……元旦に読んで頂くと雰囲気がいいかも知れません。

 

……無論、いつ読んで頂いても問題ありません。

 

 

 

 

 

夢を見た。

私は地球を見下ろしていた。

目の前には黒い球体があった。

知っているような気がした。

でも、知らない気もした。

そのとき声が聞こえた。

何て言っているのかはわからなかった。

でも、誰かはわかった。

 

 

……碇君

 

 

苦しそうな声だった。

哀しそうな声だった。

私も心が苦しくなった。

私も心が哀しくなった。

耐えきれなくなって手を伸ばした。

 

 

 

碇君が私の腕の中にいた。

私を見て苦しそうな声が止まった。

そして碇君は笑った。

とても嬉しそうな顔だった。

とても安らかな顔だった。

私の心も嬉しくなった。

私の心も安らかになった。

 

 

碇君が言った。

はっきりと聞こえた。

 

……ありがとう綾波

 

 

 

 

 

 

−元旦−

 

 
 
 
 

 

 

目が醒めると知らない天井だった。

 

昨夜のことを思い出す。

確か初詣から帰った後、葛城三佐が

「じゃ、飲み初めよ!!」

と言って赤木博士と加持一尉とお酒を飲み始めた。

私たちも無理矢理飲まされた(拒否権の行使は認められなかった)。

何杯か飲んだところで意識を失った。

 

二日酔いとかいう頭痛は感じない。

体調が悪かったのと眠たかったので早めに意識を失ったのが功を奏した様だ。

上半身を起こし部屋を見回す。

すぐに碇君の制服が目に入った。

どうやら碇君の部屋らしい。

ということはここは碇君のベッドだろうか?

見ると見慣れないパジャマを着ている。

ボタンは通常と逆向き。

男物だ。

サイズから持ち主を推定する。

 

……碇君のパジャマを着て碇君のベッドで寝ている。

 

なぜか身体が熱くなった。

風邪だろうか?

でも悪寒はない。

むしろ気分がいいくらいだ。

 

ところで碇君はどこだろう?

少し名残惜しかったが私はベッドから立ち上がった。

 

 

葛城三佐の部屋。

散らかっている。

なんとなく私の部屋と似ている。

ちょっぴり嬉しい。

葛城三佐と赤木博士が布団にくるまっていた。

碇君はいない。

 

 

弐号機パイロットの部屋。

……立入禁止、というような意味のことが書いてある。

たぶん碇君はいないような気がする。

いてほしくない気がする。

 

 

リビング。

私の気配に気付いたのだろう。

毛布にくるまったままの加持一尉が顔だけ動かす。

そばには綺麗に折り畳んだ毛布が一枚。

「おはよう、シンジ君なら台所だよ」

必要な情報を手に入れた私は台所に向かおうとしたが、加持一尉に呼び止められた。

「レイ、シンジ君にあったら『あけましておめでとう』って言ってごらん」

「……あけましておめでとう?」

「そう。一人の相手には一年に一回しか言えない言葉だ。意味はシンジ君に聞いてくれ」

それだけ言うと加持一尉は頭を毛布に埋めた。

……よくわからない人。

 

 

台所に行くと碇君がてきぱきと作業をしていた。

私に気付くと碇君が振り返った。

「おはよう綾波。早いんだね。まだ寝ててもいいんだよ?」

「……いい」

「そう?」

「……何をしているの?」

見ると白くて丸いものが並べてある。

「ああこれ? お雑煮を作ってるんだよ」

6人分ともなると大鍋である。

「お雑煮……お正月につくるお餅の入ったお汁」

するとこれがお餅なのだろうか?

知識として知っていても実際に見たことはないレイ。

「そうだよ。みんなが起きてくる時間に合わせてたからまだちょっとかかるんだ。先に何か食べる?」

少し心が揺れ動いた。

昨日作ったおせち料理はまだたくさんある。

とてもおいしかった。

「……いい。待ってる」

「そう?」

……食べるなら碇君と一緒に

ちょこんと椅子に座ってシンジを眺めるレイ。

シンジはそのまま作業に戻る。

といっても後は鍋を見ているだけで割と暇なのでレイに話しかける。

「そうだ綾波、初夢見た?」

「……はつゆめ?」

「いろいろ定義があって元旦だったり2日の場合だったりするんだけど、とにかく新年になって初めて見た夢のことだよ。初夢の内容でその年がどんな年になるかを占ったりもするんだ」

「……新年になって最初の夢。……見たような気がする」

「いい夢だった?」

「…………たぶん」

「正夢になるといいね」

「……まさゆめ?」

「その夢が本当になるってことだよ」

「…………うん。正夢になって欲しい」

「へぇ……いい夢だったんだね」

「…………」

シンジは背を向けていたので気がつかなかったがレイは頬を染めていた。

 

 

ガサゴソと葛城三佐の部屋の方から音がしてきた。

「……思ったより早いな。やっぱりリツコさんが一緒だからかな?」

そういいながら碇君はお餅をお鍋に入れていく。

その時私は思いだした。

「碇君」

「ん? 何だい綾波?」

「……その…………あけましておめでとう」

 

碇君はキョトンとしていたが、

「……あぁそうか。今朝はミサトさんがすぐに飲みだしたんでまだだったね」

「…………」

碇君が私の方に向き直り正面から見つめた。

「……あけましておめでとう綾波」

 

私は意味を聞いてみた。

「意味? ……えーとそうだなあ。年が明けて……」

碇君はお玉を手に少し考える。

「……うん。一緒に新年を迎えられて良かったね、今年も一年間よろしくねって意味かな」

「……そう」

「今年もよろしくね綾波」

「…………」

碇君が笑うと私も頷いた。

 

「ふわぁ〜〜〜っ、お正月くらいゆっくり寝かしてよぉ〜」

「それはシンジ君の台詞でしょ。昨日言ったことを忘れたの?」

赤木博士が葛城三佐を叱りながらやって来た。

昨日、

「毎日毎日シンジ君にばかり家事をさせているんだから正月くらいのんびりさせてあげなさい」

葛城三佐と弐号機パイロットに赤木博士がそう言い聞かせていた。

でも、あまり効果はなかったようだ。

「あけましておめでとうございますミサトさんリツコさん」

「「…………」」

「……そういえばまだだったわね」

「……そうね。あけましておめでとうシンジ君。今年もよろしくね」

「はい」

「あけましておめでとーシンちゃん。悪いわねー元旦から」

「本当に悪いと思ってるの?」

「いいんです、僕が好きで起きたんですし。ミサトさん。今年もよろしくおねがいしますね」

「こっちこそよん」

「本当にもう……」

 

「……あけましておめでとう」

おずおずと口が動いた。

 

二人は少しの間微動だにしなかった。

でも、そのあとで笑顔になった。

「あけましておめでとうレイ」

「おめでとうレイ」

心が温かくなった。

一年に一回しか言えないのもわかる気がする。

 

「あらーレイ。それシンちゃんのパジャマじゃない? どうしたの?」

「目が覚めたら着ていました」

「あら〜? シンちゃんひょっとしてレイを……」

「なっなに言ってんですか! 僕は綾波に何も!」

「あたしはまだ何も言ってないわよ?」

確かに碇君のパジャマを着て碇君のベッドで寝ていたのだから全部碇君がしてくれたのだろうか?

再び身体が熱くなった。

でも、そういう事ではなかったようだ。

「なに馬鹿なこと言ってるの。あなたがレイを酔いつぶしたからシンジ君に手伝ってもらって私がシンジ君の部屋に寝かしただけよ。もちろん着替えさせたのも私」

「ちぇーつまんないわね」

私もなんとなく残念。

「でも似合ってるわよレイ」

「確かにそうね。ちょっぴり大きいけど逆にそれが可愛いって感じよね」

よくわからないが嬉しい。

「何だったらこのままレイちゃんにパジャマをあげるってのはどうだい?」

加持一尉が現れて言った。

「あ、加持さん。あけましておめでとうございます」

「ああ、おめでとう」

そのまま話は進み私がパジャマを持っていないというところで話が落ち着いた。

「でも、僕のおさがりなんかを女の子に……」

「いいからシンちゃんは黙ってなさい。……レイ」

「はい、葛城三佐」

「…………休み中はミサトって言ったでしょ? ま、いいわ。新しいパジャマを買うのと、今着てるシンちゃんのパジャマをもらうのとどっちがいい」

ごく当たり前の答えを即答した。

「碇君のパジャマがいいです」

「よろしい」

「あ、綾波?」

「一件落着ね」

「で、でも……」

「いいじゃないか、シンジ君。シンジ君からレイちゃんへのお年玉ってことにすれば」

「お年玉ですか?」

……落とし玉。質量兵器の一種だろうか?

「……レイ。あなた今変な事考えてない?」

赤木博士が言った。

「いえ特に何も」

「……ならいいわ」

「それよりアスカが起きてこないな」

「そういえばそうですね。これだけ騒げば起きてきそうなものだけど」

「神経図太いもの。寝てんでしょ」

「それはミサトでしょ」

とりあえず一同ぞろぞろと弐号機パイロットの部屋に向かう。

途中で加持一尉と碇君は追い返されたが私はなんとなくついていった。

 

「アスカ〜?」

部屋をのぞきこむと弐号機パイロットはベッドで頭を抱えていた。

「…………二日酔いね」

「…………そうみたいね」

「あんたたちのせいでしょ!! ……ひゃう!」

叫んだ弐号機パイロットは自分の声で自爆してベッドに沈んだ。

ちょっぴりかわいそう。

 

 

結局、碇君は今日も忙しかった。

みんなに食事を食べさせ、赤木博士の薬を持って弐号機パイロットの看護をして、のんびりできたのは昼下がりになってからだった。

「すぅ………すぅ………」

碇君はリビングで壁にもたれて眠っている。

碇君に一服盛った赤木博士は台所で後かたづけをしている。

葛城三佐は赤木博士に言われて弐号機パイロットについている。

一人残っていた加持一尉が碇君に毛布を掛けた。

「レイちゃん。シンジ君を頼むよ。ゆっくり休ませてやってくれ」

「…………」

私は頷いた。

 

 

「シンジ君は?」

加持が来るなりミサトが言った。

「眠ってるよ。赤木の薬が効いたんだな」

「ただの導眠薬よ。普通に寝るのが疲労の回復には一番よ」

「アスカも今はぐっすりよ……正月くらいあの子達をのんびりさせてあげなきゃね」

「そうだな」

「はい、ミサト」

リツコが徳利を差し出す。

「お、熱燗か?」

「これで静かにやりましょう。なんのかんの言ったってどうせ飲むんでしょミサトは」

「まーね。あ、そういやレイは?」

「ふふ、あの子はきっとシンジ君のそばにいるのが一番の休養よ」

 

 

私はじっと碇君の顔を、正確には口元を見ていた。
 

……夢の最初に何を言っていたの?
 

それが少し気になっていた。

レイは飽きることなくシンジを見ていた。

「?」

かすかに口元が動く。

顔に近づき耳を澄ました。

なんとか聞こえた。

「……あ、や、な、み」

その後は規則的な寝息に変わった。

私はしばらくそのままの姿勢でいた。

体中が熱かった。

でも、不快じゃなかった。

 

 

毛布を持ち上げると碇君の横に並んで座った。

そのまま身体を寄せ碇君の肩に頭をのせた。

碇君の身体が暖かかった。

どうしてそんなことをしたのかわからない。

ただ、そうしたいと思った。

「碇君……」

一言呟いて私は眠りに落ちた。

それでも碇君のぬくもりだけは感じていた。

 

 

 

 

 

おしまい

 
 
 

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