<日本、連合宇宙軍ヨコスカドック内、ナデシコCブリッジ>

 

 

「ふわぁぁぁぁ」

大きな欠伸をする三郎太。ルリもいなければハーリーもいないブリッジ。航行中ならいざ知らず、ナデシコCはドックの中で係留状態。警備は宇宙軍とネルガルの警備部隊が行っておりナデシコC側では現状やることはなにもなく、暇で暇でしょうがないという所である。抜き打ち訓練なりで規律の引き締めをしようという気も起きないでもないが、そういうのはもっと緩んでからやるもんだろう。

先日秋山経由で入手したルリがらみの一件は事が起きる前に対処を終了し、ルリの日常はとりあえずのところ平穏を維持している。今日は非番で自宅でのんびりと過ごしているはずだ。そっちの警護はネルガルのセキュリティサービスの仕事である。

当直を代わったハーリーは自室でベッドの中である。

「寝る子は育つって言うしな。ま、せめて艦長より高くなりたいんだろうが」

だったらコンピュータばかりいじってねぇで身体を動かせって事だな。

「起きてきたら柔でも仕込んでやるかねぇ。……いや、それよりもとりあえず走りこみで基礎体力作りだな」

 

ピピッ

下部のオペレータ席で信号音が発せられ、少しざわめきが起きる。

「ん? どうかしたか?」

「ジャンプルームにてボース粒子反応検出。……その、何者かがジャンプアウトしたのではないかと……」

一瞬絶句した三郎太だったがそれは本当に一瞬だった。跳ね起きると叫ぶ。

「何者か、じゃない! 受け入れ状況も無しにここに飛んで来れる人間は1人しかいない!!」

『そのとおりよ。三郎太君』

ウィンドウが生じると三郎太の予測通りの人物の顔が映った。

「イネスさん!」

『私がどうしてここに現れたか、あなたが何を為すべきか、説明は必要ないわね?』

「もちろんです!」

ダン! と三郎太がコンソールを叩くと艦内に警報が鳴り響いた。

「第一級警戒態勢発令! マキビ少尉をたたき起こせ! 直ちに発進準備だ!」

 

 

 

<ルリの自宅>

 

「!」

ルリは突然の胸の痛みに襲われた。読んでいた本を取り落とす。

それは苦しくて、

とても切なくて、

そして……

どこか暖かい痛み。

(なんだろう? わからないけど、わからないんだけど……)

無意識にさまよった視線が伏せたままの写真立ての隣に置かれた折りたたまれた紙へと吸い込まれる。

(……え?)

「……オモイカネ」

ルリは反射的にオモイカネを呼び出した。だがいつもよりわずかだが余分に時間がかかった。ほんの一瞬にも満たないタイムラグ。それはオモイカネ、つまりはナデシコCが警戒態勢に入っているためのものだ。

「……三郎太さんがナデシコの発進準備を?」

三郎太がルリに許可も求めず独断で……三郎太を信頼しているルリは、独断での権限行使を許可しているのだが、三郎太は一度たりともそれを行使したことはない……艦の発進準備を行う状況……。

「!!」

飛び上がったルリは軍服に手を伸ばす。

 

 

カンカンカンカンカン!

ガチャ!

階段を駆け上がりマンションの屋上に走り出るルリ。

 

キィーーーーン!!

視界の彼方から見慣れたエステバリスが凄まじい速度で飛んでくる。

市街地の上空をこの低空で無許可で飛んでさぞ後始末が大変だろうが、飛んでいる方も待っている方もまるで頭になかった。

 

「三郎太さん!」

巻き起こる風に負けないように大きな声で叫ぶルリ。

『艦長! お迎えに上がりました!』

ホバリングしながら手を差し出すスーパーエステバリス。

「はい! お願いします!」

 

 

<ナデシコCブリッジ>

 

「もうなんなんだ三郎太さんは……」

じたばたと着替え終わってやっと発進準備を始めるハーリー。周りのスタッフもいきなりの事で混乱気味である。

『こちら高杉! 発進準備は完了したか!?』

「いまやってますよ、だいたい……」

『馬鹿者!!』

「ひっ!」

凄まじい怒鳴り声に飛び上がるハーリー。

ハーリーのみならずブリッジ中の全員が背筋を正したという。

『遅い!! なにをもたもたしているか!』

「!?」

『緊急事態だということがわかっているのか!?』

「あ、い……」

『貴様の失態のために多くの人命が失われるかもしれんのだぞ!?』

「あ、う……」

そこにいるのは軽薄なサブちゃんではなく、木連軍人のイメージを地でいく規律に厳しいことで名の通っていた高杉副長である。

かつて感じたことの無い畏怖を覚えるハーリー。

『……三郎太さん』

横から声が挟まれ、三郎太の気配が緩まる。

『コホン……艦長がそうおっしゃるなら』

『はい。……ハーリー君』

「は、はい!」

『まもなくナデシコに到着します。それまでに発進準備を終了して下さい』

「わかりました!」

『それから戦闘準備もね』

「え?」

『じゃ、よろしく』

「え、艦長!? 艦長!」

消えたウィンドウに向かって叫ぶハーリーの背後から声がかかる。

「はいはいマキビ君嘆いている暇はないわよ。急いで急いで!」

「イっイネスさん!?」

 

 

 

 

<統合軍 哨戒部隊 旗艦ブリッジ>

 

『アズマ提督、ナデシコAならびにユーチャリスはこれよりそちらに合流します。この軌道でそちらも移動を御願いします』

送られてきた移動経路を一瞥するアズマ。

「挟撃するには戦力が足らんか、了解した。それよりそのユーチャ……」

『提督、非常時ですし、ちょっと目をつぶっちゃって下さい』

ウィンクしてみせるユリカ。

「ふっ、まぁよかろう。最優先目標は敵の撃破だ。……わからんのはこれだけの規模の部隊がこの宙域に存在した理由だな。この辺りは航路からは外れている宙域だ。まぁそれゆえ我々も残党狩りの哨戒に出ていたわけだが」

「3時方向に新たな艦影! 敵増援と思われます!」

「この有様だ。残党のほぼ全戦力が結集しているといっても過言ではない」

『これはあくまで推測ですが、残存部隊が何らかの作戦の為に集結する予定だった宙域にたまたま我々が侵入してしまったのではないでしょうか?』

「ふむ。おそらくは最後の悪あがき、というところか。首謀者は牢の中だというのに、往生際の悪い連中だ」

『行き場のない人たちというのは出てしまうものです。本当はみんなが一緒に幸せになれればいいんですけれど……』

「そう、だな。しかし……事故か何かは知らんが、貴官もよくよく運が悪いな」

『いえ、きっと運がよかったんです。悪い事を計画する人たちを見つけれましたし、アズマ提督も助けに来てくださいました』

「ナデシコ並びに所属不明艦合流。陣形再編終了しました!」

「ならば行け! 何を企んでおったかは知らんが地球には指一本触れさせんわ!」

 

 

<ナデシコCブリッジ>

 

「ミスマル提督から正式な命令が届きました。火星方面の宙域を哨戒中の統合軍の部隊が火星の後継者の残党部隊と遭遇。現在、交戦中。また、その宙域に連合宇宙軍所属のナデシコ級戦艦も存在。共同して戦線を維持しています。これに対し連合宇宙軍は増援の派遣を決定。ナデシコCは可能な限りの最高速度で戦闘宙域に向かいこれを支援せよ、との事です」

『可能な限りの最高速度ねぇ』

エステバリスに乗ったままニヤニヤと笑う三郎太。

『さすがはミスマル提督というところかしら?』

ジャンプルームで準備中のイネスが言った。

「ですね」

うなずくルリ。

「ナデシコCは直ちに発進。洋上にて該当宙域へダイレクトボソンジャンプを行います」

「了解、ナデシコC発進します」

ハーリーが復唱し、ナデシコCが浮上する。

「せっかくの機会ですからあれこれデータ観測しっかりお願いします。……三郎太さん?」

『こっちはいつでもOKです。ジャンプアウト次第出ますよ』

「はい。……洋上に出たら周囲観測気を付けてください。一緒にジャンプしちゃったら宇宙に放り出しちゃいますから」

「ドックからの離脱を確認。加速を開始します。続いて、ディストーションフィールド展開」

「イネスさん、準備はいいですか?」

『ええ、それよりそっちこそ大丈夫? “彼”を目指して跳ぶからきっと敵のど真ん中よ』

「のぞむところです。その方が乗っ取り易いですから」

『あらあら、先にこの艦が沈んだりしないでしょうね?』

「そこはハーリー君と三郎太さんにがんばってもらいますから大丈夫です」

「えぇぇーっ!?」

『了解。お任せ下さい』

 

 

<火星の後継者側本隊周辺宙域>

 

敵陣の中央。発光と共に巨大なボソンアウトの前触れが生じる。

「またジャンプアウトだと!?」

驚くリョーコの元へアキトの通信が入る。

『リョーコちゃん! ルリちゃんが来る!』

「!? 各機散れぇ!!」

 

 

 

 

<ナデシコCブリッジ>

 

ドン!

三郎太のエステバリスが出るよりも早く、ナデシコC前面のステルンクーゲルを撃ち落し、その機体は艦橋の前に陣取った。

いつかと同じようにただその黒い背中のみを見せて。

 

「……」

ルリは一瞬、ほんの一瞬だけ手を止めた。

 

「あの……艦長?」

変わらない様子でオペレートを続けるルリを振り返るハーリー。

『ハーリー警戒を緩めるな!』

「わっ! は、はい!」

『俺は後方に回る。前面は奴さんに任せるから間違って撃つなよ』

「でも三郎太さん!」

『……いいんだよ。あそこにナデシコAがいて、奴さんがここにいる。何がなんだかわからないが、一つだけいえる事は……』

「……いえる事は?」

『帰ってきた、って事だ。いつか艦長が言ったとおりに、な』

 

 

 

<ナデシコブリッジ>

 

『こんにちはもう一人の私。そしてもう一人のオモイカネ。私はナデシコC艦長のホシノ・ルリ。そして、これがナデシコCのオモイカネ』

「!?」

突如、自分の眼前に現れたウィンドウの映像にルリは震えた。

『驚くのはわかります。私もちょっと驚いてます。でも今は被害を少なくする為に手伝って』

「……」

よくわからないままうなずくルリ。

『これから敵の艦艇・機動兵器すべてのコンピュータを制圧します。でも、彼らは前にそれで私達に負けたのを覚えていてナデシコCが現れた途端に回線を全て閉じちゃいました。それをこじ開けてネットワークに入り込むのに貴女とそちらのオモイカネの力を貸して下さい』

「……」

上のユリカを見上げる。ユリカは笑顔で頷いた。

もう一度、ウィンドウに向き直る。

ウィンドウの向こうの自分はユリカを見上げたりせず自分だけを見ていた。

「わかりました。どうすればいいですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

<ナデシコブリッジ>

 

かくて戦闘は終結。

面倒な事になるのでユーチャリスは一旦単独で離脱した。

『ユリカ! アキトの野郎はどこ行きやがった!?』

「えーと、ユーチャリスでボソンジャンプをするにはアキトが乗っていないと」

『あんにゃろ逃げやがったな!』

「すぐ戻って来ますよ」

『いーや、きっとまた雲隠れする気だぜ』

「それはありません!」

『? やけにきっぱりしてるな?』

「ええ」

『なんでだ?』

「だって、今ルリちゃんはここにいますから!」

 

 

<ナデシコCブリッジ>

 

「「だそうですよ?」」

三郎太とハーリーに見上げられたルリは反応しない。

「アズマ提督」

『おう、ホシノ少佐。危ない所を助けてもらった。また借りができてしまったわ』

「いえ、こちらこそお礼を言います。よくナデシコAを守って下さいました」

『ふん。友軍を助けて礼を言われる筋合いなんぞないわ』

「はい。ですからアズマ提督もお気になさらず」

『むぅ……なかなかやるな少佐』

「それほどでも」

『ふははは』

くすりと笑うルリとごつい笑みを浮かべるアズマ。

「ところで一つお願いがあるのですが」

『みなまで言うな。さっさとわしらのコンピュータに入り込んで、あの黒い機体と所属不明艦のデータを消してしまえ』

「提督」

『あぁそれからわしらは事後処理で忙しくて、宇宙軍なんぞの面倒を看ている暇はない。その老朽艦を牽引してさっさと消えろ』

「……ありがとうございます」

 

 

<統合軍 哨戒部隊 旗艦ブリッジ>

 

「……む」

この時アズマの乗艦のスクリーンに映ったルリの画像は後にプレミア物となる。

「コ、コホン。用件は以上だな。これで交信を終了する」

『はい。またお会いしましょう』

「うむ」

 

 

 

<ナデシコ格納ブロック>

 

「こらてめぇ! 何、ナデシコの格納庫で同じ顔さらしてやがる!?」

「あぁん? こいつは連合宇宙軍の軍艦。で、俺達は命令で出向して来た軍人様だ。地球までナデシコを護衛してやろうってんだ。民間人は引っ込んでな」

「んだとぉ!?」

「おぉ? やるかぁ?」

「やらいでか!!」

格納庫で取っ組み合いを始める二人のスバル・リョーコ。

「はいはーい。掛け金はこっちだよー!」

「緑のリョーコとこっちのリョーコ、どっちが勝つか、あたるも八卦、あたらぬも吐き気、ぷっ、くくくくく」

箱と掛札を手にライオンズ・シックル隊員の中で盛り上げるヒカルとイズミ。

先ほど地毛のリョーコが告げたとおり、アズマの『気が済むまで帰ってこんでいい』という実にアバウトな命令によりライオンズ・シックルは宇宙軍へ出向となっていた。

「隊長に1万!」

「緑の隊長に5千!」

「馬鹿野郎! 今の隊長に決まってんだろ2万!」

「いやいや若い方がいいに決まってんだろ3万!」

「くぉらぁ! 今の誰だ! 俺が老けてるってか!? がっ!」

「よそみしてんじゃねぇ!! ごっ!」

「よぉし! そこだいけリョーコ!」

「ってヤマダさん! 殴られたのもリョーコさんですよ!?」

 

 

<ナデシコブリッジ>

 

「ユリカさん。ナデシコCからこちらの宇宙軍の暗号データが送られてきました」

「了解。メグちゃんと一緒にデータベースの更新お願いね」

ルリの言葉にユリカはコンソールの上に突っ伏したままで答えた。先ほどからずっと同じ様にぐてーっとしている。ジュンが艦内の被害調査から帰ってくるまではおそらくずっとこの調子だろう。

「はい……あの」

「ん? なーに?」

目を閉じたまま問うユリカ。

「……あっちの私と、お話されないんですか?」

「うーん、そーだね」

「……どうして、ですか?」

「だって、アキトがまだだもん」

「え?」

 

 

 

<ネルガル本社会長室>

 

「……概略はそんな所だ。詳しい話は後で“お前”に聞け」

会長室でコーヒーカップ片手に語るアキト。

予備のバイザーとスーツとマントを渡されたので素直に着替えている。

隣にはラピスが無表情で座っている。

「“僕”からかい? それは楽しみだ。相当気を引き締めてかからないといけないね」

笑みを浮かべるアカツキ。

隣に立っているエリナがやれやれという表情を浮かべた。

ピピ

卓上で鳴った電話を取るエリナ。

「はい。……ええ、私よ。……わかったわ」

受話器を戻すとエリナがアキトに告げる。

「ブラックサレナの整備が終わったそうよ」

「わかった。俺はラピスを連れて一旦ナデシコ……ナデシコAに戻る」

「そうかい、じゃあまた寄ってくれたまえ」

「ああ」

バサッとマントを翻し立ち上がるアキト。同時に立ち上がったラピスの手を取ると引き寄せる。

そうしてジャンプの光輝がほとばしる。

「……」

そこで不意にバイザーを外すアキト。

「面倒をかけた。いや、違うな。また面倒をかけるが……よろしく頼む」

そう言い残し、ラピスと共に消えた。

 

「……参ったねぇ」

背もたれに深く沈みこむアカツキ。

「そんないい顔で頼まれたんじゃ断れないじゃないか。ねぇエリナ君。……エリナ君? 何、紅くなってるんだい?」

「!? べ、別に紅くなんかなってないわ!」

 

 

 

<ナデシコブリッジ>

 

「「私はラピス。ラピス・ラズリ」」

同じ声で同じ台詞を告げる背格好が違う二人の少女。

「「………………」」

そのまま無表情で見つめ合う。

「私はアキトの目、私は……」

「私はアキトの娘、私は……」

淡々とお互いの立場を説明しているっぽい様子の二人。

それを眺めて軽く頭を抱えるアキト。何も考えていなかったわけではないが、やはり二人の対面には困った。

「ラピス」

「「なに、アキト?」」

「……えーと、ナデシコAのラピ……」

「アキト。その言い方だともう一人はユーチャリスのラピスちゃん、になっちゃうよ? 二人とも艦の装備じゃないんだから、ユリカはちょっとどうかな〜と思うの」

「じゃあ、どうするんだよ?」

「こうするの」

ユリカは無造作に二人のラピスの間に入り込む。そうして二人の頭に手を置き、

「こっちは小さなラピスちゃん、こっちは大きなラピスちゃん。以上、おしまい!」

「……おい」

「わかった二人とも?」

「「…………」」

しばらくユリカの顔を見た後、コクリと同時にうなずく二人。

「はい。じゃあ、小さなラピスちゃん。大きなラピスちゃんにナデシコAの案内をお願いね?」

「わかった。ラピス、こっち」

「わかった、ラピス」

そのままトコトコとあるいていく二人。

「ユキナちゃん!」

「え? あ、はいはい。なに?」

いきなりアキトに呼ばれて駆け寄るユキナ。

「悪いんだけど二人の付き添いをお願いできないかな?」

「え? ……あー、まーね」

トコトコと歩み去る二人の後姿を見るユキナ。

「確かに危なっかしいわ。わかった、まかせといて!」

そのまま駆け出すユキナ。

「ちょっとーっ! あんた達待ちなさーい!!」

 

『さて、これで一方は大丈夫ね』

「イネスさん。覗き見は趣味が悪いですよ?」

『これでもタイミングを図ってたのよ? それより、ナデシコCの艦長さんが今後についての相談をしたいそうよ。予備役とはいえユリカさんの方が階級は上だし、こっちに来てもらうより、艦長さんだけそっちに行った方が早いだろうって話になっているんだけれど?』

「あ、はい。いつでもどうぞ」

 

 

 

 

『こちらはナデシコC副長高杉大尉。艦長ホシノ少佐以下2名、ナデシコAへの着艦許可を御願い致します』

「あ、はい。こちらナデシコ……A。格納ブロックへ誘導します」

『あれ、その声は? もしかしてメグミ・レイナードさん?』

「はい?」

『へー、ナデシコAで通信士やっていたって話は知っていたけど、改めて聞くとこりゃすごい』

「え? え?」

『どうだい? なんならナデシコCへ……』

そこへユリカの声が割り込んだ。

「あ、駄目ですよ高杉さん」

『そのお声はもしやミスマ……もといテンカワ大佐』

通信越しではあるが、何やら姿勢を正したような気配が伝わってくる。

『御無事で何よりです』

「いえ、高杉さんもお元気そうで何よりです。それより、こっちのメグちゃんにはちゃんと彼氏がいるんですからちょっかいかけちゃだめですよ?」

『何ぃ!? 大佐! そりゃ一大事ですよ! こっちでそんな話が流れた日にはその彼氏とやらは間違いなく殺されます! ちなみに自分もよろしければ蹴りを一発……あ、着艦します。じゃ、また後ほど』

「はーい」

 

 

<ナデシコ格納ブロック>

 

「おぉぉぉぉぉ!? こいつも新型か!? 見た所アカツキのフレームの発展型だな!?」

スーパーエステバリスを見るなり叫ぶウリバタケ。

「やー、どーもどーも」

アサルトビットを出ると愛想よく手を振る三郎太。

どっかで見たような面子が多いな、と思っていたその手が不意に止まる。

「あれぇ? 中尉じゃないか、なんでここに?」

「うげっ! てめぇなんでここに!?」

“自分”とやりあった怪我の応急手当をしていて騒ぎから外れていたリョーコは飛び上がった。

「何をおっしゃる。艦長の行く所、副長の俺がいるのはこれ当然」

「畜生、ぬかったぜ……」

「なんだぁ? おい、こっちの俺。知り合いか?」

少し離れていた所で同様に手当てをしていた緑髪のリョーコが顔を出す。

「馬鹿! ややこしいとこに出てくんな!」

「おや? おやおやおや? 中尉が二人……」

「た、他人の空似だ!」

「あ、なーるほど」

笑みを浮かべる三郎太。

「やあ初めましてスバル・リョーコ君。俺は高杉三郎太大尉、ナデシコCの副長だ。ちなみにこっちの君とは深〜いお付き合いをさせてもらっている」

「な、なんだとぉ!?」

「おい、こら待て! なんだそりゃ!?」

「おい、こっちの俺! なんだってこんな軽薄そうな奴と!!」

「違う違う!! 断じて違う!」

「え〜そうだったかなぁ?」

「こらてめぇ!! 法螺も大概にしやがれ!」

「おい、話が終わってねぇ!!」

 

「三郎太さん」

ほどほどに、といった調子の声が掛けられた。

「はい、艦長」

どことなく聞き覚えのあるその声に視線を向けた一同が驚愕のため硬直する。

カツン、カツンと足音を立てて歩く一人の少女。

 

「……もしかして……ルリルリ、か?」

どうにかこうにかウリバタケが声を絞り出す。

「はい。初めまして、こっちのウリバタケさん」

わずかに微笑むルリ。

『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーっ!!!!』

一同が言葉にならない叫びを上げた。

「……成長途中を見て慣れていないと身内相手でもこれですか。さすがですね艦長」

「からかわないで下さい三郎太さん。それよりブリッジに行きましょう。あ、案内はいりませんので。三郎太さんこっちです」

「はっ」

 

「相変わらずだなぁ、ルリの威力は。……おい、こっちの俺? 起きてっか?」

リョーコは大きく口を開けて固まっている自分の頭を叩いた。

 

 

 

<ナデシコ艦内通廊>

 

まったくよどみの無い足取りで進むルリ。

時々遭遇した乗員を機能停止させつつ歩くその後を追う三郎太。

「文字通り、自分の家みたいなもんですか?」

「……そうですね。私自身が少し大きくなりましたから多少感覚は違いますけど……なんていうか、故郷(ふるさと)に帰ってきたって感じです」

「故郷……ですか」

「戦艦が故郷、なんて変ですか?」

「いいえ、木連の人間にとっちゃ宇宙船が家ですし、それになんていうか……正直羨ましいです」

「……ありがとうございます」

 

 

 

 

<ナデシコブリッジ>

 

プシュー

ハッチが開く。

(きっとこの先には記憶の中の見慣れた人達が……)

そんな事をルリは考えていた。が、

 

「ルリちゃん!!」

ばふっ! むぎゅう!!

(……たぶんいるはずなんですが、視界が遮られて何も見えません)

かわりにじんわりと身体の中が暖かくなっていく。

 

「ただいま! 私、ちゃんと帰ってきたよ! 約束まもったよ!!」

(……はい、お帰りなさいユリカさん。ちゃんと約束を守ってくださってありがとうございます。できたらそう声に出したいんですけど)

それは雪の降る中を傘も差さずに帰って来た身体が、暖かいお風呂でゆっくりと温まっていくような。

 

ぐりぐりぐりぐり! すりすりすりすり!

(たぶん頭を撫でられたり、頬をすりすりされたりしてるのだと思われますが、うまく認識できません)

ひょっとするとかなり感動的なシーンなのかもしれないが。

 

「コホン。テンカワ大佐。誠に申し上げにくいのですが、そのままだとうちの艦長が大佐のふくよかな胸で溺死してしまうのではないかと……」

(……ありがとう三郎太さん。いつもたよりにしています)

ユリカさんは相変わらずユリカさんでした、と結論付けるルリ。

「え?」

そして、そこまでがルリの限界だった。

「ルリちゃん?」

「……きゅぅ」

「きゃーっ!! ルリちゃん!!」

 

 

 

 

「……コホン。ご、ごめんねルリちゃん」

たはは、と笑うユリカ。

「いえ。私、若いですから平気です」

(一瞬、お花畑が見えたのは内緒です)

「えっへん。それなら私も負けないよ!」

「そういえば、少し若返ったような気がしますねユリカさん」

「うん。その辺の詳しいお話は後でね。はーい、みんなちゅーもく!!」

言われなくても先ほどからの冗談だかコントだかのせいで注目している。もっともさっきからユリカの背中が邪魔で三郎太以外の姿が見えていなかったりする。

「こちらがナデシコC艦長のホシノ・ルリ少佐でーす!! ぶいっ!!」

なんでお前がVサイン? というツッコミは、

「どうも」

と言って隣で控えめにVサインを出した美少女の姿に掻き消えた。

『えぇぇぇぇぇぇぇーーーーっ!?』

 

「ちょ、ちょ、ちょっとホントにルリルリ!? 成長したら今とは別方向で可愛さ爆発!?」

一番最初に詰め寄ったのはミナトだった。

「はい。はじめましてこちらのミナトさん。こちらのミナトさんもやっぱりお綺麗ですね」

「やーだもう、ルリルリったらそんな事いっちゃって、口の方も随分成長したわね」

「いえ、事実ですから」

「でもでもでも、ほんと可愛い! こっちのルリちゃんも可愛いけど、こっちのルリちゃんも凄くて、私なんか負けちゃう!」

心底本気で言うメグミ。

「いえ、全世界にファンを抱えるメグミさんには到底かないません」

「えぇぇ!?」

そんな調子でしばらくもみくちゃにされるルリだった。

「ルリちゃんルリちゃん!!」

「はい、ユリカさん?」

「見て見て! こっちのルリちゃんだよ!」

そう言って小さなルリの背中を押し出す。

 

「……」

「……」

しばし見つめ合う二人のルリ。

「……」

「!」

にこりと笑った背の高い方のルリに顔を紅くする小さい方のルリ。

「こんにちはこちらの私。私はこっちのホシノ・ルリ。小さい頃は貴女に似ていましたけど、貴女の方が可愛いですよ」

「……いえ、そんなことありません。貴女の方がずっと綺麗です」

「いいえ、貴女の方が可愛いです」

「いいえ、貴女の方が綺麗です」

「「……」」

なぜか無言でにらみ合う二人。

「わかりました。貴女がそう思うんだったら3年後に勝負しましょう。かなりの高確率で今の私と同じくらいの背格好になっているはずです。そうすれば貴女の方が可愛いと貴女も納得します」

「わかりました。でも、きっと3年後も貴女の方が綺麗なはずです」

「いいえ、私負けません」

「私も負けません」

その様子に苦笑する一同。

「もう、この子達ったら何の勝負をしているんだか。結局、相手の方をほめてるわけ?」

ミナトが言った。

「えっとぉ、どっちも可愛いじゃ駄目なのかな」

首を傾げるユリカ。

「うんうん、そうよね」

「ですよね。あ、じゃあそろそろルリちゃんお待ちかね」

「え? ……あ」

「ユリカからのお届け物だよ」

その声に一同が通路を空ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

イエローの艦内服。マントもバイザーもつけずにあの人はそこにいました。

「……」

私はなぜか背筋を伸ばしてあの人に向き直ります。

「……」

あの人が一歩を踏み出しました。

もう一歩、

また一歩、

ゆっくり、

ゆっくり、

近づいてきます。

私は自分がどんな顔をしているかわかりませんでした。

昔のような無表情でしょうか。

私はあの人がどんな顔をしているかよくわかりませんでした。

あの時のような無表情でしょうか。

それとも。

 

そうして、私の前にあの人が立ちました。

だというのに私は微動だにしないものだから、わたしの目に映るのは黄色い艦内服の胸だけでした。

 

「ルリちゃん」

声が聞こえました。

「あ……」

そうしていつかのように、あるいは昔の様に見上げました。

そこに、あの人がいました。

 

困ったような笑みを浮かべていました。

たぶん私も。

 

「えーと……その……帰ってきちゃったんだけど」

「はい……そうみたい……です」

かりかり、とあの人は昔の様に頬をかきます。

 

 

「……ただいま、ルリちゃん」

「……おかえりなさい、アキトさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最終話『五つの花びらと共に』

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、今度はアキトさんと二人一緒に窒息死しそうになったりもしましたが、恥ずかしいから内緒です。私、少女ですから。

ただ、一つだけ付け加えるなら私を入れて3人だった家族はその日から6人になりました。

 

それ以外にもいろいろ、ほんといろいろあったり、これからあったりするんですけど、

それはまた別のお話、ということで、ひとまずこれでこのお話はおしまいです。

それじゃみなさん、さようなら。

 


 
 
 
 
 

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