「…サードチルドレン。碇の息子か」
シンジは頭を下げて答えた。
「はい、碇シンジです。初めまして」
滑稽な風景だった。彼らは敵同士であり、明日の朝日を迎えられるのは一人だけである。
「…姿をくらませたお前がまさかこんな所にいたとはな。
…お前抜きでエヴァ同士の戦いに勝てると思っているのか?」
このとき、既に戦いの帰趨は決していたがそれを顔に出さずにキールは続ける。
「………」
「お前がいるといないでは戦況は著しく変わる。違うか?」
…たとえ、エヴァンゲリオン弐号機とオリジナルのロンギヌスの槍があったとしてもあのダミープラグにあの戦力差。
さすがにキールもカヲルがダミープラグの中身を察知し更には使徒の肉体へと変容したことまでは知らなかった。ミサトの情報管制がうまくいっている証拠だ。
「僕も最初はそう思いましたが結局来てしまいました。おそらく僕自身もここへ来たかったんでしょう。…それに父は身勝手な人ですから言うことを聞かないとあの手この手で駄々をこねますから」
キールはわずかに口元をゆがめた。
「確かにな、碇らしい」
シンジも笑みを浮かべる。
「…お前が奴の息子とはどうしてもおもえんな」
「よくいわれます。なぜでしょう?」
首を傾げるシンジ。
「…だが、碇ユイの息子と聞くと納得できる」
「………」
キールはバイザーを外した。肉眼で直に何かを見るのは何年ぶりだろうか。
シンジはその瞳を見つめた。深い暗闇の中にもキールの眼光は鋭く光る。
「…結局、我々は碇という名前に負けたということか」
自嘲気味に呟くキール。
「それは違います。父や母は確かにみんなに一つの道を示しました。ですが、みんな自分の意志でその道を選んだんです。あなたに従ったゼーレの人達が自ら選んだ道のためにサードインパクトに消えたように」
「………そうかもしれんな」
そういって自分とシンジを隔てるテーブルを見つめる。
かつては多くの同士がそこに集っていた。
だが、そのほとんどはLCLの海に消え、残りのメンバーは自分を残しネルフとの戦いに敗れ去った。
「僕はあなたを説得しようとは思いません。
あなたはあなたの譲れないものをその心の中に持っていらっしゃる。そしてサードインパクトを乗り越えられた。
あなたのなされたこと、やろうとしたことを認めることは僕にはできません。しかし、あなたを批判しようとも思いません。
ただ、あなたと話をしてみたかった。それがここへ来た理由です」
シンジは丁寧な態度を崩さない。
それはゼーレの幹部という地位に対する敬意からではない。
キール・ローレンツという一個の人格を認め、それに敬意を表しているのだ。
「………そうか」
キールは立ち上がるとシンジに背を向けた。
七つ目の仮面を形取ったホログラムが浮かび上がる。
「………やはり勝つのはネルフなのか?」
シンジは頭を振った。
「いいえ、新しい時代を願う人達です」
「………」
「伝言があります。
『古き時代を終わらせるのは新しき時代の担い手です』
…父からあなたへ、と」
「碇からか…」
「………」
しばし沈黙するキール。
シンジはじっと待っている。
キールは口を開くと独白のように言った。
「…思えば長い年月だった。死海文書を見つけ、全てを計画し、それを遂行し………
…だが、もうセカンド・インパクトを、旧世紀を引きずるものは消えるべきなのかもしれんな。古き時代は終わり新しき時代を迎える。それもまた一つの進化と呼べるのだろう」
キールはシンジに向き直ると告げた。
「サード…いや、碇シンジ。おまえはどのような新世紀を築くつもりだ?」
「………新しい世界とは誰かが意図して作るものではありません。
新しい時代に生きる人々が日々の営みの中で時に触れ合い、時に傷つけ合い、いくつもの苦しみといくつもの喜びを抱き、その結果として自然に作り上げられていくものです。
…たとえ、それでヒトという種が滅びたとしてもそれもまた人々の選んだことです」
「………」
「僕にできるのはゼーレの様な存在が再び現れるのを防ぐこと、それだけです。
そしてネルフがゼーレと同じ存在になることもまた防がなければなりません」
シンジの瞳はまっすぐキールを見つめていた。
それは無知であるがゆえの純粋さではない。
この世界の無情を、人の心の闇を世界中の誰よりも知り尽くした上で尚、それらを信じようとしている強い意志の現れだ。
「…そうか」
「………」
「…それが18番目の使徒である我々の性なのかもしれんな。
誰が導かずともいずれヒトはアダムへの道を歩むのかもしれん」
万感の思いを込めて言うキール。
「………」
シンジはただ静かに聞いている。
「神々の黄昏か…」
七つ目の仮面が消えた。
「碇に伝えてくれ。
死すべき者への責任は私がとろう。だが、生きるべき者への責任は君が取れ。
…君はよき理解者であり、よき協力者であり、そしてよき友だった」
「…確かに」
「………碇シンジ、お前との話は楽しかったぞ。我が人生最後の想い出となるだろう」
キールは笑みを浮かべた。
「………僕もです。キール・ローレンツさん」
シンジも微笑み…引き金を引いた。
一発の銃声。それが旧き時代の終わりを告げた。