<引き続き通学路>
「…というわけで気がついたらシンジはいないし、靴も鞄もないし…」
アスカは心配そうに言った。
「ふーん」
(…確かにそれは焦るわね。)
とはいえそう口にすればこのいまだに素直じゃない親友は否定するだろうか?
「何か急用が出来てネルフに行ったんじゃないかしら?」
「それがミサトに聞いても何も知らないって言うし、それに…」
「そっか、碇君がアスカに何も言わずに出て行くわけないわね」
だから、アスカは心配している。
「シンジならまだ来とらへんで。一緒やないんか? …あたっ」
ついこぼれた無神経な言葉が気に障ったのだろう。
ヒカリがトウジの後頭部を叩いた。
「ふーん。だったら携帯に電話してみればいいんじゃないか?」
ケンスケの言葉にポンと手を打つ一同。
「…何で思いつかなかったのかしら?」
そう口にしつつ携帯を取り出すとアスカは短縮ボタンを押した。
「それだけ焦ってたんですねアスカさん」
マユミに言われてアスカは赤くなる。
それを見て一同が冷やかそうとする。
プツッ
「………」
アスカは暗い顔で携帯を切った。
「ど、どうしたのアスカ?」
マナが顔をのぞき込む。
「…圏外か電源が切られています…」
ちなみにエヴァのパイロット達に渡されている携帯電話は地球上ならどこからでも通話可能とうたわれている。
キーンコーンカーンコーン
予鈴が鳴ったため皆仕方なく席に着く。
「心配なんかせやかて大丈夫や、センセならな」
「う、うん。ありがと鈴原」
(…惣流が礼を言いよった。調子狂うで。)
トウジは不安げなヒカリと視線をかわす。
「オース! おはようみんな!」
ミサトが前の扉を開けて入ってくる。同時に後ろの扉からシンジが鞄を持って現れた。
「あ、シ…」
「きりーつ! 礼! 着席!」
ミサトが出席をとる間、アスカは小声でシンジに話しかけた。
「…ねぇなんで先に行ったの?」
「………」
「…ねぇシンジどうしたの?」
「………」
「…シンジってば」
「………」
シンジは顔をそらしアスカの方を全く見ようとしないし返事もしない。
アスカは怒る以前にシンジがどうしたのか不安になっておろおろしていた。
「…なんや夫婦喧嘩かいな」
げしっ
小さい声で言ったつもりだったがマナにはり倒されるトウジ。
「…殺すわよ」
鈍いトウジにもわかる位に殺気を発するマナ。
トウジは背筋をのばしてカクカクとうなずいた。
そんな子供達の様子に気付かないふりしてミサトはホームルームを進める。
ホームルームが終わってやっとアスカはシンジに話しかける。
「あのシン…」
ガタッ
シンジは席を立つとさっさと教室を出ていった。
その後ろ姿に伸ばした手を下ろしてしまうアスカ。
がっくりと椅子に座りうつむく。
慌てて駆け寄ったヒカリが慰めているが、効果はないようだ。
「…こりゃ重傷やな」
「…惣流のあんな弱々しい姿は初めてだね…」
カメラを取り出したケンスケだったが思い直すとカメラを鞄に戻した。
シンジは授業が始まる直後に現れた。
教師が来るタイミングを正確に読んでいるらしい。
それならばとアスカは電子メールを送る。
『お願いだから返事して』
だが、授業が半ばを過ぎても返事は返ってこない。
ますます暗くなっていくアスカを見て、マナやヒカリもシンジにメールを送る。
『碇君、いったいどうしたの?』
『授業中の私語は禁止されているよ』
『ちょっとシンジ! 何考えてんのよ!?』
『黒板の問題の解き方』
とりつくしまのない返事に困惑するヒカリと怒りをつのらせるマナ。
授業が終わった直後にマナはシンジの所へ行った。
「ちょっとシンジ…!」
シンジの目を見た途端に毒気を抜かれぞっとするマナ。
いつもの温かくて優しい瞳とはうって変わって感情を全く感じさせない硬質な視線。
シンジが横をすり抜け教室を出ていくまでマナは蛇ににらまれた蛙のように固まっていた。
2時間目はピリピリした雰囲気で始まった。
良きにつけ悪しきにつけクラスの明るい雰囲気はアスカやトウジ達によるものが大きい。その彼らがはっきり言って暗い、怖い。
クラスメート達は、誰かどうにかしてくれと祈っていた。
「おい、センセ。ちょっと待てや」
我慢の限界に達したトウジがシンジを呼び止めた。3時間目の休み時間だ。
「なんだいトウジ?」
「何ってお前…」
「用がないなら僕は行くよ」
「シンジ!」
殴り合いになると誰もが思った。
ヒカリとマナが席を立つ。
が、トウジを止めたのは別の人物だった。
「そこまでだよ鈴原君」
「止めんな渚!」
「………」
カヲルは首を左右に振った。そしてシンジを見る。
一瞬視線をかわす二人。
シンジは一つ頷くと出て行った。
「ちょっとカヲル! あんた何か知ってるの!?」
「僕は何も知らないよ、マナ」
「じゃ、なんでわしを止めたんや!」
「だってシンジ君を殴るつもりだったんだろ?」
「当たり前や! あんなうっとうしいもん黙って見てられるか!」
「…まるでここに来たばかりの頃のシンジを見てるみたいだね」
ケンスケが昔を思い出して言った。
「ち…」
同じく中学生の時のシンジを思い出したのか拳を下ろすトウジ。
「大丈夫ですよ、アスカさん」
マユミがそう言ったが、アスカはただうつむいているだけだった。
<昼休み>
「あーもうこんな時はメシやメシや!」
「もう、ヤケ食いなんてしないでね」
そう言ってトウジに弁当を渡すヒカリ。
それを見てアスカとシンジに視線を向ける一同。
クラス中が注目しているのは想像に難くない。
「あの、シンジ…お弁当」
アスカがおずおずと弁当箱を差し出す。
しかし、学校に来て初めてのシンジの返事は彼女にとって酷なものだった。
「…いらない」
「!?」
立ちつくすアスカをよそにシンジは鞄に荷物を詰めていく。
気まずい中カヲルが声をかける。
「帰るのかいシンジ君?」
「…ネルフへ」
「今日は何もテストはないと思ったけど?」
「…用事ができたんだ」
「そうかい。じゃ、また明日」
カヲルが手を振るとシンジはさっさと教室を出ていった。
すぐに校門を出て行くシンジが見える。
「行っちまったな…」
ケンスケが呟いた瞬間、アスカは教室を駆け出て行った。
「「アスカ!!」」
慌ててマナとヒカリが追いかける。
「え、え」
出遅れておろおろするマユミ。
「はい」
カヲルが4人の弁当箱を渡す。
マユミは頷くと3人の後を追った。
「…鬼の目にも涙や」
トウジは仕方なく弁当を食べ始めた。
<屋上>
「…ひっくひっくアタシもう駄目」
膝を抱えてアスカは泣いていた。
「…シンジに嫌われちゃった、捨てられちゃった…」
「ちょ、ちょっとアスカ!」
「はやまるんじゃないわよ!」
「…だってシンジが口聞いてくれない、顔を見てもくれない、お弁当もいらないって、
ふぇ、ふぇ、ふぇぇぇ〜ん!」
「あーよしよし」
マナはやれやれとアスカを慰めた。
マユミもハンカチでアスカの涙を拭く。
二人ともまだ痴話喧嘩程度にしか思っていないので余裕がある。
だが、ヒカリは違った。
かつてアスカがこれに似た状態に陥った時がある。その時の事は今思い出すだけでも震えが来る。
「…シンジ、シンジ、シンジ…ねぇ振り向いてよぉ」
アスカは昔と違って本当に強くなった。
そう簡単に壊れたりはしないだろう。
だが、最近のシンジとの生活が急に崩れたらその衝撃は相当なものになるはずだ。
つまんない事ばかり思いつく自分が嫌になるヒカリ。
「…な、やっぱりここだろ?」
ケンスケの声にヒカリが顔をあげた。
「鈴原。相田君、渚君…」
「ミサト先生には話を付けたさかい、5時間目はここで自習や」
「話を付けたって?」
「これを見せたんだよ」
デジタルカメラのディスプレイを示すケンスケ。
何が映っているのか思って覗きこむマユミとヒカリ。
「「ひっ!」」
思わず後ずさる二人。
「ミサト先生も同じ反応をしていたしこれは実に強力だね」
カヲルが珍しく苦い顔で寸評を述べた。
ディスプレイの中からシンジがあまりに冷たい視線で見つめていた。