高崎  たかさき

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(新幹線)

1884年(明治17年)5月1日開業。
所在地は群馬県高崎市で、1日の平均乗車客数は約2万7700人(2005年度(平成17年度))・JRのみの数値)です。

高崎駅西口
高崎駅西口(2006.11.)★
高崎駅東口
高崎駅東口(2006.11.)★
高崎線時刻表 えきから時刻表の高崎線の項目を表示します)
上越新幹線時刻表 えきから時刻表の上越新幹線の項目を表示します)
八高線時刻表 えきから時刻表の八高線の項目を表示します)
駅構内案内図 JR東日本えきねっとの案内図です)
駅周辺の地図 Mapionの地図にリンクしています)
駅周辺の上空からの画像 GoogleMapの衛星画像にリンクしています)
群馬県Webサイト高崎市Webサイト

構内には高崎線のほかに上越線・信越線と上越・長野の2本の新幹線が乗り入れているほか、構内の南側には上信電鉄も乗り入れています。また、西口側に駅ビル(モントレー)があります。駅の南方にはJR東日本の高崎車両センターとJR貨物の高崎機関区があります。
さすがに群馬県一の商都だけあって、西口側には多数のデパートやビルが立ち並んで終日賑わいを見せています。また、駅前の商業地区を抜けると、高崎市美術館や群馬シンフォニーホールなどが並ぶ文教地区となり、その一角には21階建ての市役所の庁舎が威容を見せています。一方の東口側も、決して多くはありませんがビルが目立つようになってきました。ちなみにJR高崎支社も東口側にあります。
高崎線の駅では唯一地元業者による駅弁屋が頑張っており、「だるま弁当」「朝がゆ」などは全国的にも知名度が高くなっています。

高崎の歴史は、1213年(建保3年)の和田合戦において北条方に敗れた和田一族が難を逃れてこの地に城を築いたのがはじまりのようです。その後1598年(慶長3年)に井伊直政(いいなおまさ)が和田城跡に移り、この地を現在と同じ「高崎」に改めています。江戸時代には高崎は中仙道をはじめとして例幣使・三国・信州街道の宿場町として、また倉賀野河岸の水運の拠点として繁栄を続けました。明治維新後の1889年(明治22年)に高崎町として町制を施行、1900年(明治33年)4月には群馬県内で2番目の市として市制を施行し、その後も群馬県の商業・文化の中心として発展を続けています。2006年(平成18年)1月現在の人口は約31万5000人です。
駅の西方の烏川を渡った先の観音山には高さ41.8mの白衣観音があり、その姿は高架を走る新幹線からも見ることができます。また、だるま市で有名な少林山達磨寺も高崎市西部にあり、毎年1月6・7日の開催日には大勢の人出でにぎわいます。


ホーム案内

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ホーム案内
※増解結がある列車の停車位置は増結後・解結前の編成長(=編成が長い状態)に対応した停車位置となります。
※八高線の列車用の停車位置は省略しています。


1番線 通過線(旅客列車の発着はありません)
2・4番線 エレベーターありエスカレーターあり 高崎線上り・上越線下り・両毛線下り・信越線下り
3番線 エレベーターありエスカレーターあり 八高線上り
5・6番線 エレベーターありエスカレーターあり 上越線下り・両毛線下り・信越線下り
7・8番線 エレベーターありエスカレーターあり 高崎線上り

11〜14番線(高架ホーム) エレベーターありエスカレーターあり 新幹線
※エスカレーターは車椅子非対応

西口駅前〜改札口 エレベーターありエスカレーターあり ※エスカレーターは車椅子非対応
東口駅前〜改札口 エレベーターありエスカレーターあり  
東口高架下駐車場〜改札口 駐車場の3階からは段差なし