「そうわかったわ…」

ミサトは受話器を置いた。

それからジャケットを探して部屋をがさがさと漁る。

「来たのね…」

 

 

 

「行って来るわ」

ミサトは久しくかぶったことのない軍用ベレー帽をかぶると二人に言った。

「はい」

シンジは予期していたことなので驚きもしないがアスカとペンペンは目を丸くしている。

「アスカ?」

「あ、いっ行ってらっしゃい」

「クエッ」

「じゃ」

ミサトが出て行く。

しばらくして駐車場から爆音が聞こえてきてもアスカは唖然としていた。

「少しは加減っていうものをしらないのかな? 夜中だっていうのに…アスカ?」

「あ、え、うん」

状況がわからないアスカを見て考えるシンジ。

(…アスカにも心構えをしてもらった方がいいな。)

すっとアスカの手を取りリビングに向かって歩く。

「シ、シンジ?」

いつにない行動に驚いて赤くなるアスカ。

 

「座って」

シンジに言われてちょこんと座るアスカ。シンジもクッションにもたれるように座ると不意にアスカを持ち上げた。

「きゃ!」

そのまま抱きかかえ自分の足の間に下ろす。ちょうど背中から抱きかかえる様な姿勢だ。

そしてぎゅっとアスカを抱きしめるとアスカの髪に顔を埋めた。

「シンジ…どうしたの?」

ドキドキしてはいたもののシンジがいつにない行動に出ていることに不安になるアスカ。

「………嫌?」

「イヤじゃないけど…」

というかうれしくてたまらないアスカ。

いつもこんなに積極的だったらとつい考える。

背中越しにシンジの鼓動が聞こえる。シンジの体から暖かさが伝わってくる。

「………アスカに話があるんだ」

「………大切な話?」

「………うん」

「………そう」

「………」

「………あと5分だけ」

「………じゃ、5分だけ」

アスカは目を閉じ体の力を抜いた。シンジはいっそう強くアスカを抱きしめた。

 

 

 

 

<作戦部会議室>

 

 

「42分前に入った報告に対するMAGIの見解です」

リツコが凛とした声で言った。

今は完全にネルフ技術部部長としての立場に身も心も切り換えている。

次々にスクリーンが灯っていく。

「スカンジナビアか…」

冬月が敵の本拠地と思われる地点を見て呟く。

「この地域はセカンドインパクトの際に居住可能地域のほとんどが失われています。しかし山間部はまだかろうじて居住地として使用されており、また地中…山中をくりぬけば十分使用に耐えます」

「欧州にも近いし出撃基地としては十分な位置ですね」

日向と青葉が報告する。このレベルの会議となると二人はもっぱら雑用係となる。

「北極越えでくるんでしょうか?」

侵攻ルートの予測について尋ねる青葉。

地球儀を象った球形のワイヤーフレーム上にいくつもの赤いラインが表示される。

「でも、逆にそう思わせておいて…たとえばドイツ支部を攻撃してこちらの戦力の分散を図るという線も考えられるな」

日向が答えていった。

ゲンドウが口を開く。

「葛城一佐?」

ミサトはワイヤーフレーム上の一点を指す。

北極経由の最短ルートを除き他のライン表示が消える。

「最短ルートでまっすぐここに来ます」

「根拠は?」

「敵の最終的な目的はここネルフ本部の占拠ないし破壊にあります。自然、こちらがエヴァの分散配置を行わないであろうことは相手にもわかっているはずです。日向一尉の意見の様に他の支部を攻撃しこちらに揺さぶりを掛けるという方法もありますが、長期戦に及ぶと不利なのはむしろ敵の方です。敵は長期に渡り戦線を維持するだけの力もバックアップを行う組織ももはや所有していません。彼らが取りうる選択肢はエヴァ同士の戦闘において我々を殲滅しその威をもって世界に覇を唱える他ありません。ならば、我々もやはりこの第三新東京市に全戦力を配置し敵の迎撃に全力を注ぐべきと判断します」

「MAGIの見解は?」

「全会一致で葛城一佐の意見を支持しています」

マヤが冬月に答えた。

「…葛城一佐。作戦立案及び指揮をまかせる。私はこれから国連及び日本政府との折衝に入る」

対使徒戦の時とさしたる違いはないような一言だが重みは異なる。

事実上ミサトに全権を与え総指揮を任せるということだ。

「はっ」

一分の隙もない敬礼を返すミサト。

「加持君」

それまで隅で壁にもたれて傍観に徹していた加持が身を起こす。

もとよりこういった状況下で加持に出番はない。彼には彼の仕事がある。

「お呼びですか?」

「例の件は君に一任する。支度が出来たら報告を」

「…承知しました」

いつになく真面目な顔で答える加持。

「では、後は任せる」

ゲンドウと冬月の立体映像が消えた。

この瞬間、ネルフ本部のみならず全世界の軍事力に対する指揮命令権がネルフ本部作戦部長葛城ミサト一佐に委ねられた。

カツンと靴音を立てて振り返ったミサトが命令を発する。

「総員第一種警戒態勢!!」

 

 

 

<トウジの家>

 

 

「ほな行って来る」

トウジはいつもと違って黒いジャージ姿だった。

最近は滅多に着ることの無かったジャージを着て出かけるのはトウジなりの覚悟の現れである。

もっとも赤毛の同僚に言わせれば『あんたバカ?』の一言で片づけられることになるのだろうが。

「気をつけてね、お兄ちゃん」

そういう妹の頭に手をやる。

「心配せんでええ。…たぶん避難することになるやろけど、さっきヒカリに電話しといたさかいじきに迎えに来てくれるやろ。ヒカリの言うことよう聞けや」

そう言うと上目遣いで妹の反撃が来る。

「お兄ちゃんこそヒカリお姉ちゃんに心配かけるんじゃないわよ!」

「や、やかましいわい! ほな、わいは行くで!!」

トウジは逃げるように家を離れた。

が、10歩ほど歩いたところで振り返る。

心配そうな妹の姿が目に入る。

「そないな顔すなや…心配あらへん!!」

 

 

 

<カヲルのマンション>

 

 

「あんたって本当に学習能力がないわね〜」

「ははは、ありがとう」

「ほめてない!!」

バンっとちゃぶ台を叩くマナ。もっともカヲルは一向に堪えた様子はない。

今日も今日とて懲りずに道に迷った渚カヲル。

第三新東京市内を2時間さまよった後、彼は電話でマナに助けを求めた。

現在、家に連れて帰ってもらったお礼に少々遅い夕食を御馳走しているところである。

もっとも学習能力がないのは方向感覚や土地勘だけのようで料理の腕も学力もマナに追いすがっている。

「………また、お味噌汁が美味しくなったわね」

マナはお椀を下ろすと感想を述べた。

「シンジ君に少しコツを教えてもらってね。いわばこのおみそ汁はマナと僕とシンジ君の合作だよ」

楽しそうに言いながら冷や奴に箸をつけるカヲル。

「おっと生姜を忘れてしまったね。マナはどうする?」

「冷や奴にかけるの?」

「そうだよ。やはり醤油…」

ピーピーピー

カヲルのズボンのポケットで携帯が鳴った。

怪訝そうな表情を浮かべるマヤの前でカヲルは携帯を取り出し二言三言話す。

うなずくとカヲルは携帯を切った。

「マナ、非常に申し訳ないのだけれども…」

携帯を切るとカヲルは切り出した。

「ネルフ? 別にカヲルの分は残しておくから心配いらないわよ」

「いや、僕の分も食べてもらって構わないよ。というかそうしてもらえると助かる。その代わりと言ってはなんだけど後かたづけをお願いできないかい?」

「何、それ?」

「しばらく帰って来れそうにないからね。けど急いで来いと言われていて時間がないんだ。非常に心苦しいのだけど、頼めるかい?」

マナはカヲルの顔色を窺う。

いつもと同じ笑顔。

だが、マナも伊達に訓練を受けてきたわけではない。

一般人では感じ取れない空気を感じる。

「………戦いになるのね」

「そうなるね」

屈託のない笑みで続けるカヲル。

「…そう

 ………みんなをお願いね

 ……………あと、できたらカヲルも生きて帰ってきなさい」

「…ありがとうマナ」

カヲルの笑みが一際輝いた。

 

 

 

 

<葛城家 リビング>

 

 

「エヴァが来る」

「!?」

シンジは単刀直入に切り出した。一瞬身を固くするアスカ。

「おそらく残存する4機が一斉にね」

「………」

しばらく黙り込むアスカ。

一つ息をついて口を開く。

「…そう。でも大丈夫よ。こっちもに3機いるし、なんたって無敵のシンジがいるもんね。1対9でやり合った時に比べれば余裕よ」

強気のアスカ。

…確かにそういう見方もある。しかし

「あの時のアスカは覚醒した弐号機に乗っていてシンクロ状態も最高だった。今回はこちらも同じ量産型だよ。それにカヲル君とトウジには実戦経験がない。逆にダミープラグは改良されて前より強化されている恐れがある。再生能力があるだけでもかなりの戦力差がある」

シンジは敢えてマイナス面ばかりを強調して言った。それはアスカがこの戦いの鍵を握っているからに他ならない。だからアスカの精神状態をここでしっかりと固めておかなければならないのだ。

「でもシンジが渚か鈴原のかわりに…」

「…アスカ」

遮るシンジ。アスカが振り返る。シンジも顔を上げる。

「………よく聞いてアスカ。

 ………僕はこの戦いには参加しない」

 

 

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