Parting 3



―――帰って来た、ロブソン村に。
私はあまり喜んではいなかった。
これから待ち受ける事を考えれば当然だろう。
親の体裁の為に私は見ず知らずの人と結婚しなければいけない。そう思うと知らず知らずのうちに涙が流れてきた。
私はもうザールブルグには引き返せない。
自分の部屋のベッドの上で私は泣いてお見合いの時を待った。
両親は私が泣いている事を知らない。帰って来た時には私は「作り笑い」でごまかしたから。お母さんに心配かける訳にはいかない。

=ダグラス=
「嘘・・・・・・だろ・・・・エリー・・・?」
俺は今日、依頼をしにエリーの所を訪れた。エリーのアトリエは不気味なほど静かで俺は嫌な予感をひしひしと感じていた。
俺達はまぁ、恋人同士、ってな訳で、お互いの合鍵は持っていた。
アトリエが開いていなかったのでおかしいと思い、鍵を使って中に入った。
中も予想通りシーンとしていた。俺はやけに工房の中が綺麗なのが気になったがエリーはきっと飛翔亭にでも行っているのだろうと思い、待つ為にテーブルに向かった。
そのテーブルの上には俺が昨日あげたペンダントと2通の手紙が載っていた。1通の手紙の表には俺の名前がエリーの綺麗な字で綴られていた。
俺は気になって開けてみた。自分の名前が書いてあった事もあるが。


=手紙=
ダグラスへ
急にいなくなってごめんね。私、ロブソン村に戻らなきゃいけなくなっちゃった。詳しい事はもう1通の手紙を見て。
もう時間が無いの。本当にごめんね。私、ダグラスの事世界一大好きだよ。それだけは本当の事だから。
私はもうザールブルグには戻ってこないの。お見合いして、結婚しなきゃいけないから。私なら大丈夫、どこでもうまくやれるから。
ダグラスには本当に悪いことしたと思ってる。でもね、ダグラスには私なんかよりもっとあなたとつりあう、素晴らしい人が現れるはず。このペンダントはその人にあげて。私の事は忘れて。お願い。
さようなら、私の大好きな人。

エルフィール・フォン・トラウム


俺はすぐにもう1通の手紙を開けた。もう既に封は切られていたが。それはエリー宛ての手紙だった。
エリーは両親からマイスターランクに進む事は止められ、貴族と結婚する為にロブソン村に戻ってこいとの手紙だった。
俺はいつのまにか泣いてしまっていた。エリー・・・。
エリーはいつも人の事ばかり考えていた。
エリーはいつも誰にでも優しかった。
エリーはいつも笑っていた。
エリーはいつも・・・・・・・
俺はエリーの事しか考えられなかった。俺はペンダントを握って走り出した。
―――エリー、お前の本当の気持ちが知りたい・・・・・。
早馬を借り、ロブソン村に向かった。いつもよりももっと、もっと速く走れた。
―――俺の頭の中には、エリーしかいなかった。

=エリー=
「・・・リー!エリー!!」
私はがばっと跳ね起きた。泣き疲れて眠っていたらしい。私はお母さんが2階に上ってこないうちにまた「作り笑い」を作って下に降りていった。
「どうしたの?」
お母さんはにこにこしていた。私は無性にイライラして仕方が無かった。
「お母さんが買っておいた『着物』に着替えて頂戴。そろそろお見合いに出かけるからね。」
私の部屋のクローゼットの中にその『着物』は入っていた。泣くのに精一杯で気がつかなかった。それはオレンジ色の和服、と呼ばれる物だった。東の方ではこれを着る習慣があるらしい。高い物だと思ったので私はむげにする事が出来なくてしぶしぶながらそれを着た。動きにくくてあまり好きじゃない服だった。
「あら、良かった、似合うじゃないの、エリー。さ、行きましょう。」
私は母に連れられて、村に一つしかない和風のレストランに入った。

「トラウムさんですね。2階のVIPルームでバーンさんがお待ちです。」
私はここで初めて相手の名を知った。係の人に連れられて2階に向かった。VIPルームは初めて入ったけど、広かった。バーンさんはルーウェンさんに似た人で優しそうな人だった。母親も優しそうで、貴族には見えないくらいだった。
「はじめまして、バーンさん。この子がエルフィールです。」
お母さんは他人用の口調で話した。私は礼をして座った。
「こんにちは、トラウムさん。本日はお日柄も良く・・・。」
完璧なマニュアルのような会話だった。
「はじめまして、エルフィールさん。僕はテイル・バーンと言います。思った通り、美しい人ですね。」
「こちらこそ、テイルさん。私がエルフィールです。よろしくお願いします。」
お母さんはテイルさんのお母さんと話をしていたがそのうちにお決まりの台詞を言った。
「じゃあ後は若い者同士で仲良くしなさいね。」
私はよっぽどため息を吐きたい気分だったが我慢してお母さん達を見送った。2人だけになって沈黙が部屋を覆った。
「あ、あの、どうして私が良いと思ったんですか?もっと良い人がいると思うんですけど・・・。」
「僕には他の人は目に入らない。話を聞いた時から君の事が気になってたんだ。」
私は意外な答えに驚いた。ダグラスなら・・・こんな事絶対言わないな・・・。
「その着物、似合っていますね、美しいです。」
「あ、どうも・・・。」
何でこの人はダグラスと正反対の事ばかり言うのだろう・・・・。でも優しそうな人・・・。
私がぼんやりしているとテイルさんが私の手を握ってきた。
「テ、テイルさん!?」
私が逃げようとしても足が痺れて逃げられなかった。
「僕の妻になってくれ・・・。幸せにする。」
私には、選択肢がない。この人の妻になるしか、選択肢はなかった。そう思って諦めたその時下で大きな音がした。
―――バタバタバタ!!!!
それは階段を上がってきて私達のいるドアを勢い良く開けた。
「エリーーーッッ!!」
そう、ダグラスだった。私は目を疑った、そんなまさか!私はダグラスに別れを手紙で告げたはず!
「な、何なんですか君は!!僕の妻をやすやすと呼ばないでくれ!」
テイルさんは私の手をしっかりと握った、痛いほどに。
「エリー・・・を放せ・・・俺はエリーの恋人だっ!!」
テイルさんの手が緩み、私は立ち上がってダグラスに抱き着いた。
「ダグラス!!ダグラス、ダグラス!!本当に!?」
私はダグラスに何度も聞いた。ダグラスは黙ってうなずいた。
「エリー、俺はお前の事を忘れるなんて出来ない。俺の頭の中には他の女なんていない。お前しかいないんだ。」
「ダグラス!!大好き!!大好き!!」
何度言っても足りないくらいの「大好き」を私はダグラスにぶつけた。テイルさんは黙って出ていった。
「まったく、エリー!こんな良い恋人がいるんなら先に言っておきなさいよ!私はてっきりあなたが結婚できないと可哀相だと思ってあの手紙をおくったってのに・・・。」
帰り道、お母さんはぷりぷりしていた。なんだ、そうだったんだ。
「それにしてもダグラスさん?結婚式はいつにするのかしら?」
「な!・・・・・・・1ヶ月後、ザールブルグでします。」
ダグラスは少しだけ意地悪く私を見て答えた。
「ええっ!!ダグラス!」
そういった私の首にあのペンダントが掛けられた。オレンジ色の綺麗なペンダント。
「ダグラスさん、エリーをよろしくね。」
そうして私達は家路についた。

その1ヶ月後フローベル教会で2人は幸せそうに結婚式を挙げた。
その結婚式にはテイル・バーンの名前もあったと言う。