートル
・手甲:布や革で作った手の甲をおおい外傷などから守る。職人や旅行などで使われた。
・脚絆:旅や遠出などで、歩きやすくするため脛に巻き付ける布。脛巾は、古いいい方で、布や藁で作り、上下を紐で縛る。日枝神社山王まつりの鳳輦の担ぎ手は、麻の脛巾を付ける。
・ゲートル:綿・麻・ラシャや革で作り、脛を覆う。紐で編み上げたり、巻きつけた。
−褌
 六尺褌
広辞苑による「男子の陰部をおおい隠す布」とある“ ふんどし ”は、昔の男性の下着であった。
今の下着は、「パンツ」、「ブリーフ」、「トランクス」など形状により一つの呼び名しかないが、“ ふんどし ”の呼び方には、右のようにいろいろあった。
相撲取りの“ ふんどし ”でも、「まわし」、「締め込み」、「ふんどし」があり、「ふんどしかつぎ」などと見下げたいいかたにも使われているケースもある。
今では一般に“ ふんどし ”を着用する人は少ない(推定)が、祭りには、神輿の担ぎ手の衣装の一つとして多く見られる。
ふんどし (褌)
たふさぎ (犢鼻褌・褌)
とくびこん (犢鼻褌)
すましもの (褌)
したのたふさぎ (下の褌・褌)
男子の陰部をおおい隠す布。
ふどし (褌)
へこ (褌)
ふんどしに同じ。
九州・中国地方で使われる。
したおび (下帯) 装束の下、小袖の上に締める帯。
越中ふんどし 長さ1mほどの手拭い状の布の一端に紐を附けたふんどし。
しめこみ (締め込み) 力士が相撲をとるときに締めるふんどし。
まわし (回し・廻し) 腰にまとう布。
六尺褌 長さ6尺の晒木綿を使って締めるふんどし。
−股 引 (ももひき)
 ダボシャツ下・ダボ股引
木綿の金巾・ブロード‐クロス・キャラコ地で仕立てた、腰や足首までの股をおおう下ばき。
ダボシャツ下・ダボ股引は、股引と同形状であるが、比較的ダボダボに仕立てられたものをいう。
−半股・半股引・はんだこ 膝の上までしかない短い股引。クレープ地のものは猿股(さるまた)といい、下着として着る。
−裁着袴 (たっつけ袴)
 カルサン (軽衫)
カルサンは、ポルトガル語で袴に似た袴の一種。形は指貫(狩衣の袴)に似た仕立てで、太い筒で、裾口は狭くなっている。鎌倉幕府〜室町幕府の中世には上級武士から庶人まで着ていた。江戸時代になると旅装として着られた。近頃は、上部をゆったりと、下部は股引のように仕立てたもので、太鼓の演奏時などに着る。
−スパッツ 祭足袋を履いたときに、足首や臑を保護し、ほこりをよけるための伸縮性のあるタイツ・ゲートル。
−雪 駄 表に畳表のように竹皮などを編んだものの裏側に牛皮の底を貼りつけた草履。畳状に編む材料には、南部表・竹皮表・籐表・棕櫚表・カラス表(茶色竹皮)などがある。また、牛や爬虫類の皮を使うこともある。しかし、これらの素材の雪駄は、水に非常に弱いため、近年は畳や爬虫類の模様の合成樹脂で表を作り、裏も牛皮でなく合成樹脂で作るものが多い。
近頃、金色の鼻緒が付いた“ マツケンサンバ(松健) ”雪駄なども売られており、人気があるという。
−草 履・藁草履
 草 鞋
藁・竹皮・藺などを編んでつくり、鼻緒をすげた履物。藁で作ったものを藁草履という。
草鞋は、草履本体の数カ所(6ヵ所が多い)に“”を設け、1ヵ所の“ 乳 ”を足の指に挟み、他の“ 乳 ”に藁縄などを通して、足首などに巻き付けて固定する履物。長距離の歩行や駕籠舁き・神輿の担ぎ手など力が入るときに履く。
−地下足袋・祭足袋
 ゴム底足袋・ジョグ足袋
丈夫な生地を使った踝まである足袋の底に、ゴム底(合成樹脂)を貼り付けた労働用の地下足袋がベース。地下足袋の名前は、直(じか)に地面を踏むことからつけられたが、“ 地下 ”は当て字。
ジョグ足袋は、ジョギング・シューズとの合成語。
−巾着・巾着袋 布・革などで作った袋で、口が紐で締めるようになっており、小物や金銭などを入れて携帯した。
−根 付 昔、印篭(水戸黄門でよく知られた薬入れ)や煙草入れ(刻み煙草とキセルを入れた)などを帯に吊して持ち歩くときに、落としたり盗まれたりしないように、紐の先端に親指大の根付を付けた。象牙や珊瑚などを使い、精緻な彫刻などが施された。
−千社札 昔、千社詣(多くの神社へ詣でること)のときに社殿に貼りつけ、詣でた証とする紙札。屋号や字などが刷られている。近年は、千社詣に限らず貼るが、社殿が汚れるため、禁止している寺社が多い。
聖徳太子 574〜622。用明天皇と穴穂部間人皇后との子。本名は厩戸皇子(うまやど)。内外の学問に通じ、深く仏教に帰依。推古天皇(女帝)のもとで皇太子として摂政を勤め、改革に乗り出した。当時、内には天皇の後継者がおらず朝廷に争いが絶えず、外には中国随が勢力を朝鮮半島へ伸ばしてきていた。そんな中、天皇中心の強力な国家を作るために冠位十二階(役人の官位の冠の色をきめた)・憲法十七条(役人の規律をきめた)を制定、遣隋使を派遣して、進んだ文化や政治を学ぼうとした。また、仏教興隆に力を尽し、政治を仏教の教えを基本にしようとした。そのために仏教を奨励し、法隆寺をはじめとする多くの寺院を建立した。「三経義疏(さんぎょうぎょしょ、法華・維摩・勝鬘の三経の注釈書の総称)」を書いた。
身近な逸話として、同時に10人のいうことにそれぞれ答えたなどがある。
墓は、大阪府南河内郡太子町の叡福寺境内にある。
鍾 馗(しょうき) 疫鬼を退け魔を除くという神。巨眼・多髯で、黒冠をつけ、長靴を穿き、右手に剣を執り、小鬼をつかむ。日本でも謡曲に作られ、その像を五月幟に描き、五月人形に作り、また朱で描いたものは疱瘡(ほうそう)除けになるとされる。
志那都比古
 (しなつひこ)
級長戸辺神
 (しなとべのかみ)
級長津彦命
 (しなつひこのみこと)
風の神。風は風の神の息から出ると考えられ、志那は息が長いの意味。日本書紀では、伊奘諾尊の息から、風の神の級長戸辺神が生まれたという。
神功皇后
 (じんぐうこうごう)
気長足媛命・息気帯比売命
 (おきながたらしひめのみこと)
170〜269。14代仲哀天皇の配偶神。古事記の仲哀紀、日本書紀の神功皇后紀に英雄的支配者、神秘的霊威力を示す巫女として記述されており、「記紀」によれば、熊襲を平定するために仲哀天皇に同行して筑紫へいった。天皇が香椎宮で急死すると、皇后は妊娠していたが武内宿弥とともに朝鮮半島の新羅を攻略制圧、百済・高句麗も帰服した。帰国後応仁天皇を産んだ。
その後、大和へ帰り、応神天皇が即位するまで摂政を行い、100才まで生きた。
山車の人形の題材になっている。
ガイダンス→天皇の人形〕
神武天皇 神話上の初代の天皇で、高天原から降臨した瓊々杵尊は曾祖父。うが草葺不合尊と玉依姫との間の第4子。
ガイダンス→天皇の人形〕
七福神 伝統行事・民俗芸能→七福神
寿老人・寿老神
 (じゅろうじん)
伝統行事・民俗芸能→七福神
四 魂
 荒魂・荒御魂
  (あらたま、あらみたま)
 奇魂・奇御魂
  (くしたま、くしみたま)
 幸魂・幸御魂
  (さきたま、さきみたま)
 和魂・和御魂
  (にきたま、にきみたま)
神道において、神の霊魂の働きを固有の性質と機能を持った存在として四つの御魂に分け四魂(しこん)という。
すなわち、霊魂は、荒御魂と和御魂の二つの作用があり、和御魂はさらに幸御魂と奇御魂の作用を持つとされ、これらは互いに補完しあい、またそれぞれが並列な存在であるとされる。
荒魂・荒御魂(あらたま、あらみたま)
 荒く猛き神霊で、和御魂と対で扱われる。荒御魂と和御魂は、普段は一つの神格のなかで統合されているが、ときには両者が分離し、単独に一神格として行動するときもある。
 例えば、神功皇后の三韓の役では、住吉三神の荒御魂は日本軍の先鋒となって先行したが、和御魂は皇后に従って軍船を守護したと伝えられ、山口県下関市の住吉神社は荒御魂を、大阪市の住吉神社は和御魂をそれぞれ祀っている。また奈良県桜井市の大神神社は大己貴神の和御魂を祀り、摂社狭井神社には荒御魂が祀られている。
奇魂・奇御魂(くしたま、くしみたま)
 和魂の一つで、不可思議な力を持つ神霊で、幸御魂と対で扱われ、超自然的な力をもって人間に対し奇端をもたらす奇跡を行い、智・巧・察の作用を持つとされる。
幸魂・幸御魂(さきたま、さきみたま)
 和魂の一つで、人に幸福を与える神の霊魂で、奇魂と対で扱われ、人に幸福を与えるとされ、愛・益・育の作用を持つとされ、運を左右する。
和魂・和御魂(にきたま、にきみたま)
 柔和・精熟などの徳を備えた霊魂。
(出典:神道HP)
Page Last Updated 2008.3.2
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