<冒頭に戻る>
「なぁシェリル、無理しなくていいぞ?」
「うるっさいわね! ちょっと黙ってなさい!」
気を取り直すと部屋に戻り筆を取るシェリル。
硯、墨、筆、とレトロを通り越してアンティークの域に達している筆記用具が出てきた時にはそもそも何なのかがわからなかった。アルトの説明を聞いて理解はしたものの実践はまた別である。
半紙なる紙媒体にしばらくアルファベットやサインの練習をした後で……途中であまりの字の下手さに笑い転げたアルトには制裁を加えた……ようやく短冊なる本番用紙媒体が出てきたが、ここで再び問題が生じた。
「……縦書き?」
「……まぁ、元々日本語で書くものだからな」
ネバーギブアップかつチャレンジスピリットに溢れるシェリル・ノームがようやく敗北を認めたのはバジュラ母星の地平線に太陽が沈んだ後だった。
「アルトの癖によくそんな文字が扱えるわね」
シェリルは縁側に腰掛けて、シェリルの短冊を笹に吊るしているアルトを見ながら言った。
「アルトの癖に、ってのは余計だ」
そこで一旦口を閉じる。
「……歌舞伎の修行の一環だ」
「あぁなるほど昔の資料は全部その日本語っていうので書かれてるわけだ」
「……なんだよ」
なにやらニヤニヤしているシェリルを睨むアルト。
「べっつにぃ」
どこ吹く風、という顔のシェリル。
「しっかし……お前らしいというか何というか」
吊るし終わったシェリルの短冊を見てアルトが言った。
『私は私の力で勝つ。誰の力も借りない。あんた達はそこから見てなさい』
「願い事の意味ないだろ、これ」
「そうでもないわ。勝敗の見届け人がいるのっていいじゃない」
「そんなもんかね」
「そういうアルトはなんて書いてあるのそれ?」
アルトの短冊を指差すシェリル。
「……何でもいいだろ」
『病気快癒』と書いてあるのだが説明するつもりはない。誰の病気かも書いていないが、まぁその辺は察してくれるだろう。
「美人の恋人が欲しいとか?」
「それはもう間に合ってる」
「…………」
「…………自分で振っておいて照れるなよ!」
「アルトがいつも不意打ちばっかりするからでしょ!」
<夜、明かりを消した部屋の中>
布団の上で転がって天井を見ている二人。布団は別である。念の為。
ちなみに最初一つのふとんに枕二つという気が利きすぎている対応にシェリルが真っ赤になりアルトが矢三郎の所に怒鳴り込んだのは3時間ほど前のことである。
「……ねぇアルト」
「……なんだ?」
「オリヒメとヒコボシだっけ?」
「ああ」
「馬鹿ね、一年に一度しか会わないなんて」
「……お前、とりあえずいろんな人に謝って来い」
「だって父親の言うことを聞いて会いたい人に会わないなんて馬鹿じゃない」
「……だからって相手の実家に乗り込んでくるお前もよっぽどだと思うぞ」
「……アルトはイヤだった?」
「……別に」
「……別に?」
「……イヤじゃない」
「……嬉しい?」
「………………嬉しい」
「……そ」
「…………」
「……ね、アルト」
「……何だ?」
「……そっちで寝てもいい」
「……変なことすんなよ」
「それ、女の台詞」
「うちのお姫様はお転婆なんでな。バルキリーくらい用意しとかないと振り回されちまうんだ」
「……イヤ?」
「……イヤじゃない」
ゴロゴロゴロ
「……転がるなよ」
「なんだか転がりたい気分だったの」
ぴとっとアルトにくっつくシェリル。
「……ったく、困ったお姫様だ」
アルトはそう言うとシェリルの頭に手を伸ばすと抱き寄せる。
「えへへ」
「……もう寝るぞ」
「……うん、おやすみアルト」
<翌朝>
「おやアルトさんお早いですね」
早朝から押しかけてきたアルトを見て矢三郎は細い目をさらに細めた。
「何なんだよこれは!」
そう言って短冊を突きつけるアルト。
「おやもう見つかってしまいましたか」
自分の短冊が家人に見られないように早朝から起き出したアルト……抱きついたシェリルを引き剥がすのに随分手間取ったが……が見たのはいつの間にかしれっと追加されていた短冊である。
「いえ、もしアルトさんがどうしても戻られない時でも、アルトさんと彼女のお子さんだったら凄い才能をお持ちになるかなと思っただけですよ」
短冊にはこう書いてある。
『アルトさんとお子さんが見事な役者になりますように』
「あのなぁ!」
「そういうわけですのでお子さんは是非とも男の子を」
「兄さん!!」
叫ぶアルト。離れのシェリルの寝言が聞こえなかったのは不幸中の幸いであろう。
「むにゃむにゃ……大丈夫よアルト。今日はオフだから」