| 名 前 |
説 明 |
−張出舞台・張り出し舞台
(はりだしぶたい) |
秩父夜祭で、屋台芝居のために、屋台の左右に設けた舞台をいう。
右絵で、真ん中に屋台を置き(中央の2本の柱の部分)、左右に芝居のために別機材で張り出し舞台を設ける。これにより、広い舞台で白波五人男などの屋台芝居を演じることができる。
一般に“張出舞台”は、劇場などの舞台や緞帳の前に一部分だけ客席に突き出ている舞台をいい、前舞台・エプロンなどともいう。 |
 |
|
分類・屋台の色々
 |
「祭りだ!屋台だ!」が独断と偏見により屋台・山車を次の6種類に分類した。
G人形山車 G 舞台屋台 G 屋根屋台 G 太鼓山車 ・船形山車 G その他型
〔 ガイダンス→屋台の色々〕 |
−人形山車
(にんぎょうだし) |
最上層に人形を載せた山車。
人形が載った山車にも、人形が上下したり、しなかったりするものがあり、それらを区別して「人形・枠上下型」、「人形上下型」、「枠上下型」、「人形固定型」の4型ににわけた。 |
−舞台屋台
(ぶたいやたい) |
最上層が屋根で、歌舞伎、踊り、所作(手踊り)や囃子の演奏が行われるもの、または楽器を設置したもの。 |
−屋根屋台
(やねやたい) |
最上層の屋根が上下する型。 |
−太鼓山車
(たいこだし) |
最上層に太鼓が載っているもの。
太鼓型としてひとまとめにするには無理があるため、「諌鼓山車」、「神幸祭・曳太鼓山車」、「太鼓祭り山車」の3つにわけた。 |
藤原秀郷
(ふじわらのひでさと ) |
俵藤太秀郷=藤原秀郷の異称、平安中期の下野の豪族。940年(天慶3)平将門の乱を平らげ、功によって鎮守府将軍。弓術に秀で、むかで退治などの伝説が多い。 |
| 舞 楽 (ぶがく) |
舞を伴う雅楽。唐楽を伴奏とする舞を左舞(さまい)、高麗楽(こまがく)を伴奏とする舞を右舞(うまい)と呼ぶ。また、日本の古楽の形式による倭舞(やまとまい)・東遊び(あずまあそ)・久米舞(くめまい)なども含む。 |
| 封 号 (ふうごう) |
爵号ともいい、国が近隣の従属国の君主や周辺諸民族の首長に対し、属国の長として授与した称号。
日本でも卑弥呼が魏から、親魏倭王を与えられ、また、ヤマト大王が倭国王・将軍号の封号を授けられた。中世以降、中国の元・明・清の各王朝が朝鮮の王や日本の征夷大将軍、琉球王国の王に朝鮮国王や日本国王、琉球国王の封号を授けた。 |
深草少将
(ふかくさのしょうしょう) |
小野小町のもとに99夜通ったという伝説上の悲恋の人。 |
| 二股大根 |
二股大根は、大黒天とその使いであるネズミと一緒に描かれたり、また、大聖歓喜天・聖天様のシンボルとして描かれ、浅草待乳山聖天の紋章には巾着と二股大根が使われている。巾着は商売繁昌を、二股大根は無病息災・夫婦和合・子孫繁栄のご利益があるとされる。その他、絵皿や刀の鍔のデザインとしても見られる。
また、富士宮秋まつりやよりい秋まつりの山車の彫刻や幕などにも二股大根が描かれている。これは神仏習合のなごりで神社と聖天宮が一体であったなどによるとされている。
二股大根紋は、宇多源氏庶流・佐々木氏・富田氏や藤原氏流・本庄氏などに見られる。
右絵は大黒天・二股大根・ネズミをテーマにした彫刻であるが・・ネタ的に扱ったものである。
|
 |
|
| 富士講 |
伝統行事・民俗芸能 → 富士講 |
| 札の辻 |
江戸時代に高札を立てた辻をいう。現在でも地名として多く残る。 |
| 高 札 |
法度(はっと)・掟書(おきてがき)・禁令・犯罪人の罪状などを書いて、一般に知らせるために、人通りの多い町の辻や広場などに高く掲げた板の札。室町時代からあったが江戸時代に盛んになり、明治6年(1873)に廃止された。
相手を敬ってその手紙をいう語。 |
文化財
有形文化財、無形文化財、
民俗文化財 |
祭りや屋台は、国・県・市町村などの文化財に指定されていることが多い。
国の「文化財」は、文化財保護法第2条第1項に次の通り規定している。
「文化財」とは、次に掲げるものをいう。
一:建造物・絵画・彫刻・工芸品・書跡・典籍・古文書その他の有形の文化的所産で我が国にとつて歴史上、または、芸術上価値の高いもの(これらのものと一体をなしてその価値を形成している土地その他の物件を含む)。並びに、考古資料、および、その他の学術上価値の高い歴史資料(以下「有形文化財」という)。
二:演劇・音楽・工芸技術、その他の無形の文化的所産で我が国にとつて歴史上、または、芸術上価値の高いもの(以下「無形文化財」という)。
三:衣食住・生業・信仰・年中行事などに関する風俗慣習・民俗芸能・民俗技術、およぶい、これらに用いられる衣服・器具・家屋、その他の物件で我が国民の生活の推移の理解のため欠くことのできないもの(以下「民俗文化財」という)。
四:貝づか・古墳・都城跡・城跡・旧宅、その他の遺跡で我が国にとつて歴史上、または、学術上価値の高いもの、庭園・橋梁・峡谷・海浜・山岳、その他の名勝地で我が国にとつて芸術上又は観賞上価値の高いもの、ならびに、動物(生息地、繁殖地及び渡来地を含む)、植物(自生地を含む)、および、地質鉱物(特異な自然の現象の生じている土地を含む)で我が国にとつて学術上価値の高いもの(以下「記念物」という)。
五:地域における人々の生活又は生業及び当該地域の風土により形成された景観地で我が国民の生活、または、生業の理解のため欠くことのできないもの(以下「文化的景観」という)。
六:周囲の環境と一体をなして歴史的風致を形成している伝統的な建造物群で価値の高いもの(以下「伝統的建造物群」という)。
すなわち、歴史上・芸術上・学術上・観賞上などの観点から価値の高い有形文化財、無形文化財、民俗文化財、記念物、文化的景観、伝統的建造物群の6種類が、指定などの有無にかかわらず「文化財」に該当する。文部科学大臣は、文化財のうち重要なものを指定、認定、選定、登録、選択し、保護のもとにおくことができる。ただし指定など、および、その解除にあたっては、文部科学大臣はあらかじめ文化審議会に諮問しなければならない(第153条)。
有形文化財
建造物・美術工芸品(絵画・彫刻・工芸品・書跡・典籍)・古文書、その他の有形の文化的所産(これらと一体をなしてその価値を形成している土地・工作物などを含む場合がある)、および、考古資料・歴史資料は、有形文化財と定義されている。文部科学大臣は、有形文化財のうち特に重要と判断されるものを重要文化財に指定することができる(第27条第1)。さらに、重要文化財のうち世界文化の見地から価値の高いもので、たぐいない国民の宝たるものを国宝に指定することができる(第27第2項)。
1996年(平成8年)の文化財保護法改正により、おもに、近代化遺産を保護する目的から、国または地方公共団体の指定を受けていない有形文化財のうち、保存と活用が特に必要なものを登録有形文化財に登録する制度が創設された(第57条)。登録の対象は当初は建造物に限定されていたが、2004年(平成16年)の法改正でそれ以外の有形文化財にも適用範囲が拡大された。
無形文化財
演劇・音楽・工芸技術、その他の無形の文化的所産は、無形文化財と定義している。文部科学大臣は、無形文化財のうちとくに重要と判断されるものを重要無形文化財に指定することができる(第71条第1項)。
同時に、その重要無形文化財の保持者または保持団体が認定される(第71条第2項)。保持者認定には、個人を各個別に認定する各個認定と、複数の保持者を一体として認定する総合認定がある。各個認定を受けている保持者は人間国宝とも呼ばれる。
重要無形文化財以外の無形文化財のうち、その記録を作成し、保存し、または、公開するための措置を講ずるものは「記録作成等の措置を講ずべき無形の文化財」として選択される(第77条)。これを選択無形文化財という。
民俗文化財
衣食住・生業・信仰・年中行事などに関する風俗慣習・民俗芸能・民俗技術、および、これらに用いられる衣服・器具・家屋、その他の物件は民俗文化財と定義されている。
文部科学大臣は、無形の民俗文化財に用いられる衣服・器具・家具など有形の民俗文化財のうち、とくに重要なものを重要有形民俗文化財に指定することができる(第78条第1項)。
2004年(平成16年)の文化財保護法改正により、国または地方公共団体の指定を受けていない有形の民俗文化財のうち保存と活用がとくに必要なものを登録有形民俗文化財に登録できることになった(第90条第1項)。
また、文部科学大臣は、風俗慣習・民俗芸能・民俗技術などの無形の民俗文化財のうちとくに重要なものを重要無形民俗文化財に指定することができる(第78条第1項)。また、重要無形民俗文化財以外の無形の民俗文化財のうち、その記録を作成し、保存し、または公開するための措置を講ずるものを「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」として選択することができる(第87条第1項)。これを選択無形民俗文化財という。
(参考資料:Wikipedia、国指定文化財DB など) |
祭りに関するおもな文化財 |
| ■ 国指定重要有形民俗文化財 DB:http://www.bunka.go.jp/bsys/index.asp |
|
名 称
|
所在地
|
催行日
|
指定年月
|
日立風流物
(五段屋形開閉式山車1台) |
茨城県日立市 |
5月3〜5日(7年毎) |
1959.5 |
| 高岡御車山 (7台) |
富山県高岡市 |
5月1日 |
1960.6 |
高山祭屋台
(三層屋形山車21台
,神楽台山車2台) |
岐阜県高山市 |
● 山王祭:4月14〜15日
● 八幡祭:10月9〜10日 |
1960.6 |
| 祇園祭山鉾 (29台) |
京都市 |
7月1〜31日 |
1962.5 |
| 秩父祭屋台 (6台) |
埼玉県秩父市 |
12月2〜3日 |
1962.5 |
|
|
| ■ 国指定重要無形民俗文化財 |
| 名 称 |
所在地 |
催行日 |
指定年月 |
| 日立風流物 |
茨城県日立市 |
5月3〜5日(7年毎) |
1977.5 |
| 烏山の山あげ行事 |
栃木県那須烏山市 |
7月第4土曜を含む
金・土・日曜日 |
1979.2 |
| 秩父祭の屋台行事と神楽 |
埼玉県秩父市 |
12月2〜3日 |
1979.2 |
| 高山祭の屋台行事 |
岐阜県高山市 |
● 山王祭:4月14〜15日
● 八幡祭:10月9〜10日 |
1979.2 |
| 京都祇園祭の山鉾行事 |
京都市 |
7月1〜31日 |
1979.2 |
| 高岡御車山祭の御車山行事 |
富山県高岡市 |
5月1日 |
1979.2 |
| 長浜曳山祭の曳山行事 |
滋賀県長浜市 |
4月13〜16日 |
1979.2 |
| 博多祇園山笠行事 |
福岡県福岡市 |
7月1〜15日 |
1979.2 |
| 青森のねぶた |
青森県青森市 |
8月2〜7日 |
1980.1 |
| 弘前のねぷた |
青森県弘前市 |
8月1〜7日 |
1980.1 |
| 古川の起し太鼓・屋台行事 |
岐阜県飛騨市 |
4月19・20日 |
1980.1 |
| 尾張津島天王祭の車楽舟行事 |
愛知県津島市 |
7月第四土・日曜日 |
1980.1 |
| 戸畑祇園大山笠行事 |
福岡県北九州市 |
7月第4土曜をはさむ前後3日 |
1980.1 |
| 唐津くんちの曳山行事 |
佐賀県唐津市 |
11月2〜4日 |
1980.1 |
| 田島祇園祭のおとうや行事 |
福島県南会津郡
南会津町 |
7月18〜21日 |
1981.1 |
| 青柏祭の曳山行事 |
石川県七尾市 |
5月3〜5日 |
1983.1 |
| 知立の山車文楽とからくり |
愛知県知立市 |
5月2〜3日(隔年) |
1990.3 |
| 角館祭りのやま行事 |
秋田県仙北市 |
9月7〜9日 |
1991.2 |
| 日田祇園の曳山行事 |
大分県日田市 |
7月20日前後の土・日曜日 |
1996.1 |
| 貴船神社の船祭り |
神奈川県足柄下郡
真鶴町 |
7月27〜28日 |
1996.1 |
| 魚津のタテモン行事 |
富山県魚津市 |
8月7〜8日 |
1997.12 |
| 鳥出神社の鯨船行事 |
三重県四日市市 |
8月14〜15日 |
1997.12 |
| 土崎神明社祭の曳山行事 |
秋田県秋田市 |
7月20〜21日 |
1997.12 |
| 河内祭の御舟行事 |
和歌山県東牟婁郡
古座町 |
7月24〜25日 |
1999.12 |
| 上野天神祭のダンジリ行事 |
三重県伊賀市 |
10月23〜25日 |
2002.2 |
| 城端神明宮祭の曳山行事 |
富山県南砺市 |
5月4〜5日 |
2002.2 |
| 鹿沼今宮神社祭の屋台行事 |
栃木県鹿沼市 |
10月第2土・日曜日 |
2003.2 |
| 八戸三社大祭の山車行事 |
青森県八戸市 |
8月1〜3日 |
2004.2 |
| 川越氷川祭の山車行事 |
埼玉県川越市 |
10月第3土・日曜日 |
2005.2 |
| 佐原の山車行事 |
千葉県香取市 |
● 八坂神社(本宿):
7月9日以降の金・土・日曜日
● 諏訪神社(新宿):
10月第2土曜日を中日
とする3日間 |
2005.2 |
| 犬山祭の車山行事 |
愛知県犬山市 |
4月第1土・日曜日 |
2006.3 |
| 亀崎潮干祭の山車行事 |
愛知県半田市 |
5月3〜4日 |
2006.3 |
| 桑名石取祭の祭車行事 |
三重県桑名市 |
8月第1日曜とその前日 |
2007.3 |
|
|
| ■ 国指定選択無形民俗文化財 |
| 名 称 |
所在地 |
催行日 |
選択年月 |
| 京都八坂神社の祗園祭 |
京都府京都市 |
7月1〜31日 |
1959.3 |
| 八雲神社の山あげ祭 |
栃木県那須烏山市 |
7月第4土曜を含む
金・土・日曜日 |
1963.3 |
| 博多山笠行事 |
福岡県福岡市 |
7月1〜15日 |
1964.3 |
| 津島神社の天王祭 |
愛知県津島市 |
7月第4土・日曜日 |
1967.3 |
| 長浜曳山狂言 |
滋賀県長浜市 |
4月13〜16日 |
1970.6 |
| 古川祭 |
岐阜県飛騨市 |
4月19〜20日 |
1971.9 |
| おやま囃子 |
秋田県仙北市 |
9月7〜9日 |
1973.1 |
| 日立風流物 |
茨城県日立市 |
5月3〜5日(7年毎) |
1974.12 |
| 久田見の糸切りからくり |
岐阜県加茂郡
八百津町 |
4月第1土・日曜日 |
1975.12 |
| あんば囃子 |
茨城県稲敷市 |
10月26〜27日 |
1978.1 |
| 知立山車文楽 |
愛知県知立市 |
5月2〜3日(隔年) |
1978.1 |
| 常陸大津のお船祭 |
茨城県北茨城市 |
5月2〜3日(5年毎) |
1979.12 |
| 知立のからくり |
愛知県知立市 |
5月2〜3日(隔年) |
1979.12 |
| 魚津浦のタテモン行事 |
富山県魚津市 |
8月7〜8日 |
1981.12 |
| 能登のキリコ祭り |
石川県能登半島一帯 |
6〜8月 |
1997.12 |
| 飛騨の絵馬市の習俗 |
岐阜県高山市 |
8月 |
1998.12 |
| 宍喰八坂神社の祗園祭 |
徳島県海部郡海陽町 |
7月16〜17日 |
1999.12 |
| 吉田の火祭 |
富士吉田市 |
8月26〜27日 |
2000.12 |
| 波々伯部神社のおやま行事 |
兵庫県篠山市 |
8月第1土・日曜日 |
2005.2 |
|
|
| 筆 納 (ふでおさめ) |
江戸時代、書画などを描くことを生業とした人が、筆を置き(捨て)生業としなくなること。 |
| 深川めし・品川めし |
江戸時代、東京湾の蛤を丼に白飯を盛りその上に葱と熟烹した(にくたらした)蛤ぶっかけたものを深川めしといった。明治時代の「国民新聞」にはバカ貝を使ったとの記事もみられる。
蝦蛄(しゃこ)を使った丼は、品川めしといわれたが、現在は品川沖で蝦蛄は採れなくなり、地元でも忘れられている。
南千住コツ通りの「まるか・満留賀」そば店(電話:03−801−4537)に、「深川ざる御前」の名前のざるそばがある。温かいシジミが入ったつゆにざるそばをつけて食べる。にぎりめし1個・サラダ・生卵・フルーツを添えて¥800円(2009年)。アクセス:JR・メトロ日比谷線−南千住駅下車−西口から素戔嗚神社への通りの右側、徒歩で約7〜8分。素戔嗚神社手前約200m。 |
仏名会 (ぶつみょうえ)
仏名懺悔
(ぶつみょうさんげ)
御仏名 (おぶつみょう) |
陰暦12月15日(のちに19日)から3日間、宮中仁寿殿や諸国の寺院で、懺悔滅罪(さんげめつざい)を期する行事。
日本では、9世紀ころに静安が始めたといい、賢護が奏進した一万三千仏画像を掲げ、地獄変の屏風を立て回し、仏の名や仏名経を唱えて過去・現在・未来の三世、八方上下計十方の国の三千ないし十万の仏の名を唱え礼拝し、その年の罪障を懺悔し消滅を祈る法会。 |
| 武 鑑 |
江戸時代に民間の書肆(しょし、本屋)が観光した名鑑で、大名・旗本などの武家の使命・系譜・紋所などや幕府の役目についている者は、医師・絵師・茶坊主・能楽師・用達の用事屋・菓子屋などの名前も載る。
江戸時代初期の寛永頃には、「大名御紋尽(ごもんづくし)」・「江戸鑑」などの名前で刊行され、貞享4年(1687)「本朝武鑑」の名前が使われた。その後の須原屋茂兵衛が刊行した「正徳武鑑」で年号の改元ごとに表題を改め、項目を追加するなど体裁が整い、販売に成功した。
その後、須原屋は、元禄・宝永年間に刊行された武鑑の板株を集め「武鑑といえば須原屋」といわれるようになった。
須原屋の武鑑の製本の判型は、典型的な「半紙半切の縦本四分冊」、「半紙三ッ切・横本・一冊」の諸大名を記載した「袖珍武鑑」、幕府諸役人を記載対象とした「袖玉武鑑」、「間に合い紙(まにあいがみ)両面摺・一折」の「万代宝鑑」、「平仮名書き」の「懐宝略武鑑」などがあった。
須原屋の他には、幕末に五冊本を出した、出雲寺和泉掾(いずみのじょう)が、天保7年(1836)以降、毎年改訂版を出した。
武鑑の最後は、出雲寺万次郎が明治2年(1869)刊行した「万世武鑑」である。 |
町 鑑 (ちょうかん)
江戸町鑑
(えどまちかがみ・えどちょうかん) |
毎年刊行された江戸町鑑は、江戸の市政名鑑で、町奉行所関係の名簿、名主支配付、町火消関係記事(火消しの纏や管轄範囲の図)、町尽(町名・地名一覧)が載る。
他に、京町鑑と大坂町鑑があるが、内容は町名・地名一覧が主であり、江戸町鑑とは性格が異なる。 |
藤原保昌
(ふじわらのやすまさ)
平井保昌
(ひらいやすまさ)
藤原保輔
(ふじわらのやすすけ) |
藤原保昌・平井保昌:天徳2年(958)〜長元9年(1036)。平安時代中期の公家。藤原南家巨勢磨流の一族、右馬権頭藤原致忠の子。摂津守となり同国平井に住したことから平井保昌とも呼ばれる。
盗賊として名高い藤原保輔は弟。
長和2年(1013)に、左馬権頭兼大和守に任じられ、以後、円融院判官代、丹後守、摂津守、山城守、肥前守、日向守などを歴任し正四位下となる。
また、藤原道長・頼通父子の家司も務めている。武勇に秀で、源頼信・平維衡・平致頼らとともに「道長四天王」と称された。のちに、道長のすすめもあり女流歌人和泉式部と結婚した。彼自身も歌人でもあった。
藤原保輔:「尊卑分脈」によれば、「強盗の張本、本朝第一の武略、追討の宣旨を蒙ること十五度」とある。985年寛和元年(985)に、源雅信の土御門殿で開かれた大饗において、藤原季孝に対する傷害事件を起こす。さらに、以前兄藤原斉明を追捕した検非違使源忠良を射たり、永延2年(988)には藤原景斉・茜是茂の屋敷へ強盗を行うなどの罪を重ねた。これらの罪状により、保輔に対する捜索は続けられ、朝廷より保輔を追捕した者には恩賞を与えると発表され、さらには保輔の父藤原致忠が検非違使に連行・監禁された。
この状況に危機感を持った保輔は、同年6月に北花園寺で剃髪出家したが、まもなく以前の手下であった足羽忠信によって捕らえられた。なお、逮捕の際、保輔は自らの腹部を刀で傷つけて自害を図り、翌日その傷がもとで獄中で没したという(続古事談)。
「宇治拾遺物語」には、保輔が自分の屋敷の蔵の床下に穴を掘り、商人を蔵に呼びつけて物を買ったそばからこの穴に突き落として殺していた、という説話が語られている。
後世「今昔物語集」などに見る盗賊の袴垂(はかまだれ)と同一視され、袴垂保輔という伝説的人物となった。
(出典:Wikipedia)
明治16年(1883)の中橋須加神社の祭礼で、桶町が漆喰細工の俳優団十郎、芝翫の似顔の「平井保昌・袴垂保輔」の人形を飾り、注目を集めたという。細工人は、同町の左官職湯山芳次カ、同豊次郎。
|
武江年表
(ぶこうねんぴょう) |
12巻からなり、武江、すなはち武蔵国江戸とその近郊に起こった事柄を年表風に記述した。齋藤幸雄の孫の幸成・月岑が編纂。齋藤家は、代々神田雉子町名主。正編8巻が嘉永元年(1848)1)に、続編4巻が明治11年(1878)版行された。
正編には、徳川家康入国の天正18年(1590)〜嘉永元年(1848)を、続編には嘉永2年(1849)〜明治6年(1873)に起こった火災や諸国の名刹、仏閣の本尊の出開帳、事物起源などを収録する。 |
|
|
経津主神
(ふつぬしのかみ) |
日本神話で、磐筒男神・磐筒女神の子で、日本書紀において、建御雷之男神とともに、葦原中国平定を成し遂げたとおされる。しかし、古事記や旧事本紀では、建御雷之男神と同じ神されている。経津主神は、千葉県香取神宮に、建御雷之男神は川向こうの茨城県鹿島神宮に祀られている。 |
福禄寿
(ふくろくじゅ) |
伝統行事・民俗芸能→七福神 |