機動戦艦ナデシコ 五つの花びらと共に
シン、と静まり返った空間。
武道場とおぼしきその空間の中央、『激我』と書かれた掛け軸の前に一人の男が座していた。
白の軍服を着込み、板張りの床の上に背筋を伸ばし正座している。
その瞳は硬く閉じられ、表情もまた厳しいものであった。
一人しかいないのにも関わらず武道場の中は緊張した空気で満たされている。
いかな木連の軍人と言えども生半可な心構えでは足を踏み入れることすらかなわぬであろう。
男の名は月臣元一郎。
優人部隊でも1、2を争う猛者である。
<優人部隊所属戦艦ゆめみづき艦内武道場>
「…月臣少佐?」武道場の外から控えめに声がかかった。
「………九十九が帰還したか?」
「!」
驚いた気配が伝わる。
「…は、はい、先刻白鳥少佐が朱鷺羽中尉と共に無事帰還なされました」
「………」
月臣はしばし間をおいて続けた。
「………二人だけか?」
「いえ、敵の捕虜を同行しておられます」
「………すぐに行く」
「はっ、それでは」
「………」
部下が立ち去る足音が消えても月臣は動かない。
ギリ
歯をくいしばる。
「…喝っ!!!」
月臣はカッと目を見開いた。
第13話 『それぞれの戦いが始まる』
<ナデシコブリッジ前部デッキ>
主要メンバーが一同に会している(例によってムネタケの姿はない)。
月軌道の簡単な勢力図とルートが表示されているウィンドウを前にジュンが説明を行っている。
「…現在、月面上の敵部隊の一部が活発な動きを見せている。その目的は今の所不明だが、軍では大攻勢の前触れという見方が大勢を占めているみたいだね。先日も月面で原因不明の大爆発があって、まぁ、何も無い場所だったから被害は無かったみたいだけど、警戒を強めるには十分な理由だ。そのため、衛星軌道上に配置されていた艦隊の多くがより月近くへ移動を行っている。ナデシコもその一環として月面へ移動する旨命令がありました…プロスさん」
ジュンはプロスペクターに場所を譲る。
「一方、ネルガルは火星への再侵攻を計画しています。前回の経験を踏まえ、間もなく就航するナデシコ級3番艦カキツバタ並びに4番艦シャクヤク、それに本艦を加え、コスモスを母艦とした部隊で独自に作戦行動を展開する予定です。それに先立ち、現在わが社の月地下ドックにて最終工程にあるシャクヤクの防衛のためナデシコを月面へ移動します」
「というわけでナデシコは間もなく月面ドックへ到着します」
ユリカがそう告げて説明を終えた。
「しつもーん」
ヒカルが挙手した。
「はいヒカルちゃん」
「ミナトさんとメグちゃんとヤマダ君のことはどーするの?」
ヒカルの発言に顔を見合わせる一同。
「テンカワのエステバリスの信号は?」
ジュンが渋い顔でルリの方を向いた。
「敵の勢力圏に入って間もなく途切れました」
「はっしんきのしんごうもおなじ」
オペレータ席から答えるルリとラピス。
現在、ミナトとメグミが拉致され、エリナも用事があってナデシコを離れている。そのため、二人でオペレータと操舵手と通信士を兼務しているため結構、というかかなり忙しい。更に加えると、アキトがエリナに同行しているため、食事の出前持ちがアキトでなかったので機嫌もあまりよろしくない。
「…単に忙しいだけです」
「わたしはアキトがいないとつまらない」
「…素直ですね、ラピスは」
「わたし、こどもだから。ルリは?」
「私、少女ですから」
「?」
「…難しいんです、いろいろ」
「エステバリスの信号と発信機の信号がほぼ同時刻…敵の勢力圏内に入った時点で途切れたのなら、破壊されたというよりは電波妨害によるものと考えるべきだろう」
ゴートが推測を述べる。
「さすがに急ごしらえ品より敵の妨害の方が上でしたか…こうなるとエステバリスの損失が痛いですな」
「おいおい、それよりあいつらの方が問題だろ」
何考えてんだ、という顔でプロスペクターを見るリョーコ。
無論、軍人であるイツキは言うに及ばず、プロである所のリョーコ達は戦う上での損失というものが頭に入っており、下手な私情を持ち出すつもりはない、ないが…それはそれ、これはこれである。
「まぁ相手がただの機械ならあっさり殺されて終わりでしょうが…」
「プロスさん!」
「まぁまぁジュンさん、少なくともみなさんを人質にしたのは人間ですよ。…もっともその方が厄介かもしれませんがね」
「でもどういうことなんでしょうか?白鳥さん…というか、あの方たちは…敵は正体不明の木星蜥蜴だ……え、あの、みなさんどうかしました?」
いつのまにか一同の視線が自分に集中していたので戸惑うイツキ。
知らずに一同が一番気にしていたことをあっさりと口に出してしまったのである。
「少なくとも哺乳類ではあったわね」
くすり、と笑うイネス。
「だよね〜木星蜥蜴っていうくらいだから爬虫類かななんて思ってたけど」
「ばーろー、だいたい無人兵器ばっかりでそんなこと想像できっか」
「そーだな、ジョロとかバッタとか見てると、昆虫人って線も捨てがたかったんだが…」
「では、どうして蜥蜴などという話になったのだ?」
「軍じゃ教えてくれなかったのかい?」
「わ、私みたいな新入りの下っ端になんかとても…」
イネスの発言をもとにわいわいと論議を始める一同。ちなみに順に、ヒカル、リョーコ、ウリバタケ、ゴート、イズミ、イツキである。
ちなみにユリカとイネスは涼しい顔でそれを眺めている。
「そうですね。お話しておきましょうか」
喧騒を眺めていたプロスペクターが口を開くと、一同が静まる。
「プロスさん、彼らが何者か知っているんですか?」
代表してジュンが聞いた。
「私もつい最近知ったばかりなのですが…よろしいですか艦長?」
プロスペクターはユリカに確認を求める。同時にその向こうにいるアカツキにも。
アカツキは両の掌を上に向けて肩をすくめた。もっともエリナがいたら大慌てだろうが。
ユリカも頷く。
「はい…今しかないと思います。戦いの理由を、私達が戦っている相手を、みんなに…このナデシコで戦っているみんなに知っていただきましょう」
<数時間前 ナデシコ艦内 提督室>
プシュー
ドアが開く音でムネタケは顔を上げた。アルコールが入っているため視界はぼやけ、顔も赤い。だが、すぐにその顔が険しいものになる。
「…ここは提督であるあたしの部屋よ。呼ばれもしないパイロット風情が来ていい所じゃなくてよ!」
だが、黒装束の男…言うまでもなくアキトである…は気にした様子も無く部屋に踏み入る。
「飾り物の提督になどこちらも用はない」
「なんですって!?」
椅子を蹴って立ち上がるムネタケ。
「だが、あんたが本当にナデシコの乗組員なら会う価値はある」
「?…どういう意味よ」
「答えは自分で考えろ。俺は少し昔話をしにきただけだ」
「昔話?」
「ああ、昔あった話だ…昔な」
<ゆめみづき 格納庫>
「敵の人型戦闘機ですか!?」
脱出艇…テツジンの頭部からずり落ちた機体を見て整備員が驚きの声を上げた。
「ああ、どうにか動かせたんでな、奪って来た。もっともすぐにガス欠になったんで今はただの鉄屑だが…」
答えたのは朱鷺羽要(ときわ・かなめ)と言う名を与えられた青年だ。もっとも今はナデシコの艦内着を着ており、ナデシコのクルーなら誰が見ても『テンカワ・アキト』という名前を思い浮かべる容姿をしている。
「すごいですよ朱鷺羽中尉!このコックピット部分は今まで鹵獲されたことがありませんからね!」
声を聞いた整備員達がわらわらと集まってきてエステバリスにとりついていく。普段、ジンタイプの整備しかしていない彼らにとって…実際はジンタイプの実戦への出撃はこの前が始めてであり、ジョロやバッタに至ってはもともと自動整備システムがあるため必要が無い…敵の最新鋭兵器というのは願っても無い研究対象なのだろう。
「何かの足しになれば幸いだ」
そう言った後で、既に誰の耳にも入っていないことに気づき、わずかに笑みをこぼすと要はエステバリスから下りた。
「おい要!手伝ってくれ、彼を下ろす」
テツジンの頭部から白鳥九十九が要を呼んだ。すでに下ろされたメグミとミナトが九十九を見上げている。
「放り出せばいいだろう?」
艦内は月面の重力と同環境、すなわち1/6Gになっている。完全な状態で直立しているテツジンの頭部から落とされるならともかく、今の状態では痛い事は痛いがさほどひどいことにはならないだろう。
「馬鹿を言うな。彼は我らと同じくゲキガンガーを愛する男だ!…いや、それは抜きにしてもだ、彼はゲキガンガーの映像を記録した機械を持ってきてくれているんだぞ!」
「それが?」
「聞いて驚け!幻の第13話が入っている!!」
「何!?」
驚きの声を上げる要。だがその声は直後その場にいた全員があげた叫びにかき消された。
『えぇーっ!!』
「馬鹿な!本当か!?」
声が上ずっている要。
「それだけじゃない第9話も第33話も全話全てだ!!」
『おぉーっ!!』
歓声をあげる優人部隊一同。
「どうでもいいから早くほどいてくれーっ!!」
喧騒に満ちた格納庫に足を踏み入れると男は朋友の名を呼んだ。
「九十九!」
「?…元一郎!!」
月臣の姿を見つけた九十九はテツジンの頭部から飛び降りると月臣に駆け寄った。
ガシッ!
九十九の突き出した拳を掌で受け止める月臣。
「やはり無事だったな。お前が簡単に死んだりするはずないと思っていたぞ!」
「お互い様だ。しぶとい奴め」
一通り挨拶が済むと二人は歩み寄ったもう一人に視線を向ける。
「要…よく戻った」
「当然だ。お前たちも伊達で鍛えたわけではないだろう」
それ以上の言葉をかわさずに笑みを浮かべる月臣と要。
「ああ、よく戦った。もうお前に文句をつける奴はいるまい」
「………」
九十九の言葉に目を細める要。そうしてから口を開く。
「だが、敗北は敗北だ。初戦は敵の方が上手だった。それは潔く認めよう」
「…確かに」
「ああ、そうだな」
うなずく月臣と九十九。
「だが、我々が奴等より劣っているということと同義ではない。借りは次の戦いで返せばいい」
「その通りだ。さぁレッツ!」
「「「ゲキガイン!!!」」」
九十九が突き出した腕に腕をあわせる元一郎と要。
「「「はっはっはっはっはっ!」」」
「あの〜すみません」
恐る恐る声をかけるメグミ。
「もりあがっちゃってる所悪いんだけど、これからあたし達どうなるのかな〜なんて…」
にっこり笑って続けるミナト。
「こほん。いや、失礼致しました」
赤面して咳払いする九十九。
「そちらのご婦人方が捕虜か?」
「いや、捕虜は捕虜だが…彼らは私を匿って逃そうとしてくれた心清き人達だ」
九十九の言葉を聞き流しつつ、月臣はミナト達の前に進み出る。
「お初にお目にかかる、私は木連優人部隊少佐月臣元一郎。失礼だがお名前をお聞かせ願えるか?」
「え?…あ、ミナト・ハルカです」
「め、メグミ・レイナードです」
「そう…ですか」
なぜか暗い表情になる元一郎。そこへ威勢のいい声がかかった。
「そして俺様がダイゴウジ・ガイだ!!」
ゲキガンガーの映像ディスクを引き渡し、既に賓客扱いであるガイが胸を張って立っていた。
「………」
ガイの自己紹介を聞いた後しばし固まる元一郎。
「ん?どうした元一郎」
「…どういうことだ九十九?お前に双子の兄弟がいたというのは初耳だぞ」
「あのなあ元一郎、お前、何年俺と付き合ってる?俺に男の血縁者はいない。家族はユキナと要の二人だけだ」
「しかし!」
「だいたいそんなに似ているのか?彼と俺は」
ガイと並んで立つ九十九。
「ああ、赤の他人とは思えん」
うんうん、と頷く一同。
「そぅかぁ?」
「うぅむ」
顔を見合わせるガイと九十九。
<再びナデシコブリッジ>
「…私が知っていることは以上です」
そういってプロスペクターは話を終えた。同時に全乗員の前にあったウィンドウが一斉に消える。
『………』
一同は声も無い。その中で一人ユリカが口を開く。
「ルリちゃん、ドックまでどのくらい?」
「え、あ……約18分後です」
「そう。ドック到着後、整備終了まで通常シフトで待機とします…みんな時間が必要でしょうから」
そう言って艦長席に戻ることで会議の終了を告げるユリカ。
一同は所在無くしばらく立ち尽くしていたが一人、また一人とブリッジから出て行った。
「…いいのユリカさん?」
イネスがユリカのそばに来ると言った。
予定通りなら遠からず優人部隊の攻撃が開始されるはずだ。警戒態勢にすることはもちろん、何か理由をこじつけてナデシコの整備も待たせていつでも発進できるようにしておくべきだろう。
「…私たちは機械じゃありませんから」
泣いているような笑っているような不思議な表情でユリカが言った。
「そう……そうね」
イネスはそう言うと目を閉じた。合わせたようにユリカも目を閉じる。
そのまま二人はしばらく何も語らず瞳を閉じていた。
<ゆめみづき貴賓室>
「ふざけんな!!それじゃ悪いのは全部軍のやつらじゃねぇか!!」
だんっ!!
ガイの拳が畳に叩き付けられた。
長い話の間に冷えてしまったほうじ茶の入った茶碗が盆の中で転がる。
「…ひどい」
口元をおさえて目を潤ませているメグミ。
「これが私達の歴史です…」
そう言って話を終える九十九。改めて語ったせいだろうわずかに苦渋の表情がにじんでいる。
「白鳥さん…」
気遣うようにミナトが声をかける。
「…話は終わったか?」
割り込むように部屋の外から要の声がかかった。
「要か?どうした?」
「どうした、じゃないだろう?」
そう言いながら要が顔をのぞかせた。
「そろそろ時間だぞ、白鳥艦長。元一郎はとっくにダイマジンの中だ」
「そうか…では、みなさん、また後程」
一礼して席を立つ九十九。そのまま要を促して外に出ようとする。
「あ、ちょっと」
「何か?」
「その…要君だっけ?あなたも木連の人、よね?」
「…当たり前だ」
やや間があって答える要。
「で、こっちのヤマダ君と白鳥さんもそっくりなんだけど、あなたとテンカワ・アキトって人がそれ以上にそっくりなの」
「もしかしてアキトさんの兄弟とか?」
「まさかアキトの奴…いやいや奴に限って…いやしかし」
「………」
要は憮然とした表情を浮かべているものの、何も答えようとはしない。
「すみません。要は……その、昔の記憶がないのです」
見かねた九十九が口を挟んだ。
「記憶がねぇ?」
「記憶、喪失ですか?」
「ええ」
「九十九、先に行くぞ!」
そう言い残し要は貴賓室を出て行った。
「せわしい奴だな」
「アキト君と違ってナイーブそうねぇ」
「そうですかぁ?」
めいめいの感想をもらす3人。
「いろいろありまして……さて、それでは私も失礼します。艦長の仕事もいろいろありまして」
「艦長?お前パイロットじゃなかったのか?」
「我々木連では艦長はあらゆる技能に秀でた者しかなれません。テツジンの操縦もまたしかりです。指揮官たる者、常に部下の先に立って戦わなければなりません」
「ふーん…白鳥さんってなんだか格好いいわね」
にっこり笑っていうミナト。
「え?…あ、いえ、そのようなことは!こ、これはつまり当然といいますか!ですから艦長たるもの!」
あたふたと言葉を探す九十九。
「ううん、素敵だと思う」
「!」
絶句して真っ赤になる九十九。
「あ…いえ、つまり、そのですね」
「うんうん」
「あ、ですから」
「それで?」
赤くなった九十九がおもしろいのがどんどん突っ込んでいくミナト。
実際にどんどん近寄ってくるので九十九は更にしどろもどろになる。
『艦長』
助け舟は司令室からやって来た。
「な、なんだ!?」
『いえ、そろそろ作戦開始時刻です』
「わ、わかった、すぐに戻る。そ、それではみなさんしばらく失礼します」
ぎくしゃく、とした動作で出て行こうとする九十九。
「ちょっと待ってください!作戦ってまさか!?」
メグミの声にはっとなる二人。
九十九は足を止めると三人に向き直り頭を下げた。
「…誠に申し訳ない。しかし、これが自分の使命なのです」
上げた顔はすでに真剣な軍人の顔に戻っていた。
<ネルガル重工月面ドック>
「月面フレームか、久しぶりだな」
ものものしい造りのエステバリスを見上げるアキト。
エリナに同伴してネルガルの地下ドックに到着した所である。エステバリスのテストという話だったので今回は最初からパイロットスーツ姿である。
「久しぶりねぇ…一応、最新鋭なんだけど」
不満そうな顔をしてみせるエリナ。
「ま、いいわ。とりあえずあなたのエステバリスは持ってかれちゃったし、予備機の調整が終わって使えるようになるまで、実戦テストをかねて使ってみてちょうだい。その結果に合わせてナデシコへ回す分の調整をするから」
「まぁ、陸戦フレームはともかくアサルトビットが持っていかれたのは痛いな」
「いいじゃない。いい加減ぼろぼろだったでしょ?だいたいあなたは使い方が荒すぎるのよ」
「へいへい、ま、アカツキが自分の分と一緒に持って来た0G戦フレームのカスタムタイプもようやく使えるな」
「ぐっ…おかげでテストが増えてイネスさんやウリバタケさんも悲鳴をあげるでしょうね」
「さて…」
<ナデシコブリッジ>
マジンが消えると少し離れた所に現れる。移動距離が同時に表示される。
「ふーん、パターンがわかりゃたいしたこたぁねぇな」
ウィンドウを眺めていたリョーコが言った。隣のヒカルもうなずく。
「うん、あたしたちだけで十分やっつけられそうだね」
「それじゃいくつかフォーメーション案を考えてみましょうか?単独の場合と複数同時の場合で…」
イツキの言葉は途中で遮られた。
「犬が倒れた、ワン、パターン」
「「「………」」」
イズミが言った数百年前からの伝統的駄洒落に沈黙する一同。
「しかし、そうは言ってもナデシコとシャクヤクじゃ伝送系がまるで違うぜ。同型艦たって1番艦と4番艦じゃものが違いすぎる」
「セイヤさんの言うとおりだと思うよ」
Yユニットの仕様書を見ながらウリバタケが言った。ジュンも同意する。
「いいんです」
きっぱりと言うユリカ。
「あくまでもしもの場合ですから。とりあえず、シミュレーションだけでも」
「まぁいいけどよ」
「なんでこんなことを思いついたんだいユリカ?」
「え?えーと、もしかしたらYユニットをもう一つ作ってもらえるかも知れないでしょ?」
「そうかな?」
「それで物資の搬入状況は?」
「後30分ほどで大半は片付きます。後はシャクヤクとYユニットですが…」
ナデシコの左舷を見るゴート。最終作業中のシャクヤクが見える。
「あれは本当にハリボテですか?」
「ハリボテとは失礼ですね。少なくとも相転移エンジンは本物ですよ。まぁ試作中に非採用になったものではありますが」
「しかし、単にシャクヤクを別の場所で隠密裏に建造すればよかったのでは?」
「敵をあざむくには味方から。囮とはいえ、けちけちしてはいけませんよ」
プロスペクタ-の眼鏡が光る。
「まぁ、実際、洒落にならない損失ではありますがね」
「3番艦カキツバタは?」
「現在、地球でテスト運用中です。とはいえ、この先どうなることやら…」
「しかし…なんだね」
アカツキが呟いた。聞こえたのは隣にいるイネスだけである。
「どうかしたかしら?」
「ここの連中のことだ、真相を聞いたらどっと落ち込むんじゃないかな、と思っていたんだけど…なんていうか拍子抜けだね」
平然として仕事をしているクルーたちを見つめる。
「それはちょっと違うと思うわよ」
「どういうことかなドクター?」
「アカツキ君のいう通りよ。ここの人たちは間違いなく落ち込むわ」
「でも、実際はこうじゃないか?」
「つまり、みんなまだ呆気に取られている状態なのよ」
「呆気に取られている?」
「まだ、事実を事実としてよく受け止められていない。だから、表面上はいつもどおり。これから徐々に事態を理解して把握した時、本当のショックがやってくる。まぁ、その時はカウンセリングでもなんでもするけどね」
「そういうものかね…」
「それよりよかったの?知られてしまって?」
「どうせいつかはわかることさ。それに正直、僕も迷っていてね。この先どうするか…」
黙り込んで遠い目をするアカツキ。
「おっと今のは無し、オフレコだよドクター?」
「ふふ、いいわよ。ま、人生相談くらいいつでも聞いてあげるから医務室にいらっしゃい」
そう言いながらイネスはブリッジを出て行った。
「人生、か…本当にどうしようかねぇ、テンカワ君」
<ゆめみづき ダイマジン格納筒>
コックピットでじっと九十九の声を聞いている月臣。いつもならコックピット内のあちこちに散らばっているゲキガンガーグッズもなりを潜めている。その表情は険しく、任務に臨む真剣な表情というより、さらに一段上、別の雰囲気を漂わせている。
『…確認するぞ、元一郎、要。まず、元一郎が次元跳躍にて敵歪曲場内に侵入。続いて、要が別地点に同じく次元跳躍で侵入。いずれかが敵戦力を引き付けもう一方が歪曲場内から敵歪曲場発生装置を破壊。歪曲場が解除された段階で本艦の無限砲にて敵基地を攻撃する。歪曲場解除後は各員の判断にて行動し、敵新型相転移炉戦艦の破壊を行う。以上だ。武運を祈る』
『了解』
要の返答が聞こえた。
月臣は答えない。
(…まずは目の前の使命を果たすのみ)
雑念を払うと、音声受信マイクを引き寄せ、気合を込めて叫ぶ。
「いくぞダイマジン、ゴー!!」
<月面基地 居住ブロック近郊>
フォォォーン!
ボソンジャンプにて基地内部に出現するダイマジン。無論、連合軍の影も形も無い。警報サイレンすら追い越し月臣は現在のエリアを覆うシールド発生施設を発見した。照準をつけるとグラビティブラストの発射態勢に入る。
「くらえ、ゲキガン…」
『そう簡単にはいかない』
「何!?…ぐわっ!」
突如背後から襲った衝撃にダイマジンは前のめりに倒れ込んだ。
『ちょっとテンカワ君!!月面フレームで何をやってるの!?』
月面ドックのオペレータ室から怒鳴るエリナ。
月面フレームの施設内運用試験という名目で(考えたのはエリナである)、施設内を飛び回っていた(実際には跳ね回っているというのが正しいのだが)アキト操るエステバリスは突如出現した敵人型兵器と“偶然”遭遇し、敵が攻撃態勢に入るや否やこともあろうに“飛び蹴り”を加えたのである。
「ちょっと試しただけだ。さすが重力六分の一、やればできるものだな」
涼しい顔をして答えるアキト。
勢い余った月面フレームは転倒したダイマジンの頭上で軌道修正中だ。
『月面フレームは砲戦用よ!格闘なんて試さないで!』
「いいじゃないか。それにしても…さすがに他のフレームより頑丈にできている」
かなりの加速状態であったにもかかわらず、ウィンドウに表示された各部のチェックデータは至って問題なしと告げている。
『あのねぇ…間違っても対艦ミサイルでパンチなんかしないでね』
「それはあちらさんの十八番だ。真似はやめておこう。それよりナデシコのエステバ…」
ズズーン!!
遠くで爆発が起こり同時に基地エリアを覆っていたシールドが消滅する。
「あれ?」
『ちょっと何!?………もう一体ですって!?』
(やはりもう一人の奴が出てきたのか?)
考えないでもなかったが、生憎とアキトは1人しかいないので居住施設のあるブロックを優先したのである。
(…それに、どうしても必要ならユリカが行動を起こしているはずだ)
自分そっくりという相手にはアキトもそれなりに興味があり、会ってみたい気もするのだが今は月臣が先だと判断していた。もう一人はともかく月臣は野放しにしておくには危険な技量の持ち主だ。なにより…
(…追い詰めた責任は取らないとな)
「ナデシコのエステバリスが出せるなら全部そっちに回せ。ここは俺一人で十分だ」
そうエリナに言ってみるがエリナの方はそれどころではないらしい。あちこちから指示を求める連絡がきている。なまじ、社内では地位が上な分、こういうときに余計な仕事が回ってくるのだろう。とりあえずアキトの連絡は他の通信員がナデシコに回してくれたようなのでよしとする。
『ナデシコは!?…まだ?まだって何よ!!…エネルギーラインがつながるんならエステバリス隊を出させなさい!!……あーもういいから艦長につないで!!』
(…一応聞いておくか)
「ところでエリナ」
『何!?』
「シャクヤクは…いや、いい」
エリナの形相が一変したので慌ててウィンドウを消すアキト。
(アカツキも罪な奴だ。エリナにくらい教えてやってもいいだろうに)
『うーん、じゃあシャクヤクは壊しちゃおう』
あっけらかんと言ったアカツキの言葉を思い出す。
遊んでいてもさすがはネルガルの会長である。
「さて、と」
倒れたダイマジンが立ち上がろうとしていた。
「くそ、おのれ地球人め!」
『聞こえるか、月臣?』
「…その声……貴様か!?」
月臣の精神に呼応するように勢いよく立ち上がるダイマジン。距離を置いて対峙するエステバリス月面フレーム。
『少しは俺の話を信じる気になったか?』
テツジン及びデンジンを鹵獲した際に各種機器は解析済みであり、通信装置も例外ではない。暗号化していない平文で送る分には既に何の支障も無い。とにもかくにもウリバタケ率いる整備班ならびにイネス率いる科学班の仕事は早い。で、あればこそ、ボソンジャンプ直後の月臣に呼びかけるなどという真似もできたのである。
「…くっ!!」
ダイマジンが急発進する。
逃げるように同じく急加速する月面フレーム。
<ナデシコブリッジ>
「被害を報告してください」
既に艦内は警報が鳴り響き臨戦態勢である。
「敵艦によるものと思われる砲撃によりドック月面部が被弾。ドックの一部が崩壊しました。構造物が大量に落下しましたが着床位置の関係で本艦への損害は軽微、戦闘行為への支障はありません。その代わり隣に並んでいた4番艦シャクヤクはおしゃかです」
一同、一時手を止めてブリッジから左舷を見る。一際大きな瓦礫がシャクヤクのブリッジを真上から直撃してシャクヤクの中央部を完全に潰していた。
「わぁ、ものの見事にぺっちゃんこ」
「…ユリカ」
「あ、ごめんジュン君。続けてルリちゃん」
「ドック上面ハッチが開閉不能になりましたが、ディストーションフィールドを張って突っ込めば突き破れます」
「わかりました、ラピス?」
「いつでもはっしんできる」
臨時に操舵中のラピスが答える。
「では、ナデシコ直ちに発進です。ハッチを突破後、エステバリス隊全機発進、敵を迎撃します!」
追いかけっこを続けること数十秒。
(…ここらでいいか)
程よく居住区エリアから離れたところでアキトはエステバリスを急停止させた。
『そこかっ!!』
「甘いな」
バーニアを吹かして突っ込んでくるダイマジンをかわし、その背中に対艦ミサイルを叩き込んだ。
「くっ!」
頭を振って衝撃の影響を振り払う月臣。
(時空歪曲場を破られたか…だが、戦闘続行は可能だ。歪曲場発生装置も問題ない)
「…それにつけても」
頭上の人型戦闘機…見慣れた物よりやや大型、おそらく新型だろう…を振り仰ぐ。
「いったい私にどうしろと言うのだ!!」
『なぜ、俺に聞く』
「ならば、誰に聞けというのだ!?」
月面に叩きつけられたダイマジンの体勢を立て直し、理不尽さを噛み締めて叫ぶ月臣。
『自分で決めろ、俺に従う気など無いだろう?』
「……くっ…当たり前だ!!」
叫びざま反撃に転じる月臣。たが、それより早く胸部のグラビティブラスト発射口にレールガンの弾丸が降り注ぐ。それならばと放ったゲキガンパンチは分離直後に撃ち落され、爆発の余波がダイマジンを襲った。
「ちっ!!」
完全に動きを読まれている。相手はまだ実戦に投入されたばかりのジンタイプとの戦闘に精通している。
(…奴の話が真実ならば、それも当然だろうが)
「だからといって!!」
『その機体では俺には勝てない。お前ならわかるはずだ』
<ナデシコブリッジ>
「アキ…テンカワ機、敵人型兵器に対して優勢です。現状で援護の必要はなさそうです」
ルリの報告にうなずくユリカ。
「では、そちらはアキトに任せます。エステバリス隊のみなさんはもう一体の侵攻を阻止してください」
『『『『『了解!』』』』』
「敵艦は?」
戦場のマップをチェックしつつルリに確認するジュン。
「確認できません。現状の索敵範囲外です」
「遠距離からの砲撃ということか」
「被害はミサイルやグラビティブラストではなく、質量兵器によるものという報告が来ている。おそらくは大型のレールガンの類だろう」
データを見ていたゴートが答える。
「そうですね…あ、それからルリちゃん」
頷いたユリカがふとルリに視線を戻す。
「はい?」
「アキト機でいいよ(はあと)」
「…馬鹿」
うつむくルリ。ほんのり紅い。
「さすがですな。ロールアウトしたばかりの月面フレームをまるで手足の様に扱っておられる」
戦場の一方を映すウィンドウを眺めている三人。プロスペクター、イネス、ウリバタケである。かなり余裕がある。
「さすがに相手が頑丈に出来てるからちょっと長引いているけど時間の問題ね…新型の0G戦フレームの方は?」
アカツキがナデシコへ到着時に一緒に持ってきた他のメンバー用の新型0G戦フレームだったが、その後のナデシコは地球上を転々としていたため、結局今日まで使用されることがなかったのだ。
(でも、一番使いたがっていたアキト君が乗れない状態なんだから笑ってしまうわね)
「いい感じだな。あいつらの反応速度に十分対応している。あれならアキトの奴も存分に戦えるぜ」
ウリバタケが端末のデータを見ながら言った。
「でも、相手も新型になったことだし、そろそろあれが入用かしらね」
横から覗き込みながらイネスは呟いた。
<ネルガル重工月面ドック地上施設上空>
「悪くねぇな、動きが軽いぜ」
「ほへーのろまな敵さんだねぇー」
「月の上で運の尽き…ぷ、くくく」
「やかましい!!」
めいめいの感想(一部のぞく)をもらしながらデンジンの周囲を飛び回る三人娘。アカツキ専用機と同じく量産機の単なるバージョンアップタイプに過ぎないのだがそれでも戦時中の数ヶ月の進歩というものは体でわかる。伊達に試作型で激戦を戦ってきたわけではない。
「く、この前よりも更に早い!」
デンジンのコックピットで要はうめいた。今の敵の機動性は先日地上で取り囲まれた時の比ではない。
「行きます!!」
「がっ!!」
後頭部にあたる部分にイツキのエステバリスの体当たりを食らってよろめくデンジン。
すかさず3人娘が集中砲火を浴びせる。
「おーし、いいぞイツキ!」
「ほんとほんと」
「ふふん、やるね」
「ど、どうもありがとうございます」
少し照れつつ包囲に加わるイツキ機。なお、イツキはナデシコに来る前は量産機に乗っていたのでさほどの感慨は湧かない。ちなみにイツキのフレームカラーはまだ予備機用のままなので量産機と同じカラーである。
要はなんとか包囲態勢から抜け出そうとするが、1/6とはいえ重力の効果は大きく、デンジンの移動速度では4機を振り切れず、じわじわと戦闘力を削がれつつあった。
「あらら、これは出遅れちゃったねぇ」
カリカリと頭を掻くアカツキ機。
「じゃ、頭でも押さえるとするか」
「私は木連を!正義を!熱血を信じている!!」
大きく振りかぶったダイマジンのアームが月面を穿つ。
『その三つが同じものとは限らない』
月面を蹴って上空に舞う月面フレーム。
「なら貴様は何を信じる!?何のために戦う!?」
『………』
「?」
急に黙り込んだアキトをいぶかしむ月臣。声だけではなくエステバリスも動きを止めている。攻撃するにはまたとない好機なのだが、そうしない、そうできない所が月臣の月臣たる所以であろう。
しばらくたってアキトが口を開いた。
『俺は何のために戦う…か』
「………」
『そうだな…守りたい人達、一緒にいたい人達、幸せにしたい人達、そして何より自分のために…俺は戦う。地球も木連も法も正義も熱血も俺には関係ない』
一人納得したように頷くアキト。無論、月臣には見えないが雰囲気は伝わった。
「………」
『月臣、お前はどうなんだ?』
「…何?」
『お前は“熱血”とか“正義”とかいった“ただの言葉”のために戦うのか?お前が戦う理由は他にないのか?』
「………」
『お前は何のために戦うんだ月臣元一郎?』
『そこまでだ!!』
九十九の声と共に現れるダイテツジン。すかさずユリカの指示が飛ぶ。
「ルリちゃん、各エステバリスに連絡。戦闘を一時中止。敵機と距離を取って待機」
「了解」
ルリが通信を送った直後にブリッジにリョーコのウィンドウが表示された。
『なんでだよ艦長!』
その横にちょいちょいと指差すアカツキのウィンドウが表示される。
『リョーコ君、敵さんをよーく見てごらん』
アカツキに言われてダイテツジンをよく見る一同。
胸の前の両手の上にガイ、メグミ、ミナト三人が乗っていた。
途端に慌しくなる一同。
『おい、ふざけんな!』
『ひっどーい!』
『やってくれるね』
言いながら距離を取る三人娘。
「各機、敵を刺激するな!」
「テンカワ、そっちも交戦を止めろ!」
ゴートの指示に続いてジュンもアキトに連絡する。
「さてさて、どう出てきますかな?」
眼鏡を直すプロスペクタ-。
そこへ三人の声が割り込んできた。
『やめろーーーっ!!』
『みんな、やめて!』
『この人達の名誉のために言っておきます!私たちは人質じゃありませーん!』
エステバリスが距離を取り、要操るデンジンがどうにか立ち上がる。
『アキト』
「わかった、まかせる」
喧騒の中ユリカが名前を呼ぶと、アキトもすぐにダイマジンから距離をとる。だが、ダイマジンは立ち上がろうとしない。
『元一郎、大丈夫か?』
動かないダイマジンを見て九十九が通信を送ってきた。
「…ああ、大丈夫だ」
そう答える月臣の声は硬い。
月面に下ろされた3人はダイテツジンの足元から離れようとせず通信を送ってくる。
『いいか、てめぇらよく聞け!この戦争はなぁ!』
『ああ、ヤマダ君、月と火星であった事の話ならもうみんな知ってるよ』
『ダイゴウジ・ガイだって言ってんだろアカツキ!…じゃなくて、何ぃ!?』
『えぇーどうしてぇーっ!?』
『と、とにかく、だったらみんなもうわかってるでしょ!私たちが戦う必要なんか無い!この戦いには意味がないわ!』
ミナトの言葉を聞き終えたユリカは静かに尋ねる。
「…意味がない?」
『そうよ艦長!』
『木連の人達は敵討ちをしているだけです!責任は政府とか軍の人達が…』
「ねえメグちゃん。昔、ひどい目にあわされたのなら何をしても許してもらえるのかな?」
メグミの言葉を遮るユリカ。
『だって!』
「木連の人達の気持ちがわからないわけじゃありません。私だって同じように怒ると思います。でも…だからといって、何の関係も無い人達を殺す権利があるんですか?」
うつむいたユリカはぎゅっと拳を握る。
「火星は!…私たちの生まれた星は…そこに住んでいた人達は…木連の人達の恨みを晴らしてあげるために生きていたんじゃありません!」
だんっ!と指揮卓を叩くユリカ。
九十九はじっとユリカの言葉を聞いていた。今、ユリカは足元にいる3人ではなく、白鳥に対して、木連に対して言っているのだと理解していた。映像はなくともその言葉に込められた気迫が九十九の心を打ち据える。
『地球や月に住んでいる人達だってそうです!木連の人達を殺した政府や軍が責任を取るのは当然かも知れません。ですが!!何も知らない…何の罪も無い人達を殺して、あなた達はいったい何を得ることができるんですか!?』
(得るもの?……我々が得るものは勝利と……勝利と……勝利と、なんだ?)
『白鳥さん!あなた方にお聞きします!あなた方が昔の恨みを晴らすために火星の人達を、今、ここに生きている人達を殺すことを我々が認めたら、今度、私たちの子孫があなた方の子孫を殺そうとしても認めてくださるんですか!?』
「!?」
比喩ではなく本当に九十九の全身が震えた。
『そうじゃないなら、そうでないなら…これは仇討ちでも、正義の戦いでもありません。木連と地球という国と国の政府同士、人間同士の、単なる殺し合いです!!』
言い終えたユリカは深く息を吐き出した。
「…目の前に殺されようとしている人がいるのなら、私はそれを見過ごすことはできません。木連の人が地球や月の人を殺そうとするのなら、私はそれを全力で阻止します、それだけです白鳥さん………ただ、それだけなんです」
『………』
一同が沈黙している中、アキトが口を開いた。
『軍が来た…行け』
『?…その声、あの時の?』
「確認しました。連合軍の部隊、接近中です」
ルリが報告すると、今まで動かなかったダイマジンが立ち上がった。
『九十九、要、退くぞ』
『…元一郎』
『元一郎の言うとおりだ。いずれにしろ、今回も我々の負けだ九十九』
『…了解だ』
離脱していくジンタイプ3機を見送りつつアキトが通信を送る。
『月臣…次に会うときには答えを聞かせてもらいたいものだな』
『………また会おうテンカワ・アキト』
『テンカワ・アキト?』
『あの声の主…要にそっくりだとかいう男か。元一郎、お前の戦っていた相手の名前か?』
「…そうだ」
『そうか、あの時は顔を覆っていたからな…次は顔を見てみたいものだ。お前はどうだ、要?』
『どうも思わん…来たぞ』
降下してくる連合軍の艦隊を指差す要。
『よしゆめみづきまで連続跳躍だ』
一斉にボソンジャンプを開始するジンタイプ。
「敵人型兵器、連合軍の追撃を振り切りました。ボソンジャンプを連続で行ったようです」
「3人を回収した。じきにナデシコにつく」
「わかりました」
ルリとゴートの報告に頷くユリカ。
その後で正面に向き直る。
「オモイカネ、全乗員につないで」
『了解』
準備が整うと深く息を吸う。
「みなさん、艦長のミスマル・ユリカです」
一同が注目するまで一呼吸置く。
「ひとまず今日の戦いは終わりました。でも、戦争は…戦いは、今日の戦いだけじゃありません。地球と木連の間の戦いだけでもありません。みなさんは真実を知りました。だから、みなさんはこれから本当の戦いを始めなくてはいけません。みなさん一人一人それぞれの場所でそれぞれの戦いをです」
そこでふっと力を抜いて笑顔を浮かべる。
「だから…だから今は、とりあえずひと休みしましょう……戦闘態勢解除、通常シフトへ移行。みなさん、おつかれさまでした」
ぺこりと頭を下げてユリカのウィンドウが消えた。
「あたしの…あたしの戦い………ねぇパパ、あたしはどうしたら…」
誰もいない部屋で男が一人呟いた。
<ナデシコ食堂>
「えーっ!やっぱりポッキーは必須よ必須!」
「そうなのか?ウェハースだかなんだかは見たことあるけど…」
「この前、デパートで食べた時入ってたじゃない!」
「そんな所までいちいち見てねーよ」
「あーアキト、コックさんがそんなことじゃ駄目でしょ!」
「あのなぁだいたいそんなもの補給してくれるのか?」
「プロスさんに頼めばなんとかなるよ!」
ナデシコ食堂の一角は相も変わらぬ騒ぎである。ただでさえ騒がしいのに他に人がいないので余計にうるさい。
「ま、あたしはいいんだけどね」
笑うホウメイ。
女性乗組員が多いナデシコとしてはデザートの充実とておろそかにはできない。ちなみに今回のネタはチョコレートパフェの材料である。
「他の連中はみんなして落ち込んでるってのに、あの二人は相変わらずだねぇ…うまいかい?」
「はい」
「うん」
アイスクリームを試食中のルリとラピスが頷く。
休暇中に、どこから探してきたのか、そもそもそんな時間がいつあったのか、とにかくアキトが購入してきた古い手作りのアイスクリーム製造機がようやく稼動しての試作第一号である。
「そうかい、そりゃよかった」
頷くとホウメイは夕食の仕込みに戻る。
ホウメイガールズ達も自室に閉じこもっているのでそれなりに仕事はある。だが、アキトは自分の手が必要な頃になったら自然に持ち場に戻ることはわかっている。さっき戦闘をした後なのだから自室で休んでいてもいいだろうにとホウメイは思うのだが。
(そこがテンカワがテンカワたるゆえんかねぇ?)
いわゆる“戦争”の経験があるためさほどショックを受けていないホウメイだがそれでも自然に自分が笑みが浮かべてしまう事はうれしい。
「じゃあソーダはどうするんだよ!?」
「チョコレートの話が先よ!」
「「………」」
スプーンを置いた少女二人は楽しそうに二人の様子を眺めている。
やっと本当の休憩の時間になったという顔をして…