小高キク 三条市



小高キク(こだか きく)  1915年(大正4)11月23日〔生〕~1999(平成11)年01月31日〔没〕

松栄(本名:小高キク)は大正4(1915)年11月23日、三条市でかじ屋の長女として,7人兄弟の二番目として生まれた。大正13(1924)年、数えで10歳の年、貧しい生家を助けるべく、口べらしのため小学校を中退、長岡の立花(橘)屋から半玉で出、昭和3(1928)年、3年の年期で湯沢の「若松屋」に移った。
その後、一時期湯沢を離れ、数えで18歳の年の昭和7(1932)年、湯沢に戻り、「豊田屋」から、昔と同じ松栄(まつえ)の名で芸者に出、昭和9(1934)年5月、川端とめぐりあった。

1931年に清水トンネルが開通する。川端康成がはじめて湯沢にきたのは1934年の夏だった。木造三階建ての高半旅館を定宿とし、「かすみの間」で原稿を書いていた。川端康成は、キクに一目合ったときから、彼女の魅力にひかれ、小説「雪国」の駒子のイメージはキクを下敷きにしている。1936年を最後に川端康成は、湯沢にはこなくなった。キクは25歳の時年季があけ、三条にもどる。 30年後一度だけ川端康成は、三条を訪れ、キクに面会している。


記念碑

小説『雪国』文学碑 
  • 「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。」
  • 〔所在地〕南魚沼郡湯沢町大字湯沢字滝沢361番地1 主水公園
駒子のレリーフ






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