1999 09 22

使用上の注意

すっかり遅くなったので、コンビニで弁当を買って帰った。 テーブルの上に弁当を置いて、水割りを作っていると、 「今日、これ買ってきたの」 と、女が箱を持ってきた。 低周波マッサージ器。 周波数連続切り替え式だとか、3種類のパッドだとか、いろいろ書いてあった。

「テレホンショッピングで見たことあるよ、これ。 ニコーお茶の間ショッピングとか」
「ニコーじゃないけどね」
「肩凝ってるの?」
「最近ちょっとね。 ずーっと笑顔でいるのも、けっこう肩凝るのよ」
「ふーん」

肩凝りと笑顔に関係があるのだろうか。 顎や頬と首筋の筋肉は連動してそうだし、少しは関係があるのかもしれないな。 いや、そんな物理的なことよりも、精神的なストレスが… なんてことを考えながら、箱の中身を取り出して、本体とパッドのコードを繋げて、付属の乾電池を入れて、あっさり組み立て完了。 首筋用のパッドというのが、思ったよりもずっと小さい。 さっそく使ってみた。

パッドを肩に当てて、スイッチオン。

「あ、きたきた! 肩が勝手に動く。 ほらほら!」
「そーゆーもんなんだから、当たり前でしょ」
「そりゃそうだけど、うわ、気持ち悪ぅ」
「気持ち悪いんなら止めればいいのに」

それもそうだ。 あっさりやめて、今度は手の平に当ててみた。

「あ、手の平でもくるよ! ほら、指がぴくぴくしてる」
「もー、そんなことしてると電池がすぐなくなっちゃうでしょ」

スイッチを切られてしまった。

「ねぇ、これって、どこにやっても効くのかな?」
「駄目よ」
「え?」
「駄目」
「駄目って、まだなんにも言ってないじゃん」
「言わなくても判るわよ。 また変なとこに当ててみようとか、馬鹿なこと考えてるでしょ」
「……」
「やっぱりそうだったの?」
「駄目?」
「駄目って言ってるでしょ」

ちょっとぐらいいいのに。 厳しいなぁ…

「いいよ、自分で試してみるから」

スイッチを取り返すと、パッドを二つ、額に貼り付けてスイッチオン。

「わ、わわ、眉が勝手に動く!」
「何やってるのよ」
「ほらほら、淀川長治みたいだよ。 さよなら、さよなら…」

低周波に合わせて、眉毛が上下に動く。 電動ヨドガーだ。 ひょっとしたら本物の淀川長治も、これを使っていたんじゃないだろうか。 筋肉が衰えて、巧くさよなら眉毛ができなくなって、肌色の超薄型パッドを額に貼り付けて、さよなら、さよなら…。

「えーと、周波数調整は…これか」

周波数をちょっと上げてみる。 上げるに連れて、上下動が激しくなる。

「うわ、どんどん速くなる! ほらほら、もう淀川を超えたよ。 スーパーヨドガー」
「はいはい。 凄いわね。 もーほんとに馬鹿なんだから」
「いいじゃん、ちょっとぐらい。 やってみる?」
「やりません!」

またスイッチを切られてしまった。 眉毛しょんぼり。

それでようやく弁当のことを思い出した。 ところが、さっきまでそこにあったはずの弁当がない。 どうしたんだろう。 テーブルの下に落ちちゃったかな…

と、弁当を探しているところで目が覚めた。 そこは、帰りの中央線。 電車の中で眠ったことはあるけど、夢まで見たのは初めてだ。 ちなみに、出てきた女というのは松嶋菜々子さん。 彼女か奥さんかはっきりしないけど、一緒に暮らしていたらしい。 何で菜々子なんだろう。 それはいいけど、どんな顔で寝てたんだろう、俺は。 眉毛をひくひく動かしてたんだろうか。 寝言なんて言わなかったろうな。