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 街道と宿場 1   中山道奈良井宿の越後屋、本山宿、小田井宿



信州は、中仙道、北国街道、北国西街道、塩の道と呼ばれた千国街道、甲州街道、三州街道、杖突街道、秋葉街道などがあり、日本の東西と南北をつなぐ交通の要衝であった。

中仙道は東海道とともに、江戸と京都を結ぶ日本の動脈であった。また、北国街道は佐渡の金を江戸に運ぶ道路として整備され、日本海と太平洋を結ぶ重要なルートになった。しかし、千国街道のような牛方やボッカが往来した「生活の道」もあれば、秋葉街道や善光寺街道のような参拝客が通った「信仰の道」もあった。
明治になると鉄道が開通し、そして自動車が走り国道が整備されると、街道と宿場は一変した。国道から外れた宿場、たとえば海野宿や奈良井宿などは、時代に取り残された。が、取り残されたがゆえに、宿場時代の面影を今も見ることができる。



No.358 障子をあけ、格子越しに道を見下ろす。昔の旅人も、こうやって中仙道の往来を眺めたのだろうか。 木曽郡楢川村奈良井宿 81.10



No.359 宿場の水飲み場。 木曽郡楢川村奈良井宿



No.360 昔の旅籠はこうだったのかと、納得するような越後屋。格子が美しい。 木曽郡楢川村奈良井宿 84.6


No.361 越後屋の内部。 木曽郡楢川村奈良井宿 84.6
No.362 越後屋の内部。 木曽郡楢川村奈良井宿 84.6



No.363 櫛問屋だった中村屋の内部。鰻の寝床のようだ。 木曽郡楢川村奈良井宿 81.9



No.364 板庇を固定する猿頭(さるがしら)の列。 木曽郡楢川村奈良井宿 84.6
 
No.365 酒林(さかばやし)は、造り酒屋の看板。杉の葉を束ねて球状にし、軒下に吊す。 木曽郡楢川村奈良井宿 84.6



No.366 塩尻市本山宿

No.367 塩尻市本山宿

No.368 更埴市麻績宿




No.369 美しい格子と出梁(だしばり)。 楢川村奈良井宿 81.9



No.370 木曽路(中仙道)の最初(最後)の宿が、本山。天保14年、本山宿には117軒の家があり、その内の34軒が旅籠だったという。信州そばの発祥の地は、この本山だということだ。 塩尻市本山宿(中仙道) 86.6



No.371 中仙道の芦田宿を西に向かうと、名所の笠取峠がある。今も、100本以上の松並木が続いている。 北佐久郡立科町芦田 82.5



No.501 芦田宿(中仙道)遠景。北佐久郡立科町 82.5



No.372 中仙道望月宿は、出し梁、格子造りの美しい家が並んでいる。 北佐久郡望月町 82.10



No.373 中仙道小田井宿の家並は、上品で美しい。1861年、皇女和宮の御昼食休みに代表されるように、多くの姫君の休泊に利用され、小田井宿は「姫の宿」とも呼ばれた。屋根勾配が緩やかなのは、以前は板葺きだったためだ。同じ屋根勾配は、統一感のある家並を構成する。今も昔も、簡潔に因数分解できるような街造りが美しい。 佐久市小田井 79.7


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