【新世界エヴァンゲリオン】

 

 

<ネルフ本部総司令執務室>

 

 

「終わったな」

「…ああ」

二人は敵エヴァ殲滅の報告を受けたところだ。

「後はゼーレの老人か」

「…それも残すところキール議長ただ一人。時間の問題だ」

淡々と話すゲンドウ。

「………本当にいいのか、碇」

深い心情を込め尋ねる冬月。

だが、ゲンドウの答えはいつもと変わりなかった。

「ああ、問題ない」

 

 

 

 

 

<ネルフ本部 メディカルセンター>

 

 

レイの世話をしていたリツコはレイが寝付くと仕事に戻った。

しかし弐号機が健在である以上エヴァの整備を急ぐ必要、つまりリツコが陣頭指揮をする必要はない。戦闘が終了した以上発令所でも必要とはされていない。故に本来の立場である科学者としての自分に戻ることにする。

「それでその後、彼の様子は?」

「依然、体組織の変容が続いています。およそ143秒のローテーションでパターンが青からオレンジに変化しています。S2機関の反応も同じ周期で変化しています」

機密保持のためほとんど一人で機器を管理しているマヤは忙しい。マヤだからこなせるのであって他の人間には不可能だ。リツコはマヤが自分の後継者として育っていることを素直に喜ぶ。

「ATフィールドは?」

「…観測できるレベルではありませんね」

マヤの報告にしばし考え込むリツコ。

「人間に戻ろうと…いえ、人間になろうとしているのね」

 

 

エヴァ八号機をケイジまで運び拘束具にロックさせた直後カヲルは意識を失った。

その後、構成素子パターンの変化が始まり、同時に髪と瞳の色が目に見えて変動を始めた。そのため急遽メディカルセンターに入院となったのである。今、カヲルは医療カプセル内で拘束されている。

ミサトが行った使徒に関する情報操作はゲンドウによって追承認された。今も部屋の外には重武装の部隊が警護に当たっている。

「…もっとも彼が守られる側とは思えないわね」

MAGIに回線をつなぎながらリツコはつぶやいた。

 

 

 

<発令所>

 

 

「アスカは?」

事後処理がようやく一段落するとミサトはパイロットの状況を確認した。

「メディカルセンターで寝ています。身体に異常はありませんがさすがに疲労してますし…大事をとって強制睡眠ですね」

「あらあらいいわね。私も早く一眠りしたいわ」

青葉の端末の診断データを見ながらミサトは言った。

「鈴原君も同様です。ただ、彼の方はおなかが空いたとかで眠る前に散々飲み食いしたそうですが…」

「ぷっ、彼らしいわ」

思わず吹き出すミサト。

「…渚君は、依然変わらずとのことです」

「…そう。とりあえず彼の事はリツコに任せておきましょう。…日向君、被害の方は?」

「ネルフ及び民間人に死傷者はありません。けが人が少々出ましたが御の字でしょう。第三新東京市への被害は…」

「どうかした?」

黙り込む日向にミサトは尋ねた。

「はぁ…弐号機起動時の爆発によるものと、同じく弐号機が全速力で移動したためによるものです」

「………ま、昔に比べりゃ安いもんね」

ぽりぽりと頭をかく。原因の半分はミサトの指示によるものだし、どのみち全指揮権を預かっていたミサトは責任も全て負わなくてはならない。

「それで復旧にはどのくらいかかるの?」

「資材と人員がそろえば、1ヶ月もかからないでしょう。ここの業者はこの手の突貫工事に慣れてますから」

「…みんなが戦争があったことを記憶に留めるのにはちょうどいいわ」

ミサトの言葉に日向と青葉は沈黙せざるを得なかった。

…戦いがあったことに気がつかなければならない。心に刻んでおかなければならない。

それが戦いの後に生き残った者のつとめだ。

「…もっとも景気良く宣伝して回るんでしょうけどね」

確かにネルフ広報部は意気揚々と仕事を行っていた。

 

 

 

<メディカルセンター>

 

 

(…自らの意志で自分の身体構造を変化させうるのか?)

おそらく、使徒の身体に戻ったのは彼の意志によるものだろう。だが、現在の様子を見る限り人間に戻るのは彼の力では困難のようだ。では、なぜそもそも彼は人間たりえたのか?

リツコは思考に没頭していた。

「あら?」

マヤの声で我に返る。

「どうかしたのマヤ?」

「いえ、それが…変ですね。センサーが一瞬強い反応を感知したんですけど…消えちゃいました」

「分析パターンは?」

「青です」

(…パターン青という単語に反応しなくなってきたわ。人間変われば変わるものね)

自分を分析しつつもリツコは頭を回転させる。

「測定器の故障かしら?」

「そんなことは無いと思うんですけど………先輩? …先輩!?」

リツコは動きの途中で動作を止め病室の方を凝視していた。

その視線を追ったマヤも驚愕する。

「………嘘」

 

 

カプセルの横に蒼い髪の少女が立っていた。

華奢な身体に第三新東京市立第壱中学校の制服を着ている。

少女はその赤い瞳で自分と同じ瞳の色をした少年を見つめている。

プシュッ

手も触れずにカプセルのカバーが開く。

そこに横たわる少年が目を開けた。

「…やあ」

彼のトレードマークともいうべき微笑みを浮かべる。

『………』

少女は無言だ。少年はお構いなしに続ける。

「みんなを驚かせてまでここに来たということは僕を助けてくれるのだと解釈するけど構わないかい? 正直な所ATフィールドを維持するのが難しくなってきてね」

『…あなたを助けるために来たわけではないわ』

少女は淡々と告げる。

「そうだね。僕が消えるとシンジ君やみんなが悲しむ。そうだろう? それで構わないさ」

『………』

「………」

しばしの間見つめ合う二対の紅い瞳。

『…あなたにはみんなとの絆があるのね』

「ああそうさ。君と同じようにね、綾波レイ」

『………』

少女は無言で手をかざした。

 

 

 

「…パターン青消失。パーソナルパターン安定しました。脳波、心拍数その他各数値問題なし。…間違いなく人間です」

「…人間に戻した、いえ人間にしたというところかしら」

(…もしかすると二度目なのかしらね?)

「先輩…」

リツコは白衣に両手を突っ込んだままマヤを振り返る。

「…マヤ。あなたは何も見なかった、何も聞かなかった。いいわね?」

「先輩!!」

「無用の紛糾は避けたいの。碇司令と副司令には私から報告しておくわ」

「でも、シンジ君やアスカは!?」

(…あの子達は一緒に命を懸けて戦った仲間なんですよ!)

「くすっ」

「せ、先輩?」

ふと笑みをもらしたリツコにとまどうマヤ。

「…たぶんそれは余計なお世話というものよ」

リツコは数分前の出来事を思い出す。

カヲルから手を離した少女は確かに自分を振り返り、そして…微笑んだ。

(…私なんかに笑顔を見せてから消えるぐらいの余裕があるのよ。あの子達に会っていかないわけないじゃない)

 

 

 

 

 

 

「………あの馬鹿に似てほんとに世話好きね。ほとんどおせっかいよ。昔の反動かしら?」

アスカは開口一番そう告げた。人が寝ているのに勝手に夢に出てくる様な奴に遠慮はしない。

『………』

少女は無表情だ。

「………相変わらずの無愛想ね」

わずかに口をとがらせるアスカ。

『…そう?』

「…ま、いいわ。で、渚は?」

アスカの明晰な頭脳は少女が現れた理由を正確に洞察していた。

『…問題ないわ』

「あっそう。ま、本当はあんな奴どうなってもいいんだけど、あんなのでもいなくなるとシンジが落ち込むものね」

『………』

あくまで無表情の少女。

アスカは少女が来たもう一つの理由を考える。

アスカ自身も自分の心が本当は弱いことを知っている。頭ではわかっていても少女が来なければ不安に陥ったであろうことも。だから、いつものように精一杯虚勢を張る。

「ま、見ての通りアタシなら心配無用よ。敵のエヴァもやっつけたし、シンジがいないからって騒いだりもしないし。ま、あいつなら大丈夫ってわかってるものね。…ま、ほんのちょっぴりくらいは心配してるけど」

『………』

素直じゃないアスカの言葉に少女の周囲の空気が変わった。

敏感にそれを察知したアスカの表情も変わる。

「あーっ! あんた今笑ったでしょ!?」

『…そう? 気のせいよ』

今度は目に見えて少女の表情が変わる。

「くー! よりにもよってあんたなんかにからかわれるなんて!! アタシは惣流アスカラングレーなのよ!!」

(…何でシンジといいこいつといい普段鈍いくせに妙なところで気がつくのよ!!)

『そうね…クスクス』

どうやら夢の中だけ合って心の中まで筒抜けらしい。

声に出して笑い出した少女にアスカは眉を寄せてにじみよる。

『…何? ………みゅぎゅぅ!?』

突如少女の口に手を掛けると思いっきり左右に引っ張った。夢の中なのに非常識である。

…いや、それともこれで正常なのだろうか?

『い、いひゃい!』(訳注:い、痛い)

「アタシを笑うのはこの口かーっ!?」

『ひゅ、ふゅひがひゃふぇる!!』(訳注:く、口が裂ける)

「大丈夫よ! 夢の中なんだから!!」

『ひょ、ひょうゆうみょんひゃいにゃにょ?』(訳注:そ、そういう問題なの?)

「そう言う問題よ!!」

思いっきり引っ張り回した後、アスカは少女を解放した。

『…本当にさけるかとおみょった』

…まだ、少し口が変なようである。一応、夢の中なのだが。

ご機嫌のアスカは腰に手を当てて少女に言った。

「ま、アタシは見ての通り元気だから、安心しなさい」

コクコクとうなずく少女。

「ちゃんとアタシの所に顔を出したのは褒めたげるわ。…だから」

『?』

「………ちゃんとシンジにも会って行きなさいよ」

(…あんただったら、あんただったら構わないから、レイ。)

『………ありがとう』

「…よ、余裕って奴よね! どうせシンジは私にべた惚れなんだから!」

そういってくるりと後ろを向くアスカ。…照れている。

『………』

レイは最高の笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カチッ

シュボッ

カチッ

ジッポで火を付けた煙草から紫煙が立ち上る。

この前の誕生日…んな歳でもあるまいに…にもらったジッポだ。肌身はなさず持ち歩くように言われている。発信器か盗聴器でも仕込まれているのではと勘ぐったがとりあえず考えすぎだったようだ。

何が特製なのかはしれないが、表面には缶ビールを持ったペンギンのマークが刻まれている。

彼は手近の椅子を引き寄せると腰を下ろした。

足下には二度と煙草を吸えないだろう男達が何人も転がっている。

本来の仕事中の彼に容赦という言葉はない。彼の双肩には人類の未来を託された少年の安否がかかっているのだ。そのためなら自分の妻さえ犠牲にするだろう。

「…てなことを言ったら葛城はわかってくれるだろうが、アスカは激怒するかな…」

彼がこの管制室に入って数秒と立たず室内の人口は一人になった。

コンソールに両足を乗せて両腕を頭の後ろで組む。

ひとまず制圧は終了した。後は少年が出てくるのを待つだけだ。

煙を眺めつつ先程の悪夢のような光景を思い出す。

 

 

 

「なるほど…そういうことか」

監視モニターに目くらましをかけて加持はその部屋に侵入した。

ジャネットからの最後の通信でエヴァの格納庫の位置に次いで重要と指示されていた場所だ。すなわちエヴァが出撃した後では最重要ということだ。

彼の目前にはいくつもの円筒形の水槽が並び、中は見慣れた液体で満たされている。

「…誰も彼もみなダミープラグの中身は“彼”だとばかり思っていたが…」

ガチャン

電灯を付ける。

広大な部屋中に所狭しと並んだその水槽には全て見慣れた人物が入っていた。

「アスカ…」

蒼い視線が一斉に加持に注がれた。

 

「加持さーん!」

「ミサト!」

「渚?」

「鈴原?」

 

声が同じなので別々の台詞の様に聞こえるが“彼女たち”はそれぞれ一種類しか言葉を発していない。

「そして、狙いはこいつか…」

顔をしかめる加持。

 

「シーンジ!」

「バカシンジ!」

「シンジ?」

「ねぇシンジ」

「シンジー!!」

「………」

「……」

「…」

 

「アスカにとってはまさに悪夢だろうな」

呟きながら加持は丁寧に爆薬をセットしていく。

「最強のパイロットでありフォースインパクトの要となるシンジくんの精神を壊すため…」

「…シンジ」

「シンジくんの次に優秀なパイロットであるアスカと戦う場合の対抗策として…」

独り言でも言っていないとさすがの加持も追いつめられかねないほどその光景は異様だった。ダミープラグは何も五体満足である必要はないのだ!

「シンジ!」

「そして他のパイロットに能力で勝るため…」

ドアの開閉スイッチに手をかける。

プシュー

部屋の外に出るといつもの余裕が戻り口調が軽くなる。

「なるほど、誘拐それ自体がカモフラージュだったとはね。こりゃ一本取られたよ」

「加持さーん」

プシュー

重厚な扉が閉じた。

「悪いなアスカ。俺は人妻には手を出さないことにしてる」

カチ

ドアがわずかに震えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…誰だ?」

暗闇に一人座っていたキールは気配に気付いて言った。

「…キール・ローレンツさんですね」

キールは手元のスイッチを操作して来訪者にライトを当てた。

キールの顔が一瞬強張った。

「…サードチルドレン。碇の息子か」

シンジは頭を下げて答えた。

「はい、碇シンジです。初めまして」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【第弐拾弐話 黎明】