| 名 前 |
説 明 |
渡 御
(とぎょ)
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神輿、または天皇・三后が出かけこと。後には将軍にも用いられた。 〔 巡行〕 |
| 渡御祭 |
神幸祭と同意語。 |
| 東京三大神輿祭 |
現代の東京の祭りは、神輿が中心になっており、東京三大神輿祭は神田祭、三社祭〔 神輿祭→三社祭〕、深川八幡祭り〔 神輿祭→深川八幡祭り〕である。 |
| 道祖神祭り |
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東郷元帥
東郷平八郎 |
1848〜1934(弘化4年〜)。薩摩国鹿児島郡加治屋町(現鹿児島市)出身。少年時、薩英戦争に参加した。戊辰戦争では薩摩藩軍艦・春日に乗り阿波沖海戦、宮古湾海戦、函館湾海戦に参加し、五稜郭への砲撃にも参加。明治維新後、英国へ留学、近代海軍を学んだ。日清戦争では、巡洋艦・浪速の艦長として豊島沖海戦、黄海海戦、威海衛攻撃などに参加。豊島沖海戦における「高升号」撃沈事件は、東郷を世界的に有名にした。
日露戦争では、山本権兵衛海軍大臣に推挙され艦隊司令長官に就任、名将マカロフ提督に打ち勝ち、黄海海戦・旅順艦隊司令部壊滅、バルチック艦隊をうち破るなど国民的英雄となり、運の強い男と称された。
一方、司馬遼太郎の「−−−」のような見方もある。 |
豊島左衛門尉経泰
(としまさえもんの
じょうつねやす) |
鎌倉時代末期の武将で、信州諏訪神社から御神体を奉還し今の西日暮里に祀り、諏方神社を創建した。 |
| 東京十社 |
明治以降の神社の社格の一つとして、明治元年(1868)に、明治天皇が東京の鎮護と万民の安泰を祈るため東京の10神社を准勅祭神社(准勅祭社)に定めたのがはじまり。准勅祭社は、関東には、さいたま市の氷川神社が勅祭社として既に選ばれており、それに准ずる社格としての名称。戦後、政府による社格そのものが廃止されたが、昭和50年昭和天皇即位50年を奉祝し関係神社の協議により「十社巡り」企画された。 |
唐 楽 (とうがく)
高麗楽 (こまがく) |
中国や朝鮮半島などを経て伝わったアジア各地の音楽を日本風の楽器と日本風にアレンジして創った日本独自の音楽。
中国、東南・中央アジアなどから伝わったものを唐楽(とうがく)、朝鮮半島から伝わったものを高麗楽(こまがく)という。
唐楽には演奏の形式には、管楽器・絃楽器・打楽器の合奏で唐楽を奏でる管絃と雅楽器の伴奏で舞を舞う舞楽がある。高麗楽は舞楽。
曲目は、万歳楽・春楊柳・越天楽・王昭君など約100曲がある。 |
| 鞆 (とも) |
弓を射る時に、左手首内側につけ、弦が釧(くしろ、腕輪の装身具)などに触れるのを防ぐための丸い皮製の具。弦がこれに触れて音をたて、威容を示すという。 |
どんと・どんとやき
どんど焼き
とんど(歳徳)焼き
左義長(三毬杖・さぎちょう) |
地方によっていろいろな呼び方がある。小正月(本来は旧暦1月15日をいうが、今は1月15日をいう)に行われる火祭りの行事で、全国的に見られる。しかし、東京では江戸・万治・寛文に火災が多発したため禁止されたため廃れた。
1月14日の夜、または、15日の朝、田圃などに竹を3〜4本組んで立て、そこに門松・注連飾りなどを持ち寄って焼く。その火で焼いた餅を食べるとその年の病を除くとされる。道祖神の祭りとされる地域が多い。関東地区では、屋台や山車がでるところもある。 |
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豊玉毘売命
豊珠媛尊
豊玉姫命
(とよたまひめのみこと) |
火遠理命の妻。子供を出産するときに竜(また、八尋鰐)に化していたところを、夫の火遠理命に見られたことを恥ずかしく思い、草で子供を包み、海辺に捨て、海へのみちを閉ざした。 |
豊玉彦命
豊玉比古神
(とよたまひこのみこと) |
豊玉彦神と豊玉比古神は、同一神とであろう。(管理人)
豊玉彦神は、豊玉姫命(上欄)の父神。 |
豐受姫大神
(とようけひめのおおかみ)
豊宇気毘売神 (古事記)
・豊受気媛神
(とようけひめのかみ)
豊受大神
(とようけのおおかみ)
豊由宇気神
(とよゆうけのかみ)
姫大神
(ひめのおおかみ) |
食物を主宰する女神。保食神・倉稲魂神などと異名同神とする説が多い。
古事記では、伊弉冉尊が女性器を焼き、病に伏せていたときの尿から生まれた和久産日神(わくむすびのかみ)の子としている。
天照大神が、この神より五穀の種を貰い、陸田・水田に植えた。 |
常世思金命
(とこよのおもいかねのみこと)
思兼命(神)・思金神
(おもいかねのみこと) 八意思金命(神)
(やごころおもいかねのみこと)
八意思兼神
(やごころのかみ)
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記紀に高御産巣日神の子とされる。思兼は、多くの人々の知恵と思慮を兼ねもつほど知謀にたけたとの意味で、天照大神が天岩屋戸に隠れたときに、その対策を考え、また、国譲りの提案をした神である。
祀る神社は少なく、秩父神社と長野県下伊那郡阿智村・阿智神社、茨城県大子町・静神社が主神としている。 |
豊國主尊 (日本書紀)
(とよくにぬしのみこと)
豊斟野尊
(とよくむぬのみこと)
豊雲野神 (古事記)
(とよぐものかみ)
豊組野尊 (日本書紀)
(とよくみぬのみこと)
豊国野尊 (日本書紀)
(とよくにぬのみこと)
葉木国野尊 (日本書紀)
(はのくにぬのみこと)
国見野尊 (日本書紀)
(くにみぬのみこと)
豊斟渟尊
(とよくむみのみこと) |
神代7代の1柱。国土創造の頃、漂う浮脂がだんだんと固まる状態を表す神前。豊は大きな、雲は籠もる・組むに相当し、群がり固まるの意味。
日本書紀では、国常立尊・国狭槌尊に続いて生まれた神とし、この3柱は陽気だけをうけひとりでに生じた純粋な男性神であるとしているのに対し、古事記では造化三神の天之御中主命・高御産巣日神・神産巣日神が最初に出現したとなっている。この違いは、日本書紀が国土出現に重点を置いているのに対し、古事記は高天原に神々が現れ世界が始まるとしているからとする説がある。 |