一茶にとって流浪に等しい江戸での生活と違って、故郷での暮らしはそれなりに充実していました。
その頃、信州中野では漢詩創作活動が盛んで当家袋屋の当主蘭腸を中心に、晩晴吟社を結成し、中野草堂というサロンで、漂白の詩人柏木如亭の指導を得て、蘭腸をはじめ畔上聖誕、山田松斉、鎮目潮生、木舗百年らが盛んに詩壇活動を行いました。晩晴吟社の活動が江戸に知られるようになると、頼山陽をはじめたくさんの名士が中野を訪れています。