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秋葉山 (あきばやま)
新津の秋葉山はそもそも宝暦11年(1761年)に大庄屋の桂家が、新発田藩から功績によってもらい受けたものだという。当時、五頭連峰から吹き下ろすだしの風の通り道にあたる新津の人々は火災をもっとも恐れ、桂家も自宅の神社に火の神の秋葉大権現を祭っていた。その神社を貰い受けた山に移し祭神の名をとって秋葉山と名づけたといわれています。
[←先頭へ]浅草岳 (あさくさだけ)
雪が多くて高い木が育たず、山頂一帯はヌマガヤが密生する大草原になっています。これが浅草岳という山名の由来になっています
[←先頭へ]朝日 (あさひ)
■「朝日、旭」は、もともと朝日のさんさんとふりそそぐところにつけられる地名である。
朝日村、朝日(上越市、新津市)、朝日町(新井市)、旭町(長岡市、五泉市、栃尾市)、旭平(柿崎町)、朝日山(越路町)
■小千谷市の朝日山は戊辰戦争の時、官軍の本営から、相手方の立てこもった重要拠点であったこの山が、ちょうど朝日の昇る位置にあったことから、官軍がかってにつけた名であった。
味方・鯵潟 (あじかた)
新潟県の信濃川下流域に散見される地名。低湿地で砂礫層の地にありアジカダ(簣田)」の意で、砂地で水の持ちが悪い田である。一説に、「アジ(水鳥)カタ(潟)」ともいう。
[←先頭へ]鐙 (あぶみ)
急崖地の通行が困難なところ。「アブミ(足踏み)」で崖地をいう地名であろう。
---新潟県新潟市鐙 ・ 新潟県新潟市鐙西 ・ 新潟県十日町市北鐙坂 ・ 新潟県十日町市南鐙坂 ---
五十 (いか)
「いか」は@谷頭、山麓など、後ろに山を負う土地。A洪水の起こりやすい平地、堰のあるところ。---・新潟市五十嵐・柏崎市五十土 ・新発田市五十公野 ・糸魚川市五十原 ・五泉市五十嵐新田 ・佐渡市五十浦 ・佐渡市北五十里 ・佐渡市沢根五十里 ・東蒲原郡三川村五十島 ・東頸城郡松之山町五十子平 ・中頸城郡頸城村五十嵐新田 ----
[←先頭へ]泉・和泉・出水・出見 (いずみ)
『続記』霊亀2年(716)に河内国和泉郡、「万(第一二七四)」に住吉の出見の浜が見える。鹿児島県出水市も含めて、『和訓栞』のいう「イヅミ(泉)」で、清水の地である。
長岡市泉 ・新発田市下今泉・ 十日町市泉町 ・十日町市小泉・ 村上市泉町 ・栃尾市泉 ・糸魚川市和泉 ・五泉市・ 白根市和泉 ・上越市今泉 ・上越市小泉 ・阿賀野市泉 ・佐渡市泉 ・北蒲原郡加治川村上今泉 ・中蒲原郡亀田町泉町 ・西蒲原郡弥彦村上泉 ・西蒲原郡分水町泉新 ・南蒲原郡栄町泉新田 ・北魚沼郡広神村泉沢 ・北魚沼郡広神村泉沢新田 ・北魚沼郡広神村今泉 ・南魚沼郡塩沢町泉盛寺 ・南魚沼郡六日町泉 ・南魚沼郡六日町泉新田 ・南魚沼郡六日町西泉田 ・南魚沼郡六日町東泉田 ・東頸城郡牧村泉 ・中頸城郡大潟町和泉新田 ・中頸城郡吉川町泉 ・中頸城郡吉川町泉谷
糸魚川 (いといがわ)
新潟県の都市名で、河川名にもなっている。一説では「イトイ」という川魚による地名だという。別名に「イドミガワ(挑川)」の転化という。あるいは「イトヰ(糸藺)」でも産したところか。
[←先頭へ]浦佐 (うらさ)
新潟県南魚沼郡大和町の中心集落名。「ウラ(裏)サ(接尾語で場所をいう)」とみられ、山の裏の里の意をいう。
[←先頭へ]追分 (おいわけ)
道の分岐点を「追分」という。荷物を積んだ牛や馬を引き連れた上人の一帯が、大きな道の交差点で二隊に分かれることがある。そういったときに、彼らは大声を上げて牛や馬を追い分けるので「追分」の地名ができたといわれている。
新潟県北蒲原郡中条町追分
小国 (おぐに)
四方山に囲まれ、かなり広い耕地に恵まれた別天地のようなところ。「おぐに」という言葉の語感もそれにふさわしい。河内に似て、もっとも大きな地名。
--- ・村上市小国町 ・北蒲原郡加治川村小国谷 ・刈羽郡小国町 ---