Reminiscences



―――アカデミー
あなたはアカデミーを知っているだろうか。ザールブルグにある、錬金術師の養成(ちょっと違うかもしれないが。)学校である。
アカデミーにはたくさんの錬金術師志望の学生がいる。中には通っている者もいる。おかしいと思われるだろう。
それはアカデミーには寮があるからなのだ。普通の学生は、その寮に入り、そのまま登校する。それが普通なのだ。
しかしそうではない学生、エルフィール・トラウムは街中の職人通りの工房からたまに通っている。たまに、なのは訳がある。
もちろん工房を使っているのにも理由があって、入学試験で合格者280人中280番だったのだ。そう、彼女はおちこぼれ、なのだ。
そして与えられたのは工房と銀貨3000枚、そしてほんの少しの材料と1冊の本。これだけだった。生活をしながら勉強をする。
それが彼女に与えられた使命だった。生活をするにはお金が無ければならない、それで依頼を受ける為に工房に閉じこもる事もある。
だから彼女は授業を受けるのがたまに、なのだ。わかっていただけただろうか。そして今回の話はある日の工房から始まる。

―――ゴンゴンッ!
「お〜いっ!いるか、エリー?」
無作法なノックをして了承も得ずに工房内にずかずかと入ってきたのはダグラス・マクレインと言う聖騎士だった。
工房の主、エリーは腰に手を当て、ため息を吐きながらあきれた声で文句を言った、いつもの事ながら。
「ダ〜グ〜ラ〜ス〜!?いっつも返事を聞いてから入ってきてっていってるでしょぉ〜!?」
エリーの気迫に少したじたじになりながらもダグラスは話を逸らす。
「わ、悪ぃ・・・・・。で、依頼なんだがよ、やってくれるか?」
エリーは少し戸惑った表情を見せたがすぐにOKをした。
「あ・・・いいよ。何を作れば良いの?期限とかも。」
ダグラスは依頼書を出した。
「これなんだ。アルムバンド2つ。できるよな?頼むぜ。」
「あ、うん。」
ダグラスはすぐに去っていった。残されたエリーは困った顔になり、1人呟いた。
「あ〜あ・・・。どうしたら良いんだろう・・・。でも、頑張らなきゃっ!」
エリーは急いで調合用の釜に向かった。その目はいつに無く疲労が濃く出ていた。

エリーはその後、不眠不休で釜に向かった。彼女がこんなに切羽詰まっているのには訳がある。まぁ日常茶飯事っぽいのだが。
彼女はいつものように飛翔亭に行った。中に入るとすぐにクーゲルに呼び止められたのだ。
「お嬢さん、お嬢さんを指名しての依頼が入っているのだが、どうするかね?店の信用にも関わるのだが。」
エリーの性格を考えてみよう。彼女は「お人好し」なのだ。こう言われて断れるはずが無い。
「はい、わかりました!お引き受けします。」
と、笑顔で言ってしまったのが運の尽きだったのだろう。工房に帰るとすぐにハレッシュが訪れ、
「エリー、悪いがこれ頼まれてくれないか?」
と笑顔でメガクラフトを4つも頼んでいったのだった。エリーはもちろん断れるはずもなく。クーゲルに言った言葉と同じ事を口にしてしまった。
そして意気込んで依頼品を消化しようと思った矢先、ルーウェンとロマージュが連れ立ってきて、2人とも依頼を置いていった。
「俺、あんたにしか頼めないんだ。」
「エリーちゃんおねがぁ〜いっ!」
その2人の依頼は、ルーウェンが晴天の炎3つ、ロマージュがヘビのお酒を5つ、頼んでいった。もちろんエリーは断れなかった。
その後も、皆さんの予想通り、ミルカッセや、ミュー、ノルディスにアイゼル、しまいにはエンデルクまで来た。
エリーは全員に対して
「はい、わかりました!お引き受けします。」
と言ってしまった。もちろん皆、そんなに依頼が立て込んでいる事は知らなかった。話はそこで戻るが、彼女の体力はもう限界だった。
「ふぇ〜・・・・終わらないよぉ〜・・・。」
そんな時、ノックの音がした。
―――ドンドンッ!
「は〜い・・・開いてます〜・・・。」
また依頼かと思ったが、居留守を使う訳にもいかず、返事をしてしまった。そこにいたのは、ダグラス。
「おい、なにを気の抜けた返事してんだよ。」
「あ・・ダグラス・・・まだ私、依頼のもの・・・。」
ダグラスの依頼どころか、受けた依頼の半分も出来ていなかった。そしてエリーはそれをダグラスに伝える間もなく倒れこんだ。
「!!エリー!?」
ダグラスが危うく床に倒れそうだったエリーの体を受け止めた。
「大丈夫・・・。依頼、片づけちゃわないといけないの・・・。」
ダグラスはやっと気づいた。
「また、お前はいっぺんに依頼を背負い込んじまったのか?ったく・・・後の事も考えろよ。」
口では文句を言いつつもちゃんとエリーの事を気遣ってくれているダグラスが、エリーには嬉しかった。
「でも、私聞いたの、イングリド先生に。」
「何を?」
エリーはダグラスに支えられながら続けた。
「アカデミーを開いた当時、錬金術に理解を示してくれる人は少なかった、でもその人はちゃんと依頼をこなして錬金術を広めていったの。」
ダグラスは聞いていくうちに顔が険しくなっていった。
「・・・だから、私もちゃんと依頼をこなさないと・・。」
「馬鹿じゃねぇのか?」
ダグラスがいきなり言った言葉をエリーは疑った。
「な・・何?馬鹿って・・・・・・?」
ダグラスはエリーを釜に向かわせまいとしっかり抱きしめ耳元で呟いた。
「その人はその人で、エリーはエリーだろ?お前はお前の出来る事をやればいいんだ。無理するなよ。」
エリーはそれを聞いて憑き物が落ちたような顔になり、少しずつ鳴咽を洩らし始めた。
「・・・っく・・・・・ひっく・・・・なんで、ダグラスは・・・そんなに優しいの・・・・・・・・?」
ダグラスは真っ赤になる。
「優しくなんか、ねぇよ。好きな奴が傷つくのが嫌なだけだ。」
「・・・・え・・・?」
エリーはダグラスの言葉を聞いて真っ赤になった。
「ダグラス・・・・・・私も、ダグラスの事が好き・・・。ダグラスも、もう傷つかないで・・・・。」
ダグラスは、聖騎士だ。傷つく事が何度もある。エリーはそんな時ずっと辛い思いをした。そのことをダグラスは今、気づいた。
「エリー、愛してる。」
「ダグラス・・・私も、だよ・・・・・・。」
そして2人の影は1つになった。

その後、ダグラスが依頼人1人1人の所にまわり、事情を説明し、エリーも体調を考えつつ、精一杯調合をした。
その一生懸命さが伝わり、エリーの人気はどんどん高まっていったそうだ。