<選挙公示>

 

 

「こんな横暴な生徒会を許していいのかー!!」

「アスカせんぱーい頑張ってー!!」

「碇くーんファイト!!」

「みんな! 俺に熱い一票をくれ!!」

「どうかよろしくお願いしまーす!」

等々、生徒会選挙は荒れに荒れた。

人気だけの奴らに任せておけるかと正当派(?)立候補者の対抗馬が現れ、また、あの二人がいるならば一緒にと生徒会役員の席を奪い合う者も現れ、立候補者数は過去最高を記録した。一件を画策したと思われる現会長は最後に大仕事ができると喜んでいた。

 

 

そして、迎えた選挙当日、候補者の演説会。

「これが演説の順番表です」

そういって現副会長が順番表を渡して回った。

「質問いいですか?」

シンジが手を挙げた。

「なんでしょう?」

「この順番を決めたのはやっぱり会長ですか?」

「ええ、そうです」

(…やっぱり。)

シンジは現会長を『高校生にしては食えない人物』と評価していた。

演説の順番もラスト3人がアスカ、マユミ、シンジだ。

最後にアスカとシンジがいればみんな気合いが入るだろうと言う魂胆だろう。

「山岸さん、気分はどう?」

「き、きんちょうしてます」

見るからにガチガチのマユミ。

「アスカは?」

「ばっかね〜。こんなおもしろいイベントそうはないわよ」

そういって手元の原稿を確認している。そこに書かれたデータの内容を思い出し苦笑するシンジ。

(…まったくアスカも意地が悪いな)

そう思いつつマユミを元気づける。

「山岸さん。アスカの演説をよく聞くといいよ。たぶん肩の力がすっと抜けるはずだから」

「わ、わかりました」

「ほんとにマユミって昔のシンジみたいに気が弱いわねえ。女は強気よ!」

ぐっと拳をにぎってマユミに突きつけるアスカ。

 

 

 

<惣流アスカラングレーの場合>

 

 

「このたび生徒会長に立候補させていただきました惣流アスカラングレーです。どうか宜しく御願い致します」

アスカの第一声は当たり前の礼儀正しい挨拶だった。

背筋をピンと伸ばし真面目な顔で言ったものであるからわいわい騒いでいた生徒達も思わず居住まいを正す。

「立候補に当たり思うところをいくつかお話しさせていただきたいと思います。よろしければお聞き下さい」

まだ続くアスカの挨拶。いつもとのギャップに落ち着けない生徒達。だが、このわずかな間にアスカのファンが更に増加したのは疑いようがない。

「こちらの資料をご覧下さい」

演壇背後のスクリーンに何かの表が投影される。

題名は、『惣流、碇両名立候補決定後の両名への贈答品一覧(金額は市場価格を参照)』。

講堂内がざわざわと騒ぎ出す。

その表にはどの部がどちらにどの程度の金額の物を送ったのかが克明に記されていた。

事情を知らない生徒達や教師陣から疑問の声が上がる。

「さあ! あんたたち目を見開いてよっくご覧なさい!!」

バンッとアスカは演壇を叩いた。

左手は腰に当て顔は挑戦的な表情を浮かべる。惣流アスカラングレー本来のポーズだ。

「見れば分かる通りこれは明らかに賄賂工作よ! それも私とシンジが当選するだろうなんていう他愛ない噂に踊らされた馬鹿共のね!」

アスカの辞書には容赦とか手加減とか言った文字は存在しない。

「個人が個人に贈り物をすることに文句を言う筋合いはないわ。だけど、これを持ってきたとき言った言葉は『どうかウチの部をよろしく』…どう考えても違うわよねぇ? 明らかに各部からアタシ達への贈り物、ということはどう考えても生徒会が大事な予算の中から割り当てた補助金から出ているとしか考えられないわね」

そうだ、そうだという声が上がる。

逆に賄賂を送った部員達は小さくなる。

「少ない予算で頑張っている部は他にたくさんいるわ。これだけお金が余ってるならそっちに回しても問題ないわよねぇ」

にやりと笑うアスカ。

その悪魔のような笑みに贈答派は悲鳴を上げその他の部は歓声を上げた。

「同好会・愛好会も同じよ。アタシたちにプレゼントする金があるなら補助なんていらないでしょ! 文句があるならいつでも来なさい! もらった物もナマ物以外は全部保管してあるからいつでも返してあげるわ!

 このアタシが会長になった暁にはこの手の不正は一切見逃さないわ。予算に限らず何か言いたいことがあるならしっかり筋が通った説明をするか、それを上回る誠意熱意を見せなさい! それが嫌だってんなら私を落選させればいいわ、アタシは別に生徒会長に未練はないもの。でもやるからには徹底的にやるわ! 覚悟しなさい!」

そこで、スクリーンを消し、姿勢を正し表情を改める。

「私の話は以上です。どうもご静聴ありがとうございました」

ぺこりと頭をさげるとしずしずと演壇を去った。

しばし静寂に包まれる講堂。

だが、それも長くは続かなかった。

拍手の波と大歓声が生徒達の間から上がる。

静粛を呼びかける声もあったが耳にはいることはなかった。

肝心のアスカはというと、

パチパチパチ

「アスカらしくていい演説だったよ」

とシンジからお褒めの言葉を頂き照れていた。

 

 

 

<山岸マユミの場合>

 

 

マユミが出れる様になるまでには少々時間がかかった。

マユミ自身もアスカの演説に感動して拍手していたためである。

アスカに背中を押されて我に返る。

講堂もようやく静まる。

「山岸さんがんばって」

「ありがとう碇君」

「ちょっと私には励ましの言葉なんて無かったわよ?」

「アスカは大丈夫だってわかってたからね」

「…なんかごまかされた気がするわね」

いつもながらのほほえましいやりとりにマユミは心が和んだ。

(…よし、いくわよマユミ。)

アスカの真似をしてぐっと拳を握ると演壇に向かって歩き出した。

「初めまして2−Aの山岸マユミと申します。このたび書記に立候補させて頂きました」

アスカの余韻が残っているのか生徒達もおとなしく聞いている。

「私には会長のような、特に先程の惣流さんの様にみなさんを引っ張っていく力はありません。副会長としてみなさんをとりまとめていく力もありません。ですが、書記として生徒会の実務をこなす能力はあると自負しています。うぬぼれかも知れませんが会長、副会長の補佐をして生徒会を立派に切り盛りしていきたいと考えています。生徒会をどうこうしたいという願望や学校をこう変えたいという理想は私にはまだありません。ですが、生徒会の仕事をしていく上で私に何かしたいことが出来たときは自分の力の限りそれに向かって行きたいと思っています。

 私にはみなさんにお願いする実績はありません。ですが、もし私にわずかばかりでも期待して頂ける方がいらっしゃいましたらどうかよろしくお願いいたします。

 どうもありがとうございました」

短いが自分の言いたいことを言えたマユミはすっきりした気分で頭を下げた。

2−Aの陣地でケンスケが拍手を始めた。

それを横目にカヲルとトウジが手を持ち上げ、ヒカリとマナもそれにならう。

彼らに触発されて拍手が起きる。

アスカの時とは違う静かな拍手が講堂を満たしていった。

 

 

 

<碇シンジの場合>

 

 

「…みなさんこんにちは碇シンジです。この度、副会長に立候補させていただきました。

 お疲れかと思いますがもう少しお付き合い下さい」

シンジはそういって微笑んだ。

「お疲れの訳ないじゃない。あんな気合いの入った演説の後じゃみんな目も頭もしっかり冴えてるわよ」

ミサトが呟く。

「それにしても絶妙な順番ですね」

誰が考えたのかとマヤは思った。

アスカの演説で気合いを入れることによりマユミの演説を落ち着いて真摯に聞かせ最後にシンジで締める。アスカの前の候補者の事など頭から綺麗に消えているだろう。

「うふふ、そうでしょそうでしょ♪」

「………」

マヤはこの一件の真の黒幕を悟った。

 

「…僕は昔できることをできもしないと決めつけ何もしない後ろ向きな人間でした。ですが今は出来ることをやらないで後悔したくはないと思っています。ですから副会長の仕事も僕に出来るならやり遂げたいと思っています。同時にみなさんにも自分に出来ることをやる、と考えてもらえたらと思っています」

 

「なんか彼深刻そうな顔してたからさ。ちょっち相談に乗ってあげたのよ」

「彼って…生徒会長の?」

「そ。なんか生徒会の今後とかについて悩んでたみたいだから活を入れてあげたのよ。

 ま、役員人事はちょっとしたおまけね」

「…これが、ちょっとしたおまけ、ですか…」

 

「いくつかの事情から僕…僕と先程の惣流さんは生徒会に満足に時間をさけるかどうかわかりません。ですから他のみなさんに頼ることになると思います。こんな僕たちが役員になる事には問題があるのかも知れません。ですが、今一度みなさんに思い出してもらいたいことがあります。生徒会はみんなで作るものだということです。役員は単にお世話をさせていただくにすぎません。勝手かも知れませんが僕はそう考えさせていただき出来る範囲で生徒会の仕事をしたいと思っています。僕は最初に自分に出来ることをすると言いました。それは無理をすることではありません。ですが、自分で勝手に枠をはめて出来ないと決めつけることでもありません。これからの生徒会ではみなさん自身が自分にどれだけの事が出来るのかみなさんが見つけられるようお手伝いをしていきたいと思っています」

シンジはそこで口を閉じると一つ息を吐いた。

「ご静聴どうもありがとうございました。」

深々と礼をする。

講堂は沈黙している。

シンジが演壇を離れると歩み去るその背中に拍手が届いた。

シンジの姿が消えても拍手は続いていた。

 

 

 

 

明けて翌日。投票開封結果。

生徒会長…当選者、惣流アスカラングレー。得票率80%。各部を敵に回したため少なからず票が落ちたもののそれらの部内でも裏切り者が続出したため結局圧倒的大差で勝利。

副会長 …当選者、碇シンジ。得票率90%。同じく圧倒的大差で当選。同時に全校女子生徒をほぼ完全に制圧。

書記長 …当選者、山岸マユミ。得票率52%。シビアな戦いとなったが、やはりアスカの後の演説が効いた。賄賂無し部の支持が大きい。

以下略。

 

 

 

 

その後。

「碇先輩おはようございます!」

「あ、おはよう」

「あ! 会長おはようございます!」

「おはよー」

「会長、副会長おはようございまーす!」

「「おはよう」」

エンドレスリピート。

 

 

「「ふーっ」」

教室にはいると二人は息を吐いた。

「慣れるまでは少しかかりそうだね」

「さすがにこれは予想外だったわ」

 

ただでさえ有名人だった彼らは完全に全校生徒の頭に記憶された。

一般の生徒が会長や副会長にあいさつするのは普通のことである。それがたとえ建前であったとしても。一応ある種の公人となった手前、無視無視といかなくなったアスカは折れた。少なくともシンジと一緒にいれば変な虫もつかないだろうし、いつもシンジと一緒にいるのにも理由が出来た。

…べつにもともと理由を必要とはしてなかったが。

 

 肝心の生徒会の方だが、実務はマユミがいるので遜色無く進んでいる。マユミの出す書類を確認するだけでいい。

 その一方、来年度の予算案会議は荒れに荒れてアスカを爆発させた。収拾がつかなくなって会議は途中でお開きとなった。その後もなんとか生徒会長のご機嫌をとろうとする部長達だったが遠目にもアスカが怒っているとわかるとびびって近寄ることさえ出来ない。この時ほど副会長の存在に感謝したことはないと後に彼らは語る。部長達から個別に話を聞いて折衷案を作成したシンジはそれをアスカに提出した。アスカは見もせずに承認。

「シンジが作成した以上、公平でかつ効率的な完璧な案なのは分かり切ってるわ。もし、私が反対しても説得する材料はそろえてあるはずよ」とのこと。

実際、マユミの手に負えかねる事務作業や折衝は全てシンジが滞り無く行っていた。

シンジを信頼しているアスカは任せっきりである。やがて他の役員は会長の存在価値を疑うようになる。

しかし、3学期の終わりに行われた卒業式を取り仕切ったのはアスカだった。進行、演出、演説すべてをそつなくこなし卒業生と在校生、教師達の心に深く記憶される卒業式とした。

「発想の転換、大胆さ、みんなを率いるだけのパワー。なんでアスカが会長かわかったでしょう?」

と彼らの敬愛する副会長はのたまった。彼らはただただ頷くだけだった。

かくて、新生徒会役員のもと彼らは高校生活最後の年を迎えることとなる。

 

 

 

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