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☆ 弘法清水 ☆
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弘法清水(上越市牧区棚広)
牧村は、新潟県西南部、長野県飯山市との境にある豪雪地帯である。豊かな水と粘土質
の土壌が、美味しいコシヒカリを育てている。
「弘法清水」は、戸数が10戸に満たない小さな集落・小平地区の中ほどに、サワグル
ミの大木の根元から静かに湧き出している清水である。古くから地元住民の間で語り継
がれ、親しまれ、愛飲されてきた。
その昔、弘法大師が諸国行脚をした折に牧村に立ち寄った。一杯の水を所望されたのだ が、夏は水が涸れてしまう土地だったため、離れた棚広集落から清水を汲ん差し上げた
。大師は水に恵まれない人々に同情し、大木に杖を突き刺し、水を湧きださせたという 。これが弘法清水の由来と言い伝えられている。
現在は一部を村営水道の水源として利用している。清水の恵みは、今でも村を潤してい
る。
[交通アクセス]上信越自動車道中郷ICより国道18、405号経由、剣道柳島信濃
坂線に入る。車1時間。JR信越本線高田駅より宇津俣行きバスで40分、終点下車、
徒歩1分。
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☆ 弘法清水の言い伝え ☆
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■伝承
昔、一人の旅僧が小平村のある農家に立ち寄り、
「旅の者ですが、喉が渇いて困っております。水を一杯恵んでください」
と、丁寧に頼んだ。この村は水が悪く、夏になると飲用水は隣村から運んでいるのだっ
た。しかし、この家の老婆は、
「しばらくお待ちください」
といって約半里もある棚平まで行き、きれいな水を汲んできて僧にすすめた。
僧は大変喜び、
「お礼に清水を出して進ぜよう」
といって、持っていた錫杖で畑の隅を突くと、きれいな清水がこんこんと湧き出てきた
。
老婆はビックリし、思わず旅僧に向かって手を合わせた。この旅僧は、諸国を行脚して
いた弘法大師だったのである。依頼この清水は何百年も涸れることあく湧き出ており、
村人たちは恩恵に浴している。この清水は「弘法清水」と呼ばれ、牧村の簡易水道第三
水源になっているが、昭和60年に「新潟の名水」に指定された。
大師は、それから神谷という村へ行き、同じ様に一見の農家に入り、一杯の水を所望し
た。するとこの家の主人は、面倒くさがり、
「うちの井戸はにごっていて飲めないから、他の家へ行ってくれ」
と、すげなく断った。大師は黙って立ち去ったが、あとで家の者が井戸の水をくみ上げ
て見たら、それまで澄んでいた水がどろどろに濁り、飲むことができなくなっていた。
それからこの村の井戸は全部濁り、新しく掘っても出るのは泥水だけで、掘った家に祟
りがあったという。
(新潟県伝説集成)
| 空海(くうかい、宝亀5年6月15日(774年7月27日) - 承和2年3月21日(835年4月22日))は、「弘法大師(こうぼうだいし)」の諡号(醍醐天皇、921年)でも知られる日本真言宗の開祖。俗名は佐伯真魚(さえき・の・まお、佐伯眞魚)。最澄(伝教大師)とともに、旧来のいわゆる奈良仏教から新しい平安仏教へと日本仏教が転換していく流れの劈頭に位置し、中国から真言密教をもたらした。また、書道家としても能筆で知られ、嵯峨天皇・橘逸勢と共に三筆のひとりに数えられる。 |
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