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 街道と宿場 2  北国街道の海野宿、 北国裏街道の川田宿



No.374 北国街道小諸宿の旧本陣(重文)。妻入り、出し桁の堂々たる二階建て。明治の終わり、若山牧水も宿泊したとのこと。 小諸市 91.3



No.375 関東方面から信州に入る荷と、その逆に信州から関東に出る荷は、いったんは小諸に集められた。北国街道の小諸は、城下町であり宿場町でもあったが、なによりも活気のある一大商都であった。 小諸市 94.11



No.376 家並が美しい海野宿。中仙道と北陸道を結ぶ北国街道は、佐渡の金の運搬や大名の参勤交代、江戸からの善光寺参詣の人々で賑わった。道路中央に水路がそのまま残っているのは、全国的にも珍しい。現在、水路の北側(左側)は車道になっているが、江戸時代もやはり人馬の交通に使われた。水路の南側道路(右側)は、伝馬の荷物の交換や馬の繋留等に使われた。海野宿は、「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されている。 小県郡東部町 81.9



No.377 北国街道海野宿の矢島家。海野宿の袖うだつは下屋の上に堂々と立ち上がったもので、その屋根の上には鯱まで乗っている。財産の誇示であろうか。また、海野格子という言葉があり、3尺巾のはめ込み格子がとても美しい。海野宿は、明治以後、養蚕で富みを得て建てられたものが多い。 小県郡東部町 79.5



No.378 矢島家の玄関。土間越に庭が見える。 小県郡東部町海野宿 79.5
No.379 宿場の片隅の市神様。 東部町海野宿




     
No.380 造り酒屋「坂井銘醸」。北国街道(国道18号)沿いにあり、茅葺きの大きな建物は、目を引く。 埴科郡戸倉町 79.10



No.381 北国街道の家並。自転車は、豆腐屋のおじさん。ラッパを吹きながら、豆腐を売っていた。あのラッパの音色は、とても懐かしい。 長野市川中島 86.4



No.382 北国街道沿いの旧家の門。この家は98年に取り壊し、更地にした後、8区画に分譲された。 長野市川中島町 86.4



No.383 丹波島宿の中ほどにあり、明治天皇の行列がここで小休止したという旧家。この茅葺きの建物は、使用人の住居だったのだろうか。 長野市丹波島 70.10



No.384 川田宿の格子。トタンをかぶせてあるが、もとは茅葺き。街道に面した、平入りの建物。撮影時は、すでに空き家になっていた。 長野市若穂 79.12




No.385 川田宿(北国裏街道)の和泉屋。川田宿は犀川が川止めのときなどは賑わい、雨降り宿とも呼ばれた。 長野市若穂川田 79.5



No.386 塗り籠め造りの松宗商店。松沢家は、北国裏街道の綿内の中にある。門構えも、実に立派だ。 長野市綿内 79.10



No.387 北国街道(R18)の柏原。寄棟茅葺きの民家が建ち並んでいた。ここは、長野県でも有数の豪雪地帯として知られている。左側の茅葺き屋根は、鍛冶職人の家。冬の間は格子に障子が貼られて中は見えないが、夏の間は格子越しに作業風景が見えた。作っていたのは、カマやクワだろうか。いつも老夫婦が仲良く仕事をしていた。 上水内郡信濃町 79.6


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