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入院〜手術

ここからは入院中に書いていた日記です。人名を変えるなどの手直しはしましたが、基本的には原文のままです。

あまりに解りにくいと思われる部分には、HP公開時に注釈(本文中*)をつけています。


●96/07/26(金) 入院1日目
T医大病院に入院した。なんか、不思議なほど、恐怖も不安もない。「ガン」という病気は、宣告されたら、あれよあれよというまに死んでしまう病気という認識の反面、「乳がん」なら、取ってさえしまえば大丈夫と言う気がしている。それはやはりお義母さんが今元気でいるのを見ているせいだろうか。

女性のシンボルである、お乳をとってしまう事になるかもしれない、ということに関しても、特に抵抗がある訳ではない。本にのっている手術後の写真をみるとぎょっとするけれど、残しておいて危険があるなら、取るのは仕方ないと思うし、幸い私は初期だから、お乳はのこせるらしいので(これが何年か前だったらそうはいかなかったし、今でも病院によっては切る方法しかやらないところもある)心配していない。ただ、手術のあとの放射線治療や抗がん剤の副作用が大変そうなのがいやだなあ。

まだ実感はあまりわかないので「病気とたたかう」とか「がんばれ」とか言われても全然ピンとこない。周囲の人が、ガンと宣告された私に対して、心配したり気を使ったりしているのと裏はらに、私は、なんか頭が真っ白というか、ボーっとし痺れるような感じで、ぽかんとしている。あれこれ考えるよりいいのかも。

病気に対する恐怖よりも、家族に心配や苦労をかけてしまうことへの申し訳なさの方がまさっている。


●96/07/27(土) 入院2日目
入院したとはいえ具合が悪い訳ではないので、寝ている必要もないのだが、生理になってしまったので、体がだるくてつい横になってしまう。
本を開いても全然頭に入らないし、、、。暑くてかなわない。

昼ごはんを食べていたら、ダンナがひょっこりやってきた。(土曜の面会は1時からなのに)そのあとうちの両親とお義母さんが来る。主治医のK先生が病状とか手術とかについて、とてもよく説明してくださった。(*注:これがインフォームドコンセントというやつですね。本当にていねいでわかりやすかった。)

私の乳がんはちょっと変わっているらしくて、今年撮ったマンモグラフィにも実は映っていなかったんだって。だから去年と今年とを比べてしこりの形が変わっていたことで、先生がおかしいと気づいて精密検査をしてくれたので発見できた。
それでも、どのタイプの乳がんかはわからないんだって。(普通の人はわかるのに)

先生が、「私には(乳がんの手術方法で)できない手術はないので、患者さんが”この方法でやって欲しい”というものがあればその方法でやってあげることができます」と自信満々に言ってくれたのがとても心強く感じた。でも、「病気と闘う」のはあくまでも本人であって「医者は(病気に対する)けんかのやり方を教えるために雇われただけなのです。」と言っていた。
やっぱり闘うのか、、、。

で、みんなが帰っちゃってからM先生が来て、採血の結果、貧血がひどいので(*注:貧血だと危険なので麻酔ができないそうだ)水曜日の予定だった手術を月曜日に延期するので、一旦家に帰ってもいいと(*注:土日は病院が休みなので検査もなにもできないから)、外出許可をもらった。














【コメント】2003.8
年齢が若いとマンモに映りにくいという話をあとで知りました。マンモに映らないのを「変っている」と書いたのは自分の解釈で、主治医はそうは言わなかったのかもしれません。


「普通の人わかるのに」と書いていますがこれも勘違い。細胞診である程度のことはわかりますが、すべてわかるわけではなく摘出した腫瘍を詳しく調べなければはっきりわからないようです。

●96/07/28(日) 入院3日目
暑い日。思いがけず家に帰れてよかった。洗濯したり、花に水やったり。
イトーヨーカドーで、洗面器やらふきんやら、足りないものを買い込む。
別に無くてもいいような物や、家にあるようなものでも、新品があるとなんとなく楽しい気分になるから、気晴らしに、どんどん買う。

「趣味そば」(*注:家の近所のおいしい蕎麦屋のこと)で、昼食。めずらしくご主人が話し掛けてきて、「そば湯は栄養があるから、女性はじゃんじゃん飲みなさい」と言われた。貧血を少しでも治すため、食べ物に気をつけなければならない私は、よくかみしめて飲んだ。

帰って電話をしたり昼寝をしたり。夜は焼き肉屋でたっぷり肉を食べた。
明日からまた病院と思うと、ちょっと悲しくなる。


●96/07/29(月) 入院4日目
一度目が覚めてから、また寝てしまったら9時になっていて、大慌てで(まるで会社に行く朝みたいに)出かけてきた。(時間があると悲しくなるからその方がよかったのかも)

部屋に戻るとすぐ引越し。(*注:最初、差額のかかる2人部屋にはいったが、今日から6人部屋に空きがでるので移動できるように決まっていた。)
引越しはベッドをそのまま移動するのでした。(それでベッドがせまいのか?)キャビネットも中身をいれたままゴロゴロひっぱって移動するの。なるほどね。

こっちの部屋には乳がんの手術をした人、今日手術の人がいて、お話が聞けるのがありがたい。それにこの部屋は暑くないぞ。生理も終りだし、体調がいいので今週は、せいぜいのんびり本読んだりして過ごそうっと。



●96/07/30(火) 入院5日目
いろんな先生が、入れ替わり立ちかわり来て(というほどひんぱんに来るわけでもないが)「貧血だから手術をのばす」とか「たぶん大丈夫でしょう」とか、いろいろ言うので落着かない。

結局、今日、麻酔科に行ったら「大丈夫」といわれて、急遽明日の、しかも朝9時からの手術になってしまった。ま、早くやっちゃった方がいいけどね。あと3日も4日もゴロゴロしてるの飽きちゃうし。

それにしても、なんか「がん」という病気に対しても「手術」に対しても、平気でいる自分ってなんなのかしらん?わたしの中の自動制御装置が働いて、「恐怖」とか「不安」という感情をシャットアウトしているのかも。

明日でかける時は、ちょっとイヤかもしれないけど、不安で今夜眠れない、なんてことは、ないような気がする。
でも、本読んでも集中できないし、そわそわ落ち着かず、何も考えられないのは確か。

(*注:日記には書いてないけれど、先生から手術方法の説明があったあと、どの方法でやるか自分で選択して決めることになっていた。わたしの選択肢は(1)乳房を取る方法、(2)乳房温存手術(ガンの部分だけ取る)で同時に腋の下のリンパ節を取る、(3)乳房温存で腋の下のリンパ節は取らない。わたしは(2)に決めた。

腋の下のリンパを取る取らない、というのは、乳がんの場合、一番最初に転移するのがここだから、ここを調べて転移がなければ、その他の所にも転移がない、という可能性が高いことが判るのだ。迷わず決めたので日記にも書いていないのだろう。)

【コメント】2003.8
最近は「センチネルリンパ生検」というものがあって、リンパ節を切除しなくても転移があるかどうかを調べることもできます。

リンパ節を取ることによって、リンパ浮腫などの後遺症がでることもあるので、取らないですむのに越したことはないありませんが、この方法を行っている医療機関はまだ少ないようです。

リンパ節切除の方法にもいろいいろ(切除する範囲)あるそうです。当時私はそのことはわかっていませんでした。説明を受けたのかどうか忘れた(笑)

だいたい「リンパ節」なんてものが腋の下にあることだって、この時初めて知りました。

●96/07/31(水) 入院6日目 手術当日
昨晩はいちおう安定剤をもらって寝たのでぐっすり眠った。手術は9時からで、家族は8時までに来ることになっていたが、両親が7時前に来た。お父さんは仕事が休めないのですぐ帰った。7時に浣腸して、なんだかんだと、慌ただしく支度しているとダンナが来て、そのあと8時ちょっと過ぎくらいに、手術着を着る頃、お義母さんが来た。

手術着(背中が丸あきで肩が全部ボタンになっている)でストレッチャーにのって、肩に筋肉注射をする。(痛い!)それから、けっこう高い位置(立ってる人の頭しか見えないくらい)まで上げられて「ご家族の方」に「いってきます」して、業務用のエレベーター(鍵がないとのれない)で5階に行く。

5階は人気がなくひっそりしている。高い位置に寝ているので上の方しか見えないけど、例の「手術中」というランプのついた部屋に、入ったのはわかった。で、わりと小さい部屋の中央にベッドというよりは歯医者のイスみたいなのがあって、天井には丸いライトがいっぱいついている。そこに寝かされる。

で、若い男女がよってたかって(主治医の先生の姿はないようだ。最初は麻酔科の先生が麻酔をするのだ。)すごい勢いで、体のあちこちにいろんなことをしはじめる。右手に点滴の針を刺された後(これがすっげー痛かった)背中にちょこっと麻酔をして、そこから持続硬膜外チューブ(*注:これは手術後の痛みをやわらげるために、麻酔薬が少しずつ出続けるようになっているというスグレモノ。手術の前後に体につけられるものについては、すべて事前に説明されているので、「いったい何してるの?」と不安になることはない)の管をぐいぐいとつっこんでいる。麻酔してるので痛くはないけど「グイグイ」って押される感じが気持ち悪い。

それから、口にマスクをして(これはただの酸素マスク)「じゃ、これから麻酔をします」と言われてから数秒はまだ意識があったので、頭の上で「きいたかな?」「まだかな?」と言っているのを聞いて、笑ってしまった。「まだだよ。笑ってるよ。」とか言われて、あとは記憶がない。

意識が戻ったらベッドで、両方のお母さんとダンナの顔が見えて、自分では元気なつもりで「だいじょぶ、だいじょぶ」とか言ってたけど、また眠って、また目が覚めて、をくりかえしていた。

夕方5時くらいに両母親が帰り、そのあとK先生が来て「赤ちゃんが生まれても授乳できますよ」と言ってくれた。後は面会終了の時間までダンナがいてくれた。

少し熱がでて氷枕をもらった。寝る前に頭がガンガン痛くなってきたので、看護婦さんを呼ぶと、座薬をいれてくれた。あとはぐっすり寝た。


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【余談】2003.8
「若い男女がよってたかって」はギャグのつもりらしい(笑)なんか落語でそんなのなかったっけ?
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