【新世界エヴァンゲリオン】











 

7番ケイジ>

 

四つのモノアイがアスカを見下ろしていた。

正確にはアスカを見ているわけではない。

なぜならその目に光が宿ることはもはやないからだ。

 

最後の戦いで徹底的に破壊されたエヴァンゲリオン弐号機。

だがサードインパクトの後、弐号機は傷一つない姿でジオフロントに横たわっていた。

それもまたリリスの癒しの一部なのだろうか?

ネルフが下した決定は無期限凍結。

弐号機はケイジに安置され安らかな眠りについた。

 

壱高の制服の腰に手を当て弐号機を見上げているアスカ。

また来ちゃった。私もまだまだ弱虫ね、ママ」

無論、答えは返っては来ないのだが構わない。

「弱虫、か」

視線を左に向ける。

ただ安置されている弐号機と違い、硬化ベークライトで厳重に封印された初号機が目に入った。見えるのは紫色の頭部だけ。その眼窩にも光はない。

「バカシンジ

無意識のつぶやきは誰の耳にも入ることはなくケイジに消えていった。

 

 
 
 

<リツコの研究室>

 

「アスカいる〜?」

旧友の研究室に入るなりミサトは言った。

この部屋は正確には技術局一課研究室とかなんとかいう名前だが、『リツコの研究室』という名前がもっとも実状に即しており、本部内の通称もそれに準じている。

そのまま遠慮せず中を見回していたミサトは、目的の人物がいないのを確認した。

ここでもないか」

そこでやっとモニターから顔を上げる研究室の主。

「どうしたのミサト?今日はもうあがりでしょ」

こっちはこれから残業だけどね、という皮肉を込めて尋ねるリツコ。

「へへへ〜残業ご苦労様。まぁリツコあってのネルフだもんね〜」

そういってミサトはご機嫌をとった。
 

実際問題として相も変わらずリツコは忙しい。

使徒の殲滅を終えて暇になった作戦部と違ってネルフのオーバーテクノロジーを管理している技術部の仕事量は以前とさしてかわらない。研究・開発に専念できるようになっただけマシなのだがリツコには更に忙しくなる理由が別にあった。それゆえ毎日ネルフに来ているわけではないし、一日中仕事に専念出来るわけでもない。下手をすると使徒が襲来していた昔の頃の方が暇だったかもしれない。
 

心にもないことは言わないことね」

それらの事情を反映したリツコの言葉はそっけなかった。眼鏡の奥の目が冷たい光を放っている。

「ごめんちょ。ところで、アスカ見なかった?一緒に帰ろうと思ったんだけどどこにもいないのよ」

「ミサトの車に乗る危険性をやっと認識したんじゃないかしら?」

「あによ、今日はやけにつっかかるわね」

ミサトは口を尖らせた。

別に」

リツコは素知らぬ顔でモニターに向かう。

むっかつくわねぇ)

ミサトの頭脳がリツコにやりかえす方法を捜すべく猛回転を始める。同時に情報を集めるべく無意識に視線をあたりにさまよわせる。すると答えがあっさりと導かれた。

「あ、そっか」

「何?」

「確か碇司令、今日は珍しく早くあがるって話よねぇ」

ミサトの顔が独特のニヤニヤした笑顔に変わる。

ゲンドウのニヤリ顔とはひと味違うが、ろくでもないことには変わりない。

そ、それがどうかしたのかしら?」

顔は冷静だが声は動揺しているリツコ。

「結婚してまだ2年だもんねぇ〜早く帰りたいわよねぇ?」

ミサトはずいと身を乗り出しリツコの机に肘をついた。

「べ、別にそんなことないわよ」

じゃ、この料理の本は何よ」

書類の山の中に手を無造作に突っ込むと一冊の本を取り出すミサト。

「こ、これはそ、そう、科学者だからって料理の一つもできないというのは良くないから、知識だけでもね」

まったく、妙なところでめざといわね)

「ほー科学者ねぇ」

ミサトのニヤニヤ顔がさらにエスカレートする。

だが、このままやられているようでは赤木リツコ博士とは言えない。ぼそっとつぶやく。

ミサトみたいにはなりたくないしね」

「どういう意味よ!」

バンと机を叩くミサト。

ほ〜らすぐにムキになる)

口の端に笑みを浮かべるリツコ。立場は逆転した。

「さあ?一緒に暮らしているアスカに聞いてみたら?そうそうアスカを捜してるんだったわね」

話が最初の用件に戻ったためミサトも追求を断念せざるをえない。

「テストの後、ケイジの方へ行ったみたいよ。少し調子悪いみたいだし、たぶんいつもの所じゃないかしら?」

「そう。ま、アスカも年頃の女の子だもんね。いろいろあるか」

ミサトの顔が娘を心配する母親のような表情になる。

つられてリツコの表情も柔らかくなった。

「ふふ、あなたいい母親になるわよ」

「えへへ」

少し照れて笑うミサト。

「そうそう、ちょうどいいわ。渡すのは明日にしようと思ってたんだけどはい」

リツコは一冊のファイルを取り出すとミサトに渡した。

「何、これ?」

「いいものよ」

にっこり笑うリツコの言葉に胡散臭そうなものを感じるミサト。

とりあえずファイルを開いてみる。

題名を見たミサトは軽い頭痛を覚えて顔をしかめた。

あんたって本当に悪趣味ね」

「あら、そうかしら」

表紙には『マルドゥーク機関による報告書』と記してあった。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

【第壱話 帰宅】