「テンカワさん、ちょっとよろしいですかな?」

「なんです?」

だんだん機密の話をする場所として定着しつつあるナデシコ食堂のカウンター。

『まあテンカワもいろいろと忙しい奴だからねぇ』とは食堂の主であるホウメイの談である。

それはさておき、

「会長と連絡がとれました。お会いになるそうです」

「…そうですか」

 
 
 



<ブリッジ>




「?ボース粒子反応増大確認」

「どうしたのルリちゃん?」

「あ、艦長」

周囲を見渡すとブリッジで当直についているのはルリとユリカだけのようだ。

「先ほど艦内で重力、光子などいわゆるボース粒子の反応の増大を確認しました」

「場所はわかる?」

「現在、特定中です…でました。あれ?…テンカワさんのお部屋ですね」

「やっぱり」

「やっぱり?」

小首をかしげるルリ。

「ううん、なんでもないの。それよりルリちゃん、これからも時々アキトの部屋でボース粒子の反応があるかもしれないけど私以外の人には内緒にしておいてくれない?」

「それは命令でしょうか?」

「うーん…ユリカからルリちゃんへのお願い」

「…わかりました」

少し考えてから承諾するルリ。

「ありがとう!だからルリちゃん大好き!」

すりすりすり

「…頬擦りするのはやめて下さい」

「じゃあ抱きつくのはいいの?」

「………」

ルリはあえて答えなかった。

 

 

 
 
 
 
 

 

機動戦艦ナデシコ 五つの花びらと共に

 

第4話 『お友達はいますか?』

 

 

 
 
 
 

 

アキトの視界が徐々にはっきりしてくる。

目の前にはデスクに座ったアカツキ。最後に会った時とさほど姿に変わりはない。ただ、平静を装っているものの瞳に動揺が浮かんでいる。

ふとデスクの脇を見ると、腰でも抜かしたのかエリナが床に座り込んでいて、辺りに書類が散乱している。

「…悪かったな。先に了解をとっておくべきだったな」

コホンと一つ咳払いするとアカツキが口を開いた。

「いやいや、どうせだったら不意討ちの方がいいよ。なんといっても生まれて初めて見る生体ボソンジャンプだからね」

アカツキは不敵な笑みを浮かべている。既に驚きからは立ち直ったらしい。

「相変わらずだな」

同じく笑みを浮かべるアキト。

「おや、君の知っている僕も僕みたいな性格かい?いけないな、友人は選んだ方がいいよ」

「次があったら気を付けるさ」

そう答えるとアキトはエリナの腕をとり立ち上がらせる。

「きゃっ」

アキトはいつもの黒装束なので怪しさ爆発である。

さすがのエリナもまだ冷静に戻れないようだ。

「そういえばミスマル艦長は一緒じゃないのかい?」

「コックと違って長い間艦を空けると怪しまれる」

「なるほど。まぁ立ち話もなんだ、かけたまえ。…エリナ君?お茶でも入れてくれないかい?」

「わ、わかったわ」

そう言うとエリナはふらふらしながら会長室を出ていった。もっともエリナのことだ、次にドアをくぐるときにはいつも通りの彼女だろう。アキトはそう考えると、遠慮せずソファに座った。アカツキもその対面に座ると優雅に足を組む。

「じゃ、早速」

アキトを促すアカツキ。

「こちらから提供できる物はそんなに多くはない。生体ボソンジャンプの試験データ、それに詳細なデータはないが新規技術。ナデシコで戦果を挙げるのは当然のことだから含めなくてもいいだろう」

「要求を聞こうか?」

「主に技術面でのサポート、これはそちらの技術開発に利益をもたらすから文句はないはずだ。後は行動の自由、一見不条理あるいはネルガルにとって不利益な行為であっても可能な限り優先してもらう。大局的にはネルガルにとっても利となる場合が多いはずだ」

「なるほど、双方が協力しなければどちらも利益はあがらないということだね」

アキトには生体ボソンジャンプを行う能力、そして詳細なデータはないものの新規技術の知識がある。だが、それを実際に活用する為にはそれをネルガルの手によって実用化するしかない。逆にネルガル側は技術力があってもそれを正しいベクトルに進めるためには現実にボソンジャンプを行っているアキトの協力が不可欠だ。近道があるのになにもわざわざ遠回りすることはない。

「持ちつ持たれつだな」

「じゃ、しょうがない。それでいこう」

アカツキにしてみれば、アキトは今のところ何らかの利権や金銭を要求している訳ではなく、彼自身の感触として他の企業の回し者という気もしない。基本的にはメリットの方が圧倒的に多いわけだからさしあたっては断る理由が無い。

そうと決まればアカツキは気前がいい。

「さしあたり必要な物はあるかい?」

「CCを用意してくれ。この服に仕込んであるジャンプフィールド発生装置もいつ故障するかわからないからな」

「…直す自信があるなら分解しても構わないそうだけど?」

「だが使うのはやめておけ、普通の人間はボソンジャンプに耐えられない」

「…ほう」

アカツキがやや目を細める

「それじゃ聞くが、君はなぜ耐えられるんだい?正確には君とミスマル艦長だが」

「………」

少し考えるアキト。

(別に隠す理由もないか…無為にテストパイロットを死なせる必要も無いし…)

「俺は技術者ではないから正確な説明は出来ない。簡単に言うと俺の身体はジャンプに耐えられるようにナノマシン処理が施されている。研究が進めば少なくともジャンプに耐えられる措置ぐらいは行えるようになるはずだ」

「…ほう」

さきほどの『…ほう』と微妙にニュアンスが変わった。それに気づいたアキトの目の色が変わる。

「…つまらないことは考えるな」

「いや、お見通しかい?」

おどけてみせるアカツキ。だがアキトは研ぎ澄まされたナイフのような視線をアカツキから外さない。バイザー越しとはいえその視線に身の危険を覚えるアカツキ。合図一つでガード達が飛び込んでくるはずだが、それで安心と思えない。どうやら目の前の人物は相当の修羅場をくぐっているらしい。

「…オーケイ。悪かった。君たちが自由意志で協力しようとでも言わない限り君たちの身体を調べようなんて気は起こさない…だからそんな目で見るのはやめてくれ」

アキトの視線が正常に戻る。

(やれやれ…まさか会長室で命の心配をするとは思わなかったよ)

背中にかいた汗のためにワイシャツがへばりつく感触に顔をしかめるアカツキ。無論空調は完璧だ。

「CCの件は了解した。何とか都合をつけるようにするよ。他には?」

「…あくまで希望になるが、ボソンジャンプが可能な機動兵器を開発してもらいたい。エステバリスの月面フレーム同様相転移炉を内蔵して単独行動が可能であり、兵器自身を覆えるだけのジャンプフィールドを発生させることが可能なことが条件だ」

「それは無理ね!」

突然口を出すエリナ。

口調とは対照的にわずかな音も立てずに茶菓子とお茶をテーブルに置く。

「おや、エリナ君。遅かったね」

「それは申し訳ありません。…話を戻すけど、そもそも個人用のジャンプフィールドすら作れないのにそんな兵器を作れるわけがないわ!」

力説するエリナをよそに茶菓子の羊羹を口に入れる男二人。

「どうだいテンカワ君?ここの羊羹はなかなかいけるだろう?」

「ああ、ネルガル製では無いというところが特にな」

「同感だね」

エリナのこめかみに青筋が立つ。

「ちょっとあんたたち聞いてるの!?」

「そんなに大きな声を出さなくても聞こえてるよ」

「エリナ、会長秘書が会長にそんな口を利くものじゃないな」

わずかに口元をゆがめるアキト。

「ほっといて!だいたいあなたなんかに呼び捨てにされる覚えはないわよ!」

「悪いな。習慣だ」

「!?」

ずずずと湯飲みのお茶をすすったアカツキが口を挟む。

「まぁそいつは今後に期待するとして当座の要求はさしずめエステバリスのパワーアップかい?」

「ああ。現状で最新鋭なのはわかっているが、あくまで量産を前提とした機体だ。ナデシコのパイロットなら………話をそらしてすまないが一ついいか?」

「なんだい?」

「コロニー…たしかサツキミドリとか言ったか?とにかくあのコロニーに警報を出してくれ。正確な日時はわからないが、近く木星蜥蜴に襲撃される。生き残るのはパイロットが3名だけだ」

「そんな!?」

慌てるエリナをよそに冷静なアカツキ。

「エリナ君、驚いてる暇はないよ。すぐに必要な処置をとってくれたまえ」

「こんな奴の言うことを信用するの!?」

「…エリナ君、僕にもう一度言わせる気かい?」

「!?」

息を呑むエリナ。

アカツキの顔から笑みが消えていた。今この瞬間、そこにいるのは、20代の若造ではなく、地球でトップの座に君臨するネルガルの会長である。

無意識にエリナは背筋を伸ばし姿勢を正す。

「もし間違いでも訓練だとでも言えばすむことだ」

「…わかりました。すぐに手配します」

「頼むよ」

エリナは再び会長室を出ていった。

「…彼女も優秀なんだけどねぇ」

そう言うアカツキの顔はいつも通りに戻っている。

「エリナには悪いが、会長はつとまらないな」

「残念だよ。そうでなければこんな仕事いつでも譲ってあげるんだけどねぇ…まぁいいや話を戻そうか」

「エステバリスの話だったな」

「そうそう。まぁボソンジャンプ可能な機体は後回しだね。どのみち君しか乗れないのでは意味がない」

「ああ。しばらくは現行の機体を強化してしのぐさ」

二人の会話はその後、3時間に渡って続けられた。

 

 

 

 

<ナデシコブリッジ>




ピピッ

ウィンドウを一瞥したルリはユリカの前に小さなウィンドウを表示する。

「はにゃ?」

『ボース粒子反応確認。テンカワさんのお部屋です』

そう文章だけが表示されている。

ミナトやメグミがブリッジにいるのでルリが気を利かせたのだろう。

「ん〜」

少し考えるユリカ。

「どうしたのユリカ?」

「えーと…ジュン君、少し休憩してくるからあとお願いできる?」

「いいよ。ユリカ、今日は珍しくずっとブリッジにいたからね」

「ありがとうジュン君。あ、そういえばルリちゃんもずっといたよね?一緒に行こっ」

「私は別に…」

「ちゃんと休息をとるのも仕事のうちよ」

「ミナトさんの言うとおりですよ」

「そうですか…じゃ、しばらくお願いします」

ミナトとメグミに促され席を立つルリ。

 

 

<艦内通廊>




「でも艦長。確かに今日は朝から全然休憩していませんね。どうかしたんですか?」

「え?…ああ、そうだね」

少し考え込むユリカ。

「…たぶんアキトにまかせっきりで自分だけお休みしてるのが嫌だっただけ、かな?」

いつになくまじめな顔をして呟くユリカを横目で見るルリ。

「………」

その顔が突然明るくなる。

「あ、アキト!」

少し先を歩いていた姿を見つけたユリカが駆け出した。

(艦長ってわからない人です…)

 

 
 
 

<ナデシコ食堂>




食堂の隅でオレンジジュースを飲む3人。

「それでどうだった?」

「ああ、二人とも相変わらずだったよ。エリナは腰抜かしてたけどな」

そういって笑みをもらすアキト。

「あははは、見てみたかったなぁ」

「とりあえず協力の件は取り付けた。まぁ協力というか協定というか…そうそうサツキミドリの件も言っといた。間に合えばいいけどな」

「そうだね…」

「…あのテンカワさん、艦長」

「ん?なんだいルリちゃん?」

笑顔を向けられた瞬間、ドクンとルリの体を強い鼓動が走る。

船に乗った直後はやや人を避けていた風にも見受けられたアキトだったが、今のアキトは違う。それとなく見ているルリだからわかるのだが、人の見えないところで細やかな気をつかっている。そして、どういうわけかはわからないのだがルリには特別優しい笑顔を向けてくれる。

「ルリちゃん?」

ユリカの声で我に返る。

「あ、すみません」

「ううん。それで?」

「お話を聞く限り、何か秘密のお話をされているように見受けられますけど」

「そうね」

あっさりうなずくユリカ。

「まぁ、秘密っていえば秘密だな」

アキトもそう答える。

「私の前で話してよろしいんですか?」

「いいんじゃない?」

「まあ、ルリちゃんだったら」

「…それって私が子供だからですか?」

少し拗ねたような口調(もっとも本人は自覚していない)で言うルリ。

「それは違うよ」

「そうよ。それにルリちゃんは子供じゃなくて一人の立派な女の子でしょ?」

「………」

「俺達にとってルリちゃんが特別な存在、だからかな?」

「それってどういう…」

「今は話せないの。ごめんね。でも、今話すとルリちゃん誤解するかもしれないから」

「ルリちゃんならいずれきっとわかるよ」

「…はぁ」

今ひとつ釈然としないルリだったが、二人から伝わる暖かい空気がそれ以上の追求を思い留まらせる。ルリ自身、この3人でいる時間を好きになりつつあったので、それを壊したくないとも思っていた。

(…はぁ、私もまだまだ子供ですね)

そう思いつつルリはオレンジジュースに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 <ブリッジ>

 
 
 

「前方コロニーを確認。サツキミドリ2号です」

「寄港準備お願いします」

「りょーかい」

気軽に答えるミナト。

ナデシコは緩やかな曲線を描いてサツキミドリの正面に移動するとサツキミドリを目指す。この間、ほとんど揺れというものを感じない。

「…ルリちゃん。サツキミドリの方角、とりわけ注意して下さい」

「…了解」

「艦長、なにか気になることでもあるのかね?」

「いえ、ただ…」

ユリカとフクベの会話をよそにサツキミドリに呼びかけるメグミ。

「こちら機動戦艦ナデシコ、サツキミドリ応答願います」

『はいはい聞こえてるよ。こちらサツキミドリ2号。いやーお嬢ちゃん可愛い声だね』

すぐに陽気な声で応答が入る。

「まもなくそちらに寄港します。係留準備をお願いします」

『オーケーオーケー任しといて…ザザ』

「え?」

突如、音声がノイズで覆われる。

「コロニー周辺に高エネルギー反応!」

「なんだって!?」

ジュンが叫ぶ暇もなく、ウィンドウに映るコロニーの各所が次々と爆発を起こす。

「コロニー方向より衝撃波…来ます」

ズズーン

衝撃波を受けたナデシコが震える。

「被害状況は!」

「ディストーションフィールド健在。艦内重力安定。特に被害はありません。続いて衝撃波第二波及び第三波来ます」

ズズズーン

「さっきまで交信していたのに…そんな…さっきまでおしゃべりしてたのに…」

一人呆然としているメグミを叱咤するユリカ。

「メグミちゃん!生存者いないか注意して!」

「え?…あ、はい!…サツキミドリ応答して下さい!サツキミドリ!」

我に返って呼びかけを再開するメグミ。

「総員戦闘準備!」

「了解!」

答えるなりすぐさま警報を発するゴート。

『総員戦闘準備!乗組員は直ちに…』

「ディストーションフィールド出力安定。グラビティブラストエネルギーチャージ開始します」

「艦長、進路はどうする?」

「進路はこのままで、速度を落として微速前進。提督、偵察隊を出します」

「うむ」

「エステバリス隊発進準備!」

「残念だが0G戦フレームが無いため発進しても戦闘は不可能だ」

「えぇーっ!?」

予想だにしていなかったユリカが叫ぶ。

「一機も積んでないんですか!?」

「そんな馬鹿な」

天を仰ぐジュン。もっともな意見である。宇宙戦を前提とした戦艦に宇宙戦が可能な機体が搭載されていないのだから。

「0G戦フレームはサツキミドリで最終調整を行っている最中だ。予備部品は大量に積んであるがフレームそのものは搭載していない」

きっぱり断言するゴート。

「なにせ急な出航でしたからねぇ。ええ」

眼鏡を直しつつうなずくプロスペクター。

「アキトぉ!!」

「…お前、俺にどうしろってんだ?」

食事時ではないため、一応、パイロットとしてブリッジに待機していたアキト。なんとなくこうなる予感はしていたのだが。

「アキトならなんとかなるでしょ?」

「なるか!!」

いかにアキトが優秀なパイロットであっても機体がなければどうにもならない。やれることと言ったらせいぜいナデシコの上に立って砲台代わりが関の山だ。ちなみにもう一人のパイロットであるガイは自室でゲキガンガーを見ている。

 

ズズン

ナデシコが震えた。先ほどまでの衝撃波よりやや揺れが大きい。

「ルリちゃん!?」

「前方、サツキミドリの方向から飛んできた物体がディストーションフィールドに衝突した模様です。衝撃波に紛れて探知できませんでした。物体はナデシコの周囲を浮遊中…確認、映像まわします」

表示されたウィンドウに注目する一同。

「む?」

「小型の脱出艇か?」

ディストーションフィールドに弾き返されたらしい円筒形の物体が縦に回転しつつ、再度ゆっくりとナデシコの方向に漂ってくる。

「あれって…」

(やっぱりヒカルちゃんが乗ってるんだろうなぁ…)

その身を案じつつも回転している脱出艇の中でヒカルがどうなっているかを想像して苦笑するアキト。

「ミナトさん」

「なぁに艦長?」

「あの脱出艇を回収しようと思います」

「うん。それで?」

「格納庫に入れられます?」

「え?………あぁなるほど、オーケーやってみるわ」

事も無げに言うユリカとミナト。

「まさか、ナデシコの方をあの脱出艇に合わせて動かすというのか!?」

「エステバリスを出せない以上、ナデシコで拾うしかありません。それともゴートさん他の方法をご存じですか?」

「しかしいくらなんでも」

「いやはや、ナデシコは戦艦なんですがねぇ」

プロスペクターが呟く。
 

…しばらく後、脱出艇は無事回収された。

 

 

「さすがに肩がこっちゃったわねぇ」

その割に大して疲れた様子も見せないミナト。1m刻み、時によっては数十cm刻みでナデシコを動かしたとはとても思えない。肩を叩いているのが唯一の表現だ。

「ミナトさん胸が大きいですからね」

うんうん気持ちはわかります、とうなずくユリカ。

「え?…あ。ま、まぁそれもあることはあるんだけどね…はは」

困った様に笑うミナト。

男性陣はなぜかあらぬ方角を向いている。

メグミはミナトを見てユリカを見てなにやらぶつぶつ言っている。

「脱出艇のハッチを開くそうです」

慌てて仕事に戻る一同。

報告した人物は一人冷静だった。

「私、少女ですから」

 

 

<格納デッキ>




「いいか油断すんじゃなねぇぞ!!いきなり蜥蜴が出てくるぐらいの覚悟はしとけ!!」

「うーっす!!」

そう言いながらも率先して脱出艇を開けにかかるウリバタケ。基本的に臆病とは無縁の人物である。

中からロックしてあったようだがウリバタケにかかれば子供だましも同然、ほどなくハッチが開く。

「さて、と…お?」

中にはパイロットスーツ姿の娘が転がっていた。

「はらほろひれはれ〜」

しばし呆気に取られるゴート、ウリバタケ、ジュン。

「…とりあえず意識はないようだな」

「…目と舌が一緒にまわってやがる」

「…器用ですね。おっと、担架を!」

かくしてヒカルはジュンの指揮の下、医務室に連行された。

 

 

「単に悪酔いしただけだそうだよ」

ブリッジに戻ってきたジュンが報告した。

「氏名はアマノ・ヒカル。サツキミドリで補充される予定だったパイロットの一人だ」

ゴートが告げるとユリカの前にデータウィンドウが表示された。

「わかりました」

「側面より本艦に接近する物体を探知!」

「「何!?」」

ルリの報告にどよめく一同。

「…機影確認、出します」

ブリッジ正面に大きなウィンドウが開く。

「エステバリスですね」

「ああ、0G戦フレームだ」

「機影は4機、加えてコンテナのような物体が一つ」

「あれは予備部品やその他の物資を運搬するツールボックスですな」

いくつかの映像からして先行する一機のエステバリスがワイヤーで後の3機とボックスを牽引していることが確認された。

「メグミちゃん、通信は?」

「ありません。こちらからの問いかけにも応答はありません」

「味方なら識別信号を発信するはずだ」

「今の所発信は確認していません」

「乗っ取られてるとかぁ?」

「そう決め付けるのはどうかと思うが、艦長?」

「…味方です。きっと通信装置が故障してるんでしょう」

断言するユリカ。

「識別信号は?」

「発信するのを忘れてるだけです」

「なぜそんな自信たっぷりに?」

ゴートが疑いの目を向ける。

無論、ユリカは事実と知っているからなのだが…

(だが、それだけじゃないだろうなお前は)

アキトはユリカを過小評価してはいない。自分たちの知っている事実とこの世界の事実が異なる可能性を忘れてはいないはずだ。

「ほら、あれ」

「「「「ん?」」」」

ワイヤーに白い大きなシートか何かが蝶々結びに結ばれている。

「ワイヤーに白い目印、牽引するときの基本だな…それは車の話だ!」

一人で突っ込むゴートに苦笑するミナト。

「木星の蜥蜴があれくらいお茶目だったらよかったのにね」

「構いません。近くまできたらフィールドを解除して下さい」

「艦長!」

「じゃあ念のため格納庫にエステバリスを待機させましょう。格納庫内なら0G戦フレームでなくても大丈夫でしょうから」

「ふむ、それなら…」

「アキトお願いね」

「了解」

 

 

 

<格納デッキ>

 
 
 

アキトの待機は結局無駄に終わる。誘導に従って着艦した赤いエステバリスのコックピットが開くと、遠目からでも女性とわかるシルエットの人物が姿を現した。

「かぁーたまんねぇぜ、たくよぉ」

ヘルメットを取ると彼女はそうぼやいた。ショートカットの髪を緑に染めたその人物は言うまでもなくスバル・リョーコである。

「「「お、女!?」」」

最初に回収されたヒカルも女性だったのだから今更驚くこともなかろうが、律儀に驚く一同。

「おい、まず風呂!それから…」

「はいどうぞ」

「へ?」

ホットドッグとジュースの入ったコップを載せたトレイを差し出されて戸惑うリョーコ。

「お、おう。わりぃな」

取りあえずコップを受け取るリョーコ。

ちらりと見た相手は士官服を着ているから偉いのだろうがただにこにこと笑うだけでとてもそうは見えない。

「あー…」

「私はミスマル・ユリカ。本艦の艦長です!あなたのお名前は?」

にこにこにこにこ

「お、おう、お前が艦長か。お、俺はスバル・リョーコってんだ、まぁよろしくたのまぁ」

「ええこちらこそよろしくお願いします!」

にこにこにこにこ

無言の圧迫にホットドッグをかじりながら後ろを向くリョーコ。

「なんかやりにくい艦長だな…」

「なにかおっしゃいましたリョーコさん?」

にこにこにこにこ

「な、なんでもねぇよ」

「エステバリスの0G戦フレームは4機だけか?」

ゴートの声にこれ幸いと答えるリョーコ。

「まだ何機か残ってたよ。さすがに全部は持ちきれなかったんでな」

「他のパイロットは?」

「さぁな、生きてんのかおっ死んでんのか…」

「生きてるよーん!」

ドアが開くなり手を振りながら現れるヒカル。

「うぇっ!」

たじろぐリョーコをよそにヒカルは個性豊かな自己紹介を開始する。

一人にこにこしているユリカを除いてみな呆気にとられている。リョーコに至っては頭に手をやって頭痛を堪えている。

「さすがナデシコのパイロット、立ち直りが早い」

アサルトビットを出ながらうなずくアキト。

「ま、二人残りゃ上等か…」

頬をかきつつ呟くリョーコ。

『…勝手に殺さないで…ザザ』

「イズミちゃん!?」

声がしたリョーコの手首の通信機にとびつくヒカル。

「生きてたんだ!イズミちゃん、今どこ?」

『それは……言えない』

「え?」

「あん?」

『それよりツールボックスを開けて』

「「「?」」」

視線をツールボックスに向ける一同。

リョーコがリモコンを取り出しツールボックスに向ける。

プシューッ

「う…うぅ…あ…あああ」

ボックスの開いた箇所の一つ…強いて言うなら引き出しだろうか?…から人影が現れた。

「ふ…ふふ…あはははは………はぁ、空気がおいしい」

そう言ったのは髪の長い女性だった。

きょとんとする一同をよそにツールボックスに突進するリョーコ。

「うらぁぁぁぁーっ!!」

そのまま女性の現れた引き出しに両手をかけ力一杯押し始めた。

「う、ああっ、いやぁ!」

足を突っ張って懸命に堪える女性。

「お願いだから、しめないで…サバじゃないんだからさ………ぷっ、くくく、あはははは、あーはっはっはっ!」

笑い出した女性を見て怒る気も失せたのかリョーコが説明する。

「こいつもパイロット。名前はマキ・イズミ。以下同じ」

「あははははは」

ダンダンダン

ツールボックスを叩いて笑い転げるイズミ。

一同はその頃になってようやく気付く。イズミは酸素欠乏症になっておかしくなったのではなくさっきのがギャグ…それもかなり寒いギャグだったということに。

 

 

 

<しばらく後>




「じゃ、とりあえず今ある0G戦フレームはリョーコさん、ヒカルさん、イズミさんがそれぞれ使って下さい」

「ま、当然だな」

「当然当然」

「立候補して勝つ。それは当選、とうせん、当然、ぷっ、くくくく…」

「「「………」」」

慣れているので耐性があるリョーコ、ヒカル、ユリカ、アキト以外はどういう反応をしていいのかわからない。

「………コホン。それでもう一機はどうされます?」

もう一人どうにか冷静なプロスペクターが続ける。

「あ、それはもちろんアキトに」

「ちょっと待てぇ!!」

「はい?」

「艦長!普通は俺だろ俺!」

「そうですか?」

「当たり前だ!俺は正規のパイロット!アキトはコックだろうが!」

「でも、一応正規パイロットとしても契約してますよ」

「そうでしたな」

「訓練も経験も無いだろう!」

「こほん。ヤマダ・ジロウさん」

一つ咳払いをすると真面目な顔をするユリカ。それに気圧されたのかいつものように名前の訂正を忘れるガイ。

「お、おう」

「確かに訓練期間はこの中で一番少ないかもしれません。ですが実戦経験ならアキトが一番です」

「なんだと!?」

「へ?」

「………」

「んな馬鹿な!?」

「…ユリカ」

「あ、そっか。…と、とにかくいずれにしろサツキミドリから残りのフレームを回収し終わるまでの話です」

「だが、艦長!」

「艦長命令です。いいですね」

 
 

 
 

(うーん、やっぱり感触がいまいちだな)

ぼんやりとそんなことを考えているアキトの耳にリョーコ達の会話が入る。 

「生物反応はなし、か」

「目的ポイントの位置確認」

「豚の角煮…ぶっ、くくくく」

「う゛っ………じゃあ突っ込むぞ、ナデシコからのエネルギーラインが切れるからな」

「りょーかい」

「豚の角煮…あはははは」

「了解」

アキトの冷静な口調に気付くリョーコ。

「…テンカワとか言ったな」

「そうだけど」

「お前よく平気だな」

「平気ってなにが?」

「なにがってイズミの…まぁいい。お前はここ初めてだろ。あたい達の後からついてきな」

「了解」

そのまま4機はサツキミドリに飛び込んでいく。

 
 
 

<サツキミドリ内部>




「なんでぇ、結構いい動きしてるじゃねぇか」

「そうだね。狭い通路を無駄な動きなしでちゃんとついてきてる」

すっとイズミのエステが下がりアキトのエステと並んだ。

アキトのコックピット内に小さくイズミのウィンドウが現れる。

「…あんた、ただ者じゃないね」

シリアスモードのイズミが言った。

「…ただのコックだよ」

「ふっ、まぁそうしとこうか」

イズミのエステは再び先行する。

「なんだろね?」

「知らね」
 

アキトがいた時代のイズミは各種武術に通していたが、この時代のイズミはただのパイロットのはずだ。

(…はずなんだけどなぁ。気をつけないと)

プロスペクターとイズミ、何を考えているのかわからないという点においてこの二人はアキトの中で同格である。いずれにしろ敵には回したくないものだ。

 

 

程なく格納庫に到着する一同。

「あーおっきい真珠みっけ」

「1、2、3機。ガイに1機渡して予備機が1機か…」

「あん?えーと…テンカワか。お前引き算もできないのかよ?3引く1は…」

「リョーコちゃん危ない!!」

「へっ?うわっ!!」

アキトのエステに蹴飛ばされるリョーコのエステ。その直後に砲火が降り注ぐ。

「なに!?」

リョーコの視線の先に上半身のあちこちにジョロが取りついたエステバリスが現れる。

「わぁデビルエステバリスだぁ!」

「なんだそりゃあ!!」

「蜥蜴にコンピュータを乗っ取られた様だね」

敵エステバリスの両腕があがると両腕のジョロから銃弾が放たれる。

「ちっ」

散開して攻撃をかわす4機。

「だが、総重量はそっちの方が重てぇんだ!懐に飛び込んで接近戦なら!」

弾丸をかわしつつ敵エステに接近するリョーコ機。

「へ?」

両腕から触手を伸ばしたジョロが支柱に飛びつく。その触手を引き戻すことで支柱に向かって飛ぶ敵エステバリス。そのまま手長猿のようにあちこちをぶらさがり飛び移りながら攻撃を仕掛けてくる。

「うへぇ!早すぎるよぉ!」

泣き言を言いながらもどうにかこうにか攻撃をかわし続けるヒカル機。

いずれにしろ狭い場所での戦闘であり、その機動力はナデシコ側のエステバリスを上回っている。

「図体重そうなくせに、やるわね」

「へっ上等だ。同じエステならこの位やってもらわねぇとな」

思い思いの感想を述べる3人娘をよそに一方のアキトはと言うと…

「くっ、やっぱり鈍い!!」

着弾の衝撃に揺れるコックピット内でうめくアキト。

(…つい、ブラックサレナに乗っていたときと同じ様な回避をしてしまったな)

思うように動かないエステはディストーションフィールドに銃火を浴びる。

狭い場所でのことであり、ましてやブラックサレナと比べるのは酷としか言いようがないのだがアキトは歯がゆくてならない。

「どうするのリョーコ?」

「こちとら売られた喧嘩だ。高く買い取ってやらぁ」

「………」

アキトは前回どうやってリョーコ達がエステをコロニーの外に叩き出したのか知らないので黙っている。

「おい、テンカワだったな」

リョーコがアキトに声を掛けた。

「なんだい?」

「さっきリョーコちゃ…ま、それはいい…やれるか?」

「ああ」

アキトは力みもせず頷いた。

「おっし」

かすかに笑みを浮かべるリョーコ。

「いくぞ!ヒカル、イズミ!」

銃火をかわしてフォーメーションを組み直す3機。

「はいはーい!!」

「くわばらくわばら」

ヒカルとイズミが敵の正面左右から突っ込む。

それに気付いて銃撃をやめる敵エステバリス。

「ひっさーつ!ダブルアターック」

前後して飛び込んできた2機を殴り飛ばす敵エステ。

「…じゃなくってぇ」

もとよりそのつもりだったので大した被害もなくフィールドで拳を受け止める2機。

その隙に頭上からリョーコのエステが突進する。

それに気付いた敵エステは触手を伸ばすと後ろ上方に跳んだ。

「いまだテンカワ!!」

リョーコの合図で突如、敵エステの背後に現れるアキト機。

「てぇぇーい!!」

イミディエットナイフを逆手に構えたアキトのエステが腕を振り下ろす。敵エステは慌てて回避するが避けきれずナイフが胴体に食い込んだ。

「…悪いな」

キュィィィーン!

空いている左の拳にディストーションフィールドが集束する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<アキトの部屋>

 

 
 

「いや、すまなかったね」

どうにかつながった通信ウィンドウで開口一番アカツキがそう言った。

「コロニー要員の大部分は理由をこじつけて月に避難させたんだが、正確な日時がわからない以上、さすがに無人にはできなくてね。最終テストが終わっていなかったエステバリスとその関係者も残らざるを得なかったというわけさ」

「わかっている。死人が減っただけよしとするさ」

「そうかい」

「………」

しばし無言で向き合う二人。

「…さてナデシコは火星に向かうわけだが、間もなく通信もできなくなるだろう。ま、君のことだから心配はしていないけどくれぐれも気をつけてくれたまえ」

「ああ、それじゃまたな」

ウィンドウが閉じるとアキトの部屋に沈黙が降りた。

 

 
 
 

<ナデシコ食堂>

 
 
 
 

「ふーん。ガイとメグミちゃんがねぇ」

「そうなの」

なんでも0G戦フレームをもらえなくてふてくされたガイがたまたま展望ドームに行き、前回同様落ち込んでいたメグミを励ましたらしい。

(…ガイのことだから0G戦フレームのことなんかすぐに忘れて持ち前の熱血が燃え上がったんだろうな)

どんな熱い台詞を吐いたのかなんとなく興味がわくアキト。

「はいルリちゃんお待たせ」

「どうも」

チャーハンの皿をルリの前に置く。続けてユリカの前にも。

「うーん」

「なんだユリカ?」

ユリカは目を皿の様にして自分とルリの皿を見比べる。

「…なんだかルリちゃんの方が量が多い」

「そうですか?…言われてみればそんな気もしますけど、それが何か?」

「アキトがこういう風においたことが問題なの!」

「はぁ」

「アキト!?」

壁に手をつくとがっくりと肩を落とすアキト。

ひとつため息を吐いた後で振り返る。

「あのなぁルリちゃんはお前と違って育ち盛りなんだからいっぱい食べないと駄目だろう」

無論、別にアキトは意図して量を加減などしていない。

「私は私は!?」

「お前は食べ過ぎなんだ、少し量を減らせ。太るぞ!」

「ぶー食べても太らない体質だから大丈夫だもん!」

「嘘つけ!!」

ルリは傍観を決め込むとスプーンを手に取った。

「ほーんと馬鹿ばっか」

そう呟くとルリは一口食べる。

「…おいしい」

微笑んだルリの頭上では今日も平和に夫婦喧嘩が続いていた。

 

 

 

つづく


 
 
 
 

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