……大晦日に読んで頂くと雰囲気がいいかも知れません。

 

……無論、いつ読んで頂いても問題ありません。

 

 

 

 

 

歳の暮れ、ネルフ本部。

師走だから忙しいかと思いきや、年中忙しいネルフ本部にとってあまり差はないらしい。

大晦日とはいえいつも通りの仕事をしている。

ネルフは労働基準に関しても公平に超法規組織であった。

 

「ねーリツコ」

それでも年末ムードな葛城ミサト。

「なにミサト、テスト中よ? ……マヤ、もう少しプラグの深度を下げてみて」

「はい」

モニターの向こうでは無表情な少女がLCLに浸かっている。

手元の端末をチェックした後でミサトを促す。

「それで今度はどんな悪巧み」

「失礼ね。……ま、いいわ。リツコ正月休みでしょ?」

「一応ね」

 

作戦部には当直が必要だが技術部はそうでもない。

いざというときに頭が働かないということでは役に立たないのでなるべく休みを取ることになっている。

ちなみに作戦部の当直は彼である。

(……うう、葛城さんのためならえーんやこーら)

相変わらず報われることはない様だ。

 

「だったらさウチに来ない?」

「……ミサトの相手をして神経をすり減らすのはいやよ」

「ちょっとアンタ……」

「冗談よ」

「…………。ま、いいわ。正月くらいまともな食生活をと思ってね。家に来れば三食昼寝付きよ、どう?」

「…………そうね。特に予定があるわけじゃなし、“シンジ君の”お世話になろうかしら」

「…………なんかひっかかるわね」

「…………気のせいよ」

「…………そう」
 

ひゅるひゅるひゅるひゅる
 

室内というのに冷たい風が二人の間を吹き抜ける。

「でもいいの? そっちこそたまの休暇ぐらい3人で水入らずにのんびりとか……」

「あぁいいのよ。言い出しっぺはシンジくんだし」

「……本当に出来た子ね(保護者のあなたと違って)」

「……本当ね(あの極道親父と違って)」

「アスカは?」

「シンジ君が加持を誘うって言ったら喜んでOKしたわよ」

「…………」

……シンジ君って意外と頭が切れる? ……まさかね。生活の知恵かしら。

「で、もう一人なんだけど」

「もう一人……ああ」

二人はプラグ内で目を閉じている少女に視線を移した。

 

 

 
 
 

−大晦日−

 

 
 
 

 

シンクロテストが済むと葛城三佐と赤木博士に呼ばれた。

今日の予定は全て終了済み。

いったいなんだろう?

 

葛城三佐が口を開く。

「レイ」

「はい葛城三佐」

「お正月はウチで過ごさない?」

「命令なら従います」

……お正月……1月1日〜3日。状況に応じて定義は変わる。

「命令じゃないわ。あなたさえよければウチで休みを過ごさないかって聞いてるの」

「どこで過ごしても特に差はないと思います」

「じゃなくてあなたの希望を……」

「特にありません」

「……タッチ」

葛城三佐は赤木博士の手に手を合わせると後ろに下がった。

少し顔をしかめているがどうしたのだろうか?

「レイ」

「はい赤木博士」

「今から言う事は命令ではないわ。命令ということになると関係各所に問題が生じるわ」

……重要な事のようだ

「……極秘任務ということでしょうか?」

赤木博士はこめかみを指で押さえた。

葛城三佐にやや似た表情だ。

「あなたが意識から命令という単語を消す必要があるわ」

……記憶を操作する必要があるのだろうか?

「……よくわかりません」

「……いいわ、とりあえず聞きなさい。シンジ君があなたを自宅に招待しているの」

方向転換を図るリツコ。

「……碇君が私を」

……碇君が、私の正体……じゃない私を招待?

「あなたは行きたい? それとも行きたくない?」

「……私は」

「レイが来るとシンちゃん喜ぶんだけどな〜」

「……碇君が喜ぶ」

葛城三佐の言葉を聞くとなぜか心が温かくなった。

勝手に口が動く。

「……碇君の家に行きたいです」

「なら話は早いわ。後で迎えに行くから数日分の着替えを準備して待っていなさい」

「はい、自宅で待機します」

……不思議。自然に足が早くなる。

それを見送る美女二人。

「ま、たまにはいいでしょ?」

「たまにはね」

 

 

「ちわ〜」

加持はドアを開けるとあいさつした。

「ウギョッ」

「あぁ加持さん、いらっしゃい」

シンジとペンペンが顔を出す。

「悪いねシンジ君。二、三日厄介になるよ」

「ええご遠慮なくどうぞ」

そう言うとシンジは顔を引っ込める。

「おっ、お節料理の下準備か」

台所には所狭しと材料が並んでいる。

「ええ」

「シンジ君もたいしたもんだな。女性でもここまで大々的にやる人は最近少ないぞ」

「他に取り柄もないし、どうせならと思って。そんなこともあってみなさんを招待したんです。たくさん作った方が美味しいですしね」

「味見なら喜んでさせてもらうよ。そうそうビールは大量に買ってきたから心配しないでくれ、君達のジュースもちゃんとあるからな」

「すみません。本当に助かります」

葛城家の家計においてアルコールの占める割合は非常に高い。葛城家の家計簿を預かるシンジにとっては頭痛の種だ。

「なに、せめてもの恩返し。年越しの準備は万全だ」

「とりあえずリビングででもくつろいでいて下さい。アスカももうすぐ帰ってくると思いますから」

「出かけてるのかい?」

「僕がこれじゃ相手をしてあげれませんから」

エプロン姿で言うシンジ。

「そりゃそうだ」

やはり似合うな、と顔をほころばせる加持。

「洞木さん家に行くと言ってましたけど……あっちも同じじゃないかな〜」

「ははは、まあそれはそれとして本当に何か手伝うことはないかい? 料理は無理だがな」

「そうですね。……あ、そうだ。すみません一つお願いしてもいいですか?」

「なんだい?」

 

 

「失礼します」

「何だね。加持君」

冬月が尋ねる。

丁寧な物腰で重箱を差し出す加持。

「シンジ君からお届け物です。お節料理だそうで」

そこでニヤリと笑う。

「ほう……シンジ君がかね」

「…………」

「司令も副司令もお忙しいでしょうがせめてお節料理くらい、との事です」

「おや私にもかね? すまないな。シンジ君にはよろしく伝えてくれたまえ。な、碇」

「……ああ」

「では、私はこれで失礼します。そうそうなるべくお早めにどうぞとのことです。では」

 
 

パカ

加持が立ち去ると冬月は重箱を一つ取り蓋を開けた。

「ほう……大したものだ。今時これだけのものはなかなか作れんぞ」

重箱の中には素朴だが食欲をそそり正月を思わせる料理達が整然と並んでいる。

「…………」

手を組んだまま身じろぎしないゲンドウ。

「…………食わんのか碇?」

「…………」

 

 

「どうでした?」

「あぁ喜んでいたよ。よろしく伝えてくれってさ」

「そうですか」

シンジは微笑んだ。

 

 

「…………」

塩ジャケを口に運んだあと、箸を置き目頭を押さえるゲンドウ。

黒豆を食べながら冬月が言った。

「……碇、やせ我慢は身体に毒だぞ」

「…………目にゴミが入っただけです、冬月先生」

「……強情な奴め」

 

 

「「ただいま〜」」

「お、お帰り」

「あ、加持さーん!」

「……出たわね、このぐうたら男」

ジト目でにらむミサト。

「おいおいひどいな」

「まったくいい歳して……」

「ミサトもでしょ」

「ぐっ……アスカ!!」

「否定できないわね?」

「ぬぬぬ……ふん! シンちゃん! ビー……」

台所に足を踏み入れかけた所で踏みとどまるミサト。

「どうしたんだ葛城?」

宙を掻きむしり苦悶の表情を浮かべるミサト。

「今朝、シンジがアタシとミサトに宣言したのよ。シンジがいいと言う時以外に台所に入ったら、えーとおせち料理? も、おぞーに? も食べさせてくれないって」

「なるほど……台所を制する者が家を制すか」

深々とうなずく加持。

「あのミサトがビールをこらえるなんてよほどのことだからアタシもおとなしくしてるの。おせち料理ってそんなに美味しいの?」

「……ま、出来上がりを待つんだな」

 

 

「こんにちは」

「…………」

「あ、いらっしゃいリツコさん」

「ごめんなさいねお邪魔するわ」

「いえ」

その後、上がり口で立ちつくしているレイに笑いかける。

「来てくれたんだね綾波。ありがとう」

「…………」

 

……どうして碇君がお礼を言うの

……どうして笑ってくれるの

……嬉しいときには笑う

……今、碇君は嬉しい

……どうして

……私が、来たから

……。

 

「……お邪魔、します」

「いらっしゃい綾波」

コクン

私はうなずいた。

 

「せめて何か手伝うわ。足手まといにはならないつもりだけど」

「すみません。じゃ、こっちの鍋を見ててもらえますか」

「わかったわ」

赤木博士は上着を脱ぐと碇君の手伝いを始めた。

「あ、綾波はリビングでのんびりしててよ」

リビングからは葛城三佐と加持一尉、弐号機パイロットの声が聞こえる。

でも、ここを離れたくない。

離れたくない気がする。

「……私も手伝う」

「え!?」

「!?」

赤木博士と碇君は驚いた後、顔を見合わせた。

赤木博士がうなずくと碇君が笑顔になる。

「じゃあ出来た料理を盛りつけてもらえるかな? 僕が言う通りにしてくれればいいから」

「……わかったわ」

その後3人で台所で働いた。

碇君の言った通りに料理を盛りつける。

命令じゃない。

でも言う通りにするのが嬉しい。

そして綺麗に……私にはわからないけど碇君が褒めてくれた……もりつけが終わった後、

「助かったよ、ありがとう綾波」

とても嬉しくなった。

 

 

いつものように葛城三佐達が騒ぎ、

(碇君の作ったおせち料理美味しかった……)

やがて、除夜の鐘が鳴り始めた。

 

ゴーン

 

……お寺で叩く鐘……第三新東京市にお寺なんてあったかしら?

「クリスマスの教会の鐘みたいなもの?」

弐号機パイロットが碇君に聞いた。

「それもあるけど、鐘を一回叩く毎に人間の煩悩を一つ消し去るんだって」

「108回も叩くんだから人間ってのは余程煩悩の固まりなんだな」

「108回―っ!?」

「そうよ。来年はアスカも叩きに行ってみる?」

「やっと年が変わったばかりなのにそんな先のこと考えられないわよ」

 

来年の今、私は…………

 

心が痛い…………なぜ?

 

「さ、初詣に行くわよ」

「あれ、明日……じゃなかった、朝になってから行くんじゃないの?」

「甘いわねアスカ。こういうのは除夜の鐘が鳴っている間に行くのが通なのよ」

「ふーん。まぁいいけど」

 

……初詣。神社へのお参り。

 

……でも神様って何?

 

神社はしっかりとあった。

鳥居というものはくぐるものとかくぐらないものとか葛城三佐と赤木博士が言い合っていた。何か違いがあるのだろうか?

 

人がいっぱいな中をみんなで奥に向かって進む。

人が多いのは嫌い。

でも、碇君に手を引っ張ってもらうのは好き。

葛城三佐と弐号機パイロットの力で到着は思ったより早かった。

 

 

少し前の人がお賽銭箱の上の紅白の紐をつかんでふるとガランゴロンと音がした。

葛城三佐が説明をしてくれる。

「いいレイ、アスカ。お賽銭を入れたら手を合わせて拝むの。そして自分の望みを心の中でお願いしなさい」

「……わかりました」

「日本の神様って金を取るの? ケチねぇ」

 

順番が回ってきた。

ポケットの中身を確認する。

財布にはカードしか入っていない。

カードを投げ込むとなんとなく後で困る気がする。

……どうしよう?

「はい、綾波。お賽銭」

碇君が500円玉をくれた。

「……ありがとう」

……感謝の言葉。碇君に言う言葉。碇君に言ってもらう言葉。心が温かくなる言葉。

 

チャリーン

みんなで一斉にお賽銭を投げ入れるとそんな音がした。

 

「じゃ、アタシが鳴らすわね」

「相当やりたかったんだねアスカ」

「うるさいわね」

 

ガランゴロンガランゴロン

弐号機パイロットが紐をつかんで振った後、みんなで手を合わせて拝んだ。

 

『みんな無事で来年も初詣に来れますように……』

『あたしはどうなってもいいからこの子達に……』

『シンジがもうちょっとしっかり私の事……』

『あの人がせめてもう少し……無理ね、やっぱり』

『もうしばらくでいいから首が……あ、できたらもっと長くお願いしますよ』

 

『私の願い……』

『それは無に帰ること……』

『でも……』

『違う気がする……』

『どうして?』

『私はそれを望んでいたのではないの?』

『…………』

 

私はそっと目を開けた。

碇君はまだ目を閉じて何か祈っている。

もう一度目を閉じる。

 

『私の願い……』

『碇君が……』

 

 

 

 

 

 

 

 

おしまい

 
 
 

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