【蒼穹の福音】


 
 




























『本日12時30分、東海地方を中心とした関東中部全域に特別非常事態宣言が発令されました。周辺住民の皆さんは速やかに指定のシェルターに避難して
 
 

ミーンミンミンミン
 
 
 
 
 
 

ポトリ

汗が落ちた。

………

真夏の日差しの中、少年は無言で立ちつくしている。
 
 
 
 
 
 

「参ったわねぇ」

無人の街を一台の車が我が物顔で走り抜ける。
 
 
 
 
 
 
 
 

「!?」

少年の視界に少女が映った。

その姿は少年の記憶に残る姿と全く差がない。

「綾な

バサバサバサバサバサ!

電線に留まっていた鳥達が一斉に飛び立つ。

思わず視線を移してしまった少年はしまったと気付く。

少年が再び視線を戻すとそこにはやはり誰もいなかった。

直後、
 
 
 
 

ドン!
 
 
 
 

ズズズズズズズーン

大気が震えた。
 
 
 
 

少年は背後に迫る気配を感じていた。

そしてそれが何なのか予測するどころか確信すらしていた。

(見たくないっ)

(見たくないんだっ!!)

だが少年は背後からのプレッシャーに耐えきれなかった。

ゆっくりと背後へと
 
 
 
 
 
 

フィィーン

VTOL機が編隊がゆっくりと後退してくる。

そしてそれを追うように
 
 

ズシーン、ズシーン
 
 
 
 

「ひっ」
 
 
 
 
 
 

『正体不明の物体は依然本所に対して進行中』

アナウンスが響きわたる。

戦艦の艦橋のような発令所は慌ただしいものの、どこか落ち着いていた。
 
 
 
 
 
 

「う、あ
 
 
 
 

『目標を映像で確認。主モニターに回します』
 
 
 
 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!」

少年はただ叫んだ。
 
 
 
 

「15年ぶりだね」

初老の男性がこれといって感銘を受けた風もなく言った。
 
 
 
 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!」

狂気のような状況に。
 
 
 
 

「ああ、間違いない」

話しかけられた男も同様に驚いた風もなく答える。
 
 
 
 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!」

悪夢のように残酷な現実に。
 
 
 
 

「使徒だ」

スクリーンの向こうから白い仮面にぽっかりと空いた黒い眼窩がこちらを見た。
 
 
 
 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!」
 
 
















【第壱話 使徒襲来、そして















(だめだここにいちゃいけない!)

それだけが少年の頭を占めていた。
 
 
 
 

ヒューン

少年の頭上を誘導されたミサイルが飛んでいく。
 
 
 
 

(でもどこへ?)
 
 
 
 

『目標に全弾命中!!?うわぁぁ!!』

緑色の腕から光る槍のようなものが突き出しVTOLを貫いた。
 
 
 
 

(シェルター?)
 
 
 
 

撃墜されたVTOLが少年の近くへ墜落する。
 
 
 
 

(ジオフロント?)
 
 
 
 

使徒と呼ばれた人型の物体の周囲が光る。
 
 
 
 

(ネルフ?)
 
 
 
 

これといった動作もみせずに使徒は宙に浮き上がり、少年の方へ向かって跳んだ。
 
 
 
 

(エヴァ?)
 
 
 
 

撃墜したVTOLを踏みつぶすように使徒が着地する。
 
 
 
 

『るぉぉぉぉぉぉぉーん!!』

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!」
 
 
 
 

踏みつぶされたVTOLが使徒の下で爆発する。
 
 
 
 

(嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!)

(ここにいちゃいけない!)

(ここにいたらどうなる?)
 
 
 
 

脳裏に長い髪の女性の顔が浮かび上がる。
 
 
 
 

(会いたいだけど会いたくないどうする?どうする?)
 
 

(逃げ出す?無理だ!)
 
 

(死ぬ?どうやって?)
 
 
 
 

ふと顔を上げた少年の視界を閃光が埋める。そして爆風が波状的に広がった。
 
 
 
 

「そうか、人が死ぬのって簡単なんだ

スローモーションの様に近づいてくる爆風を見ながら少年は呟いた。
 
 
 
 

『もういいのね?』
 
 
 

「わからないわからないけど、でも

(これもいいかも知れない
 
 
 
 

『あんたまだ生きてんでしょ!だったらしっかり生きて!それから死になさい!』
 
 
 
 

「!!」

急速に頭が冷え、すっと少年の視界が定まった。
 
 

行かなきゃ」

ゆっくり流れていた時間が急に元の早さで流れ出す。

爆風から逃れようと少年は地面を蹴る。

キキキキキキキキキッ!!

「!」

少年の前に車が滑り込むと爆風から少年の身を遮った。

ドアが開くと女性が叫ぶ。

「乗って!!」

「あ

「ごめーん、おまたせっ」

女性はそう付け加えるとわずかに笑みを浮かべた。
 
 
 
 
 
 

頭上では懲りずにVTOL部隊の攻撃が続いている。

足元の二人のことなど知ったことではないとばかりに実際、知ったことではないのだろうがミサイルを発射しロケット弾を撃ち込む。

運がいいのかドライバーの腕がいいのか、二人の乗った車に直撃することはないが、落ちてくる破片が車の天井のボディをへこませていく。

「あの

「黙って!舌噛むわよ!」

女性は言いながらすばやくギアをバックに入れるとアクセルを踏み込んだ。

ギャギャギャギャギャ!

煙の中をバックのまま突き抜ける車。

ズシーン

直後、車のあった場所を使徒の足が踏みつけた。

車はそれに構わず方向転換すると今度こそ本式に逃げ出した。
 
 
 
 

『目標は依然健在。現在も第三新東京市に向かい進行中』

『航空隊の戦力では足止めできません!』

報告は男性と女性が行っているようだが、女性が声に緊張をみなぎらせているのと対照的に男性の声は落ち着いている。

「総力戦だ、厚木と入間も全部上げろ!」

「出し惜しみはなしだ!なんとしても目標を潰せ!」

どこか場違いな印象を受ける緑色の制服姿の男達が声を上げる。

聞こえたわけではないだろうが地上部隊の攻撃も苛烈さをまし、大型機からほぼ同じ大きさのミサイルが放たれる。

だが、使徒は無造作に腕を上げてそれを受け止めると、爆発したミサイルの爆炎の中から何事もなかったかのように現れる。

「なぜだ!?直撃のはずだ!」

憤りを拳に変えてテーブルに叩きつける。

「戦車大隊は壊滅。誘導兵器も砲爆撃もまるで効果なしか」

「駄目だ!この程度の火力では埒があかん!」
 
 

なにやら喚いている制服達をおもしろそうに眺めながら初老の男が確認した。

「やはりATフィールドか?」

「ああ。使徒に対し通常兵器では役に立たんよ」
 
 

その会話が聞こえたわけでもないだろうが制服達はなにやら通信を行っている。

二人は無論何を意図しているか知っていたが口を出す気にもならなかった。
 
 
 
 
 
 

「あっちゃー、やっぱりN2地雷を使うのか」

バックミラーを覗いていた女性が呟く。

「え?」

「伏せて!!」

ハンドルを手放すと女性は少年に覆い被さった。
 
 

ドォォォォォーン!
 
 
 
 
 
 

使徒がN2地雷の爆発の中に消えると男が立ち上がって叫んだ。

「やった!!」

「残念ながら君たちの出番はなかったようだな」

背後を振り向いてうれしそうに言う男。

初老の男は肩をすくめ、手を組んだ男もわずかに手を動かした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「だいじょーぶだった?」

「ええ、平気です」

(さすがに今度ばかりは駄目かと思ったけど

前回爆発に巻き込まれた時は停車中だったが、今回は高速走行中である。ジェットコースターの比ではなかった。

「そ。そいつは結構。じゃ、いくわよ。せーの

見事に90度ひっくり返った車の屋根に背をつけると力を入れる少年と女性。

「「むむむむむむj」」

ズシン

ほどなく車は定位置に戻る。

パンパンと手をはたきながら女性が少年の方を向く。

サングラスを抜き取ると笑みを浮かべて言った。

「どうもありがとう。助かったわ、碇シンジ君」

「いえ、こっちこそミ葛城さん」

「ミサト、でいいわよ。そのほうが慣れてるし

「はい?」

「うんにゃ、なんでもないわ」

その時、すっとミサトの双眸から涙が溢れ出した。

「ミ、ミサトさん!?」

涙は途切れることなく流れ続けている。

「あ、あははは。なんでもない、なんでもないのよ。やだ、さっきので目にゴミが入っちゃって、たはは参っちゃっうわねぇ」

ゴシゴシゴシ

「よし、大丈夫」

「あの

「さ、時間とっちゃったわ。早くいきましょう」

そう言ってミサトはサングラスをかけ直すとシンジを促した。
 
 
 
 
 
 

「その後の目標は?」

『電波障害の為確認できません』

「あの爆発だ。ケリはついている」

『センサー回復します』

『爆心地にエネルギー反応!!』

「なんだとぉ!?」

驚いて飛び上がる男に対してあくまで落ち着いた声が報告する。

『映像回復します』

燃え上がるスクリーンの中に人型のシルエットが浮かび上がる。

驚愕した男達が一斉に立ち上がった。

「我々の切り札が

「なんてことだ

「化け物め!」
 
 
 
 

「えぇ、じゃあお願い」

一通り報告を終えるとミサトは車載電話の受話器を置いた。

そのままシンジが視線を向けているとも知らずに、心の中で車と服の運命を嘆く。

(そりゃ自業自得といえばそれまでだけどさぁだってせっかくシンジ君を)

隣に顔を向けるとシンジと目が合う。

………

………

気まずい沈黙が続く。

(この人はあのミサトさんじゃない。そうなんだけどなんだか)

一時は恐慌状態に陥ったシンジだったが今はひどく落ち着いている。

(ミサトさんと一緒にいるせいかな?)
 
 

(うーん、困った)

意識させてしまったせいなのか、相変わらずの性分なのか、それともリツコと自分の予想が的中しているせいなのか、とにかく少年の視線を感じる。もっとも少年は悟られないように気を使っているつもりのようだが。

とりあえず年長者の義務ということで口を開くミサト。

「どうかした?お姉さんに見とれちゃった?なんてね、あはははは」

(あーなに言ってんのよ!あたしのばかばか!)

「あ、あの

「な、なにシンジ君?」

気を取り直して笑顔を取り繕うミサト。

「ミサトさん………あ、いいえ、その」

何を言えばいいのかわからないシンジ。

「なに?」

「ああ、その十字架って

なぜかそんなことを聞いてしまう。

「あ、これ?」

ミサトはふっと緊張を解いた。

胸元の十字架を持ち上げてみせる。

作り物ではない笑顔を浮かべると口を開く。

「そーねぇ………お守りってとこかしら」

「お守り、ですか」

「そ、お守り」
 
 
 
 
 
 
 
 

スクリーンには使徒の体表が波打ってる姿が映し出されている。

「予想通り自己修復中か」

二つに増えた仮面を見て初老の男が呟く。

「そうでなければ単独兵器として役に立たんよ」

男が答えた瞬間、スクリーンの中央で何かが光ったかと思うとスクリーンが砂嵐で埋め尽くされた。

制服の男達は懲りずに騒いでいるが二人はどこ吹く風である。

「ほう、たいしたものだ。機能増幅まで可能なのか」

「おまけに知恵もついたようだ」

「再度侵攻は時間の問題だな」

スクリーンの画像が地上からの物に切り替わる。
 
 
 
 
 
 

カートレインに揺られる車中でシンジが呟いた。

「これから、父の所に、行くんですね」

「そう、なる、わね」

なぜかどちらも歯切れの悪いシンジとミサト。

………

父さん)

シンジは何を考ればいいのかわからず無意味に窓の外へ視線を向ける。

ミサトは無言でシンジの横顔を見つめた。
 
 
 
 
 
 

「今から本作戦の指揮権は君に移った。お手並みを見せてもらおう」

先程まで手を組んで座っていた男を見下ろし制服姿の男が言った。

「了解です」

「碇君、我々の所有兵器では目標に対し有効な手段が無いことは認めよう」

「だが、君なら勝てるのかね?」

男は手袋に包まれた手で眼鏡を押し上げると答えた。

「そのためのネルフです」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

EVANGELION AZURE

Neon Episode 1: Continue?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「そうそう、お父さんからIDもらってない?」

「あ、はい。たぶん、ここにあ、あった。はい」

記憶をたどりバッグの中から手紙を取り出すシンジ。

「はい。じゃ、これ読んどいて」

ミサトからパンフレットを受け取るシンジ。

「ネルフ

それは疑問ではなく単なる確認だった。

そのままシンジはパンフレットの表紙を見つめる。

「そう特務機関ネルフ。国連直属の非公開組織」

「父さんの仕事か」

「まぁね。お父さんの仕事知ってる?」

「人類を守る大事な仕事」

………

「そう聞いて、いました」

「お父さんのこと苦手?」

「え?………よく、わかりません。今は

「そ」

ミサトはそれ以上は尋ねない。

カートレインがトンネルを抜け、ジオフロントに入る。

だが、夕映えのジオフロントの光景にもシンジは関心を見せない。

………

ミサトは首に手を回すと十字架を外した。

「シンジ君。これ、あなたにあげるわ」

そう言ってシンジに十字架を載せた左手を差し出した。

え?」

「お守りって言ったでしょ?たぶんこれからシンジ君は危ない目にあうと思うの。だからお守り

「駄目です!!」

突如シンジが大声を上げた。

「!?」

「受け取れません!それはミサトさんが持っていて下さい!それを受け取ったら、受け取ったらミサトさんが!!」

「わたしが?」

「!!」

………

「あ」

………

すみません。大声を出して」

「いいえ。それでどうしたの?」

ミサトは真剣な眼差しをシンジに向けている。

「えと、そのそれはミサトさんの、お守りなんですよね。だったら、ミサトさんが、持っていて下さい」

………

「なんか危ない仕事してるみたいだし

………

「そ、それに本当に危ない目に遭いそうだったらそのとき改めてもらえませんか?」

………

………

「ふふっ」

ミサトは緊張をとくと言った。

「そうね。じゃ、それまでは今まで通り私が持っているわ」

はい」
 
 
 
 
 

「あら早かったわね」

エレベータのドアが開くなりリツコが言った。

更衣室で着替えてエレベータに向かった所へちょうどミサト達が到着したのだ。

「まぁね」

「ま、さすがに今更迷ったりしたらミサトの知性を深刻に疑うけど」

「悪かったわね、脳味噌が足りなくて」

わずかに顔がひきつるミサト。

「シンジ君、こっちは赤城リツコ博士。で、リツコ

「あなたが碇シンジ君ね。赤城リツコよ、よろしくね」

「あ、はい。よろしくお願いします。えーと、赤木博士」

「リツコ、でいいわよ」
 
 
 
 
 

「では後を頼む」

そう言ってゲンドウはリフトで階下に消えた。

「三年ぶりの対面か

感慨深げに呟く冬月。

自分の席で状況を確認していた日向が背後に振り返り報告する。

「副司令。目標が再び移動を始めました」

「よし、総員第一種戦闘配置」
 
 
 
 
 
 
 
 

繰り返す、総員第一種戦闘配置。対地迎撃戦用意』

さほど騒がしくもなく全館にアナウンスが響く。

「ですって」

「これは一大事ね」

まったく緊張感のない会話をかわす二人。

三人を乗せたリフトはゆっくりと上昇していき、ベークライトで固められた零号機の右手の前を通り過ぎていった。
 
 
 
 

ドアが開く。

今度は最初から明るいケイジ。

それの正面で三人は歩みを止めた。

………

沈黙したシンジにリツコが説明する。

「人の造り出した究極の汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン。その初号機よ」

………

「建造は極秘裏に行われたわ。我々人類の最後の切り札よ」

シンジはこれといった反応を見せないがリツコもミサトも気にする様子はない。
 

………

母さん)

紫色の巨人の顔を見つめ、シンジは声に出さずに呟いた。
 

顔を上げるシンジ。

そしてそこには予想通りの人物が立ちシンジを見下ろしていた。

………父さん」

久しぶりだな」
 

(いよいよね)

(ええ)

目線で語り合うミサトとリツコ。

………

「ふ、出撃」

(始めるわよ)

「出撃!?零号機は凍結中でしょ?」

ちらと視線を動かすミサト。

「まさか、初号機を使うの?」

「他に道はないわ」

「ちょっとぉレイはまだ動かせないでしょ!」

ピクリとシンジの身体が反応する。

「パイロットがいないわよ!」

さっき届いたわ」

マジなの?」

リツコはそれに答えずシンジに顔を向ける。

「シンジ君」

はい」

「あなたが乗るのよ」

………

シンジは何の反応も示さない。

「あのレイでさえエヴァとシンクロするのに七ヶ月もかかったんでしょ?今来たばかりのシンジ君にはとても無理よ!」

「座っていればいいわ。それ以上は望みません」

「けど!」

「今は使徒撃退が最優先事項よ。そのためには誰であれエヴァとわずかでもシンクロする可能性のある人間を乗せるしか方法がないわ。わかっているはずよ葛木一尉」

……赤城博士。普通、いきなり連れてこられて、いきなりこんなもの見せられて、いきなり乗れって言われて、あんただったら乗る!?」

乗らないわね」

「リツコ!」

「それでも私達に他の選択肢はないのよ」
 
 

シンジはゲンドウに確認する。

これに乗ってさっきのと戦えっていうの父さん?」

「そうだ」

なぜ、僕だったの?」

「他の人間には無理だからな」

そう」

「乗るなら早くしろ、でなければ帰れ!」

………

ミサトのリツコのケイジ中の整備員達の、そして初号機の視線がシンジに注がれる。
 
 

ピガツ

使徒の目が光ったかと思うと光る十字架が立ち上った。
 
 

ドォォォォォーン!!

ケイジの天井が振動に震える。

「奴め、ここに気付いたか」

頭上を見上げるゲンドウ。

続けざまに振動が襲う。
 
 

(僕は僕はどうすればいいの?教えてよ、綾波!カヲル君!)
 
 

………

シンジはミサトに顔を向けた。

視線を受けてミサトは口を開く。

シンジ君。私は正直言ってあなたに乗ってほしいわ。そして使徒と戦って欲しい。仕事として、そして私個人としてね。でも、あなたがどうしても乗りたくないのならそれでもいいと思う」

「ミサト!?」

リツコの抗議を無視するミサト。

「まわりに流されるんじゃなく、あなたがあなたなりに考えてそれを選んだのなら私はどちらでも構わないわ。それでどんな結果になろうとも。だから、よく考えなさい。時間はまだあるわ」

「あ

ミサトの姿に自分の知るミサト、そしてその愛した人のイメージが被さって見えた。
 
 

シンジは振り返るとリツコに視線を向ける。

リツコは表情を変えずに言った。

私はあなたにどうしても乗ってもらいたいわ。とりあえず今回だけでもね。あなたの人生をどうするか、その権利は確かにあなた自身のものだけど、今、あなたが乗らなければどんな人生だろうと今日で終わってしまうわ。ミサトはああ言ったけど、時間はないわ」
 
 

もう一度ミサトに視線を向け、そして頭上のゲンドウを見つめる。

………

………

息を呑んで親子を見つめる一同。

………

………

父さん」

「なんだ」

………

………

………

「どうした?早く言え」

母さんのこと好き?」

………

………

………

………

ああ、愛している」

………そう」

………

………

………
 

ミサトさん、リツコさん」

「え、な、なに?」

やたら長い沈黙をまじえた親子の会話にややたじろいでいたミサト。どうやらリツコも同じらしい。

乗ります」

「え」

「乗りますこの初号機に」

シンジははっきりと口に出して告げた。

「そう………いいのね?」

「はい」
 
 
 
 
 
 

勢いよくLCLが排出されていく。

『冷却終了』

「それで、あんたどう思う?」

『ケイジ内全てドッキング位置』

報告に紛れて聞こえないはずだがそれでもミサトは自然と小声になる。

『停止信号プラグ排出終了』

今の所はマヤ達の作業を見ているだけのリツコもミサトに近寄る。

『了解。エントリープラグ挿入』

「そうね

『プラグ固定終了』

『第一次接続開始』

「あなたほど確信してはしていないけど」

『エントリープラグ注水』

「どういう意味よ」
 
 

またこれか」

シンジは足元から上がってくるLCLを一瞥すると呟いた。

ふと胸元に視線がいく。

………

チャリ

持ち上げると鎖が微かに音を立てた。
 
 
 
 

「シンジ君。さっきの話覚えている」

「え?」

「はい。持っていって」

そう言ってミサトはシンジの手をとると十字架をその手に置いた。

………

「いらなくなったら返してくれればいいわ。でも今はそれを受け取って」

わかりました、頂いていきます」

ありがとう」

「いえ、僕の方こそ。ありがとうございますミサトさん」

そう言ってシンジは初めてミサトに笑顔を見せた。
 
 
 
 

(これがあればたぶん死なない僕は、死なない)
 
 
 
 

モニターの中ではさほど動揺した風もなくシンジがLCLに飲み込まれていく。

ややあってシンジの口から空気の泡が吐き出された。
 
 

『主電源接続』

『全回路動力伝達』

「了解………まず、間違いないわね」

『第二次コンタクトに入ります』

「そう

『A10神経接続、異常なし』

「思考形態は日本語を基礎言語としてフィックス………いずれにしろすぐに目に見えて結果が出るはずよ………初期コンタクト、全て問題なし」

『双方向回線開きます』

………

ミサトは無表情のままのシンジに注意を戻す。リツコはマヤの席の背後からマヤの端末をのぞき込む。

「シンクロ率41.3%」

「?」

「ハーモニクス全て正常値。暴走、ありません」

どういうことかしら」

「え?」

マヤが振り返る。

「なんでもないわ」

リツコはミサトに顔を向けた。

「いけるわよ」

ミサトはうなずくと正面に向き直り命令を発する。

「発進、準備!」
 
 

『発進準備』

『第一ロックボルト外せ』

何が気になるの?」

正面を向いたままそばにやってきたリツコに囁く。

『解除確認』

「シンクロ率よ」

『アンビリカルブリッジ移動開始』

「シンクロ率?」

『第二ロックボルト外せ』

「シンジ君が初めて初号機を起動させたときのシンクロ率、覚えてる?」

『第一拘束具除去』

いいえ、覚えていないわ」

『第二拘束具除去』

41.3%。今のシンクロ率とぴったり同じよ」

『1番から15番までの安全装置を解除』

「それってまさか

『内部電源充電完了』

「シンクロ率だけを取り上げるならそのまさか、よ」

『外部電源用コンセント異常なし』

「それってまずいんじゃない」

今の今まであった余裕が急速に消えていく。

「了解。エヴァ初号機、射出口へ」

そんなミサトの心情は露知らずマヤは順調に作業を続けている。

「進路クリア、オールグリーン」

「悩んでも始まらないわ。既に賽は投げられたのよ………発進準備完了!」

「くっ了解!」

ぎゅっと手を握りしめるとミサトは背後のゲンドウを振り返った。

構いませんね」

「もちろんだ。使徒を倒さぬ限り我々に未来はない」

(誰の未来だか
 
 

「碇、本当にこれでいいんだな」

………

ゲンドウは無言で答えた。
 
 

ミサトは一つ深呼吸した。

私はまたこの子を戦場へ送り込む)

目を閉じ、自分の心をもう一度見る。

後悔しない?ぷっ)

心の中で笑う。

(後悔するに決まってんじゃない!)

目を開くとミサトは命令を発した。

「発進!!」
 
 
 
 

「ぐっ!」

リニアの加速がどこかに行きかけていたシンジの意識を引き戻した。

だがそれは衝撃とともにすぐにおさまる。

ガシーン!

使徒の正面の射出口に初号機が現れる。

………

シンジの顔がわずかに上がり使徒を見つめる。

それに応えるかのように使徒のコアが赤く輝いた。
 
 

(シンジ君、こんな所で死なないでよ)

勝手なことと思いつつもミサトはそう祈らずにはいられなかった。
 
 

つづく





予告
 
 

エヴァは使徒に勝つ

だが、それは単なる始まりにしか過ぎないことを誰もが知っていた

現実を受け入れたシンジは

自らの足で歩き出す

ただ、生きていくために
 
 
 
 

次回、蒼穹の福音

第弐話 前奏曲の終わり

この次もサービス、サービスぅ!






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