「エヴァ拾号機に命中! 目標は完全に消滅しました!!」
青葉の報告に沸き上がる発令所。
だがリツコは横目でミサトを見るだけだ。
以前なら「よっしゃぁ!!」などと叫んでいるところだろう。だが、まだ戦いは1/4を終えたばかりだ。
「マヤ、ライフル及び七号機と八号機の状態は?」
「陽電子砲は使用不可能です。予想数値以上の大出力だったため過負荷でエネルギーラインが焼き切れています。通常なら修復も可能ですがこの天候下では無理です。八号機は問題ありませんが、七号機が…」
「…ちょっとはりきりすぎたようね」
トウジは七号機のプラグ内で気絶していた。
「鈴原君大丈夫?」
『はぁ…なんとか』
疲れた声でこたえるトウジ。
要は気合いよ、とリツコに言われたトウジのシンクロ率は一瞬だが80%まで達した。それゆえATフィールドを貫くだけのエネルギーをS2機関から絞り出せたのである。もっともさすがにトウジは疲れ切っていたが。
「六号機での戦闘は無理かしら」
リツコが呟く。
そんな状態でないのはわかっているが戦えない者を出しても邪魔なだけだ。
「鈴原君」
『なんですかミサトさん?』
真剣なミサトの顔にかろうじて体を起こすトウジ。
「エヴァ拾号機を倒せたのはあなたのおかげよ。ありがとう」
『そんな、撃ったのは渚です』
「そうね。でも、それだけのエネルギーをひねり出したのはあなたよ」
『はぁ』
「ミサト?」
リツコはミサトが何を考えているのかわからなかった。
「だから戦いが終わったらご褒美をあげるわ」
『ご褒美、でっか?』
「そう。ご褒美にキスしてあげる」
ミサトはそういって片目をつぶった。
トウジの頭がその言葉の意味を理解するのに約2.5秒。
『キ、キス〜〜〜!?』
トウジがプラグ内で飛び上がって驚く。
「そうよ〜ん。ま、一応婚約中の身だからほっぺにだけどね」
『ほ、ほんまにほんまにミサトさんがわいに!?』
「本当よ。だから頑張って敵をやっつけてね〜」
『まっかしといてください!!』
頭を抱える発令所の面々。
『リツコさん、六号機の準備はどうでっか〜? わいはいつでもかまいまへんで〜』
突然元気になり陽気にリツコに尋ねるトウジ。
ミサトの作戦にも一人冷静なリツコは淡々と指示を出す。
「マヤ、六号機のエントリー準備よ」
「え…はっ、はい!」
「…んとにミサトは何考えてんのよ」
待機中のアスカがぼやく。そこへ移動中の八号機から通信が入る。
『ま、人心掌握術。部下の士気コントロールと言ったところかな』
相変わらずカヲルの笑顔に曇りはない。
「あんたね……いい、なんでもない」
『どうかしたのかい?』
(…自分のクローンを殺して…)
そう言いそうになってアスカはやめた。
その表情から察したカヲルも言葉を発さない。少なくともアスカはそう思った。
だが、カヲルの心はむしろ逆だった。
(…すまないね。でも違うんだ、本当は…)
「さ、そろそろ私の出番ね。あんたもさっさと合流しなさいよ」
『おや? 少しはアテにしてくれているのかい?』
「当然でしょ、あのぶぁかはアテにしてないけど」
『ははは、それはひどいね』
「後でヒカリに言いつけてやるわ」
『エヴァ拾弐号機を確認!!』
八号機の通信ウィンドウがさっと消え、八号機の位置を示すマーカの移動速度が速くなる。
シンジやレイと一緒に戦っていたときとは違う。だけど…こいつらは信頼できる。
『アスカ』
ミサトからの通信。
「いつでもいいわよ」
『国連軍、太平洋艦隊、戦自の火力は後続の足止めに全力を注いで。拾弐号機はウチがここで仕留めるわ』
「第三新東京市に到着前に一機を破壊か…さすがは葛城君といったところだな碇」
「ああ…だがここからが正念場だ。3体3になったとはいえ依然我々が不利な状況に変わりはない。3体がそろうまえにもう一機破壊したいところだが…」
「やはり、奥の手を使うしかないか…」
『目標を確認! 本所直上に降下する模様です!』
「攻撃開始! 何が何でも芦名湖に叩き落とすのよ!!」
『エヴァ六号機リフトに移動』
『エヴァ伍号機芦名湖岸に到達。迎撃を開始します』
「来た」
砲台からのミサイルや銃弾を受けながら拾弐号機が姿を現す。
湖岸に置かれた火器の山からロケットランチャーを選んで両肩に担ぐ。
「おーちーろっ!!」
ドン! ドン! ドン! ドン!
煙を引いて拾弐号機に向かうロケット弾。
次々に命中して爆発する。
「次!」
ロケットランチャーを放り出しパレットライフルを構える。
「なーんかヤな記憶を思い出すわね。量産型の分際で……」
バババババババババ!!!
爆煙の中に劣化ウラン弾が吸い込まれていく。だが、拾弐号機は依然空に留まっていた。
「さっさと降りて来いってのよ!!」
『ギ?』
その顔がふとあらぬ方向を見たとき、白い衝撃が拾弐号機を襲った。
ドゴォォォォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン!!
目の前に墜落してきた固まりから思わず飛び退くアスカ。
「な、何!?」
そこに白い固まりが転がっていた。二体のエヴァである。
一方がゆっくりと立ち上がると脇にどいた。
『ふぅ。とりあえず降りてきたよ』
あっさりそう言うカヲル。
「あ、あんたねぇ…」
そう言いながらもアスカは自分の失策を認めていた。以前の戦いと違いこちらも飛べるのだ。相手が空を飛んでいるならこちらも飛べば良かっただけである。
(…しっかりしなさいアスカ!)
自分に気合いを入れるアスカ。
その目の前で2体のエヴァが鏡に映すように羽を収納する。
『キシャァァァッ!!』
『やれやれ』
対照的な声を出す二機。だが、やることは同じだ。
ドゴォォォ!!
お互いの拳をぶつけ合い二体のエヴァは格闘戦に突入した。
<新横須賀沖>
「駄目です! 目標の進行を阻止できません!!」
副長が悲痛な叫びをあげる。
ドンッ!!
「泣き言をほざくな!! 無駄口叩いている暇があったら撃ちまくれ!!」
だが、目標は太平洋艦隊の濃密な火線に覆われながらも第三新東京市に向かって進む。
「くそったれっ!!」
司令官は帽子を机に叩きつけると悪態をついた。
(…我々では足止めすら満足にできんのか!?)
懸命に気を落ち着けると呟く。
「…すまんな葛城一佐」
「伍号機並びに八号機、拾弐号機との白兵戦に入りました」
「まもなく六号機が到着します」
「こんのぉぉぉぉーっ!!」
『キシャァァァァーーーーッ!!』
「おっとっとっと」
戦場は混戦となっていた。はっきり言ってお互い同じ姿な分なまじ味方がいると誤認してしまう。一応、左肩にカラーリングして区別するようにはしているのだが、組んず解れつの格闘ではあまり意味がない。この点、味方を構わない敵方の方が有利である。アスカ達は素手での格闘に移っていた。敵も巨大な剣のような武器を持っていたが使えずにいる。
『敵エヴァから通信』
「引き続きカットして下さい。くれぐれも受信しないように」
オペレータに指示を出すマヤ。リツコの指示を淡々とこなす。リツコからの説明は受けていないがマヤ程の立場にいればだいたいの見当はつく。そしてその内容はマヤの精神に過度の負担を強いていた。
(…なんてことを)
『こりゃあきまへんで。どないしましょか?』
到着したものの手出しできず途方に暮れたトウジが言った。
(………私のミスね。)
唇を噛むミサト。
「アスカ、渚君。一旦距離を取って」
『『了解』』
距離をとってにらみ合う3体と1体のエヴァ。
「拾壱号機確認!! 降下します!!」
「………」
「早いわね…」
リツコが時計を見る。
本当はもうしばらくUNの火力で引き留めておいて欲しかった。
(…贅沢というものね。彼らは十分に健闘してくれているわ。)
そう考えつつミサトは互いの位置関係を表すマーカに神経を集中した。
一段と雨足が強くなって来た。
おあつらえ向きに嵐、直に雷雨に変わる模様だ。
敵エヴァンゲリオン2機は残る拾参号機の到着を待っているのか動こうとしない。
守る側としては今の内に1機でも倒しておきたい所だ。
「………しょうがないわね」
アスカは決断した。
「渚、鈴原、合図で一斉射撃よ。渚は右、鈴原は左よ。アタシはあいつらの目がくらんでいる内に右の奴に仕掛けるわ」
「…了解したよ」
「しゃーないな」
「ミサト?」
硬い表情のままモニターの向こうで頷くミサト。
『…まかせるわ』
とりあえず膠着した場を動かさなければならない。
その点に置いて二人の見解は一致している。
六号機と八号機がライフルを構える。
伍号機がスマッシュホークを握りしめる。
「Gehen!!」
伍号機が飛びだした。六号機と八号機が発砲する。
(!!)
何かがカヲルの感覚を刺激した。
「駄目だアスカ!!」
伍号機を駆るアスカの耳にそれが入ったとき銃撃の爆煙を赤い閃光が切り裂いた。
「!?」
アスカが両足に激痛を感じた直後、伍号機は前のめりに地面に叩きつけられた。
「ATフィールド!?」
リツコが叫ぶ。
「アスカ!!」
「エヴァ伍号機左右脚部損傷!」
「完全に切断されています!」
「シンクログラフ反転! パルス逆流! 危険です!」
「直ちにシンクロカット!!」
「駄目です! 信号届きません!」
「伝達回路に異常発生!」
「だったらフィードバックを最低値に落とせ! そうすればパイロットが自力でなんとかする!」
「六号機と八号機は敵エヴァを牽制!!」
「…うかつだったわ」
ミサトは爪を噛む。
「そうね。敵がここまでATフィールドを使ってくるとは思わなかったわ。さすがはア…」
そこで口を閉じるリツコ。
くれぐれもパイロットの耳に入れてはならない事だ。
ホロビュー上に扇型に放たれたATフィールドのイメージが表示される。
「パイロットを救出! 回収班急げ!」
日向が指示を出す。
『待って…アタシはまだやれるわ』
「アスカ!?」
暗くなったプラグ内でアスカは両脚の苦痛に耐えていた。
(…畜生。こんなところで負けてたまるもんか。アタシが負けてもいいのはシンジだけよ!!)
「駄目よアスカ! 第一、伍号機は立ち上がることさえ出来ないでしょ!?」
アスカを思いとどまらせようとするマヤ。
『あいつらと同じようにこっちもATフィールドで戦えばいいだけよ』
「そんな…」
リツコがマヤの横から口を出す。
「アスカ、あなたが伍号機でそこまでシンクロ率を高めるのは無理よ」
(…シンジ君ほどの力がなければ。もしくは…)
『でもこの状況で回収なんて不可能だと思わない?』
伍号機のまわりでは二人が懸命に残り二機をくい止めていた。
そこへとどめを刺すように報告が入る。
「じゅっ、拾参号機を確認! まもなく降下してきます」
『…ほらね』
「………」
リツコとアスカのやりとりを無言で聞いていたミサトが口を開く。
「………アスカ」
『…何ミサト?』
真剣に見つめ合う二人。
「…戦えるわね?」
『…もちろんよ』
ミサトは目を閉じるとふーっと息を吐いた。
「…即刻、伍号機を放棄。可及的速やかに本部に帰還しなさい」
『ミサト!?』
「あたしを信じなさい」
ミサトはきっぱりと言った。
ミサトの心を測りかねるアスカ。
「…あなたは大事な戦力よ。無駄に転がして置くつもりなんて毛頭ないわ」
アスカはじっとミサトの目を見る。
(…本気ねミサト)
「わかった。出迎えよろしく」
アスカは通信を切るとエントリープラグを排出した。
LCLを吐き出すと両脚の痛みを無理矢理押さえ込んで立ち上がる。
ハッチを開けると激しい雨が顔を打つ。
手をかざして辺りを見ると戦っている4体のエヴァが見えた。
「………これはさすがにスリルがあるわね」
「拾参号機降下!! 伍号機の真上です!!」
「アスカ!!」
叫ぶミサト。だがその声はもう届かない。
アスカは降下してくる拾参号機を見てはいなかった。
今、自分に出来ることをする…それだけを考え懸命に伍号機を降りる。
その頭上に拾参号機が押しのける空気の風圧がのしかかる。
「まだよ!!」
アスカは頭上に迫る白い巨人をふり仰ぐと叫んだ。
ガキーン!!
お馴染みの赤い発光現象が拾参号機を弾き飛ばす。
思わずその発生源を目で追いかけるアスカ。
「渚!?」
「強力なATフィールドが伍号機を覆っています!」
「発生源確認、エヴァ八号機!」
「信じられない出力です! 弐号機、いえ初号機並の数値です!!」
「八号機シンクロ率60、65、70…依然上昇中!」
リツコの頭脳は入ってくる情報から答えを導き出す。
(…まさか!?)
「波長パターン青! 使徒を確認!!」
衝撃的な報告をする日向。報告する彼自身が一番驚愕していた。
「位置は…そんな!? エヴァ八号機エントリープラグ内です!!」
「八号機より通信!」
「主モニターに回して!!」
ミサトの指示によりメインスクリーンの表示が切り替わる。
メインスクリーンに現れたのは銀色の髪と真紅の瞳をした少年だった。