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タンポポ広場 我が家の北側(90坪強)は、空き地になっている。今年の春までは市の土地だった。今のご時世、90坪という中途半端に広い宅地は、当分の間は売れるはずがない。そう楽観していた。ところが、道路拡幅の換地として個人の所有となったようだ。近いうちに家が建つかもしれない。 我が家が建つ前は、ここは広い空き地だった。市の所有ということもあって、子供たちのいい遊び場になっていた。タンポポ広場という名前もあったとのこと。我が家が建って、子供以外にもがっかりした人がいたに違いない。そう考えると、北側の隣地のことはなにも言えない。言えなくて当然なのだが、窓から毎日眺めていると、ついつい自分の土地のように考えてしまうのだ。「ああ、こうやって、自然が失われていくんだなあ」と、訳のわからないことを口にする始末。人間というのは、まったく身勝手なものだ。
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そういえば、ワープロというものがあったなあ 最初に買ったプリンターは、アルプス電気(現在はプリンターから撤退)のMD-5500である。顔料系のドライインクを使っているので、普通紙に印刷しても実にきれいだ。文字はにじむことがなく、小さい文字まではっきり印刷できる。また、耐水性、耐光性優れているので、なかなかのものだった。今も現役で、文書などは今もこのプリンターを使っている。YMCとブラックの計4色が基本で、昔のワープロのリボンのようなインクカセットを使用する。まあ、ワープロの延長のような機種である。印刷時間が遅いことなどもあって、いつの間にかエプソンやキャノンに駆逐されてしまった。当然といえば、当然なのかもしれない。 ワープロという言葉も、ずいぶん懐かしい。最初に買ったワープロは、キャノンの製品だった。ドット数は、なんと16。価格は、10万円近くもしたのではなかったろうか。16ドットの機種でも、ワープロという先進の機械は驚きであった。その後、ワープロは2度買い替え、3機種を使った。最後の機種は、シャープの書院であった。今も、仕事部屋の片隅にほこりをかぶっている。大切に保管しているわけではないのだが、なんとなく捨てる機会がないのだ。友人の家に行くと、よく古いマックが片隅に置かれている。マックの起動画面に登場する、あのマックである。ワープロなんかと違い、あのマックは捨てられないんだろうなあ。「打倒ウインテル、マック万歳!」とわめいていた人間は、特にそうなのかも。あの箱形のマックが、かわいくてかわいくて仕方がなかつたに違いない。そんなマックを捨てるなんて、善良な市民のすることではない。ということだろうか。でも、そういうマック派も、iMacの登場を境にして少なくなったんだろうなあ。
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ため息が出るほど、美しい
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豪華な朝食
5/23の朝食。エンドウの卵とじがメイン。好物のアサツキのしょう油漬け、フキ、カマボコとくれば、もういうことはない。みそ汁の具は、ニンジン、ダイコン、エノキ、ワカメである。そのほかに納豆が加わるので、やはりなかなか渋いメニューである。
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柴田サーカスの思い出 善光寺ご開帳に合わせて、長野にキグレサーカスがやって来た。何年ぶりのことだろうか。我が家の子供たちは、この公演を楽しみにしていた。おれの役目は、子供たちの送迎。当日、チケットを子供たちに渡すと、サーカスの大きなテント近くで、おれは公演を終わるのを待った。自宅に戻ってもいいのだが、時間が中途半端ということで、車の中で一眠りすることにしたのだ。
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急行「信州」 中央自動車道の長野道の下り。麻績ICを過ぎ、トンネルを二つ抜けたところに姨捨パーキングがある。なかなか眺めのいい場所で、更埴市から長野市にかけての善光寺平が一望できる。特に夜景はきれいだ。県外での仕事の帰路、この姨捨パーキング近くで車窓から善光寺平を必ず見下ろす。そして、「ああ、無事に帰ってきたなあ。もうすぐだ」と、いつもほっとする。あと30分で帰宅できるからだ。遠くに行った時ほど、感慨深い。 その昔の学生時代、帰省する時はいつも急行を利用していた。特急は「浅間」だったが、急行は「信州」。運賃は、乗車券と急行券合わせ、片道1200円くらいだったろうか。上野で乗車し、列車は赤羽、大宮、浦和と停車した。埼玉から群馬。横川の駅を過ぎると、県境の碓氷峠である。トンネルをいくつもくぐりながら、列車は進んだ。トンネル(20以上)が終わると、軽井沢駅である。軽井沢から長野までは1時間半もかかったが、長野県に入ったことが、とてもうれしかった。横川は群馬県。軽井沢は長野県。県名だけでなく、気候もまったく違っていた。横川が梅の咲く春でも、軽井沢は積雪が30cmという冬だった。この違いがあるからこそ、軽井沢は特別なものだった。「ああ、長野に帰ってきた‥」と、窓から軽井沢の風景を眺めたものだ。 月日は流れ、今は新幹線である。長野と東京は、1時間強で行くことができる。速いものだ。急行の「信州」は、4時間もかかったのだから。 信越線には、特別な駅がもうひとつあった。それは、西上田駅である。高校時代に付き合っていた彼女との思い出の駅だからだ。この駅での思い出というのは、偶然が偶然を呼んだような、不思議な出来事だった。内容を書くと長くなるので、ここでは省こう。とにかく帰省する時など、この駅を見るたびに彼女ののことを思い出したものだ。でも、みんなみんな遠い昔のことになってしまった。
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平和 へいわ <名詞> 戦争と戦争の間にある戦争の準備期間をいう 平和とは、なんだろう。戦争とは、いったいなんだろう。なにがなんだか、わからなくなってしまう。
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仕事 2 「貧乏ってなあ、するもんじゃないね。貧乏ってなあ、しみじみ味わうもんだ」と言ったのは、古今亭志ん生だ。志ん生は下町の古い長屋に住み、家財道具といえば箪笥とちゃぶ台だけ。それでもそこそこ生活ができたんだから、ある意味で昔はよかった。ところがだ。今は、お金がどんどん出ていく。税金に光熱費にガソリン代に食費に子供の学費と、数え上げたらきりがない。先日、新聞代を集金に来たおじさんに、「ねえ、月に2度来ていない?つい先日、払ったばかりのような気がするんだけど」と冗談を言った。おじさんは、「みなさん、そうおっしゃいます」と申し訳なさそうだった。新聞代は月々3007円なのだが、この7円というのはいったいなんだ。どうして、3000円にならないんだろう。百円ショップを見ろ。あれだけ品数があっても、みんな100円なんだぞ。関係ないか。 ときどき、職業を聞かれることがある。返答に、いつも困ってしまう。「写真の仕事」とか「フリーのカメラマン」とか「写真屋」とか「自営業」とか「自由業」とか、その場に応じて答えるのだが、たいていは説明が必要だ。
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仕事 1 学校に通っていたときも会社勤めをしていたときも、休み明けの月曜日はとにかく最悪の気分であった。今日からなんと6日間も、勉強(仕事)をしなくてはいけないのだから‥。ああっ〜と、朝からため息が出たものだ。 お盆や年末年始など、「休みは何日間ですか」と聞かれることがある。仕事がないから、あるいは仕事にならないから休むんであって、休みたくて休むのではない。こちとら元旦だって喜んでシャッターを押すぜ。また、撮影日を土日祝祭日に指定される場合など、「休みの日なのにすみませんね」と言われる。フリーの人間には、月曜も土曜も日曜もない。仕事のない日が、つまりは休日なのだ。また、たまにだが、「定休日は何曜日ですか」と、聞かれることがある。「そんなもの、ないよ」と答えると、「無休ですか!忙しいんですね」と返ってくる。ちょいと違うんだよなあ。
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庭のヒヨドリ 先日、近くの土手の道を車で走っていたときのこと。飛んでいる1羽のタカが、目に入った。車窓からちらちら眺めていると、そのタカは突然垂直に急降下し、犀川に飛び込むではないか。タカは、ミサゴだった。魚を捕っていたのである。ミサゴは、トビと同じくらいの大きさで、明るい色をしたきれいなタカだ。珍しい鳥ではないが、家の近くで見たのは初めてだった。
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