<ネルフ本部第一発令所>

 

 

「で、テストってなによ?」

発令所につくなりアスカは言った。

ちょっとした計測といった所かしら。特定の状況における心拍数や脳波の変化を計測し、同時にパイロットの心理変化状況の観察を実行。それらの結果をエヴァに搭乗する際の参考とします」

リツコの説明は相変わらずわかりにくい。アスカならまだしもトウジにわかるわけもない。

「よーわからんですがとりあえずプラグスーツに着替えてきましょか」

「あ、まだ着替えなくていいわ」

「そらまたなんでですミサトさん?」

「うーん。プラグスーツはまた次かしらねリツコ?」

「そうねとりあえずはそのまま」

額を寄せてひそひそと話し合うミサトとリツコ。

「エヴァに乗るんじゃないの?」

「今日は乗る必要はないわ」

「まぁええですけど」

「じゃ、最初はアスカね。とりあえずケイジに行って」

「ケイジ?エヴァには乗らないんでしょ」

「そうよ。あ、ケイジといっても7番ケイジよ」

「はあ?」

「鈴原君はとりあえずここで待機していて」

「わかりました」

訳の分からない指示だがリツコとミサトの立案についていちいち考えても無駄なことは知っているのでアスカはさっさとケイジに向かう。

アスカの出ていったドアが閉じるとミサトは司令塔のゲンドウと冬月を見上げる。

「構いませんね、碇司令」

真剣な口調のミサト。リツコも二人を見上げる。

反対すべき理由はない。やりたまえ葛城一佐」

「はっ!」

「計測準備!」

リツコがてきぱきと指示を出し、発令所は急に慌ただしくなる。

冬月が苦虫をかみつぶしたような顔でゲンドウに問う。

本当にこれでいいんだな碇」

ゲンドウは手を組んだまま口元を歪めた。

 

 

本当に何考えているんだか)

そう考えながらアスカは昨日と同じように弐号機を見上げた。

 

ママ

ママがいなくなっても私はエヴァに乗ってる

いいよね。たまにママの事を思い出しても

今の私はエヴァが無くても大丈夫。一番でなくても大丈夫

だって私が強いことに間違いはないんだもの

別に強くなくたって大丈夫なんだけどね

それを教えてくれたあいつの事を考えるときだけ涙が出る

でも泣いてもいい。それはきっと私があいつを好きだって証拠

だいたい2年も音信不通でなにやってんのよあんの馬鹿!

ああ思い出したらむかついてきた

そういえば昔はいっつもプリプリしてたな私

きっとかまって欲しかったのよね

でもあいつはそんな私に優しくしてくれた

こんな私を、ぼろぼろになった私をあいつは一生懸命面倒見てくれて

でも私が元気になった途端さっさとアメリカに行っちゃった、私を置いて

あのときはひどい奴だと思ったけど、シンジとてもつらそうだった

今ならわかる

けどあの時は随分ひどいこと言っちゃったな。

ごめんね

シンジだってきっと何か事情があったのよ

それなのにアタシったら

 

 

 

「帰ってきてよバカシンジ」

 

小さな声で言ってから弐号機を見上げる。

アスカの誇りでもあった赤いフォルム。

これに乗って戦ってたのよね。まるで昨日のことみたい」

そうだね」

 

 

声がした

それは聞きたくて聞きたくて、会いたくて会いたくて、でもここにいるはずのない存在

 

 

おそるおそる声のした方角を見るアスカ。

そこには封印された初号機を見上げる少年がいた。

別人のように背が高くなって、でも相変わらず細く見える。

ぐっと握りしめた拳。昔と違って揺るがない意志の力をそこに感じる。

女性的で線の細い横顔はそれでいて男らしさを秘めている。

視線に気づいた横顔が自分の方を向いて照れくさそうに微笑んだとき、アスカは自分が一番ほしかったものを思い出した。

少年がアスカに向かって歩き出す。アスカの足も意志とは無関係に歩き出す。

初号機と弐号機のちょうど中間で二人は立ち止まる。

しばし無言の二人。

だが、少年の声で沈黙は終わりを告げる。

 

「ただいまアスカ」

 

その言葉をアスカは何度夢に見たことか。

そして目が覚めたとき夢であったことを何度悔やんだことか。

だが、夢でない証拠、アスカの髪に優しく触れた手の感触。

 

「シ、ン、ジ本当に?」

 

うん、僕だよ」

 

夢じゃない?」

 

「試しにひっぱたいてもいいよ」

にっこり笑うシンジ。

 

「ううう」

アスカの瞳が潤みあふれるように涙がこぼれ落ちていく。

 

「やっぱり、おかえりって言ってくれないのかな?」

困ったような声を出すシンジ。

 

相変わらず鈍感な奴。

だからコイツはシンジだ。

間違いなくシンジだ。

 

「う、バカ、バカバカ、バカバカバカバカバカ」

ドンドンとシンジの胸を両手で叩くアスカ。

駄々をこねる子供の様に叩き続けた。

 

 
 
 


<少し前 第7ケイジハッチ前>



シンジはさっきもらったばかりのIDカードを見た。

カード自体の造りは当然ながら以前のカードと変わりない。身体データが変わり、少しだけ大人っぽくなった自分の顔が写っている。

だが、カードの効力は以前とは桁違いである。本部各所の立入禁止区域はおろか、主がいないとはいえターミナルドグマへの進入すら許可されている。入れないのはゲンドウの執務室と在室中のリツコがロックしているときの研究室くらいである。同程度の効力のカードはゲンドウと冬月、リツコしか持っていない。もっとも放って置いても入れるようにしてしまうとのことで加持にも渡されるらしいが

無論、目の前のドアに入ることなど造作もない。

 

一歩足を踏み入れると無数のライトが点灯し部屋の住人達を浮かび上がらせた。

ゆっくり足を進め、正面で足を止める。

 

「ただいま、母さん」

 

エヴァンゲリオン初号機はただ静かにたたずんでいた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

それからしばらくしてのことだった、反対側のハッチが開いて少女が入ってきたのは。

エヴァを二体も格納しているケイジである。反対側とはかなりの距離がある。

少女はシンジに気がつかずに弐号機を見上げていた。

同じように初号機を見上げるシンジ。

考えることは同じだったのだろう。

少女が呟いたとき思わず声が漏れた。

これに乗って戦ってたのよね。まるで昨日のことみたい」

そうだね」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

力が抜けて崩れ落ちそうになるアスカをシンジが抱きとめた。

「うっうっバカバカバカ」

涙はいつまでも流れていた。

「そんなにバカバカ言われたら本当にバカみたいだよ」

「うっうっだからあんたはバカなのよ」

 

 

しばらくして落ち着くとアスカは深く息を吸い込んだ。

よし)

顔を上げて言った。

「お帰りシンジ!!」

口にした途端シンジが力一杯アスカを抱きしめた。

く、苦しい)

(けど嫌じゃない。)

思いの外、厚い胸板にぎゅっと抱きしめられたアスカの胸に温かいものが満ちていく。

 

(アスカ、小さくなっちゃったな本当は僕が大きくなったんだけど)

でもきれいになった)

抱きしめる前のアスカの姿を閉じた目の裏に思い返す。

すらりと伸びた身体。中学生の頃よりさらに女らしさを増した肢体。

子供らしさが抜けて大人の女性のように整った顔立ち。

そして、光を浴びてより美しさを増す長い髪。

 

そんなことを思いつつシンジは気合いを込める。

『逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ』

思えばこれを唱えるのもずいぶん久しぶりだな、ふふ)

そう考えるとふっと肩の力が抜け、逆に心が落ち着いた。

そして口を開く。

2年間もほっておいてごめん。アスカ、やっぱり怒ってるよね」

………

僕にこんなことを言う資格はないのかもしれない)

そう言いそうになって心の中で自分を殴りつけるシンジ。

それを決めるのは僕じゃなくてアスカだ)

伝えたいことを全て伝えよう。そして後はアスカに委ねるんだ。

でも、僕はアスカに会いたかった。ずっとアスカのそばにいたかった」

………

「だって、僕はアスカのことが好きだから」

 

アスカは自分の顔が熱くなるのを感じた。きっと真っ赤だろう。

アタシは自分から何もしようとはしなかった。シンジを引きとめることもできなかった。

でもそんなアタシにシンジは言ってくれた。

アタシに会いたかった、ずっとアタシのそばにいたい、アタシのことを好きだって

「その返事を聞かせてくれる?」

心細いシンジの声。

(ふふふ、こういうところがシンジだ。やっぱりシンジはシンジだ)

バカで弱虫で料理がうまいのが唯一つの取り柄で、でも本当はアタシなんかよりずっとずっと強い。

今ならシンジが抱きしめてくれている今ならアタシも素直に言える。

「バカアタシもシンジが好きよ」

ぎゅっと更に抱きしめる力が強くなった。苦しかったけどそれすらも嬉しくてアスカはそのままシンジに身を委ねた。

心地よい静寂が辺りを包む中、初号機と弐号機が二人の子供達を優しく見守っていた。
 

 

 

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