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術後の経過

Last update 2007.7.14
(乳がんと直接関係ないことも書きました) 備考・追記
手術 1997年
術後半年
(通院1ヶ月毎)
1997年1月 体調はおおむね良好。抗がん剤とホルモン剤を飲み続けているが、最近ホルモン剤の影響で"のぼせる"(暑くも無いのに急に顔がほてったり、汗が噴き出る)ことが多くなり不快。
手術の傷跡もだいぶ目立たなくなってきた。手があがらないなどの後遺症は特にない。
ホルモン剤の副作用の記録参照
1997年6月 スポーツクラブに入会
入会時のアンケートに「過去3年以内に入院・手術を要するような大きな病気をしましたか?」という質問があったが、NOと書いて出してしまった(笑)
1年後
(通院1ヶ月毎)
1997年7月 1年目の検査として、CTスキャンと骨シンチグラフィを撮ったが、異常無し。ホルモン剤の影響で生理不順、おりものが多い、汗をかきやすい等の多少の不快な症状はあるが、大きな問題はない。梅雨時や季節の変わり目等は、手術をした部分がちくちく痛むときがある。これは、しかたないことのようだ。主治医に言っても、心配はないと言われる。

手術の傷痕は一筋の線で、腫瘍とその周りを“えぐった”(主治医談)わりには、乳房の形もほとんど変わりが無い。へこみやひきつれも無い。最初の頃は傷の下が堅かったが、今はやわらかくなって、ほぼ元どおり。
ホルモン剤の副作用の記録参照
1997年8月 人間ドックの婦人科医師に「タモキシフェンを飲んでいると子宮体がんの危険が高まるので、子宮体がんの検査も受けたほうがいい(通常ドックでは頚がんの検査のみ)」と言われ受けようとしたが、そこで「双角子宮(子宮が二つに分かれている)」という子宮の奇形であることが発覚。T医大の婦人科で、MRIや子宮内視鏡を受けるはめになる。子宮内視鏡がとてもつらくてトラウマになった。
T医大の婦人科医師も乳がんの主治医もタモによる子宮がんの危険性はあまり気にしなくていいという意見だったので、気にしないことにする。双角子宮も病気ではないので特に治療など必要ない。
1997年11月 肝臓の数値が上がり(GOT42、GPT58)、「脂肪肝」になっているのでは?ということで肝エコーを取る。特に問題はなく「お酒の飲みすぎじゃないの?」なんていわれてしまった。 抗がん剤に限らず、どんな薬でも長期間服用することで肝臓に負担がかかるそうです。

★ユーエフティー(私が飲んでいた経口抗がん剤)は、重い肝臓障害が報告されているそうです。
1998年3月 しばらく胃の調子が悪かったので、自主的に検査してくださいと主治医に言って胃カメラ(内視鏡)をとってもらうが問題なし。
胃カメラ大嫌いって人も多いけど、私はいつも検査の人に「うまいですね」とほめられる(笑)
実は1995年のドックでは胃のポリープも発覚して、内視鏡による手術で取っている。
2年後
(通院3ヶ月毎)
1998年8月 2年目の検査。昨年と同じ、CTスキャンと骨シンチグラフィ
異常がなかったので、薬の服用がなくなり、これまで月1回だった通院が3ヶ月に一度でよくなって、いろいろな面でとても楽になった。
毎月1万円以上だった薬代がかからなくなり、経済的にも助かるし、飲み忘れないように朝昼晩気にしていた薬のことを、もう考えなくてよいというのは、精神的に非常に楽。

この年の人間ドックでも、例の婦人科医師に「念のためまた大学病院の婦人科で子宮体がんの検査を(普通ならドックの施設でも体がんの検査はできるのだと思うが、私の場合、双角子宮なためそこではできないらしい)」とすすめられたが、「はい」といいつつ、結局行かなかった。
1998年8月 足のくるぶしあたりがミシミシという感じ。関節痛?特に朝起きて立ち上がるときに痛む。近所の整形外科に行くと、レントゲンを撮ったが何も問題はないという。血行が悪くなるとそのような症状になるということでビタミンEを処方された。
後年、これはホルモン剤の副作用だったらしいとわかった。
掲示板などでよく骨が痛むと「転移では?」と心配している人がいるが、私はこの時、このときには、全くそんなことも思いつかなかったし、ましてやこれがホルモン剤の副作用だなんて夢にも思わなかった。
2年半後 1999年2月 病院が3ヶ月に一度になったこともあり、自分が病気をしたの事などすっかり忘れて過ごしている。ふと気づいてみると、ホルモン剤の影響によると思われた不調もこのところなくなっている。(服薬をやめて半年)生理もほぼ元どおりになった。でも油断しないで健康管理には常に注意しなければと思っている。

服薬の影響ではないかと思われる生理不順などのからだの不調は、あいかわらず続いているが、『副作用』というほどの深刻な問題は特にない。
3年後 1999年8月 3年目のCTと骨シンチ。問題なし。『(通院を)6ヶ月に1度にしようか・・・』と先生がいいかけたので、思わず顔がにんまりしてしまったが、『いや、やっぱりもうしばらくは3ヶ月に1度にしよう』だって。ちぇっ。ぬかよろこび。
3年半後 2000年2月 特に体調に問題はなし。あいかわらずの貧血と、体重が増えすぎていること以外は。
4年後
(通院6ヶ月毎)
2000年8月 4年目の検査。CT+骨シンチ。問題なしで通院は半年毎になる。
2001年4月 術側(左)の耳の下、首と肩の間くらいに、くりくりしたしこりがある。それは乳がん発覚以前からあったのかどうかよく覚えていないが、この頃大きくなったような気がして気になりはじめた。
掲示板で同じような人が何人かいて話題になる。悪いモノであるような気はしなかったが、念のため主治医に相談してくびのエコーをとってもらう。結果はなんでもなかった。
2001年8月 これまで毎年受けていたのと違う施設で人間ドックを受けることになった。前回から3年近くあいてしまった。
婦人科検診の問診表に、これまでのいきさつ(タモの影響のこと、双角子宮のことなど)細かに書いて出したところ、担当医がよく話を聞いてくれて丁寧に診察してくれた。
小さなポリープ(子宮頚管ポリープ)がみつかり、その担当医の本来の勤務先であるJ医院の婦人科を改めて受診することになった。子宮内視鏡の一件で婦人科嫌いになっていたので、これを機にこちらに通うことができるようになって、ほっとした。ポリープはとらずに半年毎、経過観察。また貧血がひどくなっていて鉄剤を飲む。
J医院の産婦人科ではポリープを取るつもりで受診したときにポリープが見つからず(その時の子宮の状態で見え隠れするらしい)、「急いで取る必要もないのでまた今度」となった。
5年後
(通院1年毎)
2001年7月 5年目の検査。CT+骨シンチ 問題なし。
乳がんの治療の影響と思われる体の不調はない。
いまだに時々、梅雨時、生理前などに手術跡に鈍い痛みがあることはあるが気にしていない。(いわゆる古傷が痛むというやつ) 通院は年一回になる。
6年後
(通院1年毎)
2002年7月 ひどいめまいで動けなくなった。以前にも一度このようなことがあったので念のためJ医院の耳鼻科を受診。MRIまで撮ったが、とくに原因はみつからなかった。
2002年9月 6年目の検査のため受診。その日に血液検査とマンモグラフィ。(今までうちの病院ではマンモは毎回撮っていなかったが今年は撮った。手術前に撮って以来。疑わしいことがあるからというわけではなく、『最近アメリカなどでも毎年撮った方がいいという報告があるので』とのこと)CTと骨シンチは検査の予約が混んでいて11月に。結果を12月6日に聞いた。すべてクリアー。
7年後
(通院1年毎)
2003年1月 人間ドック(触診とエコー)で乳腺症と言われてしまった。ここ数年、おっぱいがゴロゴロして生理前に痛むのは感じていた。このところ痛みと熱感がひどくなった。

←このゴロゴロ感は、乳がん発症当時にはなかった。最初にしこりが判明した当時、本でしこり特徴の表とさんざんにらめっこしたけど、自分のしこりがどれに当てはまるのかよくわからなかった。今となってみれば、このゴロゴロ感は確かに乳腺症の特徴にあてはまる感じだし、「線維腺種」と言われたときや、「乳がん」とわかったときのしこりとは、感触が確かに違うようだ。

しかし、しこりの特長だけで良性か悪性か判断がつかないということは色々な事例から、重々承知しているだけに、自分がいざ、乳房に痛みや違和感を感じると「もしや???」という不安でドキドキしてしまう。乳腺症の痛みを緩和する方法などないものかと調べたが結局得策はみあたらず。(カフェインやアルコールを控えた方がいいという話を読んだが、その2つは私には必需品なので実行に至らず;)
2003年7月 1年ぶりにJ医院の婦人科を受診しようと思ったら、主治医が異動でいなくなっていた。がーん (; ̄□ ̄)やっと信頼できる婦人科の主治医にめぐりあえたと思ったのに〜。追いかけていこうにも、移動先は"高齢者医療センター(!)"。別の医師に変るくらいなら、いっそ病院を変えようか、「女性外来」なるところへ行ってみようか、などと考えたが、結局そのまま・・・(婦人科に行かず)。
2003年8月 7年目の検査。触診、採血、検尿、CT、骨シンチ。今年はマンモやらなかった。結果はすべてクリアー。貧血もひっかからなかった。

乳腺症と言われたことを主治医に相談すると触診して「この程度は乳腺症とはいわない。検診医はなんでも病名をつけたがって困る」とあしらわれた。しつこく「でも、痛みがひどいので気になるのだが治す方法はないか」ときくと「乳腺症はそもそも"病気"ではないので、治るも治らないもない。あまりに痛みがひどい人の場合、漢方薬を使う場合もあるが、あなたの場合はそれほどではないでしょう」と言われた。そして「気にしているから、よけい痛みを感じるのでは?」とも。
→そして、検査を受けたことで安心したのか、そのうち痛みは消えたのです!!(笑)主治医の言うとおり「心配しすぎて、痛みが増した」ということだったのでしょうか?やれやれ。

それにしても、痛みは消えても乳房全体のゴロゴロ感はあいかわらずなので、自己検診してみても、あちこちに、しこりがあるような、ないような、気になりだすと、どれもこれも「しこり」に思えて、ヒヤっとする。
8年後
(通院1年毎)
2004年8月 8年目の検査。触診、マンモ、エコー、採血、CT、骨シンチ。
去年マンモをやらなかったので、もしやらないようだったら自分から申し出てやってもらおうと思って言ったのだが、黙っていてもやった。手術跡の下(内側)にかたまりがあるので(これは術後ずっと)、「これって、問題ないんですよね?」といちおう言ってみるとエコーをやってくれた。問題なし。
病院の予約方法や、待合室の番号表示など、いろいろシステムが変わっていて快適になった。ただ、1年に一度しか行かないので、行く度に戸惑う。

検査結果はすべてクリアー(貧血復活)。で「もう来なくてもいいくらいですよ」と言われたが、こっちは最初から10年通うつもりでいるので「10年までおつきあいください」と言う。
 
9年後
(通院1年毎)
2005年9月 9年目の検査。触診、対側マンモ、採血、CT、骨シンチ。
いままで、年1検査でマンモをやったりやらなかったりだったが、やったとしても術側(手術をしたほう)ばかりだった。今回は対側(手術をしていないほう)のマンモをやった。こちら側のマンモをやるのは一番最初にしこりを指摘された時以来かも。

検査はすべてクリアー。「最近何かありますか」ときかれ「このところ不摂生で体重が増えて困ってます」というと「脂肪分のとりすぎはやはり乳がんに影響するので気をつけたほうがいいです」といわれる。貧血(鉄不足)もまたひどくなってきている。わかっちゃいるけど・・・。
 
10年後〜 2006年〜 本当は10年目の検査を受けてそれがクリアとなったら、晴れて10年無事経過のお墨付きを主治医からもらうつもりでいたのだが、主治医が大学病院を辞めてしまい、新たに乳腺専門のクリニックを開業した。

通いなれた病院で別の医師にみてもらうか、主治医の新しい病院を受診するか。
結局どちらにも行かなかった。
8年目で「もう来なくていいくらい」と言われていたこともあって、勝手に自分で「これで術後のフォローは終わり!」と決めてしまった。

しかし、術後の経過観察期間は終わったとはいっても、私はこれからが本当の「がん年齢」。本当の更年期がやってくる。気軽に検査や相談に行ける病院がないと困る。婦人科の方もフォローしなければならないので、トータルでいろいろな相談にのってもらえるような病院をかかりつけにしたいなあと思って、ある女性専門外来に行ってみたのだが、第一印象がよくなくて続けて通う気になれず。現在、ノーフォロー状態。
(2007年現在)
左記の女性専門外来の婦人科で、イヤな思いをいをしたので、『病気を恐れてビクビクしながら生きるのなんてうんざりだー!』『病院の世話になんかならず健康で長生きしてやるー!!』と新たな決意と闘志を燃やしたのだった。

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