<作戦部シミュレーションルーム>
「…じゃ、始めましょうか」
ミサトの声で会議が始まる。
朝とうってかわってまじめな顔だ。
ミサトは基本的にオブザーバーなので、日向が他の作戦部員と意見調整をするという形になる。
日向が口を開く。
「…敵の数は最大の4機を想定、これは今まで通りだ。こちらも4機で応戦した場合は敵も4機。総当たりの戦闘となる」
「言うまでもなくこれがもっとも可能性の高いケースですね」
青葉がMAGIのレポートを確認する。日向もうなずくと続ける。
10人程の出席者は一様におとなしく聞いている。
これらは既に検討された事項の確認に過ぎない。
「戦力比較だが、敵は2年前のネルフ本部襲撃時と同等の性能を想定している。こちらの戦力と比較した場合、伍号機のアスカは問題ないと思うが、六号機の鈴原君では少しきついな」
「彼は実戦経験がありませんし、援護に徹するべきでしょう」
「七号機はひとまずおいて八号機の渚君だが…」
そこで日向が言いよどむ。
「ま、普通に考えれば五分五分ね」
ミサトが口を挟む。
「前衛でも援護でもいいけど彼の場合バックアップに回した方がいいわ」
「はい。…では、最後に七号機のシンジ君だ」
「技術部から七号機の分析結果が届いています」
青葉がそういってデータをモニタに表示した。
<2−A教室>
カタカタカタカタ。
キーを叩く音が聞こえてくる。世界史の授業でこんなにキーを叩く必要はない。
アスカはキーの主の横顔を見る。
シンジはまじめな顔でノートパソコンに向かっている。
考え込んだり首を傾げたりして見ていると楽しい。
もっともいつもならこうやって見ていると視線に気づいてこっちを見てくれるのだが今日は気付かないようだ。
世界史の勉強をしているとは思えない。アスカにとっては欠伸が出るような授業だ。シンジも同様と思われる。もっともシンジはいつもそれでも授業を聞くだけは聞いているのだが。
(…何やってんのかしら?)
シンジはじっとモニターを見ていた。
外部のコンピュータに接続して行っているシミュレーションの画面だ。ちなみに外部のコンピュータというのは世界最高水準の第七世代型コンピュータMAGIのことである。
シンジがやっているのは日向達がやっているのと同じエヴァの戦闘フォーメーションについてのシミュレーションである。
(…やっぱり僕の七号機の運用がネックだな。後衛に回ると前衛のアスカの負担が大きすぎるし、前衛にまわってもいつ限界を超えるかわからない。そうなったら逆に足手まといだ。)
考えることはつきない。
そこへコールサインが入る。
メールを開いたシンジは送り主をちらっと見た後、返事を書く。
『一体何を真剣にやってんの?』
『エヴァで出撃したときのフォーメーション案。ミサトさんに見てもらおうと思って』
『なんでそんなものを?』
『別に出撃が無くても仕事をあげないとミサトさんの頭が錆び付いちゃうからね』
冗談でごまかすシンジ。
『それは言えるわね。で、どんな感じ?』
アスカは気がつかなかったようだ。
『4人でのフォーメーションって案外難しいね。カヲル君とトウジは実戦経験がないから無理をさせられないし』
『敵が来たらそんなこと言ってられないでしょ。あんたなんかエヴァのエの字も知らなかったのにいきなり使徒の前に放り出されて戦ったそうじゃない』
(…そういやそんなこともあったな)
ずいぶんと昔の事のような気がする。
『オーソドックスな所であの二人に援護させて私とシンジで目標に接近。近接戦闘で片を付けるというところかしら?』
『そうだね。どちらか1人が肉薄してフィールドを中和。もう1人がとどめを刺す』
『なら、私が接近してフィールドを中和。シンジがとどめを刺すということね』
『アスカ?』
『いっとくけど私は冷静よ。格闘技術はシンジの方が上なんだからこうした方が確実に相手を仕留められるわ。そうすればみんな死なずに済むしね』
アスカの横顔をのぞく。普通の顔だ。今のアスカは冷静な兵士として思考しているらしい。
『どうしたの?』
返事が返ってこなかったのでアスカが心配する。
『ううん。なんでもない』
(…アスカは聞いてなかったかな、どうだったかな? 七号機じゃ僕に完全には対応できないということを。)
僕が戦闘を続行できなくなったらアスカに頼るしかない。
『例えば、僕が戦線から外れたらどうする?』
『…それは大幅な戦力低下ね』
(…シンジが外れたら攻守共にパワーダウンする。そうしたら)
『あいつらに防御をつとめてもらって私が相手を片づける。こんな方法しかないわね』
(…やっぱりそうか)
『あの第14使徒みたいな化け物以外ならそれでどうにかなるわよ』
アスカの言うことは正しい。その自信には十分な根拠がある。
(…確かに単体で攻めてくる使徒相手ならそれでどうにかなるんだろうけど)
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴り授業が終わりを告げる。
シンジはMAGIとの接続を切ってノートパソコンを閉じた。
<作戦部シミュレーションルーム>
「あーもうやめやめ! 今日はここまでにしましょ」
ミサトの一声で騒がしかった部屋が静まる。1時間前から議論は堂々巡りを続けていた。
「…わかりました。各自次の会議まで自分なりに考えを整理しておいてくれ。じゃ、これで解散」
日向が場をしめると、ぞろぞろと作戦部の面々が部屋を出ていく。
「日向君、悪いけど後お願いね。ちょっち頭冷やしてくるわ」
「はい、わかりました」
そう言って出ていくミサトを見送る日向と青葉。
「頭を冷やす、か…」
「…マコト」
「ああ、またとんでもないことを考えつくぞ葛城さんは」
二人の予想はその日の午後裏付けられた。
<ネルフ総司令 執務室>
部屋にはゲンドウ、冬月、ミサト、リツコ、そして学校帰りのシンジがいた。
アスカは加持の所にうまく案内して時間を潰してもらっている。
「シンジくんも司令に似て人使いが荒いな」とは激務の真っ最中の筈の加持の弁だ。
執務室ではゲンドウ達に対してミサトが自分の考えを提示していた。
基本は全員理解しているとおり4機同時に攻めてこられたら不利という内容だ。
それをどうにかしてみせるのが作戦部長の手腕と言うところだが、やはりミサトはただ者ではなかった。
「なるほど。発想の転換ですね」
シンジはミサトの頭の柔軟性に舌を巻く。
「簡単なことに案外気がつかないものね」
リツコも賛同する。
「簡単、ではあるまい。そううまくいくとは限らんし、何より国連のお偉方を黙らさねばならん」
冬月は渋い顔だ。
「ですが、このプランで行けば勝算はかなり上がります。
前回の戦闘時のデータから敵の数、こちらのバックアップ、稼働時間の延長を加味してみれば…」
ミサトが根拠を並べていく。
「…わかった」
「碇?」
ゲンドウが頷いて話す。
「葛城一佐、その方向で話を進めてくれたまえ。赤木博士には作業に入ってもらう。
国連の連中は私がなんとかする」
「はい」
ミサトが確認する。そこでリツコが質問する。
「ですが、S2機関はどうします? 一から作るには…」
「七号機を使え」
リツコとミサトが身体を固くする。
「…七号機を解体するということですか?」
「そうだ。計画通りに行けば一体は予備に回ることになる。そんな無駄なことをするより使える物は使うべきだろう」
「ですが、緒戦ではシンジくんとアスカが…」
ミサトの言葉は途中で遮られた。
「シンジは戦力から外す。その前提で作戦を考案してくれたまえ」
最初に驚きから立ち直ったのは冬月だった。
「碇、シンジ君がいるのといないのでは戦力に差があり過ぎるぞ?」
「わかっている」
「…父さん、何故僕が戦線から離れなくてはならないの?」
シンジは何かを感じ取ったのかそう尋ねた。
(…何か僕には別の役目があるということ?)
「お前に頼みたい仕事がある」
「…頼み?」
命令では無い、シンジが拒否して戦闘に参加してもいいということだ。
シンジは戦闘に参加したいし、その方がいいと考えていた…が。
「…わかったよ父さん」
「そうか」
「ちょ、シンジくん!?」
ミサトが慌てて言った。
たとえ量産型がシンジに完全に対応できないとしても、はっきり言ってシンジは最強の駒である。
シンジもそんなことはじゅうぶんわかっていた。
「すいませんミサトさん。
でも、これはきっと僕がやらなければならないことだと思うんです」
そういってゲンドウを見る。
ゲンドウは黙ったままだがシンジには父の考えが伝わってくるように感じた。
「…しょーがないわね〜」
ミサトもシンジの真剣な様子に諦め、渋々承諾した。だが、理性では納得できないのか行儀悪く、頭を掻く。
「大丈夫ですよ。アスカ達はきっと勝ちます」
それがシンジに決断させた理由の一つだ。
(…今のアスカなら勝てる)
そう確信する何かが二人の間にはあった。
しかも今回のアスカにはバックアップが二人もいる。
「はあぁぁ〜シンちゃんはアスカを信じてるのね〜」
そう言った後、司令と副司令の前であるのを思い出し姿勢を正す。
(…あーあ。これで久しぶりにハードワークの日々が始まるわ。)
「わかりました。七号機の解体作業にかかります」
「頼む」
執務室を出た3人。
ミサトとリツコが同時にため息をつく。
しばらくは激務の日々が続くだろう。
「…すいません。ミサトさん」
「気にしなくていいわ。シンジくんが外れた方が方針を決定しやすいのも確かだしね」
「そうね。あ、ミサトそういうわけだからしばらくマヤはこもりっきりになるわ。学校の方よろしくね」
「へいへい」
軽く聞き流すミサト。
「それからシンジくん」
「はい?」
「しばらくレイを預かって」
「レイをですか?」
「ええ、私はしばらく面倒が見れないわ。あの人もしばらくは国連に行ったきりになるだろうし…まあ当座の計画を立てるまでだから、さしあたってはとりあえず一週間位ね」
リツコの仕事量からしてもっともな話だ。
「そうですね。…わかりました。いいですよねミサトさん?」
そう言って一応家主のミサトに確認する。
「もち。だいたいもしあたしがだめって言ったらシンちゃんリツコんちに泊まり込みでしょ?」
「…そうですね」
うなずくシンジ。
「となるとあたしの末路はアスカにこてんこてんに怒られて飯抜きかあるいはアスカもリツコんちに泊まり込みで結局あたしは飯抜き。どっちにしても選択の余地はないのよ」
正確に現状を分析するミサト。
「自分で作ろうとは思わないの?」
冷静に突っ込むリツコ。
「料理をしてくれる可愛い弟と妹がいるのになんで作んなきゃいけないの?」
「…ミサト」
「どうかした?」
<加持のスイカ畑>
アスカは加持がじょうろでスイカに水をやっているのをじっと眺めていた。
「…ねぇ加持さん」
「何だいアスカ?」
加持はやっとかという気持ちで返事した。
アスカは来てからずっと黙り込んでいた。
おそらくは何か言いにくいことがあるのだろう。
「…ここって盗聴されてない?」
アスカはまず確認した。
「…まぁとりあえずここは外すように言ってあるな。一応、俺の憩いの場所だから」
「…そう」
アスカは一度黙る。加持がじょうろを持って目の前に来ると再び口を開く。
「加持さんに聞きたいことがあるの」
「…真面目な話かい?」
アスカの真剣な表情に一応確認する加持。
「シンジとミサトは何を隠してるの?」
アスカはいきなり本題に入った。
加持相手に回りくどいことを言うのは時間の無駄だとわかっている。
「たぶん、加持さんやリツコも知っている内容でしょ」
アスカはぼんやりと畑を見つめたままだ。
(……アスカは既に秘密が存在することを知っている。下手にごまかすのは逆効果か)
「なぜ、俺に?」
加持は方向を変えてみる。
「私に知らされてないってことはたぶん言えないこと。そんなことを聞いたらシンジもミサトも私に嘘をつきたくはない、でも言えないってジレンマで苦しむことになるわ。そんな二人の顔は見たくないもの」
「なるほどな」
(…アスカもずいぶんと気を使っているんだな)
それも成長の証の一つだ。
「…確かに俺はその内容を知っている。だが、俺はアスカに話す事は出来ない。それは俺の役目じゃないからな。時が来たらシンジくんも話してくれるだろう」
「…シンジが?」
「ああ。少しだけ話してあげよう。
アスカも薄々気づいているとは思うがこれはシンジくんに関わる内容だ。シンジくんのこれからにね。
…ということはいずれアスカにも関係してくるのかな?」
そこでにやっと笑ってアスカの顔を見る。
「もう加持さんたら…」
アスカは頬を膨らませたが、加持の心遣いを感じると素直に引き下がった。
「そうね。大事なことならいつか話してくれるか…」
「………」
(…案外、そのときは近いかも知れないぞアスカ。)