<夕方、旅館前>

 

 

「さすがに京都の旅館まではネルフ直営とは行かなかったか」

宿に着くとミサトは心底ほっとした。

「さすがに葛城さんもいろいろ回って疲れましたか?」

マヤが気遣う。もっとも気遣う方向が違うのだが。

「あはは、だいじょーぶよ」

 

 

男子用の大部屋の隅。

のんびりと畳に転がっているシンジ達。

時計を見たトウジが起きあがる。

「さぁて飯の前に風呂やな」

「待ってました!」

「待ってましたってケンスケそりゃ風呂の格好やないで」

デジタルカメラを基本に各種装備で身を固めたケンスケ。さながら軍の特殊部隊である。

「くくくく、ついについにこの時が来た!思えば俺はこの時のために生まれてきたのかも知れない」

「何とも凄い気迫だね」

感心するカヲル。

「そう、高校生になり、同じクラスにあれだけの美少女が4人もいて、おまけに担任、副担任まで美女。これだけの好条件はもはや一生に二度とないだろう」

「まぁそうやろな」

「ねぇケンスケ。やめといた方がいいと思うよ」

「止めるなシンジ!男にはやらねばならない時がある!」

「よう言うたケンスケ!わしもつきおうたる!」

ばっと立ち上がるトウジ。

トウジ?」

「ありがとうトウジ!俺はお前のような親友をもって幸せだ!」

「何をいうんやケンスケ!わしらは生きるも死ぬも一蓮托生や!」

がっし、と手を合わせるトウジとケンスケ。

「ようするにご婦人方の入浴をのぞきに行くんだね」

身も蓋もないことを言うカヲル。

「なんや渚。興がさめるようなこと言うなや」

「そう、俺達はこれから戦いに行くんだ。シンジ達はどうする?」

「僕はひとっ風呂浴びさせてもらうよ。大きいお風呂は久しぶりだからね」

タオル片手に喜色満面で答えるカヲル。

「僕もカヲル君と一緒に行くよ。また迷うかも知れないし」

「そりゃそうや」

ちなみに今日も少し離れた隙にカヲルは何度も迷子になり、ミサトの疲労度指数の上昇に貢献していた。

「では、行くぞトウジ!」

「おうケンスケ!」

女湯、女湯と口ずさみながらトウジとケンスケは出ていった。

二人を廊下で見送っていたカヲルが口を開く。

「なんとも楽しそうだね。ところで行かせていいのかいシンジ君?」

「止めても無駄だよ。それに覗こうと考えるのはケンスケ達に限ったことじゃないしね」

「彼女達の裸を見られてもいいのかい?」

僕もそこまでお人好しじゃないよ」

シンジは薄く笑みを浮かべた。
 
 

 

「おんなゆ、おんなゆ」

茂みの中、身を屈めて女湯に向かうトウジとケンスケ。

「さすがケンスケ。道順もしっかり調べとるんやな」

「当然、万事においてぬかりなしだよ」

やがて女子達の声が聞こえてきた。

「おっ近いぞ」

「この声は

「惣流に霧島、山岸に委員長だ。うーんグッドタイミング。天は俺達に味方した!」

「い、生きてて良かった」

「まだその台詞は早いよ。よし行こう」

と、ケンスケが脚を踏み出した瞬間、ビュン!という音と共に二人は宙に持ち上げられた。

「な、何や!?」

片足をロープにしばられ二人は持ち上げられていた。

「トラップだ!!」

「そんなアホな!!」

「馬鹿な!ロープなんかどこにもなかったぞ!」

素人ながらも日頃の訓練で鍛えた観察眼を駆使し警戒して進んでいたはずだった。だが今実際に自分たちは宙づりになっている。

ひとまずロープを目で追っていくと途中で黒くて非常に細いワイヤーに変わっていた。よく見ると地面から数cmの高さに幾重にもワイヤーが張り巡らされている。昼間ならともかく日暮れ前の今では発見は困難だ。

「うーん、いい仕事だ。これはプロの仕業だよ」

状況を忘れて喜ぶケンスケ。

「感心しとる場合か!はよ逃げるぞ!」

「同感だね、捕虜になる前に

「ん、どうしたケンス

二人の顔からさっと血の気が引いた。

二人の視界の先、そこにアスカとマナを先頭に大勢のジャージ姿の女子が立っていた。

めいめいモップやほうきなどを持っているがこれから掃除をするのでないのは明らかである。

「あんた達覚悟は出来てるんでしょうね!」

アスカが言った。

「ま、まぁ落ち付けや」

「は、話せば分かる」

命乞いを始める二人。

「どうするアスカ?」

マナが言わずもがなのことを聞く。

「決まってるじゃない!これ以上バカな男どもがバカなことを考えないよう見せしめよ!」

「そうよね〜やっぱり悪の芽は早めにつみとらないと」

「お、おちつけ惣流、霧島」

「ふーたーりーとーも!!」

ヒカリが鬼気迫る声で言う。

「Gehen!!」

「「ひええええええっ!!」」

アスカの号令一下、制裁が始まった、

 

 

「風呂はいいね。風呂は身も心も癒してくれる。リリンの生み出した文化の極みだ」

「そういえば風呂は命の洗濯だって昔ミサトさんが言ってたな」

シンジとカヲルは仲良く湯船に浸かっていた。

 

 

 

 

<大広間 夕食会場>

 

 

「それで二人は?」

ミサトは一部始終を聞いた後アスカに尋ねた。

「気が済んだからマヤに引き渡したわよ」

「あーそれはしばらく帰って来れないわね」

ネルフ本部にこの人ありと言われた潔癖性のマヤである。数時間はお説教が続くだろう。

「自業自得ね」

ミサトの対面に座ったマナが言った。

「それにしてもアスカさん。よくわかりましたね、あの二人がのぞきに来るって」

マユミが聞いた。

「ま、まあ、あいつらの考えそうなことだからね」

「でも、あの仕掛けは誰がやったのかしら?」

ヒカリが首を傾げる。

アスカはちらりとシンジを見ると黙々と食事を続けた。

シンジも何事もなかったように料理をつつく。

「なるほど

マナは事情を察した。

「ああ、そういうこと」

ヒカリも納得する。

「もしかして、い

「そこまでよマユミ」

アスカがマユミを止めた。

「それ以上言うとシンジがもてない男どもにどんな目にあわされるか分からないでしょ」

「そ、そうですね」

それでも自然にこういうことは伝わるもので女子の間で一段とシンジの人気はあがり、相対的に男子からの敵意が増加した。

「ま、シンちゃんなら大丈夫よ」

 

 

その夜、消灯後。

男子部屋は一人対大多数の枕投げ合戦場と化した。

ミサトが放っておいたこともあり戦いは夜明け前まで続いた。

 

 

翌日のバス車内、ほとんどの男子は死ぬように眠っていた。

元気なのは鍛えてあるシンジと一人ぐっすり眠っていたカヲルだけだった。

「シンジ君も災難だったね」

「カヲル君よくあの状況で眠れるね」

さすがのシンジも十数人を相手に一晩中戦うのは億劫だったらしい。

元気なのは元気なのだが顔つきがいまいちである。

「シンジも眠たいんだったらアタシのことは気にせず寝ていいわよ」

そういって心持ち肩を寄せる。自分の肩にもたれて寝ろという意味らしい。

本当は膝枕と行きたいところなのだがさすがに狭いバスの車内だし恥ずかしい。

「ありがとうアスカ。大丈夫だよ」

「シンジくん別に遠慮しなくてもいいんじゃない?どうせ今日も眠れないんだし」

哀しくなること言わないで下さいよミサトさん」

眉間を押さえるシンジ。

「でも葛城さん、今日は班単位で個室ですから大丈夫じゃないですか?」

「あ、そうだっけ?」

それはそれで怖いな、と思うシンジだった。

「ま、いざとなったらあたし達の部屋に来なさい。他に女の先生いないから広いのよ。マヤもいいでしょ?」

「そうですね、シンジ君なら安心ですし」

「そこまでしてもらわなくても大丈夫ですよ」

「そうよ。だいたいミサトの部屋に行かせるくらいなら

「行かせるくらいならなに?」

素早くつっこむミサト。相変わらず機を見るに敏である。

う」

「ひょっとして行かせるくらいなら自分の部屋に連れ込もうってか〜?」

『きゃーっ!』

ミサトの発言に女子から歓声が上がる。

「ちょ、ミサト!!」

「な〜に?違った?」

 

「君達はどうなんだい?」

カヲルがマナ達に尋ねる。

「い、いくらなんでもそれは

さすがに躊躇するヒカリ。

「でもシンジなら大丈夫ね」

「そうですね、碇君なら信用できます」

マナとマユミがうなずき合う。

「ちょっとマナ、マユミ!」

「あたし別にいいわよヒカリ」

「わ、私もかまいません」

「だそうだよシンジ君、惣流さん」

「どうしろって言うんだよカヲル君」

「そーよ」

「ま、非常時の話だよ。第一、彼らがまたのぞきをしたりするかな?」

『絶対する』

「そ、そうかい」

断言されて返す言葉のないカヲルだった。

 

『あらあらガイドなんていなくても十分楽しんでるわね』

小声でしかも念のため英語で話すジャネット。

お前、仕事しろよ』

ひたすら運転手のジョニーだがそれなりに楽しいらしい。

『あらちゃんとしてるわよ。さっきからついてきてる車の特徴もメモったし』

『おやおや』

ちらりとサイドミラーに視線を向けるジョニー。

『ちゃんとバックミラーも見ときなさいよ』

『へいへい』

 

 

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