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手術〜退院



●96/08/01(木) 入院7日目 手術後1日目
手術後の自分の体が、どういう状態かというのが、昨日はまだ良く判っていなかったけど、朝になると、手さぐりで触ってみたり、体を動かしたりして、どこに何がくっついているのか判ってきた。

胸が胸帯でぐるぐる巻き。背中に硬膜外チューブの細い管が刺さっていて、管の先の透明なプラスチックの卵みたいなのが、胸元にクリップで留めてある。右手には点滴。手術着を着たとき、下半身には何もつけていなかったが、戻ったあとはT字帯(ふんどしみたいなの)をつけていて、その横っちょから尿道カテーテル(っていうのかな)の管がでて、ベッドの脇にくくりつけてある袋にお小水を溜めているらしい。痛くはないけど、管が入っていることに気がついてからは、気になって気持ち悪い。尿意は感じないまま、いつのまにか袋にたまってゆく。

あと左足に大きなテープが張り付いていた。これは手術中に何か刺してあったところで、いまはテープだけ。それと、上唇が水脹れみたいに腫れていた。看護婦さんに言ったら、手術中に喉に通していたチューブが、ここに当たっていたせいで、そのうち治るでしょうと言われた。

朝、傷のガーゼを取り替えたとき「おしっこの管が気持ち悪いんです」と言ったら早めに取ってもらえたので、一回目のトイレだけ看護婦さんについて行ってもらって、そのあとは普通に動けるようになった。

そうこうするうちに「お母さんがみえているけど面会時間外なのでロビーまで行ってください」と言われて歩いて行った。母がびっくりした。(きのう手術したのにもう歩いているので)そこでしばらくしゃべっていた。昼食後は病室に入れて、夕方までいた。

熱がまた少しあったので座薬をもらった。
夜、ネブライザー(喉の消毒みたいな機械)をやっていたら、前を通りかかった人がYちゃんみたいだったので、慌てて部屋に戻ったら、やっぱりそうだった。少し後、ダンナが来た。そのあと義弟が来た。


●96/08/02(金) 入院8日目 手術後2日目
夜中に目が覚めて眠れなかったので、本を読んでいたら夜が明けてしまった。6時すぎてから少し気持ち悪いので横になったら、朝食の時間(*注:8時)まで眠ってしまった。朝食はあまり食べられず。(手術前は少しでも体力をつけなきゃと無理矢理食べていたようなところがあったが、手術終ったら気が抜けた)

M先生がガーゼを替えてくれた時、「気分が悪い」と言ったら「もっとはりきらなきゃ」と言われてしまった。でも、その時に背中のチューブを抜いてもらったので、それからは熱も出ないし、気持ち悪いのも無くなってきた。

ところで朝、起き上がったらベッドの、背中が当たっていたあたりに注射針みたいなの(ちょっと血がついている!)が落ちていたので「なんじゃこりゃ」と慌ててナースコールすると、平然と「あ、とれちゃったね」と言われた。

ガーゼを替えている時に胸を見たら、同じ物が1本突き刺さって、先っぽから血の混じった体液がでているのだった。(体液を出すために刺してある。)3本ついていたうち1本は昨日のうちに先生が取って、一本は寝ているうちに取れた。テープで止めてなくて、ただ刺してあるだけなので、「取れたら取れたでいいや」ってことらしい。

看護婦さんが来るたびに「手は上がりますか?」と言うので気がついたとき上げるようにしているのだが、まだちょっと恐い。(*注:腋の下を切っているので手を上げると傷が開くような気がして恐いのである。実際そんなことはない。リハビリしておかないと手が上がらなくなるそうだ。)

先生が貸してくれた本や雑誌(もちろん乳がんに関する)をせっせと読んでいる。あまりにひどい話(「わたしの乳房をとらないで」生井久美子/三省堂)泣けてくる。(*注:乳がんということを知らされないまま検査をしますと麻酔をされて、目が覚めるとおっぱいがなかった、とかいう話が昔はたくさんあったらしい。)わたしは運が良かったのだと思う。

(*注:わたしはたまたまこの病院を紹介されたので来たのだが、この先生は乳がんに関しては有名な先生で、温存を積極的にやっている病院として雑誌などにも名前がのっている。現在でも乳房温存はやらない病院のほうがまだ多いらしい。そういう病院で「乳房を全部とります」と言われて、自分で病院をさがして、やっとそういう病院にたどりつく、という人もいるそうだ。)

2時ころ同室で同じ病気のMさんに、「果物たべない?」と誘われておしゃべりをしていたら母が来た。いっしょに胸帯の洗濯(お風呂場の横にコインランドリーがあるのでそこで洗濯ができる)に行ったり、地下の売店に行ったりした。
夕方Iさんがお見舞いにきて、母が帰った。Iさんが帰った後ダンナが来る。入院生活も結構忙しい。

おとなりのTさん(食道がんで手術)と、お向かいのUさん(胃がんで胃を全部取った)は、わたしがこの部屋に来た時には、重病人って感じ声をかけるのもはばかられるって感じだったけど、2人とも手術後でどんどん回復してゆくところなので、日に日に元気になるのがわかる。Tさんは今日、何ヶ月かぶりに固形物が食べられた。「よかったですね」といったら本当に嬉しそうに顔を輝かせて笑った。(あ、顔ってほんとに輝くんだ)と、その時思った。

Uさんもお昼に久々に水以外の物を口にいれることができて嬉しそうだった。2人ともそれぞれ好きな看護婦さんがいて、その人が来るのを楽しみにしているようだ。

看護婦さんて本当に大変そうで、「どうして看護婦になりたい」なんて思う人がいるのか不思議でならなかったけど、少し解った気がする。
あの「輝く笑顔」の為なんだろう。

「今日ごはんが少したべられたのよ」「あしたね、お風呂に入れるの」そんなことを子供のようにうれしがってる人たちを見ていると、生きてる事ってただそれだけで、ありがたい事なんだなあと思う。


●96/08/03(土) 入院9日目 手術後3日目
夜中に2回目が覚めたけど、そのまま眠れなくなったりはしないで眠れた。
今日は快調。熱も無いし、頭痛もないし、傷も痛くないし。本を読んでもちゃんと頭に入る。点滴も取れたので身軽。自分で体を拭いたりも出来る。

手術した方の手も自然に使えるようになってきた。
昼ごはんのあと昼寝をしてしまった。

2時過ぎくらいにお義父さんとお義母さんが来た。
今日は土曜日なので、そのあと誰か来るかなあと思っていたのに、結局誰も来なかった。「今日はきっといろんな人が来るから、来なくていいよ」と母にもダンナにも言ったのに。

でも、基本的に私は一人で静かにで本を読んでるのほうが好きなので、入院生活ってそれほど苦じゃない。

今日は教授回診というのがあったけど、K先生よりエライ先生(今まで会った事もない先生)が来て、若い先生が傷を見せて、経過を説明するのをきいて、「よし」とか言って終り。あとでK先生も来てくれたけど「どうですか」「元気です」とか、そのくらいで終り。


●96/08/04(日) 入院10日目 手術後4日目
昨晩、全々眠れなかったので、なんとなくぼやっとしてるけど、熱も痛みもなく順調。朝、ガーゼ交換が終ったら、胸帯をとりかえて洗濯しよう、と思っていたのに先生が一向に来ない。(結局来たのが夜8:00だった!)

昼ごはん食べおわった頃、ダンナが来てくれた。下の売店に行ったり(休みだったけど)、ロビーに行ったり、なるべく動くようにした。(また眠れないといやだから)

きのうあたりから退院後のことを考えるようになった。母にも友達にも会社やめたら、と言われた。わたしも会社に戻るのが「こわい」。
もし戻ったとして、はじめのうちは会社の方でも「無理するな」とか言ってくれて気をつかってくれると思うけれど、実際、やるべき仕事があれば、やらないわけにはいかず、いつのまにか元に戻ってしまうと思う。

いくつもの仕事を抱えて、ユーザーからの電話に脅え、くたくたに疲れて9時10時に家に帰り、土日は何をする気にもなれず、趣味やスポーツをする元気もなく、、、あんなことをやってたら、また病気になってしまう。

そうでなくても、再発する可能性はゼロではないのだ。病気になる前から考えていることだけど、一度の人生、嫌いな仕事に明け暮れて終りたくない。

ガンという病気と死を結び付けて、弱気になっているとか言う訳じゃないけどガンといわれて、入院して、手術して、自分よりもっと病気の重い患者さんと共に生活して、そういう人の命をささえている医師や看護婦という人たちの「仕事」を目の当たりにして、、、いろいろなことを考えている。

この病気は私に、「立ち止まって人生を考え直しなさい。」という神様からのメッセージなのだと思っている。


●96/08/05(月) 入院11日目 手術後5日目
4時半頃、目が覚めたまま、起きてしまった。せめて5時まで眠りたいな。
MさんとNさん(*注:2人とも乳がん)が今日退院。

きのうの夜、M先生が来たとき、胸に刺さっていた針を抜いていったので、今朝K(若い方の)先生に「もう退院をきめないと」といわれ、金曜日になった

今日は採血、レントゲン、検尿があった。
昼食まえに昼寝をしてしまったら、今日は何日で何曜日で、わたしはいつからここにいて、いつまでここにいるのか?なんて思ってしまった。

会社を辞める事を考えているけど、社会保険のことなど「会社員であることのメリット」を考えると、やっぱり社員はトク(というか安心)かなと思ってしまう。
わたしが辞めたら、いま私の担当している仕事が全部、ダンナの負担になってしまうというのも、すごくいやーな感じ。

お義母さんにtelして、退院の日が決まった事を話す。お義母さんや、お友達の体験から、「病院の中にいるうちはいいけど、退院したあと落ち込んだり悩んだりすることもあると思うけど、がんばって」と励まされて、「あ、そうか。そうなんだよな。」今は、自分よりも、もっと重たい病気の人の中にいて、病院と言う特殊な環境の中にいて、その中では自分は、けっこう元気な方だと思っている。でも、外の世界にいる人から見たら、私は「病人」で、しかも「がん」なんだよねー。ということを改めて考えて心配になってきた。


●96/08/06(火) 入院12日目 手術後6日目
今日は5時ごろ起きた。時間的にはけっこうたくさん寝てるけど、朝、目が覚めてスッキリ!という気分はしない。朝食後、少しねむってしまう。なんとなく昨日から気が滅入ってきて、何にも集中できない。

昼食後、またねてしまう。
空いたベッドに新しい人が入ってきた。今度は乳がんではないようだ。

手紙を書いてみようと便箋を出して、書く事がなくて、しまう。
はがきを出してみて、しまう。

いろんな本を開いては閉じ、開いては閉じ。
結局、ひまわりの花を見て、ボーっとしたりしている。
フラワーバスケットの花が枯れてきたので、差し替えたりしたのが結構楽しかった。家に帰ったら、家をお花でいっぱいにしよう、と思う。
今日はもう、ガーゼ交換しなかった。明日はお風呂に入っていいと言われた悪い事は考えないようにして、家に帰ったら何をして楽しもうってことを考えるようにした。

とりあえず当分は、何も考えずに休養して、好きな事、楽しい事だけするようにしよう。


●96/08/07(水) 入院13日目 手術後7日目
きのうは頭痛もしたし、また眠れそうもなかったので睡眠薬(安定剤?)をもらった。目覚めはあまりすっきりではなかったけれど、夜中に何度も目が覚めて苦しむことは無かったので助かった。

昼寝をしないように、なるべく横にならないようにしているが、時間のたつのが遅い事、遅い事、、、。結局、昼食まえに、ちょこっと寝てしまった。
昼食の後、入浴。シャワーだけのつもりだったけど、少し寒かったので、浴槽にお湯をためて入った。やっぱり気持ちイイ!髪の毛を洗うのにも、何の支障もなかった。

3時からの面会時間に、母とTさん、すぐあとにお義母さんとSさんが来て、食堂でみんなでおしゃべり。皆、同年代なので話がはずんでしまった。(「教育勅語」の話やら、鉄道自殺をみちゃった話やら、果てしなく脱線しつつ盛り上がっていた。)

それから下まで見送って、母チームは帰り、義母チームと1Fの喫茶店で、お茶を飲む。5時半になっていた。さすがにちょっと疲れた。
7時すぎ、ダンナが来る。保険の書類などもってきてくれる。

(*注:わたしは、がん保険、生命保険の手術給付金、都民共済から給付をうけられたのだが、全部、病院から自分で電話して、手続きの書類を請求した。この電話のが、なかなかおかしかった。
 私:「保険金の請求の書類を送っていただきたいのですが。」
 保:「ご病名は」
 私:「乳がんなんですけど」
 保:「ご本人様はご病名をご存知でしょうか。」
 私:「わたしが本人なんですけど」
 保:「あ、失礼いたしました。」(と一瞬ひるむ)

がんて「告知」されないのが、一般的なんだな、やっぱり。
病気を本人や家族に知らせてない場合は、書類を送るとき、社名の入っていない封筒を使ったりするなどしてくれるらしい。

でも自分の病気を自分が知らされないって、絶対におかしいと思うな。わたしは、すぐ教えくれる先生で、本当によかったな。)

【コメント】2003.8
最近は、乳がんに限って言えば、本人に告知するのがあたりまえになってきているようです。

●96/08/08(木) 入院14日目 手術後8日目
また眠れなかった。
なんとなくユーウツで何もする気になれない。身の回りを片づける気にもなれない。

洗濯するとかお風呂にはいるとか、そういうのもめんどうくさい。

楽しい事を考えようと思ってもさあ、
考えられないんだよねえ。

昼食後の時間はなぜかやたらと静かで、変な気分。
ぼーっとするしかない。

このところ少し元気そうなMさんと話したりした。
(*注:Mさんは食道ガン。なんと29歳。前の病院ではガンとわからなかったので、進行してしまったらしい。抗がん剤で治療をして腫瘍を小さくしてから手術をするのだと思うけど、抗がん剤の副作用がひどく、手術ができない状態で、3歳と5歳のかわいい女の子を施設に預けたまま、もう2ヶ月も入院している。四六時中点滴をしていて、見るからにかったるそうにして、いつもゲーゲー吐いていた。)

M先生がきて、これから飲む薬の説明をしてくれた。抗がん剤とホルモン剤。副作用はあまりないと言ってるけど、どうだかね。
母が毎日通ってくる。向こうは顔をみれば安心なのだろうけれど、こっちはそんな母を見ていると、申し訳なくて心苦しくて、つらいんだよね。
退院したら、家に(看病に)来るって言っているが、絶対やめてくれと断っている。気を使って元気なふりをしてしまって、疲れるもん。そういう性格なんだもん。


●96/08/09(金) 入院15日目 手術後9日目 退院
ダンナが車で迎えに来ることになっていて、道が混むといけないから6:30に家をでるというので、6:00頃電話して起こす。そうしたらスムースに来てしまって、8時前についてしまった。けっこう荷物があって、たいへん。

同室の人に挨拶したけど、私の担当の看護婦さんはだーれもいなくて、婦長さんだけに挨拶した。先生はK先生(若い方)・M先生・O先生の3人が回診にきてくれたけど、もう傷も見てくれない。治ってくると先生も看護婦さんも冷たいのねーって感じ。

暑い日で、帰り道は混んでいて、車に乗ってるだけで結構疲れてしまった。

今日から抗がん剤、ホルモン剤を飲みはじめる。


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