元気になってから、僕はニコルズ医師に、本当は僕の助かる確率はどれくらいだったのか、と訊いた。「君の状態はひどく悪かった」。僕は彼が見た中でも最悪のケースのひとつだったと言った。「最悪ってどれくらいですか?50%?」彼は首を振った。「20%?」また首を振った。「10%?」まだ首を振っている。 ようやく彼がうなずいたのは、僕が3%までいったときだった。 何事も不可能なことはない。良くなる確率が90%といわれようが、50%と言われようが、1%と言われようが信じて闘うことだ。闘うと言うことは、入手可能な情報で武装し、第2、第3、第4の意見を聞くことだ。自分の体が何に侵され、どのような治療法が可能かを理解することだ。実際、より多くの情報を知り権限を与えられた患者は、より長生きするという現実がある。 もしも負けたら?もし再発し、癌が戻ってきたらどうなのか?それでも闘う中で、きっと得るものはあると思う。なぜなら残された時間の中で、僕はより完全で思いやりがあり、知的な人間を目指して努力することで、もっと生き生きと生きられるだろうからだ。病気が僕に教えてくれたことの中で、確信をもって言えることがある。それは、僕たちが自分が思っているより、ずっとすばらしい人間だということだ。危機に陥らなければ現われないような、自分でも意識していないような能力があるのだ。それは僕の運動選手としての経験でも得られなかったものだ。 だからもし、癌のような苦痛に満ちた体験に目的があるとしたら、こういうことだと思う。それは僕たちを向上させるためのものなのだ。 「ただマイヨ・ジョーヌのためでなく」 より引用 |