村上城跡村上市

村上城は、別名を本庄城、臥牛山城、舞鶴城とも呼ばれる。
臥牛山に初めて城が築かれた年代は定かではないが、関東秩父氏の一族秩父行長が源頼朝から小泉庄本庄の地頭職に補任されこの地に城を築いたのがはじまりといわれる。戦国時代(1500年代初頭)の土地の領主、本庄氏によって築城されたともいわれている。当時は本庄城と呼ばれており、木柵で防御された中世式の城郭であった。永禄11年(1568年)、城主本庄繁長は上杉謙信に反旗を翻す。1年にわたる籠城し、謙信に抵抗した繁長であったが、翌年12年3月伊達氏、蘆名氏の斡旋を受け入れ、嫡子顕長を人質に出し、所領を一部没収されることで講和を受け入れた。

1598年、本庄氏の会津転封に伴って、堀秀治の家臣・村上頼勝が領主となる。村上氏によって始められた近世城郭への改築工事は、本庄氏の山城を平山城へと大改造し、堀直寄の時代に完成を見た。村上堀家の時代には天守閣が建てられ、また城下町の構えや町割りも整備された。
1649年に姫路から松平直矩が入城。寛文年間に村上城は大規模に改修された。天守櫓が新たに造り直され華美を誇ったが、ほどなく1667年の落雷により天守は焼失。以後、城主が転々と変わったこともあり、天守が再建されることはなかった。




■所在地 新潟県村上市大字村上字牛沢60番他 


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