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 その他 3   旧平和橋、旧粟佐橋、木造の火の見櫓




No.448 千曲川の旧平和橋。夏の間、橋の上から魚を釣る人も少なくなかった。狭い橋で、通行できたのは二輪車と人だけ。82年の台風で流され、現在のコンクリートの橋に架け替えられた。 更埴市 82.4



No.449 更埴市にあった旧粟佐(あわさ)橋。千曲川では、最後の大型木橋であった。
おれの小さい頃は、木橋がたくさんあった。印象に残っているのは、同じ千曲川の落合橋(長野市)だ。この橋をバスが通っていたのだが、荷重の関係で、乗客は橋のたもとで全員降ろされた。バスだけが先に橋を渡り、車掌と乗客は橋を歩いて渡るのである。子供のおれは、とても楽しかったのを覚えている。落合橋といえば、長大な橋だ。20分以上も歩いたのだろうか。今では考えられないような話だ。
家の近くにあった犀川の小市橋も、木橋であった。この小市橋はかなりの高さがあり、下の水面を見るとクラクラしたものだ。板のあちこちが腐っていて、穴だらけ。その穴から川の流れが見えるような、とんでもないおんぼろ橋だった。おれたちは、その橋の上からよくおしっこをしたものだ。放物線を描き、遥か下の水面まで届くのである。その気持ちのいいこと‥。この小市橋の架け替えの時には、住民のために渡し舟が用意された。無料だったので、用もないのに何度も往復した。 更埴市 82.4



No.450 木造の火の見やぐら。今は、見ることができない。 小県郡東部町 82.5
 
No.451 半鐘。 小諸市 82.5



No.452 諏訪市の国道(R20)を車で走っていたときのこと。取り壊し中の民家があり、その壁のポスターが一瞬目に入った。そのまま通り過ぎたものの、気になってUターン。やはり古いポスターであった。半世紀前ぶりに日の目を見た、タイムスリップした壁であった。嵐寛寿郎主演の「中山安兵衛」は、1951年の新東宝作品。左の「松本競輪」のポスターは、とても珍しい。 諏訪市 99.6



No.453 おもしろい鏝絵。落款まであって、とにかく感心してしまう。「牛の乳」というんだから、やはり牛乳屋ということだろうか。須坂は、北信濃では稲荷山と並ぶ商都であった。今も、豪壮な商家や土蔵が多数残っている。 須坂市 85.10



No.454 半分に割った竹の樋(とい)。山から水を引いて、生活用水に使っていた。この水を飲んでいる人もいた。共同のもので、水道が完備した今も、健在だ。 下伊那郡清内路村 81.10
 

 
No.455 丸太にV字のカットを入れたもの。 下伊那郡清内路村 81.10



No.456 下伊那郡清内路村 81.10
  

No.457 山から引いた水は、この枡に落とす。2段または3段に分かれていて、洗い物によって使い分けている。この地方独特のものだ。 下伊那郡清内路村 81.10



No.458 小笠原家(重文)。1千石の領主の居館である。山間部の傾斜地にあり、舞台造りになっている。 飯田市 81.10



No.459 辻の道祖神。ここには季節を変えて、なんども撮影に訪れた。おれのお気に入りの場所だった。 長野市川田 85.10



No.460 須坂藩の足軽長屋。 須坂市 92.4



No.461 お城の櫓のような建物はなんだろう?小さい割には、石垣といい、屋根のシャチといい、とにかく立派だ。上田市殿城 79.10


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