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放射線治療とインフォームド・コンセント



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HPで私の日記を読んでくださった京都大学医学部・放射線医学教室の光森通英先生とのメールのやりとりです。(ご本人の承諾を得て掲載しています。)
メール1:( >青字は、わたしの退院後の日記からの引用)

>そのため手術後に、すでにどこかに存在しているかもしれない
>(ないかもしれない)、がんの細胞を、放射線治療で退治するのだ。

放射線治療はその照射野内では一般的に抗癌剤よりも効果が強いのですが照射野外にはほとんど何の影響も及ぼしません。温存療法における放射線治療の意味とはあくまでも「温存乳房内」に残っている可能性のあるミクロの病巣を根絶することであり、「体の他の部分(=骨・肝臓・肺・脳など)」に存在する可能性のある微少転移巣には化学療法やホルモン療法によって対処することになります。

>がんになった乳房を全部切り取る場合は、局所再発はありえない。
>だってもう、乳房そのものがないのだから。

たしかに乳房そのものはもうないのですが、「局所再発はありえない。」と言い切るのには若干問題があります。手術痕やその周囲の皮膚に局所再発が起こることは決して珍しくありません。現在は一般的には乳房切断術後の胸壁に放射線をあてることはあまり行われなくなりましたが、この場合も放射線治療により局所再発を減らせることが知られています。

>放射線をやると局所再発の可能性は少なくなる。それなら、やってお
>けば安心。だけど、放射線治療は体へのダメージもある。

一般に放射線治療は副作用がきついという(迷信めいた?)考えが(外科医の間にさえ)存在します。たしかに、もともと全身状態の悪い人の場合や、放射線をあてる部位によっては、かなりしんどい場合もあるのは事実です。しかしながら上にも述べたように放射線は照射野以外にはほとんど影響を及ぼさないのです。したがって乳房温存のように比較的照射野が小さく、しかも隣接する重要な臓器にあまり放射線をあてずに済む場合には全身的な副作用はまず心配ありません。

照射野内に限局して急性期の副作用(皮膚反応)が見られる場合がありますが、まれな例外をのぞいて1ヶ月以内になおります。私の経験では、全身的な副作用のために治療を中止・中断した症例はありません。遠隔地の方を除き通常は外来通院で治療できます。

乳房温存療法における術後放射線治療の役割については諸外国におけるいくつかの大規模かつ長期にわたる無作為比較試験からは「温存手術のみの場合だと術後10年間で約15-40%に乳房内再発が見られるが温存手術+放射線照射により乳房内再発を2-10%に減らすことができる」という結論が得られており(生存に関しては両者は同等)、欧米では乳房温存手術後に放射線治療を併用することについてはコンセンサスが得られていると言ってよいでしょう。

もちろん欧米人の乳癌と日本人の乳癌はかなり性質も違うので、欧米での研究結果を鵜呑みにして日本人に当てはめることに対する批判もあります。しかし、最近日本においても放射線治療を併用することにより局所再発を有意に減らすことが報告され、放射線治療の有効性に対する認識は高まってきています。

主治医が放射線治療を勧めない理由としてよく

>1ヶ月間、毎日、治療に通わなければならないというのも大変だ。

ということが挙げられますが、これは患者さん本人が「局所制御率の15%の向上」という恩恵と「1ヶ月間(←正確には5週間+α)も毎日治療に通うのに必要な時間・体力と経済的負担」という代価を秤にかけて判断すべきでしょう。

さて、上に「温存手術のみの場合だと術後10年間で約15-40%に乳房内再発が見られる」とあります。これは言い換えると「少なくとも60%の人は放射線治療を受けなくても局所再発がない」つまり「半数以上の人は不必要な放射線治療を受けている」ということです。(もっと言えば2-10%の人は放射線治療を受けても局所再発する、ということでもあります。)

ですから前もって放射線治療の必要な人とそうでない人、やっても無駄な人を見分けることが出来れば、人によっては不必要な放射線治療を受けずに済むことになります。しかしながら、現在我々の知りうる予後因子からはこれらを「正確に」予測することは不可能、というのが一般的な見解です。

>「やらないで不安ならやりなさい。でも、やらなくても大丈夫。」

という発言は少々大胆に過ぎるかも知れません。もちろん大学病院で経験の豊富な先生が執刀され、切除断端の様子や病理組織型など全てを総合した上で「局所再発の可能性が低い部類に属する」と判断されたわけで、まず大きな間違いはないでしょうが。

しかしながら、もしも、あなたにとって情報の窓口がただ一人の医師(あるいは一人の医師を中心としたグループ)しかなく、全ての情報を公正に与えられたかどうかの判断が出来ない状態で「やらなくても大丈夫。」と言われたとすれば、少々問題があると思います。
外科医の本当の意図は
「やってもやらなくても(局所制御率は同じだから)大丈夫。」(←でもこれは間違い)だったかもしれないし
「やってもやらなくても(生命予後(=寿命)に差はないから)大丈夫。」あるいは「やらなくても(万一局所再発してもまた手術すればすむことだから)大丈夫。」だったかもしれません。
もしもあの時点でこれらの情報をinputされていたらhanaさんが違う判断を下していた可能性はないでしょうか?(*1)

真の意味での「informed consent」では、患者さんが最終的な決定を下すためにすべての情報を公正に伝えられている必要があります。欧米では多くの専門家の意見を聞き、できるだけよい治療を求める「セカンドオピニオン」という考え方が一般的で、例えば乳癌では放射線治療を受ける受けないに関わらず、患者は放射線治療の専門家である放射線腫瘍医の意見を聞きに来ます。これは「主治医」がすべてをとりしきる日本の状況とはかなり違います。何でも欧米の真似をせよとは言いませんが、日本でも取り入れるべき考え方と思います。

今後日本の医師−患者関係が「医師におまかせして治療を施してもらう」という依存的な関係から「医師と対等の立場で積極的に治療に参加する」という新しい関係に発展していきますように。また我々放射線腫瘍医もそれに応えるべく一層研鑽を積んでいきたいと思います。


メール2:( >緑字は、メール1に対してわたしが出した返事の引用)

>わたしは放射線治療をしないことにしましたが、放射線が
>危険な治療とは思ってません。
>放射線科の先生がお書きになった本で、治療の原理など
>もひととおり理解したつもりだし。(頭が悪いのでよくわか
>らないところもあったけど)
>わたしのホームページのから、そういう風(「放射線は危
>険だからわたしは放射線治療をしない」)にうけとれると
>したら、それはマズいですね。

私達放射線科医は何がなんでも放射線治療を、と思っているわけではありません。病気の種類や進行度合いによっては「放射線をあててもメリットのない場合」「放射線をあてない方がよい場合」があるのも確かです。「あてる、あてないを含めて最大の効果があがるような放射線の使い方を知っている」というのが我々の役目なのです。

乳癌の乳房温存療法や直腸癌の肛門温存療法のように、放射線を上手に使うことにより、生存率を損なわずによりよいクオリティ オブ ライフが得られる可能性のある治療法も出てきているのに、そういう治療法の存在さえ知らされずに、乳房や肛門を失った状態で余生を送らなければならない患者さん達がいる、というのは大変残念なことです。

メール1の*1の答え
>セカンドオピニオンのチャンスを与えられず、治療法を一方
>的に決められてしまったのなら問題ですが、私の場合そう
>ではありません。先生は病理の結果のコピーをくれて、
>「もし他の医者に意見をきくなら、これを見せなさい」といっ
>てくださったのですが、わたしはそれをしませんでした。
>わたしにとっては主治医を信頼することが、精神的な安定
>につながり、精神的な安定が、わたしの体にとって一番良
>い事であると、思ったからです。

大変感心いたしました。普通はまずそこまでしてくれません。このエピソードはぜひホームページにつけ加えて下さい。「つべこべ言うな、わしに任せとけ」というような医者にプレッシャーをかけてやりましょう。


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