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「ロードランナーとコヨーテ」のセル画がほしかった アニメではなく、カートーンというべきだろうか。ワーナー・ブラザーズが誇る「ロードランナーとコヨーテ」「バッグス・バーニー」や「トムとジェリー」などが大好きだった。
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「プリズナーNo.6」は、衝撃的だった SF物にも、目はなかった。身を乗り出して見たのは、「ミステリーゾーン」だ。実に良かった。不協和音のテーマ音楽もよく覚えている。「ミステリーゾーン」を知らない人でも、原題の「トワイライトゾーン」といえばわかるかもしれない。いつだったか、楠田枝里子が、この「ミステリーゾーン」を話題にしていた。おれは、ふむふむと相づちを打ち、「そうなんだ!」とテーブルを叩いた。彼女が話したのは、こんなストーリーだ。核戦争が起こり、ある男がひとり核シェルターに入った。狭い空間に何年もじっとしていれば、普通の人なら発狂してしまうかもしれない。でも、彼にはなんの不安もなかった。なぜなら、大好きな本が山ほどもあったからだ。十分な食料、十分な水、十分な酸素、そして読みきれないほどの本、彼はしあわせであった。が、その彼に悲劇が訪れる。たった一つの眼鏡を誤って割ってしまうのだ。そして、本を読めなくなった彼は‥。う〜ん、いろいろな話があったなあ。 日本の番組もたくさん見た。お気に入りは、なぜか「自然のアルバム」や「新日本紀行」など。
富田勲のオープニング・テーマは、涙が出るぜ。
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| 「農園天国」も、すばらしかったなあ! 今はあまりテレビは見ないが、小さい頃はテレビが大好きだった。人はいざ知らず、おれは世の中の大半のことはテレビで覚えた。 毎日毎日、テレビの前でワクワクドキドキしたものだ。夢中になったのは、アメリカのコメディ。ルシル・ボールの「ルーシーショウ」は、特に印象深い。たとえば、こんな話があった。銀行のあのムーニーとルーシーが、エレベーターの中に閉じ込められるのである。待てども待てども、だれも助けに来ない。やがてふたりは、やたら空腹になる。ボリボリという音がエレベーター内に響き渡り、ムーニーがびっくりする。ルーシーがスーパーで買ったマカロニを食べ始めたからだ。空腹のムーニーは、それがおいしそうに聞こえるんだね。ムーニーはひとつくれと懇願するが、ルーシーはここぞとばかりにいじわるをする。値段の交渉となり、マカロニがとんでもないの高値になる。ムーニーも、1粒何十ドルかのマカロニをおいしそうに食べる。そうこうしているうちに、エレベーターが動き出し、ふたりは無事に脱出。外に出てしまえば、ムーニーはマカロニのことなど、知らん顔。大金の夢も泡と消えたルーシーは、がっかりする。と書いても、そこのどこがおもしろいんだと言われそうかな。コメディはストーリーだけを聞いても、ちっともおもしろくないものなあ。赤毛という言葉がときどき出てきたが、もちろん白黒テレビなので色はわからなかった。 「農園天国」も、すばらしかったなあ。ハーバード大卒のNYの元弁護士が、スーツ姿で畑仕事をするのである。ストーリーもギャグも、もう最高だった。「このオゾンの香り」が口癖の彼がイカレテいるように見えるけど、イカレテいるのは、実はセクシーで若い彼の妻と村人たちだった。たとえば、こんな話があった。彼の妻が、村の雑貨屋でトースターを買ってくる。このトースターが変わっていて、トースターに向かって「ファイブ」と言うと、パンがはねあがるのである。こういうトースターもあるんじゃないのと、妻は驚きもしないし、なんの疑問も持たない。しかし、彼は常識外れのトースターにとても驚く。そこに近所の人が家にやって来て、トースターをしげしげ見て、一言。これはちょっと古い型だな。今はセブンが新しいんだ。「農園天国」はちょっとシュールなところがあって、おもしろかった。 「奥様の名前はサマンサ。そして、だんな様の名前はダーリン。ごく普通のふたりは、ごく普通の恋をし、ごく普通の結婚をしました。でも、ただ一つ違っていたのは、奥様は魔女だったのです」 というナレーションで始まるのは、エリザベス・モンゴメリー主演の「奥様は魔女」。ちょっと軽いが、これもおもしろかった。隣家に住む夫婦が、実にいいんだな。女房の方は窓からいつもサマンサを監視していて、目撃したことを横の夫に大騒ぎで報告した。でも、新聞のクロスワードに夢中の夫は、いつも相手にしない。この夫婦の会話は、もう最高だった。 ナレーションといえば、コメディではないが、「逃亡者」も有名だ。 「リチャード・キンブル、職業医師。正しかるべき正義も、ときには盲しいることがある‥」 う〜ん、格調の高い名文だ。どこのだれが訳したんだろう。緊張感のある現代音楽をバックに、矢島正明がいい声でしゃべるんだ。それにしても、あのジェラード警部は憎ったらしかったなあ。「しつよう(執拗)」という言葉は、この「逃亡者」で覚えた。 ああ、いろいろ思い出してきて、話が止まらなくなってしまった。
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カンタベリーハウス ギリシャ館 新宿歌舞伎町のど真ん中の東亜会館。この4階に「カンタベリーハウス ギリシャ館」というディスコがあった。同じビルの3階は、姉妹店の「ビバ館」。7階には、「インディペンデントハウス」があった。「ビッグ・トゥゲザー」が斜向かいにあり、ちょっと離れた場所に「ツバキハウス」「チェスターバリー」「ブラック・シープ」「ムゲン」などの店があった。もうかなり昔の70年代の話だ。ギリシャ館の内装は、白亜のギリシャ風。当初、ギリシャダンスのアトラクションが毎日あった。民俗衣装を身にまとったギリシャの男女数人が、民俗音楽に合わせて踊るのである。今思うと、陳腐である。メインメニューは、もちろんギリシャ料理。おれが西洋ナスを初めて見たのは、この時であった。ギリシャ館のギリシャ館たる由縁を知る人は、少ないんじゃないかな。 「カンタベリーハウス」という言葉で検索すると、このディスコはいろいろなサイトに登場する。また、いろいろな小説にもこの店が出てくる。「伝説の」とい枕詞がつくことはないが、いろいろな意味でそこそこ有名であった。 おれは、学生時代の数年間をこのギリシャ館で働いた。初めはもちろんバイトであったが、すぐ正社員になった。かりにも正社員として働き、役職についたのは、後にも先にもこの時だけだ。
大学も4年になると、一般的には就職活動をするものだが、おれは一切しなかった。自分の将来のことなんか、爪の垢ほども心配していなかったからだ。まあ、なるようなるさ。どうこうしたって、なるようにしかならないものさ。来る日も来る日も、夕方になると、おれは歌舞伎町に向かった。77年3月の大学の卒業式の日も、おれはその店で働いていた。新宿が好きだった。歌舞伎町が好きだった。そこには、いろいろな人間がいた。そして、いろいろなことがあった。本当にいろいろなことがあった。 たとえば、フォー・トップスの名曲「リーチ・アウト・アイル・ビー・ゼア」なんかを耳にすると、その頃のことを思い出すんだよね。 写真を整理してたら、当時のスナップが出てきた。 懐かしいような、はずかしいような。しばらくの間だけ、載っけておこう。
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| 歌舞伎町交番 店では、よくケンカがあった。客同士もあったが、従業員対客というのも、珍しくなかった。赤坂や六本木のディスコとは、まったく違っていた。70年代の歌舞伎町のディスコである。従業員の質は、それはひどいものだった。マナーも言葉づかいも、もう最低であった。「文句があるなら、事務所に来い!」といきまく従業員もおおぜいいて、おれなんかは陰で冷や冷やしたものだ。身の回りでいろいろなことが起こったが、同僚2人が起こした「チェスターバリー事件」は、今も忘れられない。この殺人事件のことは、また機会があったらいつか書こう。 暴走族の連中もたくさん来たが、どういうわけか彼らはやけにおとなしかった。出入り禁止になるのが、こわかったのかもしれない。「こんど、組から杯をもらうんだ」とうれしそうに報告する奴もいたけど、返答に困ったことを覚えている。 歌舞伎町交番は、東宝会館の裏手の方にあった。交番に勤務する警察官は、皆若く、実に体格が良かった。こういう警察官がここに回されるんだなと、ひとり納得したものである。ここの交番には、何度も足を運んだ。時間外営業の始末書を書きに行ったからだ。ディスコというのはキャバレー営業に分類され、延長の特別許可をもらっても、営業時間は12時30分までだった。警察官が来ると、照明を明るくし、DJが終了を知らせ、サクラの客がレジに並ぶのである。警察官が帰ると、営業再開。平日は2時30分くらいまでだが、土曜日などは朝の4時過ぎまで営業をした。
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| 歌舞伎町の有名人 歌舞伎町には、有名人がたくさんいた。ホームレスの兵長もそのひとりだ。「兵長!」と彼を呼ぶと、兵長は直立不動で敬礼したものだ。軍隊時代をそのまま引きずっていたのだろうか。兵長の本当の名前は知らないし、年齢も知らない。どうして兵長なのかも、本当のことは知らない。どこで寝泊まりしていたかも知らない。彼は、ときどきほうきで路上をはいていたが、いったいなにを思っていたのだろうか。いつだったか、図書館でいろいろな写真集を見ていたら、渡辺克巳の「新宿(1965〜97)」が目に止まった。ページをめくると、この兵長の写真があった。とてもびっくりした。汚い服を着た兵長が、写真の中でうれしそうに笑っていた。とても懐かしく、涙が出そうになった。 新宿2丁目には、「ブラックボックス」というディスコがあるという話だった。客は、オカマとアメリカ人だけ。ちょっと油断をすると、背後から襲われるという。この噂を信じて1度も行かなかったが、「ブラックボックス」なる店は本当にあったのだろうか。 空がしらじら明るくなると、新宿はつかの間の眠りにつく。動いているものといえば、ゴミ収集車とカラス。そして、水っぽい女やオカマなど、夜の仕事の人間ばかりだ。こういう新宿の朝も好きだった。当時おれたちは、「オ!、カ!、マ!」と叫んだりして、オカマを何度もからかった。「女だと思って、バカにして‥」と、泣かれたこともある。ハイヒールを脱ぎ捨てた彼女?らに追われたこともある。今思うと、ひどいことをしたものだ。ここで謝っても仕方がないが、その節はどうもすみませんでした。オカマのみなさん、兵長さん、今はとても反省しています。 でも、おれはそういう猥雑な新宿が、とても好きだったんだ。
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後ろめたさが、いいんだな! お気に入りの映画館は、長野市東鶴賀にあった「東劇」という名画座。見るからに映画館という、アールデコ調の白い建物だった。ここでは、「フランケンシュタイン」や「黄金の七人」などのシリーズ物、「心の旅路」などのメロドラマ、「バーバレラ」などのSF物等、いろいろな映画を見た。ほとんどはB級映画だったけど、おもしろかった。映画代は、3本立てで150円くらいだったろうか。 子供を「ポケモン」の映画に連れて行くべきか。それとも、ひとり釣りに行くべきか。それが問題だ。良き父親としては、大いに悩んでしまう。「苦渋の選択」というやつだが、結局は、しがみつく妻子を足蹴にし、冷た〜い氷の視線を背中に感じながら釣りに行くのである。つい弱気になる自分を叱咤激励し、心を鬼にして釣りに行くのである。おれは、息子にこう言いたいね。お前にはまだわからないだろうが、男にはな、どうしても行かねばならないときがあるんだ。周囲の反対を押し切ってもな。それが、男の生きる道ってえもんよ。お前にも、やがてそれがわかるときが来る。「人生って、大人になってもつらいもの?」と、マチルダはレオンに聞いた。そうなんだ。お前もつらいだろうが、大人のおれはもっとつらいんだ。
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| 無料だった保育料 女房とは、姓が違う。当然、子供とも違う。籍が入っていないからだ。この姓の違いを、「籍が入っていないもんで」と、おれは人に説明する。女房は、この説明では不十分なのだろうか。「別姓なんです」と、付け加えるように訂正する。「籍が入っていないこと」と「別姓」なのでは、一体どこが違うんだろうか。おれには、よくわからない。 ある日、女房がこう言った。 「私、苗字を変えたくないの」 「あっ、そう。別にいいさ。おれも、変えたくないし‥」 これだけで、話は決まった。おれに関して言えば、入籍なんかどうでもよかった。もちろん、今もそうだ。そんなことより「ビールが冷えているかどうか」の方が大切だ。と書くと、不謹慎だろうか。特別なポリシーがあるわけではない。どうでもいいことをいろいろ考えることが、いやなのだ。とにかくめんどうなのだ。 夫婦で姓が違っても特別どうこうないが、やはりいい面と悪い面がある。不便なのは、電話だろうか。友人知人は事情を知っているので問題ないが、なにも知らない人から女房にかかってくる電話が要注意。ときどきこういうやり取りがある。「林です」と電話に出ると、「あっ、すみません。間違えました」と相手はあわてて電話を切ってしまう。女房にかかってきた電話だ。相手の反応も、無理もない。女房は、「林写真事務所です」と電話に出るが、時間帯によっては、「もしもし」と出る。この「もしもし」が、無難なのだ。 役所の書類では、女房は母子家庭。低所得者ということで、子供たちの保育料はロハだった。別にごまかしていたわけではない。結果的にそうなってしまうのだ。昼食やおやつまで出してもらい、なんか申し訳なかった。園児の送り迎えのときなど、母親が数人集まって立ち話をするものだ。「保育料、高いわねえ」「2人も入れたら、もう大変」などという話題では、女房はずいぶん困ったらしい。上の子は3年、下の子は4年、保育園に通った。ありがとうございました。
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どのスリも 狙わぬ何かが おれにある 「粗茶が出て 愚妻のあとへ 豚児出る」
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