<京都市郊外軍用ジープ車内>

 

 

 

「それで相手はどこの所属かわかりましたか?」

シンジは前を見たまま言った。

誘導通りならまもなくアスカを乗せた車を捕捉できるはずだ。

「まぁ問題といえば問題だが、赤木もそれどころじゃないらしいな」

既にネルフ本部この場合MAGIと同義だがは侵入者達の殲滅を最優先で行っている。加持たちのサポートは最小限のラインを松代との間に確保し、戦自のバックアップに任せっきり、要するに、京都での対処は全て加持に任せられている。

「もっともどこか判明する前に潰しちまうだろうなぁ

(まぁ信頼してくれているのは結構なことさ)

口に出したことと別なことを考えながら加持は肩をすくめた。

実際の所、ほとんど戦力を失った保安部はトウジ達のガードに回し、戦自の戦力のみで加持は行動していた。ネルフ側の戦力は今この場にいる人間のみである。そして、加持は最重要事項であるアスカの奪還はこの場の人間だけで行うつもりでいた。

「それにしても変ですね」

シンジは胸の中で燻っていた疑念を口にする。

加持も同意する。

「そうだな。アスカをさらうときの手際は見事だが逃走経路の方はおそまつきわまりない。それでいて本部に攻勢を仕掛けるだけの力がある」

「複数の組織による共犯でしょうか?」

「わからん。ま、面倒なことは本部の連中にお願いするさ」

「そうですね。今はまずアスカを取り返さないと」

後部座席のミサトは淡々と話すシンジの顔を見ていた。

その表情には変化が感じられない。

アスカがさらわれて怒り心頭かと思ったけど)

そんな感じはしない。

焦っているようにも見えない。

「どうした葛城?」

モニターから顔を起こし加持が言った。

「え?ああ、その………シンジくんがあんまり冷静なんで驚いてるのよ」

………

シンジは前を向いたままだ。

「あ、別にシンジくんが冷たいとか言うんじゃなくて

「わかってます。僕だって本当は焦ってるんです。こうなる可能性が高いのは最初からわかっていたのにそれを防げなかった。護衛としては失格ですね」

そう、シンジにとって最大級の失敗だ。紛れもなく油断によるもの。責められるべきは保安部でもジョニー達でもなく自分自身だ。

 

シンジも当然尾行者の存在には気付いていた。ジョニー達からも何度も報告を聞いていた。それでも放置して置いたのは状況からして単なる監視員に過ぎないと判断したからだ。彼らが火器の類を持っていないのは確認されていた。無論、他にも人を殺す方法はいくつかあるが、その場合はシンジや保安部員達が介入する間がある。ゆえに無用の戦闘は避けたのである。

出来ることなら友人の目の前で人殺しはしたくない。

シンジの偽らざる本心だ。

そしてアスカの場合もアスカが席を立つのと前後して一般客を装った保安部員達が化粧室に向かうのを確認していた。

が、結果はこの有様である。

甘いな、僕は)

 

加持は無言で端末を睨んでいる。

だがなシンジくん。疑わしきは殺せ、そんなのは寂しいだろ?)

口には出さない。シンジもきっとわかっているはずだ。

 

「僕はアスカをさらった奴らを許せません。それは僕の本当の気持ちです。でも、それ以上に守りきれなかった自分を許せないんです。だから、アスカを助けるために冷静に相手を憎み、冷静に怒っているんです」

そっか」

ミサトはふっと肩の力を抜くとシートにもたれた。

「ミサトさん?」

シンジくんは知らない内にあたしより大人になってたのね」

「そんなことないですよ。僕はまだまだ子供です」

自嘲気味に呟くシンジ。

そう? ま、そういうことにしときましょうか。でもね、あたしもまだまだ子供なの」

そう言って笑みを浮かべるミサト。

「おや、それは初耳」

キーを叩く指を止める加持。

「えへへ。だからシンジくんを見習って冷静に相手を憎むわ」

ミサトの顔が引き締まる。先刻までとはまったく別の顔、世界に誇るネルフの作戦部長の顔だ。

シンジと加持はちらっと視線を交わす。ハンディキャップが強力な助っ人にかわったという事を確認するために。

すでにミサトの頭脳はウォーミングアップからフル回転に映っていた。勘が次第に研ぎ澄まされていく。普段のミサトの勘はまるで当てにならないが作戦中の勘は命を預けるに値する。

 

 

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