雑感 08

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 ちょっと忙しい

このところ、住宅の撮影(雑誌用)がとても忙しい。撮影だけならいいんだけど、ロケハン、プリント、アルバムの作製、納品、請求書の送付、集金など、関連する仕事が山積だ。特にやっかいなのが、スケジュールだろうか。適当に空白を入れながら、無駄なくカレンダーに予定を埋めていくのだが、急な飛び込みの仕事が入ることもあれば、天候が崩れることもある。また、体調を悪くすることもあれば、機材や車が不調な時もある。とにかく、なかなかままならない。

10月31日は、山形市での仕事。朝の4時に起床して、暗い夜道をビッグホーンで出発。須坂ICから上信越自動車道に入り、北陸自動車道、磐越自動車道、東北自動車道、そして山形自動車道と、片道540Kmという長旅だった。天気に恵まれ、仕事は午後1時過ぎに無事終了。本来なら山形で宿泊するところなのだが、仕事が詰まっているため、そのまま帰宅。う〜ん、疲れた。

11月の1日と2日も、長野市内でちょいと仕事。

11月3日は、茨城県古河市での仕事。曇り空という天気ながら、なんとか外観を撮影。室内は、すいすいと手際よく撮影。そして午後3時過ぎ、古河市から宿泊先の神奈川県に向かう。東北自動車道、外環自動車道、首都高速、どこもうんざりするほどの渋滞。大和市のホテルに入ったのは、予定より2時間近くも遅い夜の8時。あの渋滞、なんとかならないんだろうか。夕飯は、五目揚げ焼きそば。店の名は忘れたが、とてもおいしかった。疲れていたので、9時半に就寝。

11月4日は、横浜での仕事。外観は、真北からの撮影。もろ逆光の悪条件。朝の9時前と正午の2度撮影するが、さてさて使える写真は撮れただろうか。室内は、天気が良すぎて、これまた苦労の連続。撮影後、カーナビの指示通り、横浜から川崎、環八を北上して練馬ICへ。関越自動車道は空いていて、予定通り午後5時に帰宅。ああ、疲れた。

5日は、上田市での仕事。外構が未完成のため、内部のみの撮影。昼過ぎから始めて、夕方の6時に終了。約20カットを撮影した。

11月から2月くらいまでは、太陽高度が低くいため、撮影が非常に困難だ。逆光の撮影は絶望的だし、晴れていてもカラーバランスがやや黄色に偏ってしまう。室内には太陽光が強く差し込み、その光が床や壁に反射して色がかぶったりする。まったくいやな季節だ。
写真の出来は天候に大きく左右されるので、毎日天気予報を見ては一喜一憂している。長野の例年の初雪は、11月も下旬である。大雪になつたら、アウトである。これからしばらくは、ヒヤヒヤの連続だ。

2003.11



 とにかく気が短い 

たとえば、こんな話はどうだろうか。
スーパーでの買い物。ミカン、シュンギク、エリンギ、納豆、コロッケなどをカゴに入れ、会計をすべくレジへ。ところが、レジは大混雑。ここからが、問題。さて、どの列に並んだものか‥。並んでいる客の人数は当然のことながら、レジの女性の手早さ、並んでいる客のカゴの商品の量、はたまた客の性別や年代なども考慮に入れる。やっかいなのが、やはり例のオバサンだ。この手のオバサンというのは、習性として、財布の中の小銭が増えることを極端に嫌う。いざ支払いの段になると、やたら時間がかかるものだ。○○円ですと言われてから、おもむろに財布を取り出す。そして、小銭を慎重に用意するのである。小銭が足りない時は、そばでウロウロしている連れ合いに小銭を用意させる。時間がかかるんだよねえ。バスの中でもそうだ。前もって両替しておけばいいのに、実に段取りが悪い。バス停に停まってから、まず100円玉を10円玉に両替する。280円を投入するのに、100円玉を数えながら2枚入れ、つぎに10円玉を1、2、3、4、5、6、7、8とゆっくり数えながら8枚入れる。「おれが、かわりに入れてやろうか」とは言わないけど、気の短いおれはイライラしてしまう。10円玉が10枚なんだから、20円を引けばいいのにねえ。やはり、その辺がオバサンのオバサンたる所以だ。さて、話を戻そう。ここぞと思う列に並んだものの、見当外れの場合がよくある。「ああ、ちきしょう。あっちに並んでおけばよかった!」というやつだ。こういう時って、とてもがっかりするんだよねえ。

そう、そのがっかり感。写真がそうなんだ。仕上がりをイメージしながら撮影するんだけど、実際の仕上がりはどうかというと、イメージしたのとはまったく違う場合がある。もうがっかりしてしまう。「ああ、立て位置だったかなあ」「これはジャマだった。外せばよかった」などと、ひとりブツブツ反省する。納品の時など、「そうなんだ。こういうカットって、意外にむずかしいんだよね」などと、わけのわからない言い訳などをする。
その逆で、思った以上の出来に大喜びすることもある。まあたいていは、偶然なんだけどね。でもその時は偶然とは思わないで、「おれって、やっぱウマイわ!」などと本気で口走る。納品の時も、その出来のいい写真を前にして、
「なかなかいいでしょ。まあ、おれが撮れば、こんなものよ。でも、苦労したんだぜ。ははははは‥」
と、相手を無視して自慢話。まったくにもって、困ったカメラマンだ。

有名なラーメン屋などには、順番待ちの長い列ができる。おれは、並んで待つということができない。並ぶとしたら、2分が限度かな。いくらおいしいラーメン屋だからといっても、並んでまでも食べようとは思わない。
とにかく気が短い。レジに並ぶ前の人のカゴを見て、「おい、なんでそんなに山ほど買うんだよ」などと怒ったりする。もちろん顔には出さないけど。渋滞のときもそうだ。自分はさておき、ほかの車に腹が立ってしまう。性格が少しゆがんでいるのだろうか。

2003.10



 大事件

実家に泊まったときのこと。人の声が騒がしく、夜中に目を覚ました。時計を見ると、まだ4時前。真っ暗だ。時間が時間だけに、腹が立った。安眠妨害も、いいところだ。「うるせえなあ」と、窓から外を見た。すると、大勢の警察官が右往左往していて、びっくり。事件らしい。家の前の道路は県道で、比較的交通量の多いところ。その道路を通行止めにしての大掛かりな捜査だった。いったいなにごとだろうと思ったが、眠いんで、またふとんに入った。
つぎに目を覚ましたのが、明るくなりかけた6時ごろ。窓から外を見ると、相変わらず通行止めが続いていた。これは、大事件だ。着替えて、外に出た。警察の車両が10台以上もとまっていた。そして数十メートル向こうの道路では、大勢の警察官が捜査をしていた。交通事故?殺人?ひき逃げ?近くまで行きたかったが、あまりにも物々しいので、そのまま家にもどった。

事件のあらましは、こうだ。
午前2時過ぎのこと。酒に酔った40代後半の男性が、自宅を目前にして道路で寝込んでしまった。たまたま通りがかった人が、その寝ている男性を見つけた。その通行人は、とにかく警察に通報しようとしたらしい。自宅に戻ったのか、あるいは近所で電話を借りたのかはわからないが、通報後に戻ってみると、寝ていた男性は車に轢かれた後だったという。翌日、ひき逃げ犯(22歳の女性)が逮捕された。飲酒運転だったので、怖くて逃げたらしい。
その22歳の女性には同情すべき点など微塵もないが、なんともやりきれない事件だ。被害者の方には申し訳ないが、どうして道路で寝てしまったんだろうねえ。おれも酒飲みだから偉そうなことはいえないけど、酒を飲んで、道路で寝ちゃあいけないよねえ。それも、草木も眠る丑三つ時だ。どうみても、自殺行為だ。それから、これは結果論かもしれないけど、寝ている男性を見つけた通行人の方も、ちょっと気が利かなかったのではないだろうか。通報するにしても、男性を道路脇に移動させればよかったのに。悔やまれる事件だ。
身近に起こった事件だけに、いろいろ考えてしまう。でも、事故というのは、こういう偶然が重なって起きるのかもしれない。

2003.10



 忘れられない山

写真は、上信越道の坂城パーキングからの遠景。中央の三角形の山は、自在山(じざいさん)。正式名は岩井堂山だが、地元では自在山のほうが通りがいい。
の端正な山を見るたびに、高校のときの鈴木先生を思い出す。

鈴木先生は慶応大学を出で間もない英語の担任で、いつも厚いオックスフォードの辞書を手に持っていた。ずり落ちた黒縁の眼鏡を右手の中指でちょっと上げるのが癖で、どちらかというと愛嬌のある風貌だった。

どういう場面でだったかは忘れたが、あるとき鈴木先生が近くの生徒にこう尋ねた。
「あの山は、なんという名前かな?」

「じざいさんって、いうんだ」
「どう書くんだろう?」
「自分の自に、存在の在で、自在山」
「う〜ん、いい名前だ。孤高の山か。凛として気品もある。独立独歩、我が道を歩むというところか‥」
と、鈴木先生はひとりごとのようにつぶやき、じっと自在山を見つめた。よほど気に入ったのだろう。自在山と自分とを重ね合わせていたのかもしれない。感極まるといおうか、感動に浸るといおうか、鈴木先生は自分の世界に入ってまま、まさにトランス状態。
ところがだ。その絶頂の鈴木先生に水を差す奴がいた。いいところなのにねえ。そのままにしておいてあげればいいのに。この手の人間は、どのクラスにも必ずいるものだ。
「先生!自在山といったって、後ろのほうは、向こうの山とつながっているよ!こっちからじゃ、見えないけど」
鈴木先生はこれを聞き、ウ〜ンとうなり、絶句。しばらくすると、また独り言のようにつぶやき始めた。
「気高い自在山といえども、見えないところでは、やはりほかの山々に支えられて立っていたのか‥。人間も、そうなんだよなあ‥」
と、またまた感激し、再び自分の世界の入ってしまった。

オイオイ、このおっさん、一体なに考えているんだ。バカじゃねえのか。
おれはというと、ただただあきれるばかりだった。
あれから二十数年、鈴木先生も50代後半のはずだ。どこかの高校の教壇に立っていると思うけど、今もあの感性を持ち続けているのだろか。

坂城町を通る機会があったら、必ずこの山を見よう。
鈴木先生もこの町を通るたびに昔のことを思い出し、ひとり涙しているはずだ。おれのようにね。

2003.10



 健康にいいデジタル

仕事におけるデジタルの比率が少しずつ増えている。最初からデジタルと指定されることも多い。デジタルでもフィルムでもどちらでもいい場合は、もちろんデジタルで撮影。フィルム撮影と決まっていても、「デジタルのほうが、あとあといいですよ」とか「デジタルのほうが、きれいだし」とか「アングルなんかも変えて、たくさん撮れますよ」などと、一応は説得を試みる。

先日も料理写真をデジタルで撮影した。あるメーカーからの依頼である。「この製品を使えば、こんないろいろな料理ができますよ」というメニューの小冊子用の写真である。22ページで約50カットの撮影。カメラはニコンD100、レンズはマクロ60mmF2.8。2日間の撮影だが、両日とも朝の9時から夜の9時過ぎまでかかった。
メニューの写真では、いつも写真電気工業社製のソフトライトポックスを使っている。このソフトライトポックスというのは、傘を広げる感じでセットできる。とても簡単で、実に便利な道具。発光面は80cmで、光源はストロボである。今回もそのソフトライトボックスを用いたが、ストロボは使わなかった。ストロボは明るすぎるし、レンズの絞りを微妙に変えられないからだ。用意したのは、市販の蛍光灯である。ナショナルのパルックボール22W(パルックday色)を2灯、ランプホルダーにセットして使った。ISO400、FINE (JPG)のLargeでの撮影。絞りが開放(f2.8)で、シャッタースピードは1/125以上が確保できた。もちろん、手持ちの撮影だ。
さて、撮影である。メーカーの2人の担当者(デザイン部門)が料理本を開き、「こんな色合いでお願いします」と言った。見れば、イエローに近い暖色系にかたよった写真だった。まるっきり色かぶりの写真なのだが、雰囲気のある写真であった。でも、これには困った。どうすればいいんだろう?ニコンD100には色合い調整なるものがあるが、これは微妙なものでまったくレベルが違う。対色のライティングでカスタム設定しようか。それともフィルターで無理やり調整しようか。出だしからいろいろ悩んでしまった。結局は、担当者の方に後で画像処理してもらうことにした。ほっとして、撮影を始めた。
アングル、絞り、ピントなどを変え、なんカットも撮影した。フィルムなら、こうはいかない。デジタルはとても便利だ。カメラ背面の液晶モニタで確認するのだが、なんせ1.8型である。老眼鏡で見ても、ピントなどはまったくわからない。PCに取り込めばいいのだが、撮影の都度というのは現実的ではない。iBookにはビデオ端子がないので、テレビとカメラを接続し、撮った写真をその都度みんなで確認した。古いテレビで色もコントラストもひどいものだったが、なんとかその役を果たしてくれた。
256MBのCFカードがいっぱいになると、PCに取り込み、さらに640MBのMOに記録した。これで安心。データをなくす心配がかくなり、気分が楽だ。フィルムなら、こうはいかない。仕上がりを見るまでは、心配で心配で仕方がない。この気持は、写真屋にしかわからないと思う。現像所に行き、DP袋からフィルムを撮りだすときは、ドキドキする。とにかくなにかが映っていることだけを願う。コマが確認できると、まずほっとする。なにも映っていず、真っ黒ということもあるからだ。こんなフィルムがあったら、目の前が真っ暗になり、血の気が引き、呼吸が止まって息苦しくなっしまうものだ。たいていは撮影前のフィルムが混じっていたことが原因なのだが、とにかく生きた心地がしない。なにかが映っていれば、その次はうまく撮れているかが問題になる。フィルムは、このように健康に悪い。気の小さい写真屋は、長生きできないかもしれない。

2003.9



 久々の大型カメラ


1年振りだろうか。4×5の撮影をした。4×5は、シノゴと読む。4インチ5インチ、つまり 10cm×12cmの大型フィルムである。一般的には、この4×5以上のフィルムサイズのものを大型カメラと呼ぶ。8×10(エイトバイテン)などは、4×5より大型のカメラである。
ブローニーフィルムを使うタイプが中型カメラで、6×4.5はセミ判、6×6はロクロク、6×7はロクナナ、6×9はロクキュウという。この中型カメラは、カメラサイズによって撮れる枚数が違う。120フィルムの場合、セミ判は15(16)枚、6×6は12枚、6×7は10枚、6×9は8枚である。また、6×12とか6×24というパノラマカメラもある。このブローニーフィルムは2B(ツービー)とも呼ばれ、幅が6cm(実画面は56mm)である。
ちなみに小型カメラとは、ポピュラーな35mmフィルム(135)を使うものをいう。フィルムサイズは、24×36mm。幅は35mmでも、フィルム送り用のパーフォレーションが両側にあるため24mmとなる。小型カメラと比較すると、4×5がいかに大きいかわかる。

フィルムやレンズの性能がよくなると同時に印刷技術が向上し、大型カメラの必要性がだんだんなくなった。おれの場合も、4×5での撮影はほとんどない。あっても年に1度くらいだろうか。カメラが大きくて使いづらいし、コストもかかる。昨年などは、4×5での納品と知っていながら6×7で撮影し、それを4×5に拡大デュープした。ちょっとインチキっぽいが、印刷サイズが小さかったので、まっいいかという感じ。

小型や中型のカメラではバチバチ撮るが、大型カメラはそうはいかない。構図やアングルを慎重に決め、気合いを入れてシャッターを押す。緊張そのものである。
大型カメラでの撮影の仕方は、こうだ。撮影位置を決めたら、まず三脚にカメラをセットする。構図を決めたら、その写角に合ったレンズをカメラに取り付ける。、レンズを取り付ける。カメラの水準器を見ながら、カメラを水平垂直に固定する。レンズの絞りを開放にし、フォーカスレバーを回す。そして冠布をかぶり、構図などを決める。ガラスに映った画面は天地左右が逆で、慣れないとわかりづらい。しかもレンズはとても暗い。だいたいはF5.6である。晴れた日の野外ならいいが、室内などは暗くてなにが映っているのかよくわからない。ガラスにルーペを当てて、慎重にピントを合わす。露出計の数値を見ながらレンズの絞りリングとシャッターリングを回し、任意の数値に合わせる。そして、フォーカスレバーを解除する。これを忘れると、フィルムを1枚無駄にしてしまう。おれはシートホルダーではなく、クイックロードを使っている。このクイックロードのフィルムホルダーをカメラボディとピントグラスの間に確実に差し込む。そして、クイックロードをホルダーに挿入する。フィルムには裏表があるので、挿入の仕方を間違えてはいけない。引き蓋のかわりに封筒のような紙のケースをゆっくり引くと、ホルダーの中にフィルムだけが残り、スタンバイとなる。このとき念のために紙ケースの厚みを指でチェックし、フィルムがちゃんと装填されていることを確認する。シャッターをチャージしたら、もう一度絞りなどをチェックする。そして、レリーズをゆっくり押す。露光したら、封筒のような紙ケースをホルダーに押し込み、リリースノブをスライドさせ、ホルダーからクイックロードをまっすぐ抜く。普通は、同じ露出でもう1枚撮影する。そして、露光したクィックロードにすぐデータを書き込む。これで終わりなのだが、絞りやシャッタースピードなどを必ず再確認する。そしてクイックロードをホルダーを抜いたら、再びレンズの絞りを開放にして、フォーカスレバーを回し、かんぷをかぶって、ピントグラスをのぞく。
とにかく手順が複雑でめんどうだ。それだけに失敗する要素がたくさんあり、たえず不安がまとわりつく。今回の撮影でも、何枚かフィルムを無駄にしてしまった。失敗しても、失敗をその場で気づけばいい。でも、気づかない失敗なら大事である。

今回の仕事は、愛知県のデザイン会社からの依頼。三州瓦メーカーのカレンダー用の写真で、須坂市佐久市の住宅を撮影した。ワンカットずつでいいのだが、結局は正面とハスの2カットずつ撮影した。

2003.9



 ネバーギブアップ・ネバーサレンダー!


トカゲヘッドの名にかけて断言しよう。
「ギャラクシー・クエスト」はすばらしい!
B級映画をあなどっはいけない。そんじょそこらのSF映画とは、SF映画が違うのだ。う〜ん、実にいい映画だった。見終わって、実に爽快な映画だった。
ビデオで見たんだけど、ぜひとも映画館で見たかった作品だ。

ありきたりのストーリーなんだよね。ワッと驚くシーンもなければ、どんでんがえしもない。もちろん、衝撃のラストもない。でも、脚本がいい。役者もいい。すべてにおいて、完成度の高い映画だ。SF映画が好きなおれは、つい採点が甘くなってしまうのだろうか。最初のほうで、アラン・リックマンがトカゲヘッドのファンにいやいやサインをするシーンがある。このときのアラン・リックマンの表情、もう最高だった。その彼も、ラスト近くで大嫌いな一言を口にするんだよね。いい場面だったなあ。
「素晴らしきかな、人生」でも涙しなかったおれが、こんなパロディ映画で胸が熱くなってしまうなんて。でも、「スタートレック」や「宇宙家族ロビンソン」に夢中になったおれは、こういう映画を冷静に見れないんだよなあ。映画の宣伝文句は、「映画史上初、笑って泣けるSF映画」とか。まったくその通りじゃん。

この映画を作った人も、そうに違いない。やはりわくわくして「スタートレック」を見たんだろうなあ。そょっとしたら「スタートレック」のオタクだったりして。「ギャラクシー・クエスト」に登場するひきこもりのオタクも、実にしあわせそうだったもんなあ。

聞くところによると、「ギャラクシー・クエスト」のファンクラブがあるそうな。

2003.9



  ビジネス旅館

浜松市での仕事。朝4時に家を出て、更埴ICから高速に入り、長野道を南下。小牧ジャンクションから東名に入り、ビッグホーンをガンガン飛ばす。途中のパーキングでいつもの朝食(てんぷらそば)。浜松西ICでおり、ファックスで送られた地図を見ながら目的地の大平台へ。8時50分、現場に無事到着。
仕事は、モデルハウスの外観と内部の撮影である。印刷原稿ということで、ブローニーのポジで撮影。まず、逆光ながら外観を撮影。これは保険である。結局、午後2時過ぎに外観を撮り直す。フィルムと手間が無駄になるが、撮り直せるだけいいというものだ。天候の急変で外観が撮れなければ、再度浜松まで来なくてはいけないからだ。なんといっても、失敗しないのがプロであり、ちょっとした失敗なら、なんとかフォローするのがプロである。内部はだいたい15カットを撮影。休憩も食事もなしで、朝の9時から午後2時過ぎまで撮影。どピーカンで内部は撮影しにくかったが、まあまあ思い通りに撮影できた。すべての機材を車に積み終えてから、水道の生暖かい水をがぶ飲み。とにかくのどがカラカラだった。
そして、意気揚々と帰路につく。といっても、翌日は高森町での仕事のため、飯田で宿泊。泊まったところは、ビジネス旅館一富士。ただのビジネスホテルでもなければ、そんじょそこらの旅館でもない。なんといっても、天下のビジネス旅館なのだ。部屋は、2階のまつ(床の間付きの8畳)。おばさんが部屋まで案内してくれて、しかもお茶までいれてくれた。う〜ん、親切。
さっそく1階の風呂へ。どうもおれが一番乗りのようだ。ひょっとしたら、宿泊客はおれひとりか。定員は3人かなというくらいの大きさだが、昔懐かしい小さなタイル張りの浴槽。壁にはタイルで描いた富士山と海と松。う〜ん、これまた由緒正しき正統派の風呂であった。ゆっくりと汗を流す。とてもいい湯でした。
夕食は、焼きナス、焼き魚、エビフライ、ハマチとホタテの刺身、吸い物、漬物など。これまた良心的なメニュー。食事を終えて部屋に戻ると、ちゃんと布団が敷いてあった。またまた、感激。う〜ん、由緒正しきビジネス旅館だなあ。

ビジネス旅館ではないが、ホテルといえば、こんなことがあった。松本のある会社に電話をして、会社への道順を聞いた。電話の相手は事務のおねえちゃん。そのおねえちゃんが、あの道をこう行って、その角をこう曲がってと話したのだが、最後にこう言った。
「右にホテル見えますので、その手前を左に‥」
「ホテルって、なんていう名前?」
「連れ込みです。見れば、わかります」
さすがのおれも、これには驚いた。「連れ込み」なんて、うら若き乙女の口にする言葉ではないからだ。ついうれしくなって、横の女房に話をしてしまった。その会社に行くのが、実に楽しみだった。さて、その当日、その会社の件の女事務員の顔をしげしげと眺め、う〜んとうなずいた。おれって、この手の女が好きなんだよなあ。もちろん、清純なタイプも大好きだけど。

「連れ込むな わたしは急に 泊まれない」
連れ込みといえば、この川柳を思い出す。「サラリーマン川柳」における不朽の名作である。う〜ん、しみじみとした、いい川柳だなあ。突然の誘いで動揺する乙女の心情が、よく表現できている。純真なOLの戸惑いと喜びといおうか、期待と不安といおうか、スケベ心と現実といおうか、とにかくその心の葛藤を如実に表現した秀句である。でもまあ、結論(教訓)としては、単に「そういうことは、前の日にいってね」ということだろうか。

歌舞伎町から北に歩くと新宿の職安があって、その向こうは新大久保のホテル街である。このホテル街、夜見ると正真正銘のホテル街なのだが、昼は普通のビジネス街になる。朝など、びっくりする。疲れた顔でホテルを出ると、辺りはまるっきりの出勤風景。大勢のサラリーマンとOLが会社へと急いでいるのである。ジロジロ見られて、カッコ悪いことカッコ悪いこと。別にどうということはないのだが、なんせこっちは後ろめたいので、なんとなく肩身が狭い。
ところがだ。つき合った女の中に、こんなのがいた。今も、忘れもしない。その彼女、突然道の反対側に走って行くではないか。なにごとかとびっくりしていると、彼女はひとりのおばさんの前に立ちはだかり、こう怒鳴った。
「なんだよ、その目つきは!そんな目で、こっちを見るんじゃねえよ!」
さすがのおれも、これには驚いた。おれはというと、ただポカンと口をあけているだけだった。う〜ん、すごかったなあ。でもだ。そういう場所でカップルを見慣れたおばさんが眉をひそめるんだから、おれたちがよほど目に余ったのだろう。

「今の若い者は‥」という言葉をよく耳にする。この言葉は、今に始まったことではない。きっと大昔から言われ続けてきた言葉に違いない。おれはというと、若い人を見て、「今の若い者は‥」などと1度も嘆いたことはない。なぜなら、自分もそうだったからだ。カッコつけてる訳ではないけど、今の若い人を感心することはあっても、嘆いたり、非難することなど1度もない。でも、女房はというと、そうじゃないんだな。たとえば、車の助手席の女房は、ルーズソックス、超ミニスカート、厚化粧、携帯片手の女子高生を見て、こんなことを言う。
「なに、あれ?」
横でニヤニヤしているおれはというと、急に真顔になり、
「う〜ん、困ったものだ‥」
などと、女房の手前、訳のわからない相づちを打つ。

話がそれてしまった。本題は、ビジネス旅館一富士である。朝食は、目玉焼き、焼き鮭、海苔、みそ汁、漬物、佃煮という一般的にメニュー。デザートに梨がついた。親切なおばさんで、席につくなりお茶を入れてくれるし、ご飯までよそってくれた。
料金は、1泊2食つきで6500円。高くもなければ安くもないという値段だろうか。でも、泊まるならこういう旅館がいい。

※写真は、一富士の2階のまつ。1/20秒、f5。ISO感度1250、+1EVの露出補正。ホワイトバランスは、オート。手持ちの撮影である。

2003.9



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