【エヴァンゲリオン幻戦記】
これまでのあらすじっ!
シンジとレイののんびりムードに業を煮やしたエヴァはなんと強制融合を敢行。加持さんを運転手にゼーレの基地に行ったエヴァは人形達をこてんぱてんにして鬱憤晴らし。ま、いいけどね。さて、バンクからマユミが言ってた穀物の種子を回収してさあ帰ろうって所で変な女が現れたの。加持さんは怪我させるわ、エヴァと対等に喧嘩するわ、なんなのかしらねこの女?
先行していた隊員がその人物を発見したのは偶然だった。
そうは言っても双方が持つ地理情報、目的地等を考えれば当然の結果と言えなくも無いわね。
その報告を聞いたミサトは、隊員達が近寄るのを躊躇するような表情を浮かべると、黙ってその人物の元に向かった。
「…簡潔に答えなさい。相手は何?」
「…化け物だ」
ミサトの問いに答える加持さんはジープのタイヤに背を預けたまま顔も上げようとしない。
その右脚は黒く焦げていて、よく見るとあちこちで金属が露出している。
「…女ね?それも火を操る」
どうして?と問い返す余裕も加持さんにはないみたい。
「…あぁそうだ。葛城ほどじゃないが美人だったよ」
【第七幕 迷路】
ミサトの挙動に構うことなく加持さんは足にテープを巻いている。とりあえずの応急処置のつもりらしい。だが、腕の動きもおかしいらしくなかなか終わらない。
「何やってんの貸しなさい!」
見かねたミサトは加持さんからテープを奪うと手早く処置を施していく。
「指揮官がこんなことに手を煩わせるな」
「手当てなんてあたし以外誰にもさせないくせによく言うわね」
実際、加持さんはほとんどの怪我は自分で手当てして治してしまう。
勝手に治ると加持さんは言い張るだろうけど、本当の所は自分の身体を誰にも見られたくないのだとミサトは知っている。
「それよりエヴァを探してくれ」
ミサトの腕をつかむと加持さんが言った。
「エヴァンゲリオン…なの?あの二人じゃなくて?」
「エヴァだ。急いで援護する必要がある。手を貸してくれ」
加持さんの口調から、加持さんにしては珍しいことに焦っていると察するミサト。
対照的にミサトは冷静になる。
「…エヴァンゲリオンは無敵じゃなかったの?」
エヴァが戦って負けるとは思えない。
無論、それは感情面のことだけでミサト自身の理性の中には無敵などという概念はないんだけども。
「…いいか、彼はまだ勝負慣れしていない。自分と同格の力の相手なんかと戦ったことはない。いくら力があっても場数を踏んでいないんだ。だから今は援護が必要だ。このままじゃ勝てるものも勝てなくなる」
「超能力者同士の戦っている所にそんな足で行ってどうする気よ?」
「いいから早くしろ葛城!嫌ならバイクでもなんでもいいから貸せ!」
「…頭を冷やしなさい、この馬鹿」
すっと冷たい声でミサトが言った。
周囲の隊員達が思わず身をすくめる。
「それだけの相手ならなおさらあんたは足手まといよ。自分の面倒も見れない様な奴はとっとと村に戻りなさい」
「葛城!」
「エヴァもきっとそう言うわ。だいたい、昔からかっとなって我を忘れるのはいつも私であんたじゃないでしょ、間違えるんじゃないわよ」
「………」
「たくっ…日向君」
「はい隊長」
一番の古株だけあって一人平然としている日向さんが応える。
「エヴァ…いえ、碇シンジと綾波レイの捜索の手配をして。指揮は私が…駄目ね。私はこの馬鹿を連行するから指揮もお願い」
「了解しました」
すぐに日向の指示で隊員がいくつかの部隊に分かれて行動する。
「どういうことだ?」
加持さんはミサトの指示の意味を聞いた。
「…彼が戦っているならもっと派手な花火が上がっているはずよ。まして相手がそんなのだったらね」
ミサトは加持さんの腕をひきはがすと手当を再開する。
「…戦闘はもう終わっているわ」
「え?」
はじめマユミは何を言われたのかわからなかった。
夜半過ぎマユミにあてがわれた部屋を訪ねてきたのは彼女と同年代の少女だった。
名を洞木ヒカリと言い、葛城ファミリーというゲリラの部隊の一員だという。
マユミは受け取ったカプセルをもう一度見た。
両手で抱えてはいるもののそんなに大きなものではない。だが、それは傭兵の加持という人とマユミも知っている碇シンジと綾波レイがゼーレの基地を襲撃して奪取してきた物だという。それがどういうことなのかはマユミのような一般人にも想像はつく。そして、何かトラブルがあり現在、碇シンジと綾波レイを捜索中…マユミの身体から血の気が引いていく。
「詳しい事情は私も知らないの。いずれちゃんとしたお話は聞けると思うけど…私も捜索に参加するからそろそろ戻らないといけないの…それじゃ」
「待って下さい!」
そのときなぜヒカリを呼び止めたのかマユミにもわからなかった。
「え?」
「私も連れて行って下さい!」
「え、ええっ!?」
「に、人数は多い方がいいでしょう?私もあの二人の顔なら知っているし…それに銃も扱えます。足手まといにはなりません!」
無論、後半は嘘である。
一方、真摯な瞳で迫られたヒカリは、
「え、えーと、ちょっと待ってね」
…途方に暮れていた。御愁傷様。
レイは疲れた体で歩き続けていた。
もともと精神力だけで体を動かすことには慣れてる。今回は怪我もしていないし、レイにとってはたいしたことではない。もちろん本当なら安静が必要なんだけど、今のレイには休養より優先すべき課題があった。
(…碇君)
かすかな感覚を頼りに森の中を既に一時間近くさまよっているレイ。
全身の神経を研ぎ澄ましていたレイはやっとのことでわずかなうめきをとらえた。
「う…」
「!?」
残る体力を省みず茂みの中に駆け込むレイ。
「碇君!!」
地面に横たわる少年を見てレイは叫んだ。
ゼーレの基地を襲ったのは加持とエヴァンゲリオンである。
だが今捜索の対象となっているのはシンジとレイである。
しかし、隊員達は疑問に思っていても口には出さない。隊長の命令は下されたのだ。
そもそも先日のいくつかの状況を鑑みて二人とエヴァンゲリオンを関連付けれないような馬鹿は葛城ファミリーにはいない。
ミサトの口から説明がないのは黙っておけということなのだ。
そんなことより大事なのは現在、臨戦態勢で捜索を行っている事だ。エヴァンゲリオンはともかく加持さんの戦闘能力を彼等はよく知っている。然るにその加持さんにあれだけの怪我を負わせる相手がこの周辺に潜伏している可能性が高い。隊員達は緊張して捜索にあたっていた。
「あやなみ…大丈夫?」
「………」
うなずくレイ。
シンジに目に見えるけがはないがひどく消耗しているのがわかった。敵の攻撃方法からして高熱によるものだろう。熱もかなりあるらしくもともと体温の低いレイにはよけい熱く感じる。かすれた声からして水分の欠乏も激しいらしい。
「あ」
シンジが何かに気づいたように視線を転じた。
「?」
レイがその方向を見ると大振りなライフルと紫色のマントが落ちている。
「僕の…だ」
最初の融合の時に何処かに消えたシンジの装備である。
「マント…の…に…くす…」
そこで声が途絶えた。
「碇君?」
シンジの容態を診るレイ。
しばらくしてほっと息をつく。どうやら気を失っただけらしい。
レイはシンジの装備を引き寄せるとマントを調べた。裏側についているいくつかのポケットを探ると薬品のアンプルと注射器が入っているケースがあった。かすかな記憶をたよりに表示を調べてみると強心剤の一種らしい。
レイはしばし思案する。
現状で強心剤を使用するのはシンジの身体にとっては危険だ。一時的には行動可能になるかもしれないが消耗しきった身体を無理矢理起こした時の反動が予想できない。
かといって自然な回復を待っていても駄目だ。ちゃんとした治療と休養がシンジには必要だ。救助が来るとわかっているならまだしも、現状であの敵に…
「!?」
レイの感覚を何かが刺激した。
薬品の入ったケースを静かに地面に置くとシンジのライフルに手を伸ばす。既にレイでも使用できるようにレイのデータを登録してある。本来は非力なレイの扱えるような代物ではないが、地面において撃つ分には問題ない。出力さえ十分なら少々狙いが外れても……そう考えてレイはバッテリーをチェックする。
(…駄目)
エネルギー残量がほぼ0に近い。レーザーライフルとしての使用は無理だ。奥の手はあるが、そのためには残ったエネルギーで粒子加速器を動かす必要がある。加速器の音に気づいた敵が現れるまでに充填が間に合うとは思えない。高出力・長射程を誇るこのライフルの構造上やむを得ない欠点だとシンジは言っていた。
レイはライフルに見切りをつけると拳銃を用意する。
「あやな…」
かすかにシンジがうめいた。意識は戻っていないらしい。
レイは冷静に考える。エヴァのATフィールドでは敵の攻撃を完全には防ぎきれなかった。それより強度の落ちる自分のATフィールドではそう長くはもたないだろう。そしてエヴァの攻撃をガードしてのける相手にこんなちっぽけな拳銃でなにが出来るか。
(…碇君は私が守る)
レイは意を決するとシンジに強心剤を注射する。
(時間がない急がないと…)
そう思いつつも注射器を握る手は微動だにしない。あくまで冷静にレイは行動していた。
注射を終えるとレイはシンジの顔をじっと見る。
(…もうこの世界では碇君に逢えないかもしれない)
レイは拳銃を握り直すと静かにその場を走り去った。
無論、レイは加持さんが救援をよこす事は予想していた。
とはいえ遭遇したのがもし敵であった場合、レイの反応速度では一瞬の遅れが致命的だ。残念だが常時高出力のATフィールドを張っていられるほどこの世界でのレイには力はない。
さて、加持さんが救援をよこすとして来るとすればおそらく松代の自警団だろう。
運のいいことに敵はどこからどうみても女性である。髪も長いしシルエットだけでも自警団や加持さんとの区別は容易に付く。
(いた…)
感覚を刺激する気配に足を止めるレイ。近づいてくる方向から進路を推測するとちょうどシンジがいる茂みの脇を通る。ここでレイがうまく誘導できなければシンジは間違いなく発見される。
(夜間、視界は悪い。遠すぎると私の腕では当たらない。でも、近づきすぎると相手のセンサーに引っかかる)
相手は無造作に歩いている。身を隠すとかいった気遣いが感じられない。まるで素人の様だ。おそらくは防御に自信があるからだろう。やはり自警団や加持さんではありえない。
レイは自分の腕でかろうじて当てられる距離を推測して間合いをはかる。レイ自身も疲労して集中力が落ちている。しかし、目的はレイに注意を向けさせシンジから引き離すことだ。必ずしも当てる必要はない。
(…3…2…1…今!!)
レイは木の影からを飛び出すと拳銃を構える。
気づいた相手の影がこちらを向くと同時に長い髪がひるがえった。
(女!!)
パン!
レイはすぐさま逃走に移ろうとした。だが、
ドサッ
何かが倒れる音に足を止める。
「え?」
相手は地面に倒れたまま動かない。
(どういう…こと…?)
レイは警戒しつつ女の方へ近寄っていく。
相手は地面に倒れたまま動かない。
近づくにつれ相手がよく見えてくる。
背格好はよく似ているが…
「!!」
レイは拳銃を相手にポインティングしたまま硬直した。
そこに倒れているのはあの女ではない。それどころかまったく戦闘能力をもたない少女だ。それもよりにもよって…
「綾波?」
突然、シンジの声がした。
ライフルを杖代わりにしたシンジがレイの後方に立っていた。強心剤の効果が現れたのかレイを追ってきていたらしい。だが、レイは驚きのあまりシンジの接近に気がつかなかったのだ。
「どうしたの?」
銃を地面に向けたまま顔だけをこちらに向けたレイは明らかに狼狽していた。それだけでも異常な事態が発生したのだとわかる。
「駄目!碇君見ないで!!」
レイはとっさにそう叫んでいた。
だが、その声が逆にシンジの注意を喚起する。
「?」
レイの腕の先、拳銃の先に視線を転じるシンジ。
人が倒れていた。
状況からしておそらくレイに撃たれたのだろう。
すでに死んでいるのかどうかシンジにはわからない。
でも、それが誰なのかはかろうじてわかった。
「…山岸…さん?」
視界が突如闇に覆われ、シンジは地面に向けて倒れていった。
EVANGELION ILLUSION
Stage07: LABYRINTH
「申し訳ありません」
キリエはうつむいたまま消え入りそうな声で言った。
ANGEL−3のコードナンバーを持つ戦闘人形キリエ、普通の人形達とは次元が違う能力を持つゼーレの合成人形の一人である。有機質で覆われたボディは人間の少女となんら変わりなく、むしろより際だった美しさを見せている。もっともその全身は身体にフィットするスーツで覆われ要所要所はプロテクターで保護されている。目元にはゴーグルを付けているため外から見れるのは目元以外の顔と長い黒髪だけである。もっともそれだけでも美人であることは容易に知れる…なんか、むかつくわね。
薄暗い闇の中、彼女が唯一信頼する人物…風間はキリエに背を向けて座っていた。
「なぜ謝るんだい?」
「そ、それは……あの少年を排除できませんでした」
風間はゆっくりと椅子を巡らせるとキリエをいたわるように言った。
「それは彼が戦闘を放棄して逃走してしまったためだろう?状況を見る限り君に落ち度はない」
「………」
「君が彼より劣っているということではないさ」
風間はキリエの顎に指をそえるとキリエの顔を上げさせた。
「……あ」
顔にかかった幾筋かの髪の毛をそっとすく。
「それより本来の演習より興味深いデータが取れた事の方が喜ばしい。ただ集落を焼き払うだけでは君自身のデータもあそこまでは取れなかっただろう」
「…はい」
風間はそこで手をはなすと再びキリエに背を向けた。
バイザー越しに名残惜しそうな視線を送るキリエ。
「だが、計画は計画だ。予定通り演習は実行されなければならない」
「………」
「当初の予定通り目標の集落を制圧する。その際に彼が再び現れるという可能性も高いな」
「!」
「どうかなキリエ…君にその気さえあれば演習を実行しようと思うのだが?」
「は…はい、お願いします」
もうこれ以上彼を失望させるわけにはいかない。
「そうか、期待しているよキリエ」
キリエが出て行くと風間は再びモニターに目を落とした。キリエの目を通して記録された映像データだ。そこには一人の男が映っている。
ダークグリーンの光を宿した瞳がすっと細められる。
「………加持」
「葛城君も大変だな」
冬月さんにそう言われてげっそりとした顔をするミサト。
頬杖をついていた手をほどくと頭を抱え込んだ。
「…やめて下さい。冬月先生にそう言われると本当に大変な気になるじゃないですか」
ミサトの父親と旧知であり幼い頃からミサトを知っている冬月さんは、ミサトが頭が上がらないほぼ唯一の人物である。
先ほど、作戦会議が終わり、自警団もミサトの部下達も出ていった所である。
先日の加持さんとエヴァの遭遇からして敵が松代を次の目標にしている可能性は高い。少なくともミサトはそう確信している。松代を捨ててどこかに移住できるのならまだしもそうでなければ戦って勝つしかない。
もっとも作戦会議といっても実質ミサトの作案した手順に従って松代の防衛の準備を行う説明会でしかない。自警団といっても本式の戦闘は不慣れであり熟練者たるミサトに従うほかはない。結局、松代の存亡はミサトの頭脳一つにかかっているのだ。
冬月さんは軽く笑うと続けた。
「ふふふ。だが、正直嬉しい所もあるのではないかね?今回はなかなかの強敵だ。戦いがい、いや、頭の使いがいがあるだろう?久しぶりに葛城君の頭脳もフル回転といった所かな」
肩をすくめるミサト。図星である。味方の被害のことを考えずにすむならこんなに楽しい事はない。
「住民がいなければそうなんですけど…それに」
「超能力…火を操るという少女かね?」
「ええ。正直な所撃退できるかどうか…」
「君が弱音を吐くとは珍しい。明日は雪かね?」
冬月さんはそう言うと窓に歩み寄り空を見上げた。
「ははは、冷静に事態を見ていると言って下さい」
冬月さんの見上げる空はいつもと同じうす曇りの天気だ。
「しかし、世の中とは皮肉なものだな。エヴァンゲリオンという救世主が現れたかと思えば、すぐにそれに対抗する敵が出現する。奇跡にはしっぺ返しがつきものということなのかね?」
「………」
同じ事を考えていたミサトには返す言葉が無かった。
救出されたシンジの容態はかなりひどいものだった。
シンジの身体には目立った外傷こそないものの極限状態まで肉体が消耗していた。更にその身体を無理矢理強心剤で覚醒させたものだから反動はかなりのものである。誰が作ったのか知らないがすさまじい効果の割には非常に副作用が抑えられた薬品だったのが不幸中の幸いだったと冬月は評したが、そこへとどめが加わった。強心剤で無理矢理身体を動かしている所に、マユミが殺されたという衝撃が襲ったのである。それもよりにもよってレイに射殺されて。精神ショックが相乗効果を発揮したのかシンジはそれから完全に昏倒して24時間以上も意識が戻らなかった。
一方のレイも最初はひどい状態であった。
シンジほどではないもののかなり消耗しており、なによりシンジにショックを与えてしまったということをはっきり認識していたらしく茫然自失状態で他の隊員が呼んでもしばらくの間まったく反応しなかった。実際の所、レイの撃った弾はマユミの肩をかすめただけでたいした傷ではなかった。ただ撃たれたショックで気絶していたに過ぎない。銃で撃たれた経験のない人間にはよくあることだ。結局の所、不幸な偶然が重なった訳だがレイはそれだけではすませられなかった。
事が事だけに、
「あの子、ああ見えて実はとっても感情豊かだったのねぇ」
と、ミサトが評するほどレイは怒っていた。
それはまず何よりも自分自身に向けられているようだが、直接の原因となったマユミ、ひいてはまったくの素人であるマユミを同行させた葛城ファミリーにも向けられていた。
全ての責任を負う立場であるミサトは、どうにかシンジの意識が戻るまでレイに近づくことすらかなわなかった。そのくらいレイが怒っているのが周囲にわかったのである。
レイの怒りが…少なくとも表面上は…おさまったのはシンジが意識を回復して事情を聞いた後だった。
「あの…」
「………」
一切の拒絶。いやそれすらも感じさせない徹底的な無視。
なんとかレイに謝ろうとなけなしの勇気を振り絞って来てはみたものの、マユミは自分が果たしてこの少女に認識されているのかどうか、それすらもわからなかった。
「すいません、ごめんなさい!」
結局、マユミは逃げ出すことしかできなかった。
走り去っていく少女を目で見送りながら加持さんはその部屋に入っていった。
「邪魔するよ」
「……なに?」
「お見舞いさ。いけないか?」
「………」
無言の少女を見やり加持さんは話を続ける。
「彼のそばにいなくていいのかい?」
シンジの意識が戻るまでは片時も離れようとしなかったレイだったが、シンジの意識が戻ると今度は逆にシンジのいる病室に近づこうとしない。
「碇君はそれをのぞんでいないわ」
「そうかな?」
加持さんは疑問に思うがレイがどう思っているかはわからない。
「………」
「ま、いいさ。俺が来た理由は別件だ…質問してもいいかい?」
「なにを?」
「あらかたの顛末は彼から聞いた」
「逃げたんですよ、エヴァは。尻尾を巻いて」
そうシンジは語った。その時の表情は加持さんにもよくわからなかった。怒りか憎しみか哀れみか哀しみか…
「俺が知りたいのはなぜ君に比べてシンジ君の方が圧倒的にひどい状態なのかということさ」
加持さんの問いにレイは即答する。
「エヴァは碇君が融合を嫌っている事を知っている。だから押し付けたの、ダメージを全部碇君に」
「そうかな?たとえば君が大事だから君にダメージを残さなかったとは考えないのか?」
首を振るレイ。
「あの人にそんな余裕はなかった。あの人は逃げたんだもの」
レイの言葉には確信があった。
「…そうか」
しばらくそのまま二人は黙っていた。
レイはいつまでも帰らない加持さんを見ている。
「なぜ?」
不意にレイが口を開いた。
「なにがだい?」
それはレイにもわからなかった。今、自分はなにを問おうとしたのか。
代わりに別の言葉が出た。
「…私は碇君を守りたい。だから一つになることでより確実に碇君を守れるならそれで十分だった。でも…それが碇君を傷つけることになるとは考えなかった」
「なんでも自分のせいにしようってのは感心しないわね」
入り口近くから声がした。
「…葛城」
呼びかける加持さんをきつい目でにらみつけるミサト。
「あんたも同罪よ。その場にいながら何もできなかったなんて思ってないでしょうね?」
「…参ったな。今回はつくづく」
「らしくないわよ。あんたは何も考えてませんよ〜てな顔して飄々としてればいいのよ」
「まったくだ」
苦笑する加持さん。
ミサトはレイの枕元に立つとレイの瞳を見つめた。
「………」
紅い瞳は真っ向からミサトを見返していた。
「あ!!」
背後から声がして振り返ったマユミは見覚えのある少女が駆け寄ってくるのを目にした。
「…あ」
彼女を捜索に同行させてくれたゲリラの女性隊員で確か名前は…洞木ヒカリ。
「おいこの荷物どうするんや!!」
「ごめん鈴原運んどいて!今度埋め合わせするから!!」
「しゃーないな」
仲間にそう叫びながら走ってきたヒカリはマユミの前で急停止する。
「ふぅ、やっと会えた」
「あ、その、この前は…」
「この前はごめんなさいね。怪我は大丈夫?」
「え?」
先に謝られてしまいマユミは二の句が継げなくなった。
素人の自分が嘘をついて同行を迫り押し切られた彼女が連れて行ってくれたのだが、結果はあの有り様である。シンジやレイはもちろんだが、ヒカリにも迷惑をかけてしまったのでずっと謝りたかったのだ。だが、忙しいゲリラの人を余計な事で捕まえる事も出来ず…
「あなたを同行させたのは私の判断。だから、この前のことは私のミスよ」
きっぱりとヒカリは言った。
「でも…」
「たぶんあなたの言う事は嘘だろうと思ってはいたの」
「え?」
「でも、あの時は状況が状況でしょ?…あなたは知らなかったかも知れないけど、加持さんも大怪我してたし、隊長はいつもと違ってぴりぴりして真剣だし、これはかなり危ないかもって。つまり、その、助けるっていうよりか…せめて死に目くらいには会わせてあげたいって感じだったから」
「…あ」
ようやく事態を理解するマユミ。
「ね?」
そう言って片目をつぶるヒカリ。
つまりヒカリは全て承知の上でマユミを同行させたのである。
実際、ミサトもすぐに事情を察したのか軽い叱責程度ですませている。
『ていうかいつもはこっちがお説教されている立場だし偉そうなこと言えないのよね〜』
とは、その時のコメントである。
「それに結果的にはみんな無事だったんだから、あなたもいつまでも落ち込んでちゃだめよ。せっかくその…えーと種だっけ?種も取ってきてもらったんでしょ?だったら感謝の意味も込めてがんばらなきゃ」
「…はい」
マユミは深くうなずいた。
「じゃ、私まだ仕事があるから」
そう言うとヒカリは元気に走り去る。
「頑張って下さい!」
「ありがとう!…あ、敵がきたら今度はちゃんと隠れてるのよ!」
「はい、わかりました!」
マユミはようやく笑う事が出来た。
(…来るのか)
シンジはゆっくりと身体を起こした。
「ふぅ」
上半身を起こしきった所で深く息をつく。
村の空気が違っていた。
ベッドで目をつむっているため敏感になっている感覚も村の慌ただしさを察していた。
戦いが近いのだ。
おそらくゼーレの襲撃があるのだろう。
ミサトのことだ、すでに敵の動きをつかんでいるに違いない。
「ぐっ!」
気合を入れると立ち上がる。
ベッドから下りるだけで一苦労だ。
とりあえず立つ事に成功したシンジはベッドに腰を下ろして一息つく。
扉がゆっくり開くと声がした。
「やっと起きる気になったかね?」
「冬月…さん?」
冬月さんは簡単な食事の載った盆をシンジのベッドに置くと食べるように促した。
シンジはおとなしく従うことにする。
「…いいんですかこんな時に」
ミサトの部隊だけでなく松代の自警団も臨戦態勢をとりつつあるはず。一般人は一般人で避難の準備。松代の実質的な指導者である冬月さんも忙しいはずだけど。
「葛城君が指揮を執っている時は私は邪魔者だよ。せいぜい双方のチームワークに乱れがないように目を光らせるくらいだ。まあ戦いが始まれば忙しくなるがね」
「そうですか…」
戦いが始まれば負傷者が出る。医師である冬月さんはそれこそ休む間もないだろう。もし無事に勝ったとしても冬月さんの仕事は続く。もっとも冬月さんとしては仕事が続く方が仕事をする必要が無くなるよりはまだましだと考えてるんでしょうけどね。
「そういう君こそこんな時にいいのかね?」
シンジはスプーンを持つ手を一瞬止めたが何食わぬ顔で食事を続ける。
「…僕には関わり無い事ですから」
「そう割り切れないところが君のいいところであり悪いところだな」
「…」
シンジは無言でスープをすすった。
冬月さんは笑みを浮かべる。
今の冬月さんの本業は教師である。教師とは生徒を教え導くことが仕事だ。そして今、目の前に非常に教えがいのありそうな生徒が座っている。冬月さんは無性に楽しくなってきた。
「深く考える事はない。やりたいようにやればいい。それにまだ戦端は開かれていない。君たちなら包囲網をぬけて脱出することも可能だろう」
カチャン
「でも嫌なんです、逃げるのは!」
冬月さんに向き直ってシンジが言った。
「なら戦えばいい。なんでも好きなようにできるのも若者の特権だよ」
冬月さんは再度笑みを浮かべた。
どうやら期待を裏切られる事はなさそうだ。
予告
迷いが晴れたとき人は一回り大きくなったような気がする。
迷っているときの鬱積が晴れたためか、
迷いを晴らすには大きくならなければならなかったと錯覚しているためか。
理屈はどうあれただ迷いを晴らすためならば大きくなる必要はない。
だが、迷いが晴れたとき成長している事があるのも事実だ。
エヴァンゲリオン幻戦記 NEXT STAGE
ま、当然の結果よね