それは午後の事だった。俺はゆっくりとした遅めの昼食を食べ終わる所だった。
その時家にいるのは俺と母親だけで、適度な静けさを心地よく思ってくつろいでいた。
ベランダの方から母親の何かに驚いたらしき声が聞こえた。
何だろう、と思いベランダに顔を向ける。と、なんだか違和感を感じた。
それがはっきりしないまま、嫌な感じがして慌てて駆け寄る。
俺は目を疑った。
なんだ、これは…!?
向かいにある建物のため、室内のほとんどからは空が見えない。
だからベランダに出てみるまで気が付かなかった。
空が赤い色に塗り替えられているところだった。
西の方から墨でも流されているかのように、白っぽかった空が赤に浸食されていく。
朝焼けや夕焼けとは違う、自然でない鮮やかな赤。
瞬間、何かが頭をかすめる。
なんだ…?
何かを忘れている。
何か、大事な事を。
ちらっと壁にかかった時計を見る。
2時少し過ぎ…。
違う! 俺の知りたいのはそんな事じゃなくて…!
!
俺ははじかれた様に外に向かった。
靴を履くのももどかしい。玄関を出て階段を駆け下りる。
外へ出るとさっきより開けた空を見上げた。
もはや完全に朱に染まっていた。
何かがそこにあった。
赤い空の中、白くそしてたぶん丸いだろう物が…。
いや、確かに空は赤いが、もうそんなのは大したことでなくなっていた。
俺の視野とそして空の大半をうめるのはその白い物体だった。
白い、巨大な何か。
その圧迫感に息苦しさを覚えつつ唐突に思い出す。
それが何だったか。
愕然とし、次に感じたのは焦燥感。
っ……!
歯を食いしばりながら「それ」を睨みつける。
なんで忘れていたんだ!
そして苦しいほどの悔しさ。
俺は知っていたのに!
この事を報せなければならなかったのに!
忘れようがないのに!
なんで、よりによってこんな大事な事を!
何の手出しも出来ないまま、空はいつの間にか闇に染まっていた。
赤く染まっていたことすら想像も出来ないくらいに…。
闇の中、ぎらぎらと不気味に白く輝き続ける「それ」……。
手遅れ。
そんな言葉がふと頭をよぎる。
何かを呪いながら、それでも俺に出来たのは、
ただそいつをにらんで歯がみする事だけだった……。