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 冬の北信濃  七ヶ巻の渡し、飯山の雁木造り、道踏み伝馬



長野県北部は、日本有数の豪雪地帯だ。1945年2月、下水内郡栄村森宮野原での7.85mという積雪は、日本の観測史上の最高記録になっている。栄村の年間平均積雪量は、3m。雪国の冬は、想像を絶するものがある。

豪雪地帯では、年に3回前後の雪下ろしをする。何回か雪下ろしをすると、下ろした雪が積み重って建物を埋める。すると今度は、建物を掘り出すのに苦労する。そこで、あらかじめ庭に大きな穴を掘り、そこに流水を引き込み、屋根の雪を投げ込んで雪をとかす。この池を「冬だね」と呼ぶ。毎年12月にこの冬だねをつくる家が少なくない。また、冬だねが常設の池の場合もある。

80年から81年にかけての冬はまれにみる大雪の年で、後に56(ごうろく)豪雪と呼ばれた。雪を見慣れたおれも、4mを越す積雪には、とても驚いた。厚く降り積もった雪は4月下旬になっても消えることはなく、農家の人は雪の上に灰や堆肥をまいて、田植えの準備をした。



No.304 七ヶ巻の渡し(千曲川)。県内最後の渡し舟だったが、83年の秋に廃止。 飯山市桑名川 83.2


No.305 七ヶ巻の渡し(千曲川)。船頭は、地区の人が順番で当たった。舟が対岸の場合は、小屋の石油缶を叩いて、こちらに呼び寄せた。 後世に残したい風景だった。飯山市桑名川 83.2



No.306 経を読む僧侶と頭を垂れる男。雪の中にお墓があるのだろうか。偶然通りかかり、シャッターを押した。静かで、美しい写真だ。 下水内郡栄村 83.2



No.307 雪国独特の雁木(がんぎ)造り。雁木とは軒からひさしを出し、その下を通路にしたもの。飯山市の場合、街道に沿った城下町時代からの商店街だけに設けられていて、明治以後新しく開通した通りにはない。都市部のアーケードは公道だが、雁木の下の通路は私有地。今は、歩道の大部分がコンクリートになっているが、その舗装費用はその家(商店)の負担。格子戸の店は、松山酒造。 飯山市 83.2



No.308 「道踏番」と墨書されている。まるで江戸時代の高札のようだ。当番は早朝、カンジキをはいて雪を踏み固め、歩道をつくる。大雪の時は、数人がかかりで2時間も3時間も踏み続ける。また1日に2回雪踏みをすることもあるという。この当番制のしきたりを「道踏み伝馬(てんま)」と呼び、この板を次の当番の家の前に立てておく。20年以上も前の写真だが、今もそんなことをしているのだろうか。 飯山市西大滝 81.1



No.309 4日も5日も吹雪くこともあれば、一晩に1m以上も積もることがある。雪のやんだ穏やかな日は、早めに雪下ろしをする。荷重の関係で、屋根の半分の面積だけ雪下ろしをするということはない。やり始めたら、屋根のすべての雪を下ろす。県北部の雪は水分が多く、とても重い。雪下ろしは、かなりの重労働だ。そして、危険をともなう。屋根から滑落したり、屋根から落ちてきた雪の下敷きになったりして、長野県だけでも毎年何人もの人が命を落とす。
この十数年、民家の写真を年賀状に使っている。2002年の年賀状は、この写真だ。昨年までは印画紙を官製ハガキに貼り合わせていたが、今年は手を抜いて、プリンターを使って印刷した。 下水内郡栄村 83.2



No.310 雪が降り積もると、部洛内は自動車の通行ができない。車は、ずっと下の国道沿いの車庫に置く。 飯山市西大滝 81.1



No.311 この年、大雪で飯山線は何日も不通になった。小学生が歩いているのは道路ではなく、不通になった線路。この道が1番近いんだ、とのこと。子供は元気がいい。 飯山市西大滝 81.1




No.312 雪の中の中門造り。 飯山市西大滝 80.2



No.313 雪が降り積もると、どこに家があるのか、どこが道路なのかよくわからなくなる。 下水内郡栄村 83.2



No.314 雪景色は、美しい。山も川も人家も、とにかく美しい。また、雪には吸音作用があるので、とても静かだ。 下水内郡栄村 83.2



No.315 雪の中の中門造り。老夫婦がひっそり住んでいた。玄関先に2人の姿が見える。 下水内郡栄村 83.2


No.316 上のNo.315と同じ家。たび重なる大雪で、建物の傷みがいちだんと進んでいた。その後、この建物はどうなったんだろうか。 下水内郡栄村 86.5


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