雑感 20

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 祝40万 km

小人閑居して‥というやつで、良からぬことではないが、いろいろなことをとりとめなく考えている。というのは、ちょっとヒマになったからだ。つい先日までの忙しさが嘘のよう。
忙しいと、目先のことだけで精一杯。テレビはもちろん、映画も見ていない。庭は草ボウボウで、クモの巣だらけ。仕事部屋は未整理。特に暗室の中は、ゴチャゴチャのゴミだらけ。郵送された各種通知も、そのまんま。
さて、反省して、少しずつ片付けよう。


○愛車ビッグホーンの走行距離が、ようやく40万kmを越した。まずはめでたし。
が、ちょぃと調子が悪い。アイドリング時、車体が揺れるほどエンジンの回転数が上下する。どこが悪いんだろう。タイミングベルトの交換もあるし、どうしよう。

○ある人にこう言われた。「長野市の民家」という写真展をやればいいのに。
なるほど、それもいいな。長野市の写真なら、たくさんあるし‥。ゆっくり考えよう。

○久しぶりに釣りに行こうかな。行くなら、新潟の市振港。狙うは、もちろんアオリイカ。
でも、たくさんあった釣り道具、大半は捨ててしまった。釣り竿はあるんだけどね。クーラーとかフラシとかいろいろ、また買わなければだめかなあ。

○ある人にこう言われた。今度みんなで飲みに行きましょう。そうだね。ぜひ行こう。
でもこういう話って、具体的でないからあまり実行しないんだよね。
飲み会か‥。ちょっと趣向を変えて、違った業種、違った職種の人が集まって、ワイワイガヤガヤやる会でもつくろうかな。そして、2カ月に一度くらいのペースで集まろう。
ヒマだから、飲んでくだらない話でもするか。そういう殊勝な方がいたら、ぜひ参加してください。

○ニコンの新機種D3とD300。う〜ん、いいなあ。D3は55万円か‥。今までのレンズが使えるような。使えないような。
D3Xに期待する手もあるが、おれ的には、やはりフルサイズのD3に移行しよう。

○おれの身長は、173cm前後だと思う。もう何十年も測ったことがないんで、正確な数字はわからない。中3の息子にそろそろ追い越されそう。大きくなったなあ。なんとなくうれしい。

○その息子に、最近こう聞かれた。写真の仕事、ぼくにもできるかな?
そういえば、数年前にも、同じようなことを聞かれた。おれは、こう答えた。だれだってできるさ。でも、大変なだけ。ちっとも儲からなくて、生活が苦しいし‥。家にお金のないの、わかるだろ。いい仕事はたくさんある。お前は味覚・嗅覚が敏感だから、料理人になりな。いいと思うけどなあ。ときどき飲みにいけるし‥。息子の店に飲みに行けるなんて、どんなにいいだろう。こういうののを親の押し付け。親の身勝手と言うんだろうなあ。
※写真は、東電の送電線点検作業風景。現場は、長野群馬の県境。

2007.9



 こんな1日だった

5時15分起床。コーヒーを飲みながら、新聞を斜め読み。朝食はみそ汁と食パン1枚。7時過ぎ、PCに向かって仕事(納品データ作り)。30分ほどで眠くなり、再びベッドへ。

8時半、ケータイの呼び出し音で目を覚ます。もうちょっと寝たかったのに‥。どうしようか迷ったが、起きることに。
今日のスケジュールは白紙。さて、なにしよう。まずは撮り残しと未撮影のリストをチェック。辰野町の現場の夜景があったな‥。ということで、辰野町の某所に電話。今日の夕方6時の撮影がOKとの返事。ならと、1日の計画を立てる。

とりあえずPCでの仕事。11時、機材を積んで家を出立。まずはイエローハットでエンジンオイルの交換。正午に松代へ。現場を下見し、松代の某会社で打ち合わせ。そして松本へ。駅近くで1カット撮影し、R19を南下。諏訪市の某会社に行き、写真を納品。さらに岡谷市の某事務所に行き、やはり納品。遠くの納品は、いつもは宅急便なんかを利用するのだが、今日は特別。

岡谷市から隣の辰野町へ。夜景の撮影はスムーズに進み、7時20分に終了。帰ろうとしたら、出前のうな重を食べてけという。せっかくだから、おいしい鰻をごちに。ありがとうございました。

9時半に帰宅。撮影したCFカードからデータを取り込み、さらに外付けHDにコピー。いつもならDVDにも記録するのだが、でもまあこれで一安心。
トラブルもなく、まあまあの1日でした。写真は辰野町での夜景。風がなかったので、撮りやすかった。

2007.7



 息子の出番

午前10時、東御市の現場で挨拶と打ち合わせ。どんなかと心配したが、気の合いそうないい人で一安心。そして、軽井沢へ。
途中の御代田町で茅葺きの家を見つけた。あら珍しやと思ったら、もう1軒。あらあらと思ったら、さらにもう1軒。こんなご近所に茅葺きが3軒も。残っているところには残っているんだねえ。
もう何年も前からだけど、茅葺きの家を見つけても、カメラを向けることはまずない。今どき撮っても、絵にならないからね。

軽井沢はやはり曇り。ちょっと暗過ぎるかな。迷ったが、諸事情のため撮影開始。案の定、20分もしないうちに雨がポツンポツン。でも、どうにかこうにか撮影終了。
う〜ん。まあ、今日の撮影はなんとかいいんだけど‥。

帰りは、軽井沢から浅間サンラインを通り、真田の地蔵峠へ。そして松代から須坂へ。目指すは、S中学校の体育館。
今日は、息子(中3)のバスケット部の北信大会。息子を迎えに行ったのだが、たまたま試合を見ることができた。おれは息子の部活にはまったく関心がない。なぜ関心がないかというと、息子の出番がほとんどないからだ。息子の出ない試合を見てもおもしろくないし、息子にしてみれば自分の出ない試合を見に来てくれてもうれしくないだろうし‥。まあそんなで、観戦は本当に久しぶり。
息子は、レギュラーになれないことを承知の上で入部し、いじけることなく部活に励んだ。おれなんかとは大違い。たいしたもんだなあと思う。

見たのは3位決定戦。試合終了まで3分を切ったところで、息子がコートに。あらららら。勝ち試合での温情出場というやつだ。点差があったために出られたんだね。チームメイトがみんないい奴だった。皆が何度も何度も息子にいいパスを回してくれた。おい、シュートしろよ!という感じ。そのおかげで、3分弱の間に息子は2ゴールすることができた。そうと知っていれば、写真を撮ったのに。それにしても、いい仲間を持ったね。2ゴールよりそのことのほうがうれしかった。親バカだねえ。再来週は県大会。多分見に行くことはないだろうけど、息子の出番はあるのかな。
そして大会の表彰式。3位入賞の賞状をもらったのは、なんとなんとうちの息子。またまた胸が熱くなった。
が、後で息子曰く。ああいう賞は、順番でもらうんだ。今日はぼくの番だったんだ。
納得。そうだよな‥。順番とはいえ、お前が賞状もらってどうするんだよ。

家に帰り、軽井沢の写真をチェック。う〜ん、う〜ん‥。前回撮ったのが5月の上旬。季節がまったく違うんだよね。どうしよう。困ったなあ。こっちの写真は芽吹きの頃。次の写真は緑がいっぱい。困ったなあ。さてさて、どうしよう。前回分を撮り直せばいいんだけど、それもなかなかむずかしいし‥。締め切りは近いし‥。う〜ん。

2007.6



 ライトパンフィルム

今月は善光寺近くでの撮影が2件あった。ひとつは宿坊の改築工事。もうひとつは大本願近くの老舗。
先日の飲み会でも話題になったので、善光寺についてひと言。


長野市の名所は、なんといっても善光寺。国宝の本堂はもちろんのこと、山門(重文)、経蔵(重文)、鐘楼などの建物群は実に立派。が、境内の歴史的景観という面ではイマイチだ。

本来ならば古い資料などを参考にして、元の善光寺の姿に多少なりとも戻す計画があってしかるべきなのだが、やっていることはその正反対。本堂北側にあった大きな池を埋め立てて駐車場にしたし、さらに本堂北西の裏手にはRCのケバイ三重塔を建てている。さらにさらに本堂の目の前には「授与品所・勧募窓口」なる見苦しい建物をデンと据えている。ああみっともない。これで世界遺産もないもんだ。

善光寺本堂北側には、以前大きな池がふたつあった。今残っているのは東側の池。昔はこの池に貸しボートがあって、何度か乗ったことを覚えている。埋めたのは西側の池。蓮が生い茂っていたので蓮池と勝手に呼んでいた。本当の名前はつばめ池かな。東側が千鳥ヶ池かな。
300年前、本堂再建用の木材をいったんこの池に沈めておいたとか。防火用水という意味で、池をそのまま残したのだろう。だから、つばめ池は文化財といえなくもない。いくら駐車場が足りないからといって、その池をつぶしちゃいけないよな。それに、景観も台なしだ。

善光寺にはたくさんの鳩がいる。鎌倉時代にはすでに住み着いていたのでは、という説も。寺と鳩は、長年の好みというやつで、切っても切れない縁になっている。本堂に掲げられた「善光寺」の額をご存知だろうか。「善」の字には、鳩のシルエットが使われているほどだ。
写真は善光寺山門脇の豆売りのおばあさん。豆は鳩用で、直径10センチほどの木の皿に盛られていた。一皿10円だったかな。撮影は70年9月。カメラはオリンパスペンD3。ハーフカメラって、知ってるかな。知らないだろうなあ。ペンD3はコンパクトなんで、ときどき持ち歩いた。ネガを見ると、このおばあさんたちを10カット以上撮っているのだが、どれもこれもダメ。こそこそ撮っている自分の姿が目に浮かぶようだ。フィルムはライトパンSS(知ってるかな)。ネオパンSSSを常用していたが、金のない高校生としては、時折安いライトパンも使った。当時いくらしたんだろう。ああ懐かしい。16枚撮りしか記憶がないが、ほかにも種類があったんだろうか。
ライトパンは愛光商会だったけど、スティッツ 、カコ 、マイネッテ(みなと商会) 、ダイワ三脚 、チェリー商事なんかも倒産しちゃったのかな。(健在ならごめんなさい)


話を戻そう。これから50年を費やしてもいいから、世界遺産に胸を張って登録できるような善光寺にしてほしい。以前、写真の豆売りのおばあさんが見苦しいという意見があった。今はもうそのおばあさんの姿はないが、おれは見苦しいとはちっとも思わない。逆に善光寺らしい風景だったと思っている。RC三重塔が美しくて豆売りが見苦しいという感覚は、おれにはどうしても理解できない。

2007.6



 銀座

先日は、昼前から恵比寿麦酒記念館のテイスティング・ラウンジで4種類のビールをちびりちびり。で、その後は銀座へ。ビヤホールの老舗ライオンに突入し、箸を動かしながらがぶがぶ。
東京に住んでいる頃は、エリアは池袋と新宿のみ。銀座などはまったく縁がなく、年に一度行くか行かないかだった。用がないからだ。そういえば、ただ一度だけ銀座で映画を見たっけ。76年の夏だったと思う。映画館は、数年前に閉館した銀座並木座。「いちご白書」を見たのだが、席がガラガラだったことを覚えている。
並木座は、確かこの辺にあったはずだ。辺りを見回すと、レモン社の看板が。久しぶりにカメラでも見るかと、レモン社の急な階段を上った。クラシックカメラのコーナーでは、どうしてもライカに目が行く。一生に一度くらいは、ライカを使って見ようかな。陳列棚を見ていると、ついそんなことを考えてしまう。買うとしたら、M3かな。

また、先日は長野駅近くで飲み会。メンバーはおれを入れて3人。7時くらいから飲み始め、3軒目を出たときは2時を過ぎていたろうか。完全に飲みすぎ。翌朝は具合が悪かった。
ろくな仕事もしないのに、飲んでばかりいてはいけないな。(あまり反省はしてないけど‥‥)


昔は、腰の曲がった年寄りが珍しくなかった。無理な姿勢の農作業を長年続けたせいだろうが、その勤勉さには頭が下がる。昔からそうで、ひたむきに一生懸命働いている姿に弱い。怠け者の自分がなんとなくはずかしくなるからだ。どこかに後ろめたさがあるんだろうね。写真は79年6月の撮影。

2007.6



 小型現像タンク

実家から持ってきたはずの古いカメラが見当たらない。間違えてゴミと一緒に捨ててしまったのか。キャノンPの50mmF1.8、オリンパスD3、ビスカワイド、66のスプリングカメラ、ペンタックスMEスーパー(2台)、ペンタックスK2等、等。片付けの際、タンスからゴミの袋にそれらを入れたはずだ。その袋を別にしておいたのだが‥。適当な入れ物がなかったためだが、ゴミ袋に入れたのがまずかった。
ゼンザブロニカ一式、アルカススイス69、ホースマンVHはちゃんと持って来たので、まっいいか。でも、キャノンPは残念。

右の写真は、フィルムの小型現像タンク。LPL社のステンレス製。今も製造しているんだろうか。タンクは四つあったが、記念に二つを残した。部屋の窓際に飾って眺めている。
暗室での暗やみ作業。パトローネからフィルムを取り出し、写真のリールに巻き付ける。フィルムに傷をつけてはいけないので、気をつかう作業だった。タンクには120フィルムなら1本、35mmフィルムなら2本入る。液温は正確に20度。現像液、停止液、定着液の順に薬液を入れ、タイマーを見ながら適当にタンクを振ったりする。定着の後は水洗し、吊るし乾燥。乾いたら6コマごとハサミを入れ、ネガケースに収納。考えたら、もう10年以上フィルム現像をしていない。


昔のネガも大量に出てきた。それもほとんど処分。下の写真は、高校2年(1969年)のときに撮ったもの。場所はもちろんのこと、撮ったことも覚えていない。たぶん長野市小田切近辺だろう。
娘が隠れて見えねえぞ。声をかけて、もっともっとぐっと近寄って撮れよ!と、38年前の自分に怒った。
冬の日の縁側。カゴを直しているおばあさんと遊んでいる孫娘。うまく撮れば、いい写真なんだけどなあ。干してあるのは、娘の寝巻きだろうか。時代を感じる。
ネガは傷だらけ。傷は、あえて修正しなかった。

2007.6



 実家

このハグロトンボ、どこから迷い込んだのか。ポピュラーな種だが、わが家の庭で見るのは初めて。なかなか美しい。

古い実家を壊すことにした。自分の育った家がなくなるのは寂しい気もするが、空き家状態なのでやむを得ない。数十年間の大小の家財道具、大切だったはずの品々、ただのゴミ‥。とにかく、もうすさまじい量だった。意を決し、それらの99.9%は処分。年相応に、やはり身辺整理をしないとね。
仕事部屋をぐるりと見渡すと、自分の物が少なくなったことに気づく。車の座席にも楽々積める量だ。年とともにもっと減らしていこう。

明日は東京出張の予定。いつもなら車だが、今回は鉄路で行くつもり。天気が悪そうなので、泊まりかな。

2007.6



 連休初日

  ♪林檎の花ほころび 川面に霞立ち 君なき里にも 春は忍び寄りぬ

リンゴの花が咲くと、いつもこの歌を口ずさむ。新緑がとても美しい。一年で一番いい季節だね。


連休初日の28日は、雨後晴れ後雷雨という天気。そんな空をときどき見上げながら、PCに向かって写真のプリント。
数日前、突然プリンター(PX-G5000)が故障。プリンターはこれ1台だけなので、修理に出したくても出せない。2年も酷使したのだから、寿命というもの。そう自分に言い聞かせ、新しいプリンター(PX-G5100)を購入。他の機種も検討したが、インクがたくさん残っていてね。5000と5100は名前の通り、中身はまったく同じ。使い慣れている機種なので、まっいいか。。

プリントに飽きたら、違う仕事を始める。請求書を作ったり、データを整理したり、スケジュールを確認したり、カメラやレンズを点検したり、まあいろいろ。でも、またすぐ飽きてしまうので、曲のジャンルを変えたりして気分一新を図る。このごろときどき聴くのが、Andrews Sistersのコーラス。なかなかいいね。

先週、富山の八尾町で撮影したお店の写真を見ている。催促の電話がないことをいいことに、まだ仕上げていない。で、なにをしているかというと、Nikon CaptureでRAW画像をTIFFに変換し、そしてPhotoshopで画像処理。これが、結構な手間。やはりすぐ疲れてしまう。
このお店は、午前9時から12時と午後4時半から7時まで撮影。全部で110カット撮影し、57カット納品する。シャッターを押したのは400回以上か。57カットのTIFF画像は、約4ギガ。かなり重い。下の写真は、八尾町でのベストショット。

この連休は、ずっと仕事をする予定。

2007.4



 写真展

○先月くらいから新しいサイト「中級者のための住宅撮影アドバイス(仮題)」を作っている。建築関連業者や設計士を対象にしたもので、写真をたくさん並べて説明するつもり。5割ほどできているのだが、忙しいんでそのままになっている。アップはいつのことやら。

○この秋、茅野市総合博物館で写真展をする予定。何年か前、茅野市総合博物館のポスターに使う写真を用意した。これが縁だったのかな。昨秋のこと。博物館のOさんが事務所にやって来た。「来年度の予算取りがあるもんで‥」ということで、世間話をしながら企画展の打ち合わせ。

先日岡谷での仕事の合間に初めてその博物館にお邪魔したが、Oさんは異動したあと。残念。後任のKさんにあいさつ。Kさんは快活で仕事のできそうな方だった。館内を案内してもらい、簡単に打ち合わせ。展示室が広く、60点くらいの写真が必要かな。諏訪・茅野方面の写真を中心に展示するつもり。会期中、降旗先生の講演があるとか。
「林先生のお話も‥」というKさんに、あははははと笑ってしまった。

○先週の8日は長野県議選の投票日。当日の夜9時過ぎ、某レストランに集まり、テレビの速報に注目。結果は、残念ながら落選。
私が当選できなかったのは仕方ないにしても、こういう手作りの市民運動の選挙で当選できなかったことが残念。過去のこの手の選挙はことごとく落選。お金も地盤もない選挙でも勝てることを示したかった。そういうUさんの言葉に、皆うんうんと頷いた。そうなんだよね。市長選でも負けたし、市議選でも負けたし、前の前の県議選でも負けたし、今まで一度も勝ったことがないんだよね。
来週の水曜日は、そのご苦労さん会。選挙は、これが最後かな。裁判も選挙も、すべて負けた。ご苦労さん会では、たくさんビールを飲んでグチる予定。でもなぜか、飲まない人が多いんだよね。寂しい。Aさん、ふらっと来ないかな。

2007.4



 Aさん

若い頃は、回りのみんなが元気だった。
でも、歳なのかな。少しずつだけど、友人知人が病気になったり、死んだりするようになった。もうそういう歳なんだねえ。
デザイナーのAさん。知り合ったのは、15年か20年前かな。ガチガチの茶髪で、かなり個性的。しゃべり方も考え方もサバサバした女性で、なかなかの人物だ。
数週間前のこと。その彼女が、体調を崩して長野赤十字病院に行った。診察結果は、乳癌。肝臓にも転移していて、ステージ4。かなりのショックで、それからは大好きなタバコと酒を止めたらしい。
先日のこと。女房がなにかの集まりに行ったら、そこにAさんがいたという。Aさんは自分の病気のことをまるで他人事のようにベラベラしゃべっていて、そこにいた人の中でいちばん元気に見えたとか。Aさんはそういう人だ。
3日ほど前のこと。セカンドオピニオンということで、Aさんは長野市民病院へ。Aさんは離婚しているので、K女史が同伴。そこで余命3カ月と宣告された。人の命はわからないねえ。Aさんは50歳前なのかな。過ぎたのかな。いずれにしても、おれより若いはずだ。
回りを見ていると、人って、意外とあっさり死ぬんだよね。その意外さというのは、医学の画期的な進歩とはあまり関係ないように思う。新しい命が次から次と誕生するように、順番の差は多少あっても、やはり次から次と死んでいく。
他人事ではない。明日は我が身だ。毎年歯の検診はしているが、なぜか20年近くも健康診断をしていない。不摂生をしているのにね。おれもひょっとしたら、Aさんのように癌がかなり進行しているのかも。別に怖くはないけど、おれは保険になにひとつ入っていない。それが気がかり。う〜ん、考えてしまう。この歳で入れるいい癌保険ってあのるかなあ。
Aさんとは、特別親しい間柄ではない。思い出したら、仕事関係では「Mウェーブのパンフレット」だけだったかも。
Aさん、お酒止めたままなのかな。余命3カ月と知ったら、おれだったら好き放題するけどなあ。一緒に飲みたいなあ。話したいこともあるし‥。

2007.4



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