| 名 前 |
説 明 |
| 擬宝珠 (ぎぼし) |
高欄、香欄、欄干、手すりなどの垂直の柱(親柱)などの上に付けられている「かぶら」、「玉葱」や「葱ネギの花」などをイメージした宝珠。
〔 ガイダンス → 屋台の擬宝珠〕 |
| 木 鼻 (きばな) |
頭貫(かしらぬき)などの端が柱から突出した部分。そこに刳形クリガタ彫刻を施した物。拳鼻(こぶしばな)。
〔 ガイダンス → 屋台の木鼻〕 |
京都祇園(祗園)祭
祇園御霊会
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日本三大祭の一つで、日本三大曳山祭りの一つにも数えられる。貞観11年(869)に都に疫病が流行したとき、その退散を願って始められた「祇園御霊会」が起源であるとされている1000年以上の歴史のある八坂神社のお祭りで、7月1日の吉符入りに始まり、宵山、山鉾巡行、神興祭、花傘巡行、還幸祭等の諸祭行事を経て、29日の神事済奉告祭、31日の疫神社夏越祭で終わる1カ月間の祭り。17日には32台の山鉾が巡行する。
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| 玉 房 (ぎょくほう) |
| 屋台・山車や神輿の瓔珞(ようらく)に付いている玉状の飾り。
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| 狐格子 (きつねごうし) |
木連格子、妻格子ともいい、神社などで使われる妻飾りの一つで、格子の裏に板を張ったもの。また、縦横に組んだ格子の裏に板を張った戸をいう。 |
| キリン・ギリン |
屋台・山車が旋回するときに、車体の下に入れて屋台・山車を持ち上げるためのネジ式ジャッキ。箱ジャッキともいう。右絵は、鹿沼秋まつりで使われているもの。現在は油圧ジャッキが使われることが多い。(川越まつり、鹿沼秋まつりなど)
屋台・山車の一方をてこで持ち上げて、単なる金属製、あるいは、木製の棒を車体の下へあてがい、てこを降ろし、棒で車体を持ち上げた状態で旋回することもある。この棒を心棒・キリン・ギリンということもある。心棒・キリン・ギリンを使って旋回することを「キリ廻し・ギリ廻し、てこ廻し」という祭りもある。(秩父夜祭、二本松提灯祭りなど) |
| 木 札 (きふだ) |
江戸札、福札、家紋札、睦札、駒札などともよばれる。檜・つげ・黒檀などの木、竹、象牙などに屋号、名前や魁枠の中に家紋・干支などを彫り込んだり、書き込んだ札。一般に祭りでは、2〜3×4〜5cmの長方形の木で根付紐を付けて首に下げる。形状は将棋の駒形などもある。神輿の担ぎ手には欠かせない用品である。また、大きな板に彫り込んだり、書き込んで、表札にしたものもいう。山車には山車名、山車・人形の作者などを書き込んで山車に掲げることもある。小さな木札は、携帯電話のストラップやお守りとして愛用されている。
右絵の左は首に下げる数センチの大きさの木札。右は山車人形の作者を書いた1尺ほどの大きなもの。もっと大きなものもある。 |
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麾 (き、まねき)
麾振り・采振り人形
(さいふり、ざいふり、
ぼうふり) |
戦国時代、幟の上部の横竿に付ける小旗で、経文や護符や吉言が書かれ、一族の武運と繁栄の願いを込めた。その後、将軍が指揮や合図をするために持つ旗をいう。
その旗を持って、山車の前面で指揮をとるように動かすからくり人形を麾振り・采振り人形という。愛知県の山車に多い。
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| 京顔 vs.板東顔 |
| 貴族的な瓜実顔の京顔に対し、顎の張った武士を思わせる力強い顔を板東顔とした。 |
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| 関東顔 |
京 顔 |
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琴高仙人
(きんこうせんにん) |
中国、周代の仙人。琴の名手で、仙術を使い、鯉に乗って現れるという。 |
| 北村七左衛門貞国 |
9代番匠屋与八郎田村。井波彫刻の祖で、宮大工柴田新八郎の門に入り、大阪の人橘守国に就いて絵を学び、さらに前川三四郎の門に入り彫刻を学び、その奥義を得た。寛政12年(1800)に44才で没す。 |
牛 車
(ぎっしゃ) |
牛車(ぎっしゃ)と呼ばれる牛に引かせる人が乗る屋形車を模して作られたもの。牛車は、主に平安時代以降使われ、車の種類により下記のように乗用の階級が定められていた。
唐庇車:屋根を唐庇に造った最上の牛車。大形で装飾が美しく、檳榔の葉や糸でふき、庇・腰にも同じ葉や糸を総にして垂れる。上皇・皇后・東宮・准后・親王や摂政・関白の乗用。
檳榔毛車:乾燥したビロウの葉を車箱に貼り付けたもので、上皇・親王・大臣以下、四位・女官・高僧の乗用。
糸毛車:車箱を色撚糸で飾ったもので、主として婦人の乗用。
網代車:檜などの網代で車箱を張り、物見を設けたもので、大臣・納言・大将の略儀遠行用、また、四位・五位・少将・侍従の常用。
八葉車:網代車の一つで、車の箱に八葉の紋をつけたもの。大臣・公卿・地下の諸大夫に至るまで最も広く用いられた。
御所車:公家乗用の牛車の俗称。
右絵は、亀戸天神社・天神まつりの神幸祭で鳳輦として使われる牛車。この牛車は、唐庇車で、本来は牛が引くが引き慣れた牛がいないようで、牛車と別に前を歩く。 |
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階・段階
(きざはし・きだはし) |
階段。 |
| 木組み |
骨組みを、今でこそ、その一部を木以外の材料で作る屋台もあるが、その全部、または、ほとんどは木で作られ、しかも、釘を使わない、木材の木組み工法で作られている。
この木組みは、五重塔や住宅などに古くから使われてきた日本建築であり、地震の多い日本の風土にあった技術であり、ときには威勢よく曳かれる屋台の構造として最適な技法である。 |
| 堯 王 (ぎょうおう) |
中国古伝説上の聖王で、舜と並ぶ中国理想的皇帝とされ、善政を施したため諫鼓が鳴ることがなく、鶏が巣を造ったとされる。
孔子は、主に夏・殷・周の文化を集大成し、体系化し儒教の基礎を確立した。儒教の経典である「書経」では、夏王朝以前には堯の唐、舜の虞王朝が存在したとされ、堯と舜は孔子と孟子の道徳政治の理想を実現した聖者で、その時代を人々は太平聖代の代名詞としている。 |
御 宇 (ぎょう)
御 代 (みよ)
宇 内 (うだい) |
御代(みよ)と同意語。天下(宇内・うだい)を統御する意味で、帝王・天子が天下を治めている期間。 |
| 軋 音 (きしりおん) |
屋台の巡行時に車軸からでる「ぎゅー」と鳴る音。
軋音を出すこつは、城端曳山史編纂委員会編纂の「城端曳山史」によれば、「よく乾燥した赤味のある檜の薄板(厚さ約3mm)を曲げて、車軸をボスに通すとき、穴に挟み込む。板の両面に石油を薄く塗るなどの工夫が必要。」とある。
〔参考音 屋台祭 → 関西・北陸 → 城端 曳山祭〕 |
| 曲水の宴 |
庭に作った曲がりくねった小川に流した酒杯が自分の前を過ぎないうちに詩歌をを詠み酒を飲む遊び。 |
| 菊慈童 (きくじどう) |
謡曲「枕慈童(まくらじどう)」の観世流における名称。
中国周の穆王(ぼくおう)に愛された侍童(じどう)が。罪を犯して南陽郡れき県に流され、その地で菊の露を飲んで不老不死の仙人になったという。
右絵は、伊賀 上野天神祭に出る中町の菊慈童の「しるし」。 |
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| 経 木 (きょうぎ) |
杉や檜などを薄く削ったもので、菓子・料理を包んだり、経木で網代網にして笠などを作る。
経文や法名を書く約幅8cm細長い薄板で、寺へ納めて追善供養とした。 |
黄表紙 (きびょうし)
草双紙 (くさぞうし)
絵双紙・絵草紙 (えぞうし)
洒落本 (しゃれほん)
読 本 (とくほん)
合 巻 (ごうかん)
考 証 (こうしょう)
蒟蒻本
小 本 |
黄表紙:江戸中期の安永年間以降に流行った草双紙の一つで、表紙が黄色であったところから呼ばれた。
安永4年(1775)に刊行された恋川春町の金々先生栄花夢がそれまでの幼稚な草双紙とは一線を画する、大人向けの読み物として評判になり、それ以降、その手の作品を黄表紙と呼ぶようになった。1冊5丁で、2 or 3冊が多い。毎年正月に刊行された。
朋誠堂喜三二・恋川春町の文武二道の黄表紙は、松平定信の文武奨励策を風刺したもので幕府から圧力を受けた。また、山東京伝の洒落本・黄表紙も摘発され、京伝は手鎖50日の刑を受けた。文化後期期から長編の敵討ちが全盛となり、合巻と呼ばれるようになった。
草双紙:江戸中期以降に流行った。絵の周りに仮名で筋書きが書き込まれた物語。絵草紙、または、単に絵本と呼ばれ、最初、子供向けのものが多かったが、次第に大人向けの洒落た滑稽なものが書かれた。
二つ折りの半紙5枚で1巻1冊として2 or 3冊で1部としたが、しだいに長編化して合巻(ごうかん)に変わった。代表作家に、恋川春町・山東京伝がいる。
表紙の色によって赤本・黒本・青本・黄表紙と区別し、長編で合冊したものを合巻(ごうかん)と称した。狭義には合巻だけをいうこともある。
絵双紙
@江戸時代に世間の出来事を1〜2枚の絵入りの読み物。
A草双紙をいう。
B絵本番付(えほんばんづけ)をいう。
C錦絵をいう。
洒落本:江戸中期から後期にかけて、主として江戸で流行った遊里(遊郭)文学。通・うがちを主題に、遊里の内部や遊女・遊客の立ち振る舞いを、会話をおもに写実的に描いたもの。寛政(1787〜1793)の改革で、風俗壊乱を理由に一時禁止された。
書型は、半紙4つ折りの小形本。山東京伝の通言総籬(つうげんそうまがき)・傾城買四十八手などが代表作。
読本
@戦前まで小学校の国語の授業に使われた教科書。また、教科書全般をいう。
A理解しやすいように書かれた入門書や解説書。
合巻:江戸後期、文化年間(1804〜1818)以後に流行った草双紙の一つ。それ以前の黄表紙などが5丁1冊であったのを、数冊合わせて1冊とし、長いものは数十冊にも及ぶものもある。
内容は、教訓・怪談・敵討ち・情話・古典の翻案など多方面にわたり、子女のみならず大人の読み物としても歓迎された。作者に柳亭種彦・曲亭馬琴・山東京伝らがいる。
考証:古い文献や物品などを調べ、それを証拠として昔の物事を説明したり解釈したりすること。 |
| 義士祭 |
伝統行事・民俗芸能 → 義士祭 |
鬼童丸・鬼同丸
(きどうまる) |
鬼童丸、鬼同丸(きどうまる)は、鎌倉時代の説話集「古今著聞集」などに登場する鬼。
「古今著聞集」の記述は次の通り。源頼光が弟の源頼信の家へ行き泊まったとき、厠に鬼童丸が捕えられていた。頼光は鬼童丸を鎖でしっかり縛らせたが、その晩に鬼童丸は鎖を引きちぎり、頼光を怨み彼の寝床を窺った。しかし、頼光はこれに気づいた。翌日、頼光は鞍馬へ参詣するとし向かったところ、鬼童丸が鞍馬へ先回りし、牛を殺して体内に隠れ、頼光を待ち受けた。しかし、頼光はまたこれも見抜き、頼光四天王の一人の渡辺綱が弓矢で牛を射抜いた。牛から鬼童丸が現れ、頼光に斬りかかったが、頼光は一刀のもとに鬼童丸を斬り捨てたという。(出典:Wikipedia)
明治15年(1882)の中橋須加神社の祭礼で、樽正町が漆喰細工の「鬼童丸」を飾り、その真に迫った出来に見物人は驚いたという。細工人は、有名な左官職伊豆の長八の高弟の米元芳次郎が一晩で作ったという。
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| 客 月 (かくげつ) |
次の月、次月。 |
京 間 (きょうま)
一 間 (いちま) |
京間(きょうま):柱芯間を1.97mの間取りの部屋をいう。現在は、このサイズで建てると建材のロスが多くなるため、1.91、または、1.92mになっている。
一間(いちま):関東間ともいわれ、1.818m(6尺)を一間として、8帖であれば二間で3.636mの寸法の部屋をいう。 |
切 紙
(きりがみ) |
奉書紙(奉書に使う和紙)・鳥の子紙(雁皮を主原料とした上質の和紙)・杉原紙(播磨国杉原谷・現兵庫県多可郡多可町原産の和紙。奉書紙より薄く柔らかい)などを折り目どおり二つに切ったもの。また、それに書いた手紙。
切紙免許の略で、武芸・芸能などの初等の免許状。 |